筑波大学で講義をする落合陽一(左)と杉山 央(右) 筑波大学で講義をする落合陽一(左)と杉山 央(右)

大手ディベロッパーの森ビルと、世界で活躍するアートコレクティブ・チームラボの異業種連携によって、2018年6月に東京・お台場にオープンした「森ビル デジタルアート ミュージアム:エプソン チームラボボーダレス」(以下、チームラボボーダレス)は、今も入場待ちが生じるほどの人気スポットとなった。

2019年8月には米TIME誌の「World's Greatest Places 2019(世界で最も素晴らしい場所 2019年度版)」にも選出されるなど、早くも日本の新しい名所として認知されている。

このチームラボボーダレスの企画運営室室長を務める森ビルの杉山 央(すぎやま・おう)は、学生時代から都市、アート、テクノロジーの3分野が重なる表現の魅力にとりつかれていた。やがて森ビルに就職し、都市そのもののデザインを構想する側に回り、世界にも前例のない美術館を作り上げる――そんな杉山の発想の源泉が明らかにされた前編記事に続き、後編では落合陽一(おちあい・よういち)と杉山が「テクノロジーとアート」「都市とアート」の未来について語り合う。

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杉山 それから、これは特に若い人たちに耳を傾けてもらいたいのですが、僕はメディアアートや、AIも含めたテクノロジーを用いた表現領域こそ、今後日本人に勝機がある分野ではないかという仮説を持っています。

平面的な表現が優位だった時代が長く続いてきましたが、その分野では例えばハリウッドがあるアメリカには結局勝てなかった。けれども近年、デジタルのクリエイションの幅が平面的なモニターの限界を飛び越えて、空間、実社会にまで広がってきています。チームラボもまさに空間を使って表現していますよね。

こうなると日本にとってはチャンスです。というのも、世界的に活躍する建築家を多数輩出していることからもわかるように、日本人って昔から、間のとり方や自然と人工の調和のさせ方など、空間設計の能力が秀でていると思うんですね。その長い歴史があるから、ARのようなコンテンツの素材となるコンテクストも豊富ですしね。

落合 カンバススケールや映像スケールより大きくて、建築スケールより小さい領域も日本人は得意だと思います。

小さい住居を基本とした文化に付随するようなスケール感。箱庭と茶室。つまり、インスタレーションや身体性のあるアート。さらには茶碗とか壺とか、もっと小さいスケールもいけます。僕は作品を制作するときに、よく「盆栽感のあるアート」とか「盆栽感マシマシで」とか、そういう尺度で構想します。

ただ、僕が思う問題点は、アートってパチモノが出てくると価値が棄損されるじゃないですか。テクノロジーを使うメディアアートのパクりやすさは、今後この分野がメインストリームになっていけばいくほど無視できない問題になると思うのですが。

杉山 そうなると、有名になって突き抜けたり、ブランドになることが勝利だと思いますね。似たようなものが出たとしても、「チームラボっぽいね」って言われたら勝ちでしょう? 例えば、ルイ・ヴィトンの偽物を持っていることが恥ずかしいと思う人がいれば、本物の価値がさらに高まる、というような。

落合 なるほど。

杉山 別の問題としては、テクノロジーに依存するアートだと、どうしても数年前の作品が表現のリッチさで見劣りするといったことが生じます。落合さんの言葉でいうなら「解像度」ですね。落合さんは、ピクセルから解放されたものを作りたいとおっしゃってましたよね。

落合 そうそう、解像度で語ると5年もすれば古くなってしまうから。先日オープンした日本科学未来館の常設展示ではかなり多くの鏡を使っているんです。鏡って解像度がほぼ無限だから。杉山さんは、次はどんな野望を用意していますか?

杉山 冗談みたいな話なんですけど、地下空間に展望台をつくったら面白いかなあと。当たり前ですが展望台は景観を通じて都市を見せる施設です。

でも都市を見せること、理解することは、眺望だけではない。その街の文化を見せることでも「展望」になると思いまして。だからあえて窓がない地下空間で、そのエリアで生まれる文化やポップカルチャーを紹介する展望台ができたら楽しいなあと。

落合 僕も、いろんなゼネコンの方に「ビルを埋めて、窓をすべて8Kモニターにしたら面白いですね」ってよく言います。で、地下100mから地下都市を一望する展望台を作る(笑)。

杉山 あ、そっちか! それも面白い。

落合 エレベーターで昇らない、ものすごく高い解像度のモニター100枚で見せる展望台とか、やりたいですよね。

ところで先日、京都の刺繍職人さんの話を聞く機会があって、お弟子さんをとったらどんな修行をするのかと聞いたら、縫い方なんかは教えないんっていうんです。代わりに片づけや掃除をしたり、一緒に祭りに行ったり、納品先の人とお酒を飲んだり、配達に行ったり......といったことを2年間みっちりやらせる。

そうすることで、京都という"生態系"の中で刺繍がどう受容されているか、活かされているかを人付き合いもろとも肌で知ることが修行なんだということです。生態系があるから生存戦略がわかりやすいんです

だけど、メディアアートには生態系がありませんよね。お台場に本場がひとつできても、京都の町で刺繍が生きていくようなエコシステムはまだ確立されていません。そういうなかで、後進をどう育てていくかがわれわれの課題だと思うのですが。

杉山 僕は「ネクスト・チームラボはどこにいるんですか」と聞かれたら、「チームラボの中に育っていますよ」と答えます。

例えば建築だったら、かつての時代なら優秀な若手は丹下健三事務所や、もう少し後なら伊東豊雄事務所で働いて、学んで、やがて30過ぎて独立していく、という流れがありました。チームラボはチームラボで、やはり巣立っていった人もいれば、新たに入ってくる人もいます。

落合 確かに、すでに「元チームラボ」の人が活躍し始めていますね。ただ、直系のメディアアーティストが育つかどうかはまた別で。

それと、僕はやっぱり、日本に足りないのはコレクターだと思う

杉山 結局、メディアアーティストが提供するのは物ではなく体験です。すると、入場料といった形でしかマネタイズできないんですよね。お客さんに所有欲をかきたてるようなものかといわれたら、まだ溝がある。

落合 そうそう。アイドルのカレンダーを買ってくるように、「チームラボボーダレスを自宅でも」って買うようには......。

杉山 ならないかなあ、やっぱり。猪子さんの言葉で衝撃的なのが「質量のあるものはダサい」。

落合 そう、あれは俺の青春の言葉でしたね。2011年頃でしたっけ。けっこう影響がありましたよ、僕の人生で。

杉山 みんなだんだんと、質量のないものに価値があるという風になっていますよね。

最近、メディアアートも保存性の問題があるけど、ダンスや演劇や古典芸能こそ、3Dでアーカイブする必要があるんじゃないかなと思っているんです。今の技術なら確実にできるじゃないですか。人間国宝の方が踊っている様子を完璧にスキャニングしておけば、いつでも実空間に取り出せるわけですから。

落合 大学で現代アートの講義をするとして、昔だったらマルセル・デュシャンはこれこれこうで、ジョン・ケージはこれこれこうだとか説明していたところ、今はYouTubeで本人のインタビューとか講義が観られますからね。それは、この1世紀の間に必死にアーカイブしてきたものをデジタルでウェブ空間に載せ直したからです。

杉山 そうそう、それをこれからは平面じゃなく、立体に置き換えて保存しておく。

落合 とりあえず撮っておけ、ということですね。

話を戻して、メディアアーティストの生存戦略ですが、僕は最近、コレクターを頑張って開拓しようとしています。一年で200作品くらいは売りたい。そうしないとマーケットが育たないから。

チームラボボーダレスだって、入り口のマインドセットひとつでお客さんの反応が変わったんだし、「アートひとつ持っていないなんてカッコ悪い」みたいな感覚を皆さんに持っていただきましょう。

杉山 そこはいろいろ選択肢があると思いますよ。アートの鑑賞って突き詰めれば「他人の考えを理解する」こと、要するに他者を知ることでしょう。それができる人は感受性が豊かで、自分のクリエイティブ性も高まるし、そういう人こそ魅力的とされる社会になっていくと思います。

だって、AIが人間の仕事を奪っていくとなったとき、何が残るのかといったら、アートぐらいしか残るものはないでしょうから。

■「#コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載は昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士合取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来館を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●杉山 央(すぎやま・おう) 
学生時代から街を使ったアート活動を行ない、卒業後は森ビルに入社。チームラボとの異色の提携を企画・進行し、2018年6月に東京・お台場にオープンしたミュージアム「チームラボボーダレス」の企画運営室室長を務める