建築家・豊田啓介(とよだ・けいすけ)は東京大学工学部建築学科卒業後、安藤忠雄建築研究所で研鑽を積み、米コロンビア大学へ留学して修士号を取得。ニューヨークでの活動を経て、三次元モデルをアルゴリズムで生成するプラグインソフト『Grasshopper(グラスホッパー)』を日本で初めて建築設計に導入し、コンピューテーショナルデザイン(デジタル技術×デザイン)の旗手と目されている。
現在は建築デザイン事務所noiz(ノイズ)を主宰する豊田が探求する"情報建築"という概念を紹介した前編記事に続き、後編では共に2025年大阪・関西万博にも関わっている豊田と落合陽一(おちあい・よういち)が、今後注目すべきスマートシティの姿とその未来について語り合う。
* * *
落合 今後、そうした"コモングラウンド"を作っていく上で、一番最初に手をつけるべきところはどこだとお考えでしょうか。
豊田 先ほど申し上げたように、既存の建築界にとっては完全に未開拓の領域なので、建築業界自体は参照しようがないんですね。そこで僕は、ゲームや映画といったエンタメの世界こそ参照領域になると考えています。
例えば、皆さんもやられていると思いますが、『フォートナイト』のようなオンラインゲーム。これはもう人が集まって経済活動するリアリティを持った場所になっています。
ここで(ラッパーの)トラヴィス・スコットがコンサートをやったときは、同時アクセス数の合計が2800万にもなりました。落合さんと僕も関わっている2025年の大阪万博が設定する半年間の目標入場者数を、たった数日間のイベントひとつで確保しちゃったわけです。
こうした事実をリアリティとして直視し、現実の空間と接続していかなければなりません。何百万ものプレイヤーを個々に最適化しながら、敵味方を判断し、ナビゲーションAIからメタAIまでが重層的に機能しているゲームデザインの世界。それを制御する技術は、建築や都市が必要とするものそのものです。
落合 やっぱりゲームエンジンですよね。「Unreal Engine(アンリアル・エンジン)」や「Unity(ユニティ)」を基軸にデータ基盤を記述していくのはすごく想像できます。ただ、これはどちらも外国勢ですよね。逆に、国内でゲームエンジンを開発したほうがいいのかなとも思うんですが。人口が1億ある日本なら、経済的にもぎりぎり成立しそうです。
豊田 僕たちの間では今、空間記述とコモングラウンドプラットフォームに特化した、新しい"ゲームエンジン亜種"を開発する具体的な準備が進んでいるところです。都市OSや建築OSとも接続する前提での、汎用の実空間記述3D仕様を作ってしまおうという流れでやっています。まさにそれが狭義の、コモングラウンドのプラットフォームになるわけです。
落合 ゲームエンジンが今後、川上を取っていくとなると、主なプレーヤー(開発・供給者)はどこになると思いますか?
豊田 それが、いないんですよ。ゼネコンさんにはそういったノウハウがないし、ゲーム会社の人たちはすごい技術を持っていて可能性を感じるけど、いくら都市や建築領域の可能性の話をしても「それでどんなゲームができるんですか?」という落としどころになってしまう。ゲームエンジンで直接都市を扱うという感覚は今のところ誰も持っていないんですね。落合さん、いっしょに作っちゃいましょうか。
落合 うちの会社でも、フィジカル側からのアクセスとデジタル側からのアクセスの交通整理みたいな仕事はやっていますよ。倉庫内をロボットがウォークスルーできるように、リアルタイム映像とマップデータから最適な経路を判断させるとか。少子化にともなう人員削減、機械化、自動化まで、いろいろな課題ともろに関わってくるところなので、力を入れています。
豊田 Amazonの倉庫もそうですが、倉庫や工場全体をひとつの群知性としてスマート化する分野は実装が進んできていますね。ただ、それは目的が単純な施設に限られています。都市となると、人の流れも物流もはるかに複雑になってくるので、そこをどうスマート化するかは考えなければなりません。
落合 だけどこういった都市OS、建築OSに関わる仕事は、日本ではブルーオーシャンになっているようです。
豊田 それは間違いない。日本は都市OSすら標準仕様の方向性がいまだに定まっていない状況です。ただ、情報からモノへの接続が急に重要度を増している中、日本が培ってきたモノづくりの技術が再び生かされる可能性はあると考えています。
ここ40年間の、プラットフォーマー企業の変遷をたどって説明しましょう。まず、世界のトップ企業20社のうち15社が日本企業だった時代がありましたね。トヨタやソニーなど、これを「第1世代」とします。原則として「モノ」づくりの技術ベースで世界を席巻していた時代です。
その後バブルがはじけ、1990年代からはトレンドが一気に情報側に振れました。ひたすら情報を動かすことに特化した、GoogleやYahooといった情報プラットフォーマーが登場して世界を席巻し、日本企業はこの波に乗り遅れます。これが「第2世代」ですね。
続く「第3世代」として、情報プラットフォーマーなんだけど「モノ」も扱うAmazonやAlibabaが出てきます。けれど、それも今や最先端ではなく、今度は既存の社会にある「モノ」たちを"情報的に編集する"ビジネスが生まれます。
例えば、普通の乗用車を情報的に編集することでタクシーに変えるのがUberです。不動産に対してそれを行なうのがAirbnbやWeWorkで、それぞれ宿泊施設とオフィスを扱っていますね。これが「第4世代」です。しかし、現実の世界は複雑すぎるので、まだまだ単一領域しか扱えていません。
こうして振り返ってみると、第2世代で一度、情報側に触れた後、「情報のみ」の側からどんどん「モノ」の比重が高まってきていることがわかると思います。
では、次の「第5世代」は何かといえば、既存の都市を複合的に情報化するプラットフォーマーになるでしょう。まだ生まれていませんが、明らかに第2、第3、第4世代のいわゆる"ITジャイアント"がこの分野に投資を進めていて、それが今騒がれているスマートシティということになります。
ここで大事なのは、第2、第3、第4世代が、「モノ」の扱いに関してはまだまだ全然わかっていないことに気づきつつあることです。そうなると当然、日本のモノづくり企業が主役を張っていた第1世代の知見が重要になると思うのですが......。
残念ながら、第1世代には今のところそれに気づくだけのリテラシーと情報技術力がなく、きたるべき第5世代と合流できていないというのが現状です。
落合 世界にはスマートシティの事例がいくつもありますが、どこに注目されていますか?
豊田 世界のスマートシティを見てみると、各企業と地域・国の色が出ていて非常に面白いです。まず、Googleのグループ会社Google Sidewalk Labsがカナダのトロントで投資しましたが、今はもう撤退しています。
ものすごくざっくりいうと彼らは情報にしか興味がなく、モノや人のリアリティにリスペクトを払わなかったから、市民感情に抵触して失敗したわけです。
次に、Alibabaは中国・杭州市でほぼ同じことを交通やセキュリティデータに特化して行ない、この場合は中国政府のサポートがあるので市民の反発はある程度乗り越えられ、今もどんどん技術の蓄積が進んでいます。今、技術的なノウハウはAlibabaに一番貯まっていると思います。
落合 ITジャイアントの技術力・資金力に加え、「市民感情は国がなんとかする」という中国型の典型例ですね。
豊田 そして今、ゲーム会社のテンセントが中国・深センにスマートシティを作っています。これは都市をデジタルツイン(仮想空間に物理空間の環境を再現する技術概念)としてゲームエンジンで記述した上でスマートシティ化しますよ、という試みで、おそらく最先端のノウハウはここに集まるでしょう。僕が一番注目しているのはここです。遊びを最初のコンテンツにできるのは強いですよ。
落合 デジタルツインといえば、僕は今年も日本フィルハーモニー交響楽団とコラボをさせていただいたのですが、今回はコロナ禍ということでオンライン配信も行ないました。東京芸術劇場を完全にモデリングして、現場ではオーケストラと映像演出だけ、一方でオンラインにはARをじゃんじゃん入れた「双生」する音楽会です。
そういうことをやりながら最近思ったのは、きっと今の世代は建築や都市のデジタル化を、ある種の"祝祭性"を持って受け入れていくのだろうということです。これからの5年間、日本ではデジタル化が一気に進むのが祝祭になっていくと。2025年の大阪万博に向けた準備も、そのひとつの契機になるのではないでしょうか。豊田さんは誘致の会場計画にも関わられていますよね。
豊田 はい。実はその話をいただいたとき、最初は「何を今さら、万博なんてオワコンじゃないか」と思ったんです。ところが、ちょうどその頃スマートシティに関わる機会が多かったので、諸外国でのスマートシティの取り組みをいろいろ比較してみたところ、どのタイプにもネックがあるんです。
例えば中国型は、突破力はすさまじいけど、中国以外での実装はまず無理ですよね。それに対しEU型というのもあって、こちらは米・中のITジャイアントに市場をのみ込まれないように、EU主導でオープン性を前提に共通仕様を作った上で各自治体に投げます。そして自治体は、役所、企業連合、市民が共同してスマートシティを作っていくというやり方です。
しかし、これは合議制で社会的成熟を求めるので、どうしてもスピードが遅くなってしまいます。
じゃあ日本型はどうかといえば、まだぎりぎり世界最高峰の技術水準を持った各分野の企業の連合になるしかなく、それは逆に一社独占のリスクを生まずにすむ可能性でもあるのだと思います。ただし、体質として企業同士の協力、連携は苦手だろうな、と。
ところが、万博はこれらの問題をすべて取り払ってくれる可能性がありますよね。公共の予算も使って半年間だけ仮設の都市をつくり、みんなでノウハウを共有してデータを蓄積し、住民がいないから反発も後腐れもない。こんな実証的な仮設都市をつくる機会なんて、世界中を探しても万博以外どこにもありません。それがこのタイミングで日本に来るのはとんでもないチャンスです。
1970年の大阪万博のときは土木・建設的な会場設計やインフラ技術が主たる目的になり得ましたが、次の万博ではバーチャル会場すら最終目的ではなく、情報世界と物理世界をシームレスに接続する"コモングラウンド会場"を実現させることが真のレガシーなんだと思うんです。
最近の僕は、そのための知見の集約を社会全体の投資で進めていかないと、もう日本の未来はないぞと訴えるエバンジェリスト(伝道者)みたいになっています。
最近はこんな話ばかりしてるので、noizも普通に建築やインテリアの設計する事務所だと思ってもらえなくて。
落合 フィジカルな建築からは興味が離れちゃったんですか?
豊田 いえ、僕自身の興味はど真ん中で続いているんだけど、はたからは住宅やショールームの設計をやると思われてない感じです。
落合 じゃあ、僕が家を建てる時はぜひお願いします。家じゃなくても、ショールームの設計をすることはめちゃめちゃあると思うので。noizさんとは昨年、まさにデジタルネイチャーをテーマにした日本科学未来館の常設展「計算機と自然、計算機の自然」の設計でご一緒しましたが、楽しかったなあ。年に一回くらいはああいう仕事をしたいですね。
■「コンテンツ応用論2020」とは?
本連載は2020年秋に開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義、「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします(今年度はリモート開催)。落合陽一准教授がコンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招き、白熱トークを展開します
●落合陽一(おちあい・よういち)
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。近著に、2016年の著作『これからの世界をつくる仲間たちへ』をアップデートした新書版『働き方5.0』(小学館新書)
●豊田啓介(とよだ・けいすけ)
1972年生まれ、千葉県出身。東京大学工学部建築学科卒業後、安藤忠雄建築研究所を経て、2002年に米コロンビア大学建築学部修士課程修了。07年より東京と台湾・台北をベースに建築デザイン事務所noizを共同主催(パートナーに蔡佳萱、酒井康介)。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・製作・研究を多分野横断型で展開し、2025年大阪・関西万博の誘致時には会場計画ディレクターを務めた。台湾国立交通大学建築研究所助理教授、東京芸術大学アートメディアセンター非常勤講師、東京大学建築学科デジタルデザインスタジオ講師、慶應義塾大学SFC非常勤講師など