「宇宙飛行士は若いうちからそれ一本で目指せる夢ではないので、自然と別の目標も同時に持つことができた。今は仕事に関してオープンな時代なので、やりたいことをいくつでも持っていい」と語る内山崇氏

昨年10月、文部科学省とJAXA(宇宙航空研究開発機構)が2021年秋頃に宇宙飛行士を若干名募集すると発表した(*)。2008年以来、実に13年ぶりとあって、相当な倍率になると予想されている。

(*)JAXA「宇宙飛行士募集に関する資料集」https://www.jaxa.jp/press/2020/10/files/20201023-1_requirement01.pdf

そんななか、注目を集めているのが昨年12月に発売された『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』だ。著者は、宇宙船「こうのとり」のフライトディレクタとして知られ、前回試験のファイナリストでもある内山崇氏。

「この10年余りを振り返ることは、僕にとってとても勇気のいることでした」と語る氏に、謎に包まれた宇宙飛行士選抜試験についてお話を伺った。

* * *

――前回試験のファイナリストが当時全員30代というのは正直意外でした。

内山 社会人としていろんな経験を積んでいることも要因として挙げられますが、宇宙の放射線の影響が大きいんです。年齢が若いほど、放射線の影響を強く受けるため、宇宙に長期滞在できないんですよ。だから、若くて元気な20代が有利というわけではありません。

でも、人間が月や火星に移住する際には技術でクリアしなきゃいけない問題なので、今後、何かしらの防護策が出てくると思います。

――内山さんは32歳のときに選抜試験を受けたんですよね。

内山 自分としては、最高のタイミングだと思っていました。社会人になってから10年近くたっていましたし、2、3年後に再募集されるとは考えにくかったので、これを逃す手はないなって。実際、「チャンスがあれば受けよう」と思い続けていましたから。

――当時、内山さんは日本初となる無人ランデブー宇宙船「こうのとり」のフライトディレクタで大忙し。宇宙飛行士候補に選ばれれば、その大事な時期にプロジェクトから抜けざるをえない。結果、上司は「このクソ忙しい時期に抜けるのっ!?」という反応だったそうですね。

内山 今思うと必要とされているわけで、うれしい言葉ではありますよね。ただ、当時の僕としてはちょっと意外だったというか、「子供の頃からの夢に挑戦するんだし、理解してくれても......」という気持ちもありました(笑)。

ほかのファイナリストの皆さんも、それぞれの分野でバリバリと活躍されていたので、どの会社でも多少なりともそういう反応はあったのかなと思います。

ただ、JAXA選抜事務局はそのあたりの対応がすごくて。ファイナリスト全員の会社を訪問して、「ぜひ最終試験を受けさせてください。受かった暁には宇宙飛行士として就職していただきます。許していただけますでしょうか」ってお願いに上がるんです。三顧(さんこ)の礼ですよね。

――残念ながら最終選考で落選となりましたが、落ち込む間もなく、「こうのとり」の職務に打ち込まれたそうですね。

内山 選ばれなかったことに後悔や不満はなかったですが、夢が目の前から消えたことは相当なショックでした。なので、やっぱり振り返りたくない部分もありましたね。

でも、その当時は「こうのとり」の業務にとにかく全集中しないといけない時期で、正直、茫然(ぼうぜん)自失しているヒマがなかったんです。それは今思えばラッキーなことでしたけど、人生の再スタートを切るためには過去をもう一度振り返る必要があると感じていました。

――その後、内山さんは長い時間をかけて「宇宙飛行士ではなく、今の仕事で日本の有人宇宙開発に貢献する」という考え方にシフトすることに。作中では「夢の叶(かな)え方を変える」と表現されていましたが、これって選抜試験だけでなく、「こうのとり」の仕事を実直に続けていたことや、かつての上司の言葉があったからこそでしょうか?

内山 その指摘は核心を突いているなと思います。実際、書籍の執筆を通じて昔のことを思い出すうちに、上司やファイナリストにかけられた言葉が、もう一度心に響いてきたし、今の僕をつくってくれていることが再確認できました。

「自分はどうして宇宙飛行士を目指したのか。宇宙飛行士になって何がしたかったのか」をしっかりと考え直したとき、その先にあったのは「日本の有人宇宙開発を前に進めたい」という気持ちでした。

――「夢破れた先で、本当の夢を見つける」というのは多くの大人に響くテーマですよね。特に「夢の叶え方を変える」というのは、年齢と経験を重ねた大人だからこそ深く感情移入できると思います。

内山 もともとこの本を書き始めた当初は、もっとカッコつけた内容にしようと思っていたんです。ですが、発売前のリサーチで一般の方に深く読み込んでもらい、「あ、そうか。この経験って、意外と普遍的なんだ」って気づかされました。その結果、こんなにも内面をさらすことになりました。ここまで内面をさらけ出したことって、ほかのファイナリスト相手でも実はなくて。

皆さん、ものすごく葛藤を抱えていたと思うし、一緒にいてそれが垣間見える瞬間もあったけど、その心の葛藤の内側に入り込むのはアンタッチャブルというか。だからこそ、この本をトリガーに話してみたいなって思っています。僕がこれだけさらしたのでたぶん話してくれるはず(笑)。

――大人になっても夢を持つことの尊さを、自分はこの本から感じました。

内山 小さい頃って自由にいろんな夢を見るし、可能性も無限大だと思うんです。でも、年齢を重ねるうちに、「この夢は無理だな」ってどんどん可能性を狭めてしまうじゃないですか。

その点、宇宙飛行士は若いうちからそれ一本で目指せる夢ではないので、自然と別の目標も同時に持つことができた。ある意味、特典ですよね。今は兼業など、仕事に関してオープンな時代なので、やりたいことをいくつでも持っていいと思います。

チャレンジした結果、報われなかったとしても、いろんなものが残る。僕自身、宇宙飛行士選抜試験を「受けなきゃよかった」と思ったことは一度もないんです。すごく貴重な経験ができたし、同じ志を持った仲間にも出会うことができました。

社会人になってから、昔からの幼なじみくらい仲いい人ってなかなか出会えないと思うんですけど、僕たちは会った瞬間に、試験当時の雰囲気に戻れるんです。それも、試験に、夢に挑戦したからなんですよね。チャレンジして損をすることはないと思うので、志ある方はぜひとも宇宙飛行士選抜試験にチャレンジしてみてください!

●内山 崇(うちやま・たかし)
1975年生まれ、埼玉県出身。2000年に東京大学大学院修士課程修了、同年IHIに入社。2008年からJAXA勤務。2008~2009年第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験ファイナリスト。宇宙船「こうのとり」フライトディレクタ。2009年初号機から2020年最終9号機までフライトディレクタとして、ISS輸送ミッションの9機連続成功に貢献。現在は、日本の有人宇宙開発をさらに前進させるべく新型宇宙船開発に携わる。趣味は、バドミントン、ゴルフ、虫捕り、ラーメン。宇宙船よりコントロールの利かない2児を相手に、子育て奮闘中

■『宇宙飛行士選抜試験 ファイナリストの消えない記憶』
(SB新書 900円+税)
2008~2009年に行なわれた第5期JAXA宇宙飛行士選抜試験。油井亀美也氏ら3人の宇宙飛行士が誕生した一方、最終試験では彼らを除く7人が不合格に。本書の著者・内山崇氏もファイナリストのひとりであり、あと一歩のところで宇宙への切符に手が届かなかった。一風変わった選抜試験、そこで得たかけがえのない仲間、落ちても続く人生、葛藤の日々......。夢を追うことの美しさと悪魔性の両面を描き出す、宇宙への挑戦の物語

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