「現代の魔法使い」落合陽一(左)と「アニメ映画監督」伊藤智彦(右)

現代日本を代表する文化産業のひとつであるアニメーション業界で、いま最も注目される演出家のひとり。『ソードアート・オンライン(以下、SAO)』、『僕だけがいない街』といった人気テレビアニメの監督を務め、劇場作品の監督デビュー作『劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(2017年)を大成功させ、そして昨秋には初のオリジナル長編映画『HELLO WORLD』でアニメファン層以外にも広く話題を呼んだ伊藤智彦(いとう・ともひこ)だ。

その得意とするジャンルはSF。自身が半ばSFの住人のようでもある落合陽一(おちあい・よういち)も、「SFアニメの監督は世界観を構築するプロデューサー」とリスペクトを惜しまないが、そんな落合も見落としていた新作の秘密が、この講義では監督本人の口から明かされた。

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伊藤 俺は船乗りの大学にいたんですが、アニメーションサークルに入って自主制作をしていまして、2001年の卒業とともにアニメ制作会社マッドハウスに入社しました。『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(2009年)と二本の細田守監督作品で助監督を経験し、その後、マッドハウスを辞めてA-1 Picturesに移り、テレビアニメ『世紀末オカルト学院』(2010年)で監督デビューしました。

落合 オカルト学院って伊藤さんだったんですか? めっちゃ好きなアニメでした。

伊藤 ありがとうございます。それからほぼ10年、監督をしております。アニメ監督の仕事ってなかなかイメージしづらいと思うんですが、アニメ作品には責任者がふたりいます。

ひとりはプロデューサーで、これはお金を持ってきて、作品が最終的に黒字になるようにする責任者です。それに対して監督は、作品の中身について、クオリティーの責任をとる人。俺はそういう理解でやっています。

監督は、こういうビジュアルにしたいとプランを考えて、アニメーターや美術さんにディレクションをし、上がってくるバラバラな絵なり背景なりといった素材をガッチャンコして、ひとつの映像作品にする仕事です。ですから絵がめちゃくちゃうまく描けるわけじゃなくても、アニメの監督は務まるんですね。

それから、映画だと特に大勢の人が関わるので、一緒にお酒を飲みに行って人間関係に関する不満をなだめたり、といったこともあります(笑)。

俺はたまたまSFアニメを多く手がけてまして、映画も二本とも近未来の日本を舞台にしています。現実より少し先の世界を描くためには、時代劇とは逆方向の考証が必要になります。作品を例に出してお話しましょう。

一作目の『劇場版ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』(2017年)は、同タイトルのテレビシリーズがいったん終了した後に持ち上がった企画です。「ソードアート・オンライン」というVRゲームが近未来に発売され、プレイヤーはゲームの世界から出られなくなった。ゲームの中で死ぬと本当に死んでしまう。そこから脱出しよう、というところからスタートする作品です。

テレビシリーズではいろいろなVRゲームを渡り歩く話だったのですが、劇場版では何をしようかと、まず原作者の川原 礫(かわはら・れき)さんにうかがったら、「ARをやりたい」とアイディアを出されたんですね。いまでこそARゲームや位置ゲーは『ポケモンGO』『ドラゴンクエストウォーク』『ハリー・ポッター:魔法同盟』などいろいろありますが、劇場版SAOの構想段階ではそういうものが出る前でした。

やると決めたらまずは実現している例、実現しつつある例を探します。ちょうど企画を進めている頃に『Ingress』が盛り上がりを見せていました。それから『HADO』という、ゴーグルとアームセンサーをつけて光の球をぶつけ合う、スポーツ感覚のARゲームがあることがわかりました。このあたりをアニメ的にうまいこと落とし込めば面白いことになりそうだぞ、とスタッフを集めてイメージを固めていきます。

『劇場版SAO』の物語設定をカギを握るARデバイス「AUGMA」は、ソニーの協力を得てデザインされた(Ⓒ2016 川原 礫/KADOKAWA アスキー・メディアワークス刊/SAO MOVIE Project)

続いて、劇中に登場するAR用デバイスの開発を行ないます。A-1 Picturesはソニー・ミュージックのグループ会社なので、せっかくだからデバイスをプロダクトデザインで発注したいなと思って、これはソニーの方にお願いしました。

出来上がってきたデザインを見ながら、「網膜認証機能があるんだからここにセンサーカメラがついてるのかな」などと想像したり、設定に変更があればそれを伝えてデザインに反映してもらったり、といったことを繰り返して、架空のARデバイス「Augma(オーグマー)」ができあがったわけです。「VRよりも面白くARを描く」というのが劇場版SAOのミッションだったんですが、このデバイスが果たしてくれた役割は大きかったと思っています

それから2年後に公開となった俺の長編第二作『HELLO WORLD』は、原作のない完全オリジナル作品です。2027年の京都を舞台に、仮想世界を盛り込んだ物語をつくり、3Dで制作しました。

落合 背景が精緻に作り込まれていて、すっごく京都感のある映画だなと思ったんですが、もともと京都のご出身ですか?

伊藤 いえ、出身は全然違います。スタッフを連れて2回ほど、さらに俺個人でも6回はロケハンに行きました。地元の人しか知らないようなところまで回りましたよ。

京都を舞台に選んだ理由としては、地形的に作品の設定に合っていることと、景観がそう大きく変わらないであろうこと――つまり、近未来考証がしやすい街だということが挙げられます

この物語には「量子記憶装置アルタラ」という装置が登場し、ドローンや街中に設置されたカメラなどからひっきりなしに寄せられる街の状況を記憶しています。こういう装置による管制が実現するのは、盆地かそれに近い、地形的に閉じた空間の方が望ましい。その点、京都はほぼ盆地のような地形ですからね

この装置を中心とする「アルタラセンター」という巨大な施設を描くに当たっては、DSCLの落合健太郎さんという方に考証をお願いしました。劇中で具体的に説明されることはないのですが、NASAやロシアの宇宙センター、原子力施設などを参考にして枝葉末節まで設計されています。

アルタラはこの作品における「大きな嘘」でして、SFとはいえちょっと万能すぎじゃないか、という突っ込みどころにもなります。であればこそ、その他の近未来の描写はなるべくリアルにしたいところです

『HELLO WORLD』には、京都の景観に合わせてデザインされた灯篭型のWi-Fiスポットが登場(バス停の右。Ⓒ2019「HELLO WORLD」制作委員会)

例えば、2027年の京都はスマートシティ化計画を進めているんじゃないか。2020年から実用化される5G通信に合わせたSNSアプリが普及すると、街並みはどう変化するのだろうか。そんなことを考え、想像して画にしていきます。

そうした時に、環境条例が厳しくて都市景観が変化しづらいであろう京都はリアリティを出しやすいのです。例えば、スマートシティ化計画を描くに当たって、現在ドバイですでに実現されている、Wi-Fiや道案内などの機能を持つホットスポットのような構造物を街中に置くとしますね。するとそのデザインは、京都の景観に合わせて灯篭的なものにすると違和感がないんじゃないか、とか。

あるいは路線バスの自動運転が実現されているとすれば、おそらく優先レーンができているだろう。その点、京都は街路が碁盤の目状になっていて、太い幹線道路は四車線もあるので作りやすいです。実際に劇中でも「自動」と描かれた車線が登場しました。

このようにSF作品といっても、車が空をバンバン飛んでいたり、あんまり"未来未来したデザイン"が強すぎたりという感じではなく、今使っているものの延長線上に近未来を描くのが俺の好みです。

落合 ありがとうございました! 伊藤監督とは、劇場版SAOの公開前イベントのお仕事をしたときに、初めてお会いしました。あの時はけっこう話しこんじゃいましたね。まずお聞きしたいのは、アニメの道を目指したきっかけです。なにか強烈なアニメ体験があったのですか?

伊藤 アニメの作り手を初めて意識した体験は、庵野秀明監督の『新世紀エヴァンゲリオン』でした。俺はちょうどエヴァ世代に当たります。

落合 でも、庵野さんのガイナックスに行こうとは思わなかったんですか?

伊藤 ガイナックスは「絵描きが強そうだな」というイメージがあったのでやめました。俺は絵が描けないので。当時は今ほどネットでの情報集めができなかったのですが、自分なりに調べて、入りやすかったのがマッドハウスだったんです。

落合 スタジオごとに色があるんですね。この10年で、アニメ業界は何が一番変わりましたか?

伊藤 作品数が増えたとか、中国の勢いが無視できなくなったとか、あとはパッケージ(DVDやブルーレイ)が売れなくなったことですかね。

落合 ネット配信が多くなりましたからね。それによって、アニメの作り方が変わった点はありますか?

伊藤 日本国内とほぼ同じタイミングで海外に配信されるので、字幕をつけるための時間が必要になったことと、あとは海外からの反響がリアルタイムで伝わるようになったんじゃないでしょうか。

落合 あと最近は、ネットフリックスなどがアニメ映画を作るためにお金を出してくれたりするじゃないですか。ああいった海外勢の攻め込みについてはどうお考えでしょう。

伊藤 アニメの制作会社的には「ありがとうございます」という感じだと思いますよ。

落合 なるほど。あんまり外国から好条件のオファーが来ると日本のコンテンツ産業をおびやかしかねないという理由で、配給元はけっこう危機感を持っているという話も聞きますが、作り手としては歓迎なわけですね。

そうだよな、僕もお金を9割出してくれるというところがあれば、ありがたく自分の作品を作らせてもらうと思います。

◆後編⇒落合陽一×伊藤智彦(アニメ映画監督)「アニメ映画監督にも『椅子取りゲーム』がある?

■「コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載は、昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りしています。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●伊藤智彦(いとう・ともひこ) 
1978年生まれ。細田守監督作品『時をかける少女』(2006年)、『サマーウォーズ』(09年)で助監督を務め、『世紀末オカルト学院』(10年)で監督デビュー。監督第2作となるテレビアニメシリーズ『ソードアート・オンライン』が大ヒットし、劇場初監督作『劇場版ソードアート・オンライン オーディナル・スケール』が世界興収43億円の大ヒットに。昨秋、劇場2作目にして初のオリジナル長編『HELLO WORLD』が公開された