「現代の魔法使い」落合陽一(右)とCGクリエイターの北田能士

昨年9月29日、CGコンテンツのひとつの到達点となるようなイベントが千葉県の幕張メッセで行なわれた。"世界初、VTuber(ブイチューバー)がランウェイを歩く日"とうたわれたファッションショー&ライブイベント「FAVRIC(ファブリック)」だ。

総勢70体ものVTuberが舞台狭しと自在なパフォーマンスを見せ、ファンを熱狂させた。そのCGアニメーション制作を手がけた株式会社フレイム、株式会社 冬寂(とうじゃく)の北田能士(きただ・たかし)が今回のゲストだ。

「CG業界って、最終的な成果物のカッコよさとは裏腹に、ものすごい泥臭さがあるんですよ」と業務の大変さをほのめかす落合陽一(おちあい・よういち)と共に、その最前線で活動する視点から現場の裏話を披露する。

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北田 そもそもなぜこの業界で働いているのかというと、大学生の頃に付き合っていた彼女が「CGやりたい。どこか学校ない?」と言い出したんですね。当時、僕はすでに趣味で多少CGをやっていたんですが、それでデジタルハリウッドという専門スクールを見つけて、見学しに行って、僕のほうがやる気になって、そのまんま20年たって......みたいな感じです。

フレイムというCGプロダクションは2003年創業です。その前に1年半ほど働いていたプロダクションはもめごとが多くて辞めまして、同級生の大林謙くん(現フレイム代表取締役)に声をかけたら、彼も仕事を辞めていた。ふたりとも職なしだし、会社でもつくろうかとイージーに始めて、気が付けば16年やっちゃってます。今は約40人います。

皆さんのイメージするCG会社って、CGのキャラクターを作ったり、絵をきれいに仕上げたりするのがメインの仕事だと思いますが、実際に僕がやっていることの半分以上は、CGデザイナーとしてこっちが決めたことをクライアントに認めてもらうことです。

不思議な話なんですけど、制作を始める段階ではいったい誰が出るイベントなのか、何をどう映すのかといったことを知らされないまま作り始めることもあって、スケジュール的にも心臓に悪い話がいっぱいある仕事です。CGにするのはアニメやゲームのキャラクターが多いので、権利関係もややこしいです。

実際にやったイベントを例に仕事の基本行程をお話します。2017年2月に、落合さんにもお声がけして『ソードアート・オンライン』(以下、SAO)というアニメの劇場版作品の宣伝イベントをやりました。

最初に僕が相談を受けたのが前年の12月半ばで、年末年始は進行が止まり、その後やっと演出の打ち合わせをしてCGアニメーションの作成にとりかかりました。1時間のイベントだと、普通は3ヵ月くらい前から準備するのですが、このときはみんなが集まってミーティングできたのが本番の1ヵ月前あたり。明らかにヤバいスケジュールです。

落合 懐かしいです! SAOファンなので大変だったけど楽しいお仕事でした。

北田 このイベントではキャラクターにライブをさせることになったので、そのためのCGアニメを作りました。うちは人の動きをデジタルデータにして取り込むモーションキャプチャーのシステムを持っています。何千万円もするんですが、よそに頼むより早いので、自分たちでシステムを改修しながら使っています。

最初に振付師さんに振り付けをお願いして、それからアクターさんに踊っていただいて、そのデータに合わせてCGキャラクターのアニメーションを作っていきます。人の動きを"人ならざるもの(CGキャラクター)"に入れるので、この段階では足が床の上を滑っていたりとか、横から見たら猫背だったりとか、この動き関節外れてるじゃんとか、そういうことが生じます。

落合 それを修正するのにどのくらいかかるんですか?

北田 修正には何行程かあって、まず足が床を突き抜けないようにして、それからモーションキャプチャーしたデータのノイズを半自動でとるフィルタリングをします。その後でモーション修正、それに伴ってズレたテンポの修正、さらにフェイシャル(顔の表情)、手の動き、シミュレーション(スカートの揺れなどの表現)を別につけて......。

最終行程としてそれらを全部合わせた状態で直していくところまで、一曲やるのに1ヵ月半かかります。髪の長い女性がガンガン踊れば髪が顔にかかるのは当然ですが、それをキャラクターでやるとなぜかクレームがついたりするので、そういうところも手を加えます。

しかし、このときは1ヵ月半やっていたらSAOのイベントにはとうてい間に合わない。なので2、3日でやりました。どうしたらそんなに早くできるのかは説明しませんが、重要なことはちゃんとやっています。ちなみに世の中には「修正しない」という選択肢もあるようです(笑)。世にいうVTuberの大半は、実はノイズのフィルタリングもせずに映っていますよ。

興行フロー的なことをいうと、本番上映の前には「ゲネプロ」というものがあります。例えば権利保有者や出資者に対して「僕たち見せましたよね、文句あるなら今言ってください、でも言われても今から修正したら事故るかもしれません」とオーソライズする通しリハなんですが......。

落合 (学生に対して補足説明)今のはめっちゃ悪意ある言い方に聞こえますが(笑)、本質的にはそんな感じです。つまりこの手のイベントって、現場で興行をやる人と、権利を持っている人が違うことが多いんですよ。

権利を持っている人は「ウチの○○ちゃんはこんな動き方しないですよ」とか、そういう直しをしたいんですが、興行を打つ側は「無理して直すと本番で事故るかもしれませんが、責任はとってくださいね」と、そういうことを共有して決めるのがゲネプロという作業である場合が多いです。

北田 ......のはずなんですが、SAOではゲネプロはぶっ飛ばしました。僕はゲネプロに嫌われているのか、ゲネプロなしで本番を迎えることがわりとよくありまして......先に進みます。どんどん心臓に悪い話が出てきますけど。

落合 それはそれで僕は面白いです。

北田 これはまた別の仕事なんですが、アメリカの超大物アーティストのコンサートの前座で、30分くらい初音ミクを踊らせたことがありました。「1ヵ月半で30分作れるか?」と聞かれて、調子に乗って引き受けた結果、大変なことが起きて間に合わなくなり、アメリカを2週間放浪しながらひとりでCGを直してました。

とにかく、僕たちの特徴としては、最初からわれわれに話が来た企画だけでなく、別の会社でやろうとしたけどうまく回らなくて脱落した企画を振られることが多くてですね。

落合 要は火消しですね。

北田 そうです。「まだ『できない』とは証明されていないから引き受けてみる」というレベルの仕事だらけの業界です。当然、納期までの余裕がなくなっているから、打ち合わせもゲネプロもロクにできません。

そうした現場の最たる例が、中国の大手動画配信サービス「ビリビリ」のイベントでした。ニコニコ動画をマネしてやってみたら、本家より高機能になっちゃったという会社で、毎年、上海で"ビリビリ超会議"的なライブイベントを開催しています。

そのオフィシャルキャラクターのCGアニメ作成を3年連続でうちがやっているんですが、実はこれ、最初は別の会社が受けていた仕事なんです。イベントは7月なんですが、その前の会社が5月に投げ出しまして、うちが後釜を頼まれました。

火消しの仕事って、誰かが「無理でした」と投げ出したことをやるわけだから、ちょっとテンション上がるんですよね(笑)。しかも1万人の観客に対して上映するはずのものがまだできていないなんて、ゾクゾクするじゃないですか。

おまけに、相手は日本語が一切わからないし、こっちは中国語が一切わからないから、文句をいわれてもわからない。だけど、観客が感動してワーワー言ってくれるときはわかる。こんないい状況はないな、やるだけやってみようと思ってやりました。

結局6月から作り始めて、7月21日の本番までにキャラクター2体、15分くらいのCG映像を作りました。夕方5時開演だったんですが、僕が最終データを渡したのは4時半で、10分遅れくらいで開演しました。この世界ではよくあることです(笑)。

落合 ちなみに報酬は中国資本から出るんですか?

北田 中国資本なんですけど、日本円でもらいます。

落合 支払いはいいですか?

北田 支払いは、運です(笑)。たまたまこのときは、中国で共産党大会が行なわれた年で、その影響で送金規制が入ったせいで、もらうまで半年かかりました。

落合 なるほど......。

北田 われわれは研究者ではないので、研究資金は自分たちで稼ぐしかないんですね。稼ぐために発注元と契約書を取り交わすわけですが、まれに不思議なことが書かれているんです。「この案件をやるに当たって開発したノウハウは、すべて発注元のものである」と。それに従って「北田さん、今回アプリケーション作りましたよね、権利物はわれわれにください」といわれる......という。

そういうやりとりも面倒くさいので、われわれは自社で先に(新たなノウハウを)作ってしまうことが多いです。その作ったものの実証実験として、仕事を受託してみる。そうするとまた新たな課題に気づくけど、その場で解決してしまうとクライアントのものになってしまうから、また別の独自プロジェクトとして改良して、新たな仕事を受託......ということを繰り返す。そんなことをしております。

受講している学生が「#コンテンツ応用論2019」つきで講義中にツイートした感想が、そのままリアルタイムで表示されるシステム

落合 ありがとうございました! では対談パートに移ります。

僕は国際会議にもよく出ているCGの研究者でもあるんですが、この分野はお金も時間もめちゃくちゃかかります。例えば、NHKで五輪などの大規模なスポーツイベントの放映用に45秒のオープニング動画をつくるとしたら、いくらくらいになります?

北田 おそらく、オープニングという時点で1000万円は超えると思います。

落合 なんでそんなにかかるのか、一般の人にはちょっとわからないかもしれません。人件費ももちろんですが、コンピューティングリソースが十分にないと演算が終わらなかったり、めっちゃ細かく指示を入れないときれいに仕上がらなかったりするんですよね。

CGプロダクションにおいてはレンダリング(データから画像を出力する作業)がキモになると思うんですが、上海に行ったときはどうしてたんですか?

北田 自分たちは2週間ぐらい上海に行ってたんですが、デスクトップPCが10台くらいないと間に合わない状況でした。しかし、手元にはノートPCしかない。それでビリビリの会社に行ったら、10台くらい誰も使っていないPCが並んでたんですよ。

「これで何するの?」って聞いたら、「ウィンドウズのゲームを展示するのに使う」っていうから、「じゃあこれ貸して」って、会議室を占拠してずっと作業してました。それでも足りなかったので、そのへんに置いてある使われていないあらゆるデスクトップも総動員して(笑)。

落合 これは笑いごとじゃなくて、マジでレンダリングってめちゃくちゃ重要なんですよ。ノートPCでノマドでできるっていう仕事じゃない。

北田 ただ、僕たちはほかの業者と少し違って、「毎回同じ操作をレンダリングと称するなんて、クリエイターとしてそんなにダサくて恥ずかしいことがあるか!」という思いがあります。だからわれわれは命を削り、クライアントに怒られ、若干案件をねじ曲げてでも新しいことをするぞ!という口実の下、使えるものはなんでも使って、このときはアプリケーションも変えて、24時間かかる計算処理を7時間ぐらいにまで短縮しました。

◆後編⇒落合陽一×北田能士(CGクリエイター)「"フォーマット"を逸脱するのがクリエイターの仕事」

■「#コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載は昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士合取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来館を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●北田能士(きただ・たかし) 
CGクリエイター。CG制作プロダクションの株式会社フレイム取締役・マネージャー、株式会社冬寂代表。CGアニメーション制作、CGキャラクターをリアルタイムで動かすイベントを数多く手がけ、デジタルハリウッド大学、東洋美術学校で非常勤講師も務める