慶應義塾大学SFC在学中に企業ブランディングやセールスプロモーションを手掛ける株式会社エードットに入社し、19年10月に株式会社arca(アルカ)を立ち上げた辻 愛沙子(つじ・あさこ)。
"社会派クリエイティブ"を掲げ、広告クリエイティブのノウハウを駆使して社会課題の解決を目指す活動を展開する彼女が、『news zero』(日本テレビ系)の日替わりパートナー同士(曜日違い)という関係にある落合陽一(おちあい・よういち)と共にこの日、繰り広げたのは、日本におけるジェンダー観をめぐるトーク。
辻が強い思い入れを持つプロジェクト「Ladyknows」の取り組みについて語った前編記事に続き、後編ではふたりが生理用品をめぐる話題から「メディア露出の意味」まで、さらに幅広く語り合う。
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落合 ちなみに僕は、何週間も全部仕事が入ってて、一日でも抜かすとマジやべえ!みたいな状態になる時期は、その前の週に健康診断に行くようにしています。
辻 えらい!
落合 アニメに出てくるスナイパーだったら、仕事前に銃のメンテナンスするじゃないですか? いや、スナイパーの友達はいないからわからないけど、でもギタリストだったらライブ前にギターの手入れするじゃない? それと同じことかなあと。
当然必要なリスク管理だと思ってやっています。でも確かに、僕もマッサージ受けながらとか、ネイルやってもらいながら検査もできたら楽だと思います。
辻 そうですね、血液検査だけでも。
健康診断の話からはちょっとずれますが、アフターピルってあるじゃないですか。それこそMe tooのケースとか、性的暴行など、合意のない性交渉で病院に取りに行かれる方もいらっしゃると思うんですが、そこまで行かなくても「ミスっちゃった」ということってあると思うんです。......すみません、生々しい話で。
落合 現実として世の中にある話ではあるから、避妊に関する議論は必要だと思う。
辻 そういうとき、男の子側に聞いてもだいたい「大丈夫」って言っちゃうだろうし、そもそも大丈夫かどうかの判断はその時点ではもう一般人ではわからないわけです。だからこそ、女の子側にはミスったかどうか知る手立てがない。
だけど、アフターピルを処方してもらうと確か1万何千円もするんですよ。安いものでも数千円はします。100%ミスったかどうかわからないのに。そして、大抵女性側のみの負担になることが多いわけです。金銭的負担だけじゃなく、体にももちろん負担がかかることですし。
だから、それこそテクノロジーでの解決でいうと、例えばミスったかどうかを自宅で検査できるキットとか作れないのだろうか......と思ったりします。
落合 そっちは厳しいかもしれないな......。病院にアフターピルをもらいに行った場合でも、実際の妊娠の可能性に関する具体的な検査はその場ではしないですよね?
仮に何かしらのキットができたとしても、それでやれることは病院でやることの範囲を出ない。それよりは宅配もしくは薬局で受け取れるなどのサービスで、「アフターピルがアプリで5時間以内に届く、もしくは受け取りにいける」という形のほうが現実味はあるかもしれません。
これは技術ではなく薬事法などの議論になり、難しい問題ですが、僕個人的には、そういうやむを得ない事情があると判断されるときには選択肢を増やしてもいいと考える派です。
辻 難しいのは、手軽になればなるほど、一部の男性の間で「無理やりやってもOK」みたいな風潮が強まるかもしれないという倫理的な面でして......。
海外では薬局で買える国もあったり、WHOが啓蒙や勧告を表明したりしているんですが、ルールチェンジだけではなく性教育をはじめとした倫理観の問題と同時に改革していかないと実現は難しそうですね......。
落合 倫理も考慮しながらどういう方法論がベターかというのは、確かにさまざまな議論が必要だと思います。
辻 話を健診に戻すと、広告という視点からいえば、どうしても本質的じゃない部分が生じてしまうのが難しいところです。でも、本質的じゃない部分にこそ「分断」に抗う会話のきっかけがあるのかなとも思ってます。
例えば、健康診断を少しでも「タスク的な場所」ではなく楽しいと感じられる場所に近づけるべくLadyknowsのイベントを開催したところ、思いのほか男性の来場者も多かったんです。ユニチャームさんが協賛に入ってくださって、生理用品を配ったんですけど......。
落合 男性客ももらって帰ったんですか?
辻 そうなんです。ツイッターを見ていたら反応も面白くて、「生理用品ってこうなってたのか」とか、普段目にしないものだからこそ、こういった考えるきっかけが生まれることが大事だと来場者のリアクションをみていてあらためて感じました。パートナーとそれを話題にして、そこから「生理は2日目が重い」って初めて知ったりとか。
落合 生理用品は、彼女がいても一緒に暮らしていなかったらなかなかわからないという人も多いかもしれないですね。あるいは、よく話す姉や妹がいるとか。
辻 え、そうですか? 私は旅行中に急に生理になったら、頼んで買ってきてもらったりすることもあります。とにかく、そういう会話のきっかけになるということだけでも、広告とかデザインが役に立てるところはあるなと思いつつ日々試行錯誤しています。
落合 なるほど。ちょっと学生さんのコメントを見てみようか。
この講義の名物、"出席点代わりのコメントツイート"がリアルタイムで映し出されるスクリーンには、男子学生たちの叫びが――。
「彼女ってなに? おいしいの?」
「彼女いる前提で話すな」
「今日の講義、童貞の僕には厳しい」
「童貞を殺す講義」
落合 今日はコメントの勢いがいつもと違いますね。「来世には彼女作るので、そこらへんの知識を勉強しといたほうがよさそう」とか。男子学生さんたちの陰キャなコメントが目立つ回だ。
辻 私も陰キャですよ(笑)。たぶん皆さんより友達いないし。髪が明るかったりファッションが派手だったりするので陽キャっぽく見られることもあるんですけど、中身の実情は超陰キャなんです。エレベーターで同僚と同乗してもうまく話せなかったり(笑)、外からの印象と実情のギャップがしんどかったりもしますね。
落合 僕は陰キャに見える陰キャだから別にいいや(笑)。
辻 最近ようやく友達が増えてきたんです。私、口を開けば「最近思ったんだけど、文化と文明の違いって......」みたいな話を嬉々としてするんですけど......。
落合 俺、そんな話しかしないで32歳になった。
辻 そういう話って相手を選びますよね。最近やっと、そういう話を楽しめる人が周りに増えてきて、すごく生きやすいなと感じてます。
落合 俺は逆で、妻にはその手の話をあまりしないようにしてる。これはけっこう重要で、自分と違うタイプの人と結婚しといたほうが、社会にモノを出すときのセンスがずれないと思うんですよ。自分でアートを作ったり、研究したり、こもっているときはいいんだけど、社会に接点を持たせて誰かに届けないといけないときは違った視点が必要。
例えば、『デジタルネイチャー』という本を書いたときは「よっしゃー、これが俺の最高傑作だ!」って嬉々として出したんですけど、妻からは「あんたの考えてることはわかりにくい」って言われて、なるほどなあと思った。
辻 私は『news zero』に出させていただいてまだ3週目(講義当時)なんですけど、どんな例えを出したらいいかとか、どういう言い回しをしたら伝わるかとか、普段しない思考のプロセスを踏むことが多くて、学びが多いです。
マックス15秒とかで、いろんな人――例えば右寄りの人もいれば左寄りの人もいる中で、なるべく語弊を生まないように伝えたいことを話すって本当に難しいです。結局人は見たいようにものを見るし、聞きたいように話を聞くことが多いので。
落合 その点は、僕は最近、結論が出ました。ユーザーが自らコミットする姿勢になっているときは、話すのは難しくない。
大学の講義もそうだけど、わざわざ授業料や参加費を払って来てくれる人は集中力が高いから、前提条件が必要で、パッとはわからない、一緒に考えないとわからない難しい話や論文の精読や輪講をしても、「誰もがわかる話」をするより喜ばれる。大学はそういうものだと思う。
でも、テレビはある意味、その瞬間にたまたま"やる気ゼロ"の状態の人が、半分寝ながら見てたりするわけでしょ? その状態の人に「われわれの『文化』や『文明』を考えなきゃいけないんですよ」とか言っても、「文明? は? 今疲れてるんだから、小難しい話するなよ、死ねよ」っていう話になっちゃう。
辻 そうなんですよね。私は「死ねよ」への耐性がまだないので、毎回ビビりながら言葉を選んでしゃべっています。落合さんは、いつ「落合陽一」になられたんですか? 対社会的な意味で。
落合 2012年から2014年頃に研究ネタが何度もネットニュースで話題になって、2015年に『魔法の世紀』という本を書いた後からかな、日本でマスメディアに出るようになったのは。
このまま好きな研究だけ続けていても、なんか"研究文脈の中で、世界で初めての面白ガジェットをいっぱい作った人"や、"やがて昔取った杵柄(きねづか)で生きていく研究者"になるだけだなと思って、社会課題も考えるようになって、ほかの本も書くようになったり、研究やアート以外の視座も持つようになった。起業や教育も本気で考え出した。そのあたりからです。
ただ今も、世間の「落合陽一」と実際の落合陽一にはだいぶ開きがあるなあと思っていますが、そこはノンマネージメントでやってます。
辻 落合さんにとってのメディア露出のメリットをお聞きしてもいいですか?
落合 露出を増やすと営業活動をしなくてよくなることです。営業なしでもお客さんに会いやすくなる。......と、昔はそう思っていたんですが、最近はその営業目線すらなくなってきたので、「社会科見学」という感じかなあ。
辻 なるほど。私にとって、メディア露出のメリットはクリエイターとしての自分の株価を上げることがひとつですかね。ここは落合さんがおっしゃっていた「営業」に近い感覚な気がします。
あとは自分の持っている属性をフックアップすることで、その属性を持っている自分の周りの人や次の世代の人たちに巡ってくる機会の数が増えたりするのではと思っているのもあります。
例えば、「24歳・女性」のクリエイティブディレクターって、業界の構造上これまでほとんど生まれてこなかったんです。自分が世の中に出ていくことで認知されて、年次が上の男性クリエイターが多いこの業界でも異種格闘技戦みたいに、いろんな属性を持っている人たちがプレイヤーとして出てこられる環境、切磋琢磨できる環境がどんどん生まれてくるんじゃないかなという期待があります。
落合 なるほど。最終的には何がしたいですか?
辻 教育ですね。ジェンダーって、根本的にはやっぱり幼時教育でしか変えられないと思っていて。大人になるとある程度の価値観が根付いちゃってるじゃないですか。
例えば1年ぐらい前に、『プリキュア』シリーズで初の男の子が登場したんです。私たちの世代だと「えっ!? 男のプリキュア?」って、すごい驚きのニュースですよね。Twitterでもトレンドに上がって、メディアでもかなり取り上げられていました。
私の世代は初代の『ふたりはプリキュア』の時代だったので、そこから考えても大きな変遷をたどったんだなぁと。
落合 俺も見てた。青白い服と黒ピンクの服のふたりの頃ね。日曜朝のアニメはだいたい見てたから(笑)。
辻 そうなんですか! それで、今リアルタイムで観てる男の子に「男のプリキュア」について聞くと、「何がそんなにすごいの?」っていう反応らしいんですよ。
落合 ああ、なるほど。
辻 教育っていうのはそういう意味で、必ずしも学校である必要はないんです。それこそLadyknowsでいろんなデータを出したり、トークイベントを月イチでやったりしていることで、すでに価値観ができた大人が認識を上乗せしていくこと、頭で理解することももちろん重要だと思います。
コンテンツから得られる無意識下での価値観の刷り込みも、ある意味教育的ですし。だけどその一方で、本当に心の底から「男のプリキュア? そりゃ男だって女だって戦うんだから別に普通っしょ」って言えるようになるかというと、それは別で。
『プリキュア』を例に出しましたが、完全なるダイバーシティやフラットな社会を作るにはやはり幼時教育しかないと思っています。
落合 今日は社会課題の話から、ざっくばらんな雑談のような楽しい話まで、幅広く聞かせていただきありがとうございました。
■「#コンテンツ応用論2019」とは?
本連載は昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します
●落合陽一(おちあい・よういち)
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士合取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来館を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)
●辻 愛沙子(つじ・あさこ)
(株)arca CEO/クリエイティブディレクター、Ladyknows代表『news zero』(日本テレビ系)水曜パートナー。"社会派クリエイティブ"を掲げ、「社会性のある事業」と「世界観にこだわる作品」の両軸で広告やブランドや空間などを表現している