セルロースナノファイバーの元となるパルプ繊維(左)。これをさらにほぐし、CNFのもととなる微細繊維にする(右、機械処理時) セルロースナノファイバーの元となるパルプ繊維(左)。これをさらにほぐし、CNFのもととなる微細繊維にする(右、機械処理時)

日本の製紙会社がこぞって研究・開発に力を注いでいる超革新的な素材がある。それは水や樹脂とも変幻自在に混ざり合い、それでいて軽くて丈夫。

しかも再生可能で、さまざまな素材に取って代わる可能性を持つ。あまりにもスゴすぎるその正体を、この分野のトップランナーに聞いた!

■2030年には1兆円市場に!

今、世界中が注目する新素材、セルロースナノファイバー(以下、CNF)。しかも、その開発・製造の担い手は、製紙会社だという。紙から生まれる新素材? どういうこと!?

そこで、昨年4月より世界最大規模のCNF生産設備を宮城県石巻市で稼働させている日本製紙の、CNF研究所長、河崎雅行さんに話を聞いた。

――世界が注目する素材の巨大な生産設備が国内の製紙会社にあるとは驚きです。

河崎 CNFというのは製紙の原料となるパルプをナノサイズにまで細かくした天然繊維のことなんです。日本製紙は古くから紙を扱ってきた会社ですから、原料となる木材からケミカル製品を生み出すことは比較的容易でした。

当社が本格的にCNFの研究開発を始めたのは2007年ですが、ちょうどその頃に国もさまざまな支援を行なうようになりました。経産省の試算によると、このまま順調に市場が広がれば、2030年には1兆円規模になるともいわれています。

当社のほかにも、大手の製紙会社や大手化学メーカーもサプライヤーとして参入してきています。

昨年4月、日本製紙の宮城・石巻工場に年産500tと世界最大規模の生産力を誇るCNF工場が完成・稼働した 昨年4月、日本製紙の宮城・石巻工場に年産500tと世界最大規模の生産力を誇るCNF工場が完成・稼働した 宮城・石巻工場は、東日本大震災の津波で甚大な被害を受けるも復旧。「新しいことを始めようとする意味合いもかなり大きいんです」と河崎所長 宮城・石巻工場は、東日本大震災の津波で甚大な被害を受けるも復旧。「新しいことを始めようとする意味合いもかなり大きいんです」と河崎所長

――CNFは紙の原料であるパルプからできるわけですね。それはどのようにして?

河崎 パルプ繊維の幅は約20~30ミクロンで、だいたいティッシュをちぎったときにでるホコリほどのとても小さなものです。

それをさらに最小単位(セルロースミクロフィブリル)にまでバラバラにするわけですが、その際、パルプに化学処理をしてほぐす方法と、機械でゴリゴリとすり潰しながら一本一本にほぐしていく方法の、2種類があります。近年では、この方法を組み合わせることも増えてきています。

河崎雅行氏 河崎雅行氏

――パルプをさらにほぐす! 想像してもしきれないミクロの世界です。

河崎 CNFの結晶繊維をほぐした一本一本の細さは、だいたい髪の毛の1万分の1といわれています。しかし、それは植物にしか作れない高い結晶性を持った繊維で、その細さからは想像もつかないほどの非常に高い強度を誇ります。よく「CNFの強度は鋼鉄の5倍で、軽さは5分の1」といわれますが、それはこの最小単位の状態でのことです。

また、熱によってもあまり伸び縮みが起きないのも特徴です。それに天然素材ですから、再生ももちろん可能です。

――CNFには、どのような用途があるのでしょう?

河崎 当社の場合、化学処理によってパルプをほぐしたCNFには、食品・化粧品用のカルボキシメチル化CNFと、工業用のTEMPO酸化CNFの2種類があります。

前者の用途は、主に機能性添加剤です。例えば、水の中に墨の粉を入れて振り混ぜることを想像してみてください。普通なら墨の粉が浮いたり沈んだりし最終的に分離してしまいますが、そこに微量のCNFを入れてあげると、墨の粉が水の中できれいに分散するようになるんです。

そしてそのまま放っておいても、CNFは繊維なので、繊維と繊維がネットワークをつくり、墨の粉が浮いたり沈んだりしない。このことを「懸濁(けんだく)安定性」といいます。一回振って混ぜれば、均一に分散された状態が続くというのは便利ですよね。

――それに自然由来だと、飲み物や調味料に入れても無害なのでは?

河崎 そうなんです。食品ではドレッシングなどがいい例でしょう。水と油を入れて振り混ぜると「乳化」という現象が起こり、それを放っておくと、またすぐに水と油に分離してしまいますよね。これにもCNFを少し入れてあげるだけで、乳化の状態をかなり長い時間保持することができるようになります。

さらに、CNFは温度が変化しても粘性はあまり変わりませんから、粉末から作るホットココアやコーンスープなどにも応用できるわけです。普通は溶け切らなかった分が沈殿してしまいますが、CNFを入れてあげると下にたまりにくくなります。

食品や化粧品以外にも、例えば塗料に入れることも可能です。塗料に混ぜると、塗るときには粘度が下がって塗りやすくなり、置いておくと粘度が上がって液ダレを起こさなくなるといった効果が期待できます。

高い透明性を誇るTEMPO酸化CNF(左)は、フィルムなどに用いられる。CM化CNF(右)は主に食品・化粧品向け 高い透明性を誇るTEMPO酸化CNF(左)は、フィルムなどに用いられる。CM化CNF(右)は主に食品・化粧品向け

■世界初のCNF製品はハイテク紙おむつ!

――では、工業用品ではどのように利用を?

河崎 工業用途向けのTEMPO酸化のCNFは、ほかにはない高い透明性が大きな特徴です。そのため、透明であることを生かした強度の向上などが期待できます。ただし、樹脂と複合化させる(組み合わせる)ためには、水分を抜く「疎水(そすい)化」という工程が必要です。

疎水化をした後に、例えばポリ乳酸という、トウモロコシ由来の透明性が高く強度が低い樹脂と混ぜると、透明性を保持したままで強度も高い透明のシートを作ることができるんです。この特徴を生かせば、包装容器等の軽量化にも寄与することができるんです。

――ということは、すごく丈夫なスマホの保護フィルムなども作れる?

河崎 そのとおりです。それに、ある程度までは折り曲げることもできます。

さらに熱膨張率が低いので、ガラスの代替品としての使用用途も今後は考えることができます。とはいえ、透明フィルムにはコストの問題や技術面などの改良点がありますから、これからといったところです。

――もう、生活の至る所に入り込んできますね。

河崎 あと、樹脂だけではなく、銀などの金属イオンをCNFの表面に担持(たんじ/土台となる物質に金属を固定すること)することができます。金属イオンの種類によって「抗菌・消臭機能」を生むことも可能なんです。例えば、ティッシュのような「抗菌消臭シート」を作って、それをさらに加工すれば抗菌・消臭機能が高い紙おむつが作れます。

当社の関連会社である日本製紙クレシアでは、CNFのシートを組み合わせた紙おむつを開発し、世界初のCNF機能性シートを使用した製品として発売しました。

――CNFは、「疎水化」を施すことで、さまざまな固形製品に生まれ変われると。

河崎 疎水化をしない、ゴム補強材のような例外もあります。なぜならCNFとゴムラテックスは疎水的な処理をせずともきれいに混ざるんですよ。CNFが入っているだけで強度、特に硬さはかなり変わります。

タイヤやパッキンなどのゴム製品を固くする(弾性率を上げる)には、これまではカーボンブラックやシリカといった重たい無機材料が不可欠でしたが、CNFなら少量で高い強度を実現できる。軽量性も見込めるため、さまざまな効果も期待しつつ、実用化に向けて検討を進めています。

ゴム補強材としてのCNF使用例(ナノ複合材)。引っ張り強度やねじれ剛性は生ゴムに比べて、驚くほど高い! ゴム補強材としてのCNF使用例(ナノ複合材)。引っ張り強度やねじれ剛性は生ゴムに比べて、驚くほど高い!

■コストの壁さえクリアすれば

――ここまでは化学処理によるCNFのお話でしたが、もうひとつの、機械でゴリゴリ潰すCNFにはどういったものが?

河崎 化学処理を施さず機械処理だけを行なうCNFは、目は粗く、透明性もありませんが、工程数も少なく、いくらかローコストで作ることができます。

こちらも疎水化をして樹脂と混ぜれば、自動車の内装材として高い需要が見込めます。こうした樹脂複合材については、当社の富士工場に実証生産設備を造りましたので、これから本格的に量産に向けた取り組みを開始します。

――クルマの部品はとても気になるところです。

河崎 環境省もCNFを使って自動車を軽量化することを目的としたNCV(ナノセルロース・ビークル)というプロジェクトを立ち上げるなど、積極的に動いています。今後は、鉄が使われている部分をいかに補強した樹脂で置き換えるかということが課題になってきます。

2020年までには10%軽量化をしたコンセプトカーを大手自動車メーカーが製造する方向で進められており、当社からもCNF樹脂複合材のサンプルを出しています。

ただし、現段階で自動車部品として使用するのには、強度面や耐熱面の課題も残っていますので、それはクリアしていかなくてはいけません。

――そんなCNFに欠点はあるのでしょうか?

河崎 やはり、実用化するにはコストを安くすることが求められます。特に、機能性添加剤や機能性シートよりも、大量生産が見込める自動車部品をはじめとするナノ複合材としての用途は、市場規模が大きい分、コストダウンが必要です。

その壁さえ越えられれば、世の中に広く普及していくことができると思います。原料のパルプは十分供給できるので、どんな素材にも取って代われると思います。

私も会社に入ってからずっと「紙」しかやっていませんでしたが、まさかこんな素材に関わるとは思ってもいませんでした。

――製紙業界に新しいビジネスチャンスが生まれたということですね。

河崎 そう思っています。すでに紙に関する研究開発は行き着く所まできた感じがあり、当社も近年はバイオマス資源である「木」を高度に利用する技術開発に力を注いでいます。

ですが、決して簡単なものではなく、CNFなど、木質バイオマス関連の新規事業開発の道のりはまだまだ長い。そのため、業界を超えていろいろなところと手を取り合いながらやっていく必要があると思っています。

●河崎雅行(かわさき・まさゆき)
1986年に山陽国策パルプ株式会社(現日本製紙株式会社)に入社。印刷用紙などの研究を経て、2016年にCNF研究所長に就任。現在、参与、研究開発本部長代理も兼任する