「『プライバシーの保護』という新しい前提を踏まえながら『人間中心』の発想で経済発展と社会的な課題の解決を」と語る田中道昭氏

ⅠT(情報技術)やAⅠ(人工知能)の急激な進化を背景にGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)に代表される「プラットフォーマー」が台頭し巨大な富と力を生み出してきた21世紀の「デジタル資本主義」。だが、この流れが今、大きな転換期に直面しているという。

プライバシー(個人情報)の保護を求める動きが強まるなかで求められる「ポスト・デジタル資本主義」の姿と、その流れのなかですでに「周回遅れ」の日本が生き残る道を提示するのが、立教大学ビジネススクール教授、田中道昭氏の著書『2025年のデジタル資本主義』だ。

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――新型コロナウイルスの流行で「テレワーク」の活用や「ネット通販」「動画配信」の需要が高まるなど、日々の暮らしでもデジタル技術への依存度が高まっていますが、そもそも「デジタル資本主義」とは何を指すのでしょうか。

田中 ひと言で言えば「データの時代」の資本主義です。GAFAやBATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)に代表されるメガテック企業は特定の商品・サービスで収益を上げるのではなく、デジタルネットワークにさまざまな商品・サービス・コンテンツを取り込む「プラットフォーマー」となることで急激な成長を遂げてきました。

そして、そのカギとなってきたのが「データの集約と活用」です。プラットフォーマーはさまざまなサービスを通じて、ユーザーの個人情報を含む膨大なビッグデータをAⅠで分析し、ビジネスに活用してきました。

――例えば、ユーザーから集めたデータをAIが分析し、顧客の関心や好みに合わせて広告を表示する「ターゲティング広告」みたいなことですね。

田中 一方で、こうしたデジタル資本主義の広がりがもたらす「弊害」も無視できないものになりつつある。その代表的な例が「プライバシーの保護」です。

近年、プラットフォーマーが集める膨大な個人情報について、その扱いへの懸念や保護を求める声が欧米を中心に高まっています。こうした新しい潮流のなかで「プライバシー保護」と「デジタル資本主義」の並立を目指すのが、「ポスト・デジタル資本主義」の時代だと言ってもいいかもしれません。

――今後、GAFAなどの成長のカギが個人情報を含む膨大なデータの集約だとすれば、「プライバシーの保護」は彼らの強みを削ぐことになりませんか。

田中 確かに、そういう面もあるでしょう。とはいえ「個人情報の保護」の流れは彼らにとっても今や無視できないものになりつつあります。

例えば、今年のCES(毎年アメリカで行なわれる世界最大級のテクノロジー見本市)で最も注目を集めたイベントのひとつが、GAFAなどの「CPO」(最高個人情報責任者)やアメリカの公正取引委員会に当たるFTCの担当者らが出席したパネルディスカッションでしたが、そこではGAFAの中で最もプライバシー保護に熱心なアップルの取り組みすら「不十分だ」と批判されていました。

すでにEUの「GDPR」(一般データ保護規則)や米カリフォルニア州の「CCPA」(消費者プライバシー法)など、新たな法規制も始まっており、米国でも1、2年以内に連邦法が整備される見込みです。

当然、GAFAやBATHのような巨大プラットフォーマーにとっても「プライバシー保護」への対応は喫緊の課題ですし、それが「ポスト・デジタル資本主義」の時代を勝ち残り、リードするための重要なカギとなると言ってもいいでしょう。

――実際にどんな取り組みが始まっているのでしょうか。

田中 ひとつは「データミニマイゼーション」といって、顧客のデータを必要以上に取らないという考え方で、例えばアップルは昨年のCES開催中、「iPhoneの中で起こることはiPhoneの中に残ります」という広告を掲示していました。これは同社の考え方を象徴的に表したものです。

具体的には「プライバシーは基本的人権である」という方針の下「個人情報はデバイス上だけで処理してアップルのクラウドやサーバーには保管しない」「ユーザーの個人データとアップルIDをひもづけしない」「個人情報の保護レベルを選択できる端末の設計」などを通じて「プライバシーの保護」を実現しようとしています。

――基本的に個人のデータはデバイスの外に出さないということですね。

田中 もうひとつの重要なカギは「クッキーの規制」です。IT用語のクッキー(Cookie)とは、ユーザーの閲覧履歴やログイン情報などのデータを保管したり、サーバー間でやりとりしたりする仕組みのことで、クッキーを使った膨大な情報の集約がデジタル資本主義の急激な成長を支えてきました。

しかし、クッキーに含まれる個人情報を保護するため、ユーザーが自分の情報を第三者に提供する場合には「同意」を必要とする、また公開する個人情報の範囲を自ら選択できるといった仕組みの義務化が進みつつある。

当然、これまでクッキーがもたらす膨大な個人情報に依存してきたネット広告業界にとっては痛手となりますが、その一方で、新しい潮流に対応したサービスも始まっています。

例えば2016年にリリースされた『ブレイブ』というブラウザでは、ユーザーがネット広告をブロックできるだけでなく、広告表示をONにした場合には広告収入の一部が仮想通貨の形でユーザーに分配されるという選択肢も選べます。

――ポスト・デジタル資本主義の時代に日本が取るべき道は?

田中 今の日本はデジタル技術を使ったデータの利用や活用でも、プライバシー保護の潮流においても「周回遅れ」の状態ですが、この先、社会と個人の両面で「真価」と「進化」が問われることになるのが「ポストコロナ」の時代です。

デジタル資本主義の発展を支えたのは、ユーザーの側に立った「イノベーションでより便利で豊かな社会を」という「人間中心」の発想ですが、日本はまだ「企業中心」「生産性中心」という発想から脱せていない。

「プライバシーの保護」という新たな前提を踏まえながら「人間中心」の発想で経済発展と社会的な課題の解決を両立することが、今後の日本を左右する大きなカギになると思います。

●田中道昭
立教大学ビジネススクール教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略およびミッション・マネジメント&リーダーシップ。多企業に対するコンサルティング経験をもとに、各種メディアでも活動。主な著書に『「ミッション」は武器になる あなたの働き方を変える5つのレッスン』(NHK出版新書)など

■『2025年のデジタル資本主義 「データの時代」から「プライバシーの時代」へ』
(NHK出版新書 900円+税)

ユーザーの膨大な個人データを蓄積し、それを新サービスの開発に生かして、急速な成長を遂げてきたアメリカのGAFA、中国のBATHに代表されるデジタルプラットフォーマー。しかし、フェイスブックの個人データ流出事件が象徴するように、世界では「データからプライバシーへ」という大きな潮流の変化が起きている。新型コロナウイルスの感染拡大でその流れはいっそう進むとみられるなか、日本が取るべき道とは?

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