「私は『死なない』のはいやだけど(笑)、自然に逆らって老化を遅らせるのはありだと思います。『アホウドリ作戦』は、悪くないなあと思いますね」と語る吉森保氏

ウイルス、免疫、抗体、ワクチンなど、新型コロナのパンデミックが続くなかで、私たちは日々、感染症や医学、生命科学に関する、さまざまな専門用語と接しながら暮らしている。そんな時代に、生命科学の基礎を知り、「科学的な物の考え方」を理解しておくことは大切だ。

病気や老化の基本的なメカニズムをはじめ、「オートファジー」に着目した老化の防止など、最先端の研究による生命の可能性を教えてくれるのが、大阪大学大学院教授で生命科学者の吉森保(よしもり・たもつ)氏の新刊『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)だ。

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――タイトルを見ていきなり「生命科学の最先端」の話になると思ったら、本書の前半では「科学的な考え方」や生命科学の基礎について、じっくりと解説されていますね。

吉森 私は大阪大学大学院で生命科学を教えていますが、大学院で学ぶ理系の学生ですら、科学的な物の考え方の基礎が身についていないケースが多い。日本の教育には、高校までにそうしたことをシステマチックに学ぶ仕組みがないんですね。

一方で、今は「科学はどこか遠いところで誰かがやっていればいい」という時代ではなくなっています。新型コロナのパンデミックは、私たちにそのことを強く感じさせましたし、3・11の東日本大震災のときの原発事故もそうでした。

今や、科学技術の進歩は身近なところで私たちの生活や社会に大きな影響と変化を与えています。とりわけ、ゲノム編集など生命科学の分野における急激な進歩には、この先、私たち人間の未来を左右するような技術も含まれています。

私たちはこうした生命科学の進歩と、どう向き合うべきなのか? 私はその問いの答えを判断するのは、われわれ科学者ではなく、一般の人たちであるべきだと思います。

そのとき、一部で見られる新型コロナの議論のように感情に流されるのではなく、同じ土俵で論理的な議論をするためにも、理系・文系を問わず多くの人たちに「科学的な思考」の作法や、生命科学の基本的な知識を身につけてほしいというのが、この本を書いた動機のひとつです。

――それはいわゆる「科学的リテラシー」を身につけるということでしょうか?

吉森 例えば「科学」って何かの「真実」を告げるようなものではないんですね。科学とは仮説を立て、その検証や否定を繰り返しながら、少しずつ真理に近づいてゆく、実に時間のかかる作業なので、今回の新型コロナのようなことがあると、全然スピードが追いつかない。

それでも私から見たら、科学者の皆さんはものすごいスピードで頑張っていると思うのですが、そういう状況で「これが決定的な真実だ」なんて誰も言えないし、むしろ軽々と断定する人の言うことはそれが専門家であっても信用しないほうがいい。

ですから、人の言うことをうのみにするのでなく、逆に感情的に排除するのでもなく、限られた知識や情報を元に、自分なりに考え、論理的に整合性のある判断をしていく以外にない。私はその力こそが「科学的リテラシー」なのだと思います。

――一方、本書の後半では生命科学の最先端、吉森先生の専門である「オートファジー」と、病気や老化の関係、不老不死の実現の可能性にまで触れられていて興味深かったです。

吉森 オートファジーは私の師匠で、2016年にノーベル賞を受賞した大隅良典先生(東京工業大学栄誉教授)が、今から30年ほど前に切り開かれた、比較的新しい研究分野で、ざっくり言えば「細胞を自分の力で新品にする機能」のことです。

もう少し詳しく言うと、細胞の中のゴミを掃除したり、古くなった部品を新しく入れ替えたりしながら、常に細胞を新しい状態に保とうとする機能がオートファジーで、近年、この機能が、老化や病気のメカニズムに深く関わっていることがわかってきました。

――そのオートファジーを応用すれば老化を遅らせるアンチエイジングや、夢の「不老不死」も可能になるのでしょうか?

吉森 そうですね。科学者なので断言はしませんが(笑)、今、老化の研究が世界中で進んでいて、老化を決めるいくつかの要因のなかでも、オートファジーが重要な鍵を握っていることが明らかになってきました。

この発見を応用すれば、老化を大幅に遅らせることは可能だと思いますし、この本の中でも紹介したように、実際、生物の中にはクラゲの一種のように「死なない動物」というのも存在しますから不老不死も原理的に言えば、決して不可能だとは言い切れません。

一般の人のイメージ、特に日本人には「すべてのものはいつか滅びる」という世界観があると思うのですが、生物はそのなかで何十億年と存続している異質な存在で、基本的には「死なないよう」にできている。

一方で、人間を含む多くの生物には「老化」や「死」が遺伝子の中にプログラムされています。おそらく、老化や死が集団として、種の保存に有利だったから、そうした形に進化したのではないかと思います。

――科学の進歩で老化や死を乗り越え、不老不死が可能だとしても、それは人類にとっていいことなのでしょうか?

吉森 そこがまさに肝で、先ほども述べたように、科学者任せではなく、私たちがしっかり議論すべき領域だと思います。そのためにはまず、みんながある程度の科学的リテラシーを持って、その状態で議論すべきだと思ったので、こういう本の成り立ちになっているんです。

――ちなみに、もし技術的に可能だとして、ご自身は不老不死になりたいですか?

吉森 個人的な意見を言わせていただくと、さすがに「死なない」というのはいやだけど(笑)、自然に逆らって老化を遅らせるのはありだと思っています。まだまだ研究したいこともいっぱいあるし、健康な状態で120歳ぐらいまで生きるのは悪くない気がします。

また、生物の中には一部のアホウドリのように、ほとんど老化せずに、突然、「死」がやって来るという種類もあることがわかっています。これ、いわば、究極のピンピンコロリで、オートファジーを活性化すれば人間でも可能かもしれない。この「アホウドリ作戦」は、悪くないなあと思いますね。

●吉森 保(よしもり・たもつ)
生命科学者、専門は細胞生物学。医学博士。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授。2017年大阪大学栄誉教授。2018年生命機能研究科長。大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科中退、私大助手、ドイツ留学の後、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典先生(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げたときに助教授として参加。国立遺伝学研究所教授として独立後、大阪大学微生物病研究所教授を経て現在に至る

■『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』
(日経BP 1700円+税)
これまで謎とされていた生命現象がものすごいスピードで明らかになる現代。医療や食品など、日常生活に研究結果が応用されることも増え、われわれの生活に科学は猛烈な勢いで入り込んでいる。そんなとき、生命科学の基礎知識があれば、自分の満足のいくチョイスができるようになるという。細胞を自分の力で新品にする機能、オートファジーの研究で世界的に知られる著書が、新型コロナの問題でも役に立つ「科学的思考」をはじめ、生命科学の基本、オートファジー研究の最前線までを徹底解説する

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