筑波大学で講義をする落合陽一(左)とケンモチヒデフミ

完成度の高い洗練された楽曲に、地名、人名、商品名、キャッチコピーなどを自由自在にあしらった個性的なラップ、そして奇抜なライブパフォーマンスで人気を集める音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」(水カン)。

落合陽一(おちあい・よういち)が担当して4年目を迎えた筑波大学の人気講義「コンテンツ応用論」の今シーズン最初のゲストは、その水カンの大部分の楽曲制作を手がけるケンモチヒデフミだ。

創作の原動力が"謎の感動"にあるとケンモチが語った前編記事に続き、後編記事では音楽制作手法の新潮流、そして「動画論」まで、ふたりが幅広くエンタメコンテンツについて語り合う。

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落合 話は戻りますけど、歌詞は無感情で書いてるんですね。

ケンモチ なんでそうなったかというと、そもそもコムアイが歌詞を書くはずだったんです。だけど彼女にはサボり癖がありまして、歌詞を書いてこない。「じゃあこれは仮の歌詞だからね」って僕が書いたら、それが正式に使われるようになって、ええっ!?という。

30を過ぎたおっさんが、女子大生に「こういう言葉で歌って」ってマジメに言うのは照れくさいし、気持ち悪いじゃないですか。だから、あえて一切感情がわかないような言葉の羅列、面白いだけの歌詞にしました。

歌詞というのは、若いうちに書き出さないと書けなくなるんです、本当に。若い頃のパッションとか赤裸々な心情みたいなものがないと書けない。30過ぎると、「まあでも、そんなに声を上げて言うほどのことでもないな」とか、「これは前も書いたしな」とか、そういうふうになっちゃうんですよ。

なので、シンガーソングライターになりたい人は、歌詞は早めに、恥をかける年齢のうちにたくさん書いといたほうがいいですよ。曲作りは後からでもできると思うんですけどね。

落合 僕は学生の頃、(音楽制作ソフトの)CubaseとかLogicとかを使ってよく音楽を作ってました。でも今の学生さんに聞くと、「(無料ソフトの)GarageBandでやってます」みたいな子がいて。作り方もだいぶ変わってきていますよね。

ケンモチ 今はそういう人が多いです。中学生のトラックメーカーもいるんですけど、みんなGarageBandやスマホでやっちゃう。

落合 曲作りの考え方も変わってきてるのかなあと思います。この前、たなか(元・ぼくのりりっくのぼうよみ。現在は「たなか」名義で活動)とご飯に行ったら、「落合さんは音楽やらないんですか? イケてるトラックメーカー紹介しますよ」みたいに言うんです。

ケンモチ 彼は"トラックメーカーの無料案内所"感がありますよね。

落合 そうそう。今はそういう感じで音楽作るんだ、すごくビジネスライクだなあと思って。そういう曲作りって僕が生きてきた音楽観には全然なくて、もし自分でやるなら「よし、熱量こめて旋律書くわ」みたいなノリかなと思うんですけど。

ケンモチ それと、今は分業化もさらに進んでいて、例えば「このトラックはいいんだけど、ハイハットの音だけ気に食わないんだよな」と思えば、そこだけ別の人に発注するようなケースもあります。そのくらい部分的に参加した人も、「コライト」といって作曲のクレジットに載るんですよ。カニエ・ウェストの曲なんか、10人くらいクレジットがありますよ。

落合 カラオケで入れたら表示が大変なことになりますね(笑)。それと、J-POPがちょっと変わったなと思った時期があって、例えば(世界的DJの)アフロジャックがプロデュースした三代目J SOUL BROTHERSの『Summer Madness』という曲は、サビがないんです。

ケンモチ 「ドロップサビ」というやつですね。Aメロ、Bメロは歌が入っていて、これからサビいくよ!サビいくよ!と思わせといて、実は歌わな~い、みたいな。

落合 あの曲がちゃんと1位を取ったし、その後にはきゃりーぱみゅぱみゅもドロップサビの曲を出した。

ケンモチ 世界的な流れからいったら、「え、今?」みたいな感じではあったんですけどね。

落合 でも、日本であれでちゃんと人気が出るんだから、もっと全然違うものを作っても国内の音楽ビジネスは成立すると思いました。

ケンモチ 確かにね。日本の音楽文化ってとんでもなく遅れてるんだと思っていたんですが、最近、逆に日本のほうが早くなっちゃってるんじゃないかと思うようになりまして。もう日本人は、音楽に興味を示すタームじゃないのかなということです。

ここ数年、YouTubeでMV(ミュージックビデオ)を見る人がすごく減ったんです。実は僕も見ていなくて、YouTuberばっかり見てます。3分間、4分間のMVを見る集中力すらない。長えなって思っちゃう。「どうせ歌うんだろ?」ってわかってる状態でイントロや間奏を聴く、そのワクワク感のなさに耐えられないというか

落合 確かに。最初にドアがバタンと閉まって、ロゴが出てきて、車をブーンと走らせて、森に着いた瞬間から曲が鳴り始めて......みたいな、あの1分半にはもう耐えられない。「1秒目から歌え」という感じになってますよね。

ケンモチ その点、YouTuberは「今日は何するんだろう」って気になるじゃないですか。どんなコンテンツなのか、開けてみるまでわからない。そういうものじゃないと自分も楽しめなくなっていて。

落合 堀江貴文さんの『ホリエモンチャンネル』も最近は作り方が変わってきています。昔はすげえ作り込んでいて、それがたくさん再生されていたけど、最近は休憩所とか車内とかでさっと撮ったような動画でも、100万回とか再生される。人間が動画というものに慣れて、"没入するための儀式"がいらなくなったんでしょう

ケンモチ テレビだと、やっぱり同時にいろんな人に送るから作り込みが必要だけど、動画のほうはみんな「早く始めろ」っていう状態で見に来てるわけですしね。まどろっこしい説明はいらん、という。

落合 ライブなんかはどうなんだろうなあ。eスポーツのFPS(自分視点のシューティングゲーム)のゲーム内でのライブとか、最近増えてますよね。

ケンモチ VTuberがウェブ上でライブをやって、そこに投げ銭できるシステムがあるじゃないですか。それが現実のライブでもできるようになってきていて、「MUSER」というウェブサービスは「1エール当たり1円」とかで、二次元バーコードを読み取って課金する仕組みになっています。

落合 ところで、会社員だった頃は音楽と仕事をどのように両立させていたんですか?

ケンモチ 僕の仕事は夜勤で、夕方5時から翌朝8時までの労働が一日おきに入るというシフトでした。なので、朝帰ってきたらカバンを下ろさずに、そのまま立ってバチバチって曲を作ってました。

落合 座ると寝ちゃうから。

ケンモチ その状態でいいところまで作って、2、3時間寝て、それから仕事行くみたいな、今の落合さん並みに寝ない状態が続いちゃって。

20代の頃はそれでも全然平気だったんですが、32歳ぐらいのときから、一度寝るとけっこう長時間寝ちゃうようになった。かといって、寝ないと何も出てこないようになって、両立は無理だ、どちらか選ぶなら音楽だな、というわけで仕事を辞めました。

落合 ちなみに、曲と歌詞だったら眠いときに出てこなくなるのはどっちですか?

ケンモチ どっちもスルっと出るときは出るし、出ないときは出ないです。そもそも、スルっと出てこない素材は、けっこうダメなんですよね。「なんでよくならないんだろう」と考えている時点で、土台がぐしゃぐしゃなんです。ただ、行き詰まってるときはそれに気づかない。

落合 すっげえよくわかります。追いかけちゃうんだよな、夜のテンションだと。

僕は最近32歳になったんです。この前ぼーっと考えていて、このまま徹夜でやり続けていたらクリエイティブが失われてしまうと気づきました。徹夜で論文を直していて、調子が悪いとアートの仕事のスケッチを描き始めて、それもうまくいかなくて会社の仕事をして、結局「どれもできねえ!」ってなるようなことが32歳になってから何回かありました。

ケンモチ ようやく「落合陽一、寝る」というタイミングが訪れようとしている(笑)。

学生が講義中に「#コンテンツ応用論2019」つきでツイートした感想は、リアルタイムで前方に表示されるシステム

■「#コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載はこの秋に開講されている筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士合取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来館を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●ケンモチヒデフミ(けんもち・ひでふみ) 
1981年生まれ。音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」のほとんどの楽曲を手掛けるトラックメイカー。ほかにソロミュージシャン、アレンジャー、サウンドプロデューサーといsても幅広く活躍。ソロの最新アルバムは『沸騰沸く~FOOTWORK~』