弱小ゲーム制作会社の闘いを描いた『東京トイボックス』シリーズや、沖縄の離島を舞台にした『南国トムソーヤ』など多くの人気作を世に放ってきた漫画家「うめ」は、今回のゲストであるシナリオ・演出担当の小沢高広(おざわ・たかひろ)と、作画担当・妹尾朝子(せお・あさこ)のふたりによる夫婦ユニットだ。
多彩な作風を誇る作品群のなかには、Apple創業者の"ふたりのスティーブ"、ジョブズとウォズニアックを主人公とする『STEVES(スティーブズ)』や、天才女子高生とAIの恋愛をテーマにした『アイとアイザワ』など、IT・テクノロジー系のテーマに取り組んだ意欲作もある。落合陽一(おちあい・よういち)も当然のように愛読者だ。
そしてテーマの新しさのみならず、作品発表のプロセスという面でも常に時代の先端を実践してきた。電子出版、漫画アプリ、クラウドファンディング......といった、2021年現在では当たり前になりつつある方法にいち早く目をつけ、ことごとく先鞭をつけてきた「うめ」のブレーン、小沢が漫画業界の現在と未来を語る。
* * *
小沢 小沢高広と申します。ふたり組漫画家「うめ」のシナリオ・演出担当をしています。
僕は20代の頃、デザイン事務所やシンクタンクで下っ端として働いていたのですが、仕事に疲れて辞めてしまいました。当時から一緒に住んでいた妹尾は漫画賞投稿の常連で、賞を取りすぎちゃったために「連載企画以外は出すな」と言われている状態でした。
そこで、僕が物語を考え、妹尾が絵を描いて、共同のペンネームを新たに作り、『モーニング』(講談社)に投稿しました。その作品(後に『ちゃぶだいケンタ』として同誌で連載・単行本化)で2001年にちばてつや賞の「一般部門ちばてつや大賞」を受賞してデビューし、以来ずっとこのスタイルで続けています。
作り方のコンセプトとしては、「"好き"と"怒り"の両輪で回す」ようにしています。世の中には"好き"だけで描く作家さんもいるし、"怒り"を表現のコアにしている方もいると思いますが、うちの場合は、好きエンジンと怒りエンジンの両方を常に持つよう意識しています。
今までに出した本が50冊くらいで、紙の単行本より電子書籍のほうが3倍ほど売れています。日本で初めてAmazonのKDP(Kindle Direct Publishing)というセルフパブリッシングのサービスを使って漫画を出した(2010年、『青空ファインダーロック』)ときは日本語版、英語版ともに話題になりました。たぶんこのときにフォローしてくれる人が一気に増えたおかげで、今でも電子書籍がガッツリ売れるのだと思います。
それから、いわゆる伝統的な出版社以外のところで作品を発表するケースが多いのもうちの特徴です。例えば『ブラガール』という散歩漫画は、原稿料を不動産屋さんからいただいているという珍しいケースです。
『STEVES』は1970年代のシリコンバレーを舞台にしたIT群像劇で、(マイクロソフト元会長の)ビル・ゲイツなんかも出てきます。おそらくゲイツを一番カッコよく描いた漫画だと思います。
落合 間違いないですね!
小沢 ありがとうございます。この作品は発表に紆余曲折ありまして、2009年にまずiPhoneアプリで作りました。
当時はiBooks(現Apple Book)やKindleといった媒体もまだなくて、アプリで漫画を出すという文化自体がありませんでした。「どうせやるならジョブズの物語にしよう」と決め、原稿用紙のフォーマットをゼロから作るところから始めたのですが、結局はAppleにリジェクトされてしまったんです。
落合 え、なんでですか?
小沢 今はだいぶ緩くなったけど、当時のAppleはブランドや製品の描き方にかなり神経をとがらせているようなところがありまして。この漫画の場合は「リアルAppleストーリーすぎるからダメ」という話でした。
それを別の電子書籍サービスで公開したら好評だったので、連載するために「CAMPFIRE」でクラウドファンディングを募集しました。クラファンで原稿料を得るというのも初めての試みだったと思いますが、これは一瞬で目標額を達成しました。おかげで描き続けることができて、その後の『ビッグコミックスペリオール』(小学館)での連載につながりました。
『STEVES』の連載自体はだいぶ前に終えましたが、今年(2020年)は外伝として『特別編"ソーシャル・ディスタンス"』を描き、SNSで発表しました。ビル・ゲイツが新型コロナのワクチン7種類すべての開発に投資した、というエピソードを取り上げています。
この外伝はかなりハネて、いろんな言語に翻訳されて海外でも読まれました。翻訳をしてくれたのはMantra(マントラ)というスタートアップの会社で、漫画の機械翻訳に特化したすごく面白いツールを開発しているチームです。
落合 Mantraが出したペーパー(論文)に参加している松井勇佑先生は大学院時代の同期です。たぶんMantraのメンバーも身近にいると思います。
小沢 共通のつながりが多そうですよね。ちなみに昨年完結した『アイとアイザワ』は、一瞬でものを記憶してしまう女子高生とAIの恋愛+バトルもので、人工知能系の監修を筑波大学の大澤博隆先生にやっていただきました。
この作品は、かっぴーさんの原作をもとにうちが描きました。ナンバーナインという電子書籍配信サービスを通しての発表で、いわゆる出版社は間に入っていません。すると編集の仕事も僕がやることになってしまい、そこは大変でした。
漫画編集者の役割で一番重要なのは、「時短ツール」になってくれることだと僕は考えています。"真夜中のテンション問題"と呼んでいるのですが、夜中にツイートしたりメールを書いたりすると、えてして感情的になりがちですよね。
そういうときに描いたものを冷めた目で見てくれることで、結果的にスピードアップをもたらすのが編集者のありがたいところです。『アイとアイザワ』のときは僕がその役割を兼ねた結果、進行がグダグダになってしまったのが反省点です。
漫画の執筆以外では、物語を"見える化"することを目指し、「コミック工学」の研究を続けています。例えば、どの登場人物がどのタイミングで活躍するかをグラフ化してみたりですとか、主人公からモブキャラまで「キャラクラス」というものを定義して、それを機械的に分類することができるかどうか調べてみたりですとか、といった研究です。
僕自身、デビュー前には大塚英志さんの『物語の体操』を読んで訓練し、プロット作りができるようになりました。いずれは僕の経験や研究から、漫画家の制作を支援するツールができたらいいなと思っています。
落合 ありがとうございました! 『東京トイボックス』シリーズ、大好きです。舞台が秋葉原なのはシナリオ上の都合以外にも理由があるんですか?
小沢 僕は小学生の頃ずっと秋葉原に入り浸っていたから、ふるさと感があるんです。マイコンブームの頃です。今はソフマップが入っているところが角田会館だった頃、2階にPC8801のFRとかSRが置かれていました。
小学生じゃパソコンなんか買えないから、フロッピーディスクだけノーブランドの安いのを買って、展示機でプログラミングを勉強してセーブして帰ってくる......みたいなことを繰り返していました。『マイコンBASICマガジン』のコードを写したりとか。その頃はゲームを作る人になりたいと本気で思っていましたね。
落合 主人公・天川太陽(てんかわ・たいよう)の少年時代とかぶってそうですね。
小沢 太陽が最初に触れたパソコンはPC8801という設定にしてますね。ゲーム業界に思い入れがあったからこそ、その世界を描きたかったわけですが、取材は大変でした。
今描いている続編の『東京トイボクシーズ』は、eスポーツのプレイヤーのお話です。高校にeスポーツ科ができたという設定で始めたら、連載を続けるうちに実際にいくつかの学校でそういうものができて、漫画が現実に追いつかれつつあります。
落合 テック関連の作品を描かれていると、現実がフィクションを追い越すことも起こると思います。作家としては難しい問題ですが、どうお考えですか?
小沢 僕は「5年から10年くらい先に実現されそうかな?」というイメージで描くようにしています。あまり未来すぎても、理解しづらくなっちゃうので。ただ漫画って、後半の盛り上がりに行けば行くほど時間の進みが遅くなりがちなんですよ。
例えば、連載序盤なら1巻で1年経過していたのに、後半になると1日に1、2巻かかっちゃうとか。そのへんで一気に(現実に)追いつかれる、ということを学習しました。
落合 めっちゃおもしろい観点だなあ。
小沢 既存の技術を描く場合だと、逆に現実に置いてけぼりにされることもあります。『大東京トイボックス』の後半、DVD-ROMを焼いてゲームを納品する場面がありますが、あれはギリギリの描写でした。その後、すぐにゲーム業界ではオンライン納品が当たり前になったんですが、そうなると「ウソになってしまう」ので。
落合 しかも、作中ではソフトウェアアップデートできない仕様でしたよね。みんなでバグ取りしてて。
小沢 そうなんです。今だと使えない設定も多かったなあと、感慨深いです。ブルボン小林(長嶋 有)さんが「時代を波乗りして描く」と、うちを評してくれたことがあります。「『東京トイボックス』はなんとか乗り切った」と書いてくれて。eスポーツは今、ちょっと変化が速すぎて、どうなるかな......というところです。
落合 今の子供たちにとっては、eスポーツのプレイヤーはリアルに憧れる対象になっていますね。
小沢 はい。「なりたい仕事」にランクインするとか。それを考えて、実は『東京トイボクシーズ』は企画の段階からお願いして、総ルビを(=すべての漢字にふりがなを)ふっているんです。
うちの漫画は親が買って子供に読ませるパターンがなぜか多いらしくて、前からルビのご要望をいただいていたので、ちょうどいい機会かなと思いまして。
落合 『キャプテン翼』を読んでサッカー選手になった人はたくさんいますからね。うめさんの漫画を読んでeスポーツを始める子供が増えるといいですね。
『STEVES』の外伝は「ビル・ゲイツをカッコよく描いた作品」で間違いないのですが、今の若い人たちは「そもそもゲイツっていい人なんじゃないの?」という印象しかないようです。独占禁止法違反で訴えられたり、世界一の悪人みたいに思われていた頃のゲイツを知らないので。
小沢 そうか、好々爺然(こうこうやぜん)としたゲイツしか知らないんですね。
落合 はい。ネガティブな印象がないから、「カッコよく描いた」とおっしゃっても面白みが伝わらないかもしれません。僕らにとってはそれだけで新鮮だったんですけどね。
小沢 世代ギャップがあるんだ。それは考えたこともありませんでした。以前は「あいつが世界を牛耳ってるんだ」みたいに思う人が大勢いて、だからこそいまだに陰謀論が出るんです。ワクチン開発を支援しても「裏で何かやってるんじゃないか」とか。
落合 スティーブ・ジョブズだって、今の大学生からすれば、子供の頃に亡くなっているからほとんど知らないでしょう。今後も『STEVES』を読んでジョブズやウォズニアックを知った、という人が増えてくると思います。
◆後編⇒落合陽一×小沢高広(漫画家ユニット「うめ」)「AIはまだ『漫画を読む』ことができない」
■「コンテンツ応用論2020」とは?
本連載は2020年秋に開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義、「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします(今年度はリモート開催)。落合陽一准教授がコンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招き、白熱トークを展開します
●落合陽一(おちあい・よういち)
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。近著に、2016年の著作『これからの世界をつくる仲間たちへ』をアップデートした新書版『働き方5.0』(小学館新書)
●小沢高広(おざわ・たかひろ/うめ)
夫婦漫画家ユニット「うめ」のシナリオ・演出担当。テレビドラマ化もされたゲーム業界譚『東京トイボックス』シリーズや、沖縄の離島を舞台に民俗学を絡めた『南国トムソーヤ』、アップルの創業ストーリーを独自の視点で漫画化した『STEVES』など多くの作品を世に送り出している。作品内容のみならずその発表方法も多彩かつ先進的で、業界のパイオニア的存在。日本漫画家協会常務理事も務めている