高校在学中に17歳でメジャーデビューし、ファーストアルバム『hollow world』から(ラストアルバムとなる)4枚目の『没落』に至るまで、その都度、自身の新教地を開拓してきたミュージシャン「ぼくのりりっくのぼうよみ」(以下、ぼくりり)。
音楽のみならず小説やエッセイを発表するなどマルチな才能を見せた彼は、メジャーでの活動わずか3年にして「ぼくりり」の"辞職"を決意し、今年1月29日、東京・昭和女子大学人見記念講堂で「葬式」と銘打ったラストライブを完遂。正式にその活動を終えた。
「今回は"友達の会"すぎて、あらためて僕が質問するのは照れる」という落合陽一(おちあい・よういち)が"故人"を筑波大学に招いたのは昨年末、ちょうど「ぼくりりをいかに美しく葬るか」をコンセプトにしたラストアルバムの発売直前だった。「ぼくりり×落合陽一」としては"生前最後"のライブトーク。ふたりの若き異才が学生を巻き込んで語り合う。
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落合 今、何歳だっけ?
故・ぼくりり 20歳です。現役大学生で、全然授業に出てない。なのに人の授業でしゃべってるっていう。何これ(笑)。
落合 面白い(笑)。ぼくりりさんはなんで音楽の道に進もうと思ったんですか?
故・ぼくりり 中学でバスケ部に入ったんですが、つらくて一日で辞めちゃって。家に帰ってニコニコ動画を速攻で見る、っていう生活をずっと続けてて、気づいたら音楽を作るようになってました。
落合 「これ、俺でも作れるじゃん」って?
故・ぼくりり 当時のニコニコ動画って、ホントに有象無象の集まりだったんです。すごい人もいっぱいいて、そうじゃない人もいて。それでやってみようかなと思ったんです。後ろの音を全部作ってるトラックメーカーという人たちがいて、「自由に使ってください」ってインターネット上に出してて。それを拾って最初の曲を作りました。
ニコニコ動画上に「ニコラップ」っていうタグがあるんですよ。もう今はだいぶ廃れて、焼け野原みたいになってるんですけど、当時はある程度人がいて、動画をあげたら見てくれる。コメントもくれるし、音楽がよかったらちゃんと伸びていく。そういう"会場"が用意されていたので、最初の一歩が踏み出しやすかったというか。
その後も、曲を作るときはまず「こういう曲作りたいから用意して」とトラックメーカーに頼みます。で、そのトラックの上に僕が歌詞とメロディをつけるっていう順番でやっています。
落合 ここ3年間くらいで、楽しいことって何かありましたか?
故・ぼくりり 楽しいこと? ......僕、「ぼくのりりっくのぼうよみ」という名前でデビューして3年間ぐらいたったんですけど、逆に「全部に敗北したな」みたいな。
落合 なんで? 全国から適当に集まったこれだけの人数の母集団(学生を指す)のなかで、半分くらいの人が曲を知ってる状況になったのに?
故・ぼくりり ありがとうございます。でもまあ、傍から見てどうとかじゃなくて、自分の中では「100点とれるはずのテストが40点だった」みたいな。それが傍から見たら「40点でもすごい」みたいになっていって。
落合 アーティストって息の長い職業だからさ。音楽だって、今20歳で、あと何年やってても全然いいわけじゃん。なんで、ぼくりりを"辞職"しようと思ったの?
故・ぼくりり 辞職したほうが楽しいのかなと思って。積んできたキャリアを放棄したいなと思う瞬間は、誰しもだいたいあるはずで。
落合 あるある。
故・ぼくりり こうやって人目に届く場所までは来られたので、そこで破壊することに意義があるのかな、と思います。
落合 爆破解体みたいなもんですね。
故・ぼくりり そうそう。ビル爆破する動画とか、みんな見たいでしょう。そういうのがやりたかった。
落合 なるほどね。破壊したくなったきっかけは?
故・ぼくりり 僕、2017年の冬くらいから翌年春にかけてうつ病だったと思うんですけど、それは目的を決めずに戦略だけを進めてきた結果というか。自分がこうなりたいとかじゃなくて、社会一般にこうするのがよさそう、みたいなルートを上手に辿っていて。こういうことを言ったらウケがいいだろうとか、フォロワーが増えるだろうとか、誰にも嫌われないだろうとか。そういうことをやってると、何もなくなっていっちゃう感じがあって。
デビューする前は"インターネットヤンキー"みたいな感じだったんですよ。ツイッターランドで和気あいあいとディスり合って(笑)。基本的にそういう尖ったところがあるし、破壊願望もあるんだけど、そういうマインドがどんどん薄れていって。
落合 キャラクターイメージが、どんどん優しくて賢くてインテリな感じになっていったよね。
故・ぼくりり なんかかわいらしい、それでいてちょっと賢そうな感じのイメージを作るのがすごい上手なんで(笑)。それはいわゆるブルーオーシャン戦略みたいにやってました。ここは誰も狙ってないし、自分はちょうど刺せるものがあるから刺しにいきましょうって。
でも、得すると思って自分のキャラを作っていったら、実はあんまり得しねえじゃんって気づいたんです。ビジネス的に見ても得策じゃない。つまりブルーオーシャンなんだけれども、瀬戸内海ぐらいの広さしかなかった。だったら普通に太平洋に出たほうがいい、みたいな。
落合 「J-POP村に飽き飽きしたぜ」ってこと?
故・ぼくりり いや、その村の中のさらに小さなカテゴリーでしかなかったってことです。
ポップであることって、揶揄されがちじゃないですか。でも、ポップにするのって本当に精度が高くないとできないことなんです。誰が書いていようが、誰が歌っていようが、どうでもいいっていうレベルのものを作るのはすごく難しい。
落合 普遍性を獲得するためのステップは、極めてスイートスポットが狭いという。
故・ぼくりり そこに愚直に挑んでいくっていう作業が、本当は自分には必要だったんだと思います。
落合 ぼくりりを辞めた後はどうするの? 人間回帰して学校に通うの?
故・ぼくりり どうですかね。大学って僕が何をやってるかに関わらず、向いてないと思います。入学して最初の授業にウキウキしながら行ったら、隣の席の女の子に「みんなでレポート書けば楽だからいいね」みたいなことをひと言めに言われて、それで心が折れた。
落合 (笑)
故・ぼくりり ああ、マジでこの人たちは消化試合として授業に来てるんだ、って。運転免許証みたいに大卒認定が欲しいだけなんだ、って思って、大学への意欲が音を立てて叩き折られました。
落合 事務所はやめるんだっけ?
故・ぼくりり はい。2月で契約を終了します。
落合 ダイレクト・トゥ・カスタマー(D2C)の仕組みが増えてくると、そういう(事務所などに所属しない)キャリアを選択する人が今後はぼこぼこ出てくると思うんだよね。(キングコングの)西野亮廣さんの逃げ切り方とか、すごいと思う。芸人さんの世界では断トツでしょ? 音楽業界でそういうのをやってる人はいる?
故・ぼくりり どうなんだろう。メジャーと契約することで縛られてしまうからなあ。そもそも、オンラインサロンの旧時代バージョンとして、日本の音楽業界にはファンクラブビジネスがかなり根付いてるから。
落合 なるほどね。ファンクラブで収益を上げてるから、テレビ出る必要なんかないじゃんっていう人は確かに昔からいっぱいいるね。
故・ぼくりり そこのフェーズにかじりつくために、一時期だけ頑張ってテレビに出るっていう感じなのかなと思います。
落合 ちなみに、ぼくりりのファンクラブはあるの?
故・ぼくりり ありますよ。それも1月で爆破します。
落合 爆破して、D2Cにした後は金銭的にめっちゃ儲かりそうだね。
故・ぼくりり 僕、なぜか今、"アーティスト相談所"みたいになってるんですよ。知り合いのアーティストから「契約の内容がヤバいんですけど」とか相談を受けてて。「マジで搾取とかあるんだ!」ってドン引きしてます。すげえ大変そう。
落合 アーティストは商品だからね。
故・ぼくりり 「じゃあ、弁護士紹介します」ってなぜか僕がやってる(笑)。(学生に対して)音楽やりたい人はあまり事務所と契約しないほうがいいですよ。あと、契約書はちゃんと読んでね。
落合 でも、そういうギャップに悩まされる最後の世代になりそうじゃん? あのビジネスモデルはもう崩壊してるからさ。だって、例えば事務所がやってくれてうれしかったことって何かある?
故・ぼくりり ......なんだろ? 送り迎えとか?
落合 タクシーでいいじゃん。
故・ぼくりり 論破されました(笑)。あとはなんだろ。自分でメールしなくていいとか?
落合 秘書でいい。自分で雇えばいい。
故・ぼくりり そう思います。すごく良くしてくれるし、いい人たちだけど、構造的に......。
落合 ただ、大手芸能事務所は"テレビ村"と"CM村"には強いけどね。レコード会社はどう? 俺、出版社は別にいらないよねって思うことはよくあるんだけど。
故・ぼくりり 現状では、例えば"ポニーキャニオン"っていう名前とかマークがついてることで、「あ、メジャーデビューだ」ってみんなが思う......みたいな役割はあるのかも。
落合 ああ、「ぼくりりファクトリー」から出たCDだったら、最初ちょっと怖い、みたいなことね。何も知らなかったら。
故・ぼくりり まあでも、曲はYouTubeで全部聴けるからなあ。そういう意味じゃ、"証明書"は音楽自体で担保できているとも言えますよね。
落合 それは確かにそうだ。
故・ぼくりり YouTube Music、YouTube Premiumっていうのが新しく出てきたんですけど、あれは面白いなって。
落合 うちの子も、あれでずっと『アンパンマン』見てる。YouTubeで曲が完結していて、かつバックグラウンド再生できるなら、AppleMusicは要らないじゃんって思うよね。
故・ぼくりり CDなんてもうホント、"運送業者"じゃないですか。MP3を僕たちのもとから消費者のもとに運ぶだけなんで。それだったら運送はドロップボックスのほうが早いよね、みたいな。
落合 ドロップボックスは神だよね、早い。音楽業界はここをこうしたほうがいいっていうのは、何かある?
故・ぼくりり 事務所とレコード会社とアーティストの三者で基本的にやってるんだけど、その形がもう終わってるのかな、とは思います。
落合 直販でいいよね。
◆後編⇒故・ぼくのりりっくのぼうよみ×落合陽一「"原液"の純度は常に100パーセントにしておかないといけない」
■「#コンテンツ応用論2018」とは?
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一学長補佐が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。
●落合陽一(おちあい・よういち)
1987年生まれ。筑波大学学長補佐、准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『日本進化論』(SB新書)
●故・ぼくのりりっくのぼうよみ
1998年生まれ。中学生時代から「ぼくのりりっくのぼうよみ」、「紫外線」の名前で動画サイトなどに投稿を開始。2015年12月、高校3年時にアルバム『hollow world』でメジャーデビュー。映画『3月のライオン』前編主題歌『Be Noble』、資生堂「アネッサ」CMソング『SKY's the limit』など大型タイアップでも注目される。また、『文學界』(文藝春秋)にエッセイを寄稿するなど文筆家としても活動。昨年12月にラストアルバム『没落』とベストアルバム『人間』を同時リリースし、今年1月末のラストライブ「葬式」をもって活動を終了した