筑波大学で講義をする落合陽一(左)と和田 永(右)

落合陽一(おちあい・よういち)が「同世代で尊敬する数少ないメディアアーティストのひとり」と語る和田 永(わだ・えい)は、本来楽器ではない電化製品で音楽を演奏するミュージシャンだ。

地デジ化に伴い大量に廃棄されたブラウン管テレビも、巨大な工場用扇風機も、放送局で使われたオープンリールも、彼の手にかかれば「楽器」として蘇り、新たな生命が宿る。

そんな和田の作品や活動、そしてそれらの源泉となる「妄想」をたっぷりと詰め込んだ前編記事に続き、後編では和田と落合の対談がますますヒートアップ&エスカレート! ふたりの「周波数」が見事に合致し、どこまでも広がっていくさまをお楽しみください。

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和田 さらにバリなんかだと、町や村によってチューニング、音階が変わるんです。だから、ある楽器を隣村に持っていっても合奏できないなんてことが起こる同じようなことが、僕らが作っている家電楽器でも起きるんです。

例えば「扇風琴」だったら、50Hzか60Hzかで回転数、つまり音程が違うから(日本の交流電源は富士川を境に東が50Hz、西が60Hz)。「関西のチューニングだと弾けない」みたいなことが起きる。

落合 50-60問題と同様に、映像の同期信号って24だったり23.94だったり、59.9いくつだったり、微妙にずれてますよね。

和田 形式によって違ったりね。あれは面白いです。ヨーロッパに行くと、ブラウン管の楽器ってPAL方式になっているから、音程がちょっと下がるんです。土地ごとに異なる基準の上に音階や演奏技法が作られていく。こうなると、もはや一種の土着性なんじゃないか。

落合 わかる。「おまえヨーロッパ出身だろ」「周波数が俺と合わねえんだよ」みたいなことになる(笑)。

和田 そうなんです。で、僕の家電楽器ってコンセントの50/60Hzが音程の基準にあるので、ピアノの440Hz(西洋音楽で基準となるラの周波数)だとチューニングが合わなかったりして。だから既存の楽器とはあまりセッションできてないんですけど。

落合 「440Hzで揃える? ごめん、無理」って。

和田 「NTSC方式でベートーヴェン演奏します」って感じです。さらに言うと、ブラウン管って60Hzで映像を描画しているので、関東の扇風機(50Hz)とブラウン管の組み合わせだと、実はチューニングが合わない。だから東京では関西の電気(60Hz)に変換してから扇風機を演奏すると、ブラウン管とぴったり合う(笑)。

落合 ボルドーワインを冷やすみたいなことをやってるんですね。ソムリエがいないと成立しない世界だ(笑)。ブラウン管の楽器は体の中に電気を通しているわけだから、体格によって音が変化することもありますか?

和田 人によって音のクリアさや、こもり具合が変わったりします。僕はライブ前には音をクリアにするためにポカリを飲むようにしています(笑)。ブラウン管奏者はポカリとレッドブル! 迷信かもしれませんが。

落合 そのうち「おまえのコンデンサー容量に俺は納得できない」とか言い出しそう。

和田 音楽性の違いじゃなくて、周波数と電気の通り具合の違いで解散(笑)。そんなバンド、います?

落合 いるいる、ここにいる(笑)。ところでオープンリール、最高ですよね。伸ばすと風だけ拾うじゃないですか。猫の髭とか髪の毛のように空気のゆらぎを感じている。僕もたまにオープンリールを使った作品を作ります。でも、けっこうメンテが必要じゃないですか。どのくらいの頻度でテープを替えてます?

和田 1年ぐらいは酷使してます。

落合 叩いてたらすぐ壊れちゃわない?

和田 1個が45分ぶんくらいあるので、僕が叩くところはコンマ何秒ぶんに過ぎなかったりして、その一ヶ所が劣化したらはさみで切って、セロテープでつないでます。あと、テクニックが身についてテープを傷めずに演奏できるようになってきてます。でも、手に入れるのがもう......。

落合 ヤフオクですよね。それか中古オーディオ店に行くしかない。でも、TDKはまだ磁気テープを作ってますよ。あれ、作り続けてくれるといいなあ。僕は、"死んだ家電"は質量を感じる装置として使う。オープンリールだって、質量を感じるじゃないですか。

和田 そうなんです。音を録って再生するだけなのに30kgとかある。

落合 だからあれは修行なんです、禅なんです。現代社会で質量を伴って音を鳴らす行為自体が崇高な瞑想活動だと。

和田 すごい文脈ですね! それだけでもう、妄想が広がり始めてます(笑)。オープンリールでメディテーションは絶対できます。

縞模様をバーコードリーダーで電気信号化し、それを直接スピーカーにつなぐと音が出る。縞模様の太さや間隔などにより音は変わる

ボーダーシャツもバーコードリーダーで読めば楽器になる。講義を受けていた学生のシャツからも音が出た!

落合 メディテーションやる? 俺、やりたいことがあって。紙垂(しで)ってあるじゃないですか。神社でしめ縄についてる紙。あれをオープンリールの磁気テープで作りましょう。それで電磁神社をやる。

和田 それはマグネティックパンクですね。マグネティックパンクの世界では、願いごとは磁気テープに吹き込んで、それをしめ縄にして奉納する

落合 見ていてたまらんと思うのは、おみくじって「確率分布の結果出てくる光景」じゃないですか。「人類が確率事象をひたすら引き上げて結びつけている、確率の木だ! これはたまらん」と思うわけです。その確率の木が電磁の木でも全然、問題ない。

和田 そうですよ。要は質量をともなう物質的な記憶媒体であるという点で同じですから。そしてそれが修行であり......。

落合 修行であり、宗教だったのだ! 「800万人分集めて出雲大社に奉納だ!」って。

和田 お坊さんが磁気ヘッドで再生していく。

落合 「国境なき電磁楽団」は今後、どのへんの地域で展開していきたいですか?

和田 アジア地域には注目しています。ストリートでブラウン管を修理しまくっている電気屋のおじさんが普通にいたり、中古市場も活気がある。扇風機専門店なんてもう楽器屋にしか見えない(笑)。今後も家電の新陳代謝があるたびに新たな楽器が生まれるでしょうし、奇祭の多い文化的にもアジア圏はアツいです。

落合 なるほど。最後に学生を代弁してひとつだけ聞きたいんですが、和田さんはどうやって生計を立てているんですか?

和田 基本的にはライブパフォーマンスのオファーを受けて、そのフィーをいただくことで。あとは作品を作って展示するんですけど、その作品を商品として売るところまではまだ行けてないです。

落合 ライブの収入と、あとはアーティスト・イン・レジデンスとかで?

和田 そうですね。何か滞在制作という形でフィーをいただくこともあります。でも、まあ綱渡りですよ(笑)。

落合 (学生に)だけど皆さん、和田さんみたいに暮らせるようになったら絶対勝ちですよ。自分の世界観を作っていくほうにエネルギーを使っていけば、道は開けると思うので。

和田 そうですよね。20代の頃は、ビビっていたというか、自分の世界を濃厚に圧縮するよりは、やっぱり誰が何を求めているかを考えてしまう自分がいたんですが、30代になって吹っ切れたところがあります。自分が面白いなとかグッとくるなというものをいかに突き詰めて、濃度を100%で出していけるかがカギになるかもしれません。

落合 120ボルトで。

和田 120.222ボルトでやっていきましょう。

■「コンテンツ応用論2019」とは? 
本連載は、昨秋開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義「コンテンツ応用論」を再構成してお送りしています。"現代の魔法使い"こと落合陽一准教授が毎回、コンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招いて白熱トークを展開します。

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。最新刊は『2030年の世界地図帳 あたらしい経済とSDGs、未来への展望』(SBクリエイティブ)

●和田 永(わだ・えい) 
1987年生まれ。大学時代から「音楽と美術の間」の領域で本格的に活動を開始し、各国でライブや展示活動を展開。ISSEY MIYAKEのパリコレクションでは、これまで11回にわたり音楽に携わる。ブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンス作品「Braun Tube Jazz Band」にて第13回文化庁メディア芸術祭アート部門優秀賞受賞。役割を終えた電化製品を新たな楽器として蘇生させ、合奏する祭典を目指すプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」の成果により第68回芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞