「漫画」という表現ジャンルの特殊性と未来について語り合う、落合陽一(左)と小沢高広(右) 「漫画」という表現ジャンルの特殊性と未来について語り合う、落合陽一(左)と小沢高広(右)

弱小ゲーム制作会社の闘いを描いた『東京トイボックス』シリーズや、Apple創業者の"ふたりのスティーブ"を主人公とする『STEVES(スティーブズ)』、天才女子高生とAIの恋愛をテーマにした『アイとアイザワ』など、多くの人気作を世に放ってきた漫画家ユニット「うめ」。

そのシナリオ・演出を担当する小沢高広(おざわ・たかひろ)が、作品の発表方法も含めて先進的な創作活動の裏側や原点を語った前編記事に続き、後編では小沢と落合陽一(おちあい・よういち)が「漫画」という表現ジャンルの特殊性と未来について語り合う。

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落合 「うめ」さんのおふたりの役割分担についてお訊きしたいのですが、作画の妹尾さんは基本、ストーリーには口出しなさらないんですか?

小沢 いや、バリバリ出します。ほかに原作者さんがいる場合はあまり密にやりとりできませんが、ふたりだけでやる作品の場合は、四六時中叩き合いしているような感じです。

落合 小沢さんがシナリオや演出以外にテクニカルなお手伝いをされることは?

小沢 写真を撮ってきたり、背景の3Dモデルを作ったりしています。

落合 いいコラボレーションですね。ちなみに住まいと職場は分けていますか?

小沢 今は分けていません。前に住んでいた家は3階建てで、1階にキッチンがあり、3階が仕事場と分けていました。そうすると、家事の中で僕は料理をメインに担当してるんですが、煮物とかすぐ焦げちゃうんです(笑)。どうなってるのかわからないから。

今は仕事場のドアを開けるとすぐそこにガスコンロがあるという職住近接、というより完全に職住が混ざった家になっています。

落合 ご夫婦でコンビを組まれているのもそうですが、うめさんの仕事のやり方は、ほかの漫画家さんとちょっと違いますよね。『STEVES』をアプリで出そうとしたとか、そういった発想と実行力はどこからくるのでしょうか。

小沢 周りに研究者やエンジニアの方が多いからですかね。いろいろと声をかけてもらってやってる感じです。あと、うちが電子書籍をポンポン出しているから、新しいことをやるときに声をかけやすいのかもしれません。

落合 電子書籍の売り上げが多いとのことですが、その要因はユーザーの層がそういう人たちということなんでしょうか。

小沢 電子書籍を好む層と、『東京トイボックス』のような作品を好む層が重なっているところが大きいですよね。

落合 やっぱり、作品のテーマがゲームだったりITだったりするから。

小沢 はい。あとは、売り方も考えています。例えば『STEVES(スティーブズ)』の単行本は、紙と電子書籍を同時に出してくれってお願いしたんですが、あれが小学館さんで初めてのケースでした。ユーザーからすると、発売のタイミングにズレがあることはストレスになるじゃないですか。

そうやって電子書籍ユーザーに対してポジティブな出し方をした結果、「うめの本は電子書籍で買う」という方が多くなっています。

昨年4月には、ビル・ゲイツと新型コロナのワクチン開発の関わりを描いた『STEVES 特別編ソーシャル・ディスタンス』をSNSで発表 昨年4月には、ビル・ゲイツと新型コロナのワクチン開発の関わりを描いた『STEVES 特別編ソーシャル・ディスタンス』をSNSで発表

『STEVES 特別編ソーシャル・ディスタンス』は漫画専用の多言語翻訳エンジンで英語、スペイン語、中国語など5ヶ国語に翻訳された 『STEVES 特別編ソーシャル・ディスタンス』は漫画専用の多言語翻訳エンジンで英語、スペイン語、中国語など5ヶ国語に翻訳された

落合 確かに僕も、うめさんの本はほとんど電子書籍です。漫画を描く上で一番大変な作業はなんですか?

小沢 手がかかるのは、シナリオを書く作業です。僕の場合、物語の映像が頭に浮かび、それを何回も巻き戻しては脳内再生して、言葉にしていくんです。小説と違って、漫画原作のシナリオは細かな文章表現にこだわる必要がないので、そこはまだ楽な面もありますが、ただ文字に起こすだけの作業はやはり面倒くさいですね。

頭の中に映っている映像のまんま、プラグインして渡したい、ジャックインして直接流し込みたいといつも思いますが、それもできないので。

落合 なるべくアナログな作業を減らしたいわけですね。「コミック工学」を研究して、いずれは漫画制作の支援ツールを作りたいとおっしゃっていましたが、物語だけとか画風だけならともかく、コマ割りも含めた漫画全体となると相当複雑な表現ジャンルです

小沢 そうですね。現状では、漫画を機械学習させようとしても、(AIが)読むことができません。コマの順から何から

落合 以前、大英博物館の漫画展を見に行ったら、最初の1割くらい、まるまる漫画の読み方解説に当てられていました。コマの順番、吹き出しの役割、バックの擬音語や擬態語の意味まで、一から解説しているんです。「漫画の読み方が自然に身についている日本人は優秀だ」って言われました。

小沢 吹き出しのシッポだけで誰のセリフなのか判断させるのも相当無理があるし、コマの中に発話者の絵が描かれていないこともあるし。そういうことを考えていくと、漫画って読めるのが不思議なくらいです

でも、初めて漫画を読む子供でも、30分もあれば普通にページをめくって楽しめてしまう。どういう仕組みで読めるようになるのか研究したら面白そうですね。漫画を読んだことのある子供と読んだことのない子供を集めて、視線データを比較したり。

落合 コンピュータビジョンの課題として本質的な議論ができそうです。明確なルールがない中で読んで理解できるのは、もちろん作家さんの工夫もあると思います。

現代漫画だと、映画のカメラワーク的なコマ割りが当たり前にありますよね。しゃべっているキャラクターのコマがあって、次のコマでは何かオブジェクトだけが描かれ、その上にセリフがかぶせられて......とか。そういうときに読者が流れを失わないようにするための、制作上の秘訣はありますか?

小沢 うちの場合はネームでも原稿でも、(作画の妹尾氏との間で)お互いにやり取りをして納得できるまで編集部に送らないようにしています。読みにくさはその段階で極力取り除いていますね。

あとはアシスタントが読んで、「ここはちょっと意味がとりづらい」という箇所は積極的に指摘してもらうようにしています。また、もちろん編集者に言われて直すこともあります。結局、人の目の数で読みやすくしていくほかないですね。

落合 なるほど、そこは人数でやっていくと。作家さんひとりだけで完結させている人はいるんでしょうか。

小沢 いると思いますよ。以前は最低でも編集者の目は通していましたが、最近はpixivやTwitterで、ブログなどで文章を書くようなスタイルで漫画を発表する人も珍しくありません。そういう方はおそらく、"漫画読み"としての自分の経験をチェックに生かしているんでしょうね。

僕は個人的に、漫画でABテストをやって、どっちが受けるか調べるみたいなことをやってみたいです。

落合 ハリウッド的ですね。ラストをどうするかは試写して決める、とか。

小沢 やってみたいんだけど、漫画はローコストで幅の広いお話が作れるところにメリットがあるので、実際にはそこにお金はかけませんよ。ただ、単行本化する場合は、雑誌掲載時やWeb初出時の反応を試写会のチェックみたいに活用し、修正を加えることはよくあります。

落合 漫画業界は今後10年でどうなっていくのでしょう?

小沢 伝統的な出版社がようやくデジタル部門に力を入れるようになり、IP(知的財産)ホルダーとして強くなろうとしてますよね。特に今だと集英社の動きがいい。

落合 『週刊少年ジャンプ』編集部のフットワークは本当に軽くなりましたね。

小沢 10年くらい前は、電子書籍化の波に対応できないまま伝統的な出版社は食われていくかなと思っていたのですが、逆に最近はすごく頑張っているので、漫画業界はこれからも紙とデジタルの両輪で伸びていくと思います。

紙媒体を前提にして描かれた作品が、電子書籍にしてさらに輝くケースも出てくると思います。雑誌や単行本など、紙で読んでいるとノド(本の閉じの部分)があるから、見開きの真ん中付近がどうしても歪んでしまう。製本の都合でそうせざるをえないだけで、電子書籍化すれば真っ平らで見られて、ものすごく気持ちがいいんです。

落合 でかいiPadでジャンプの連載作品なんかを読んでいると、「これはこのためにあったんだ!」って絵の力や仕掛けに気付いて感動することもありますね。ゆがめる必要がなくなった、というのはデジタル化が漫画にもたらした大きな貢献かもしれません

小沢 ただ、逆にスマホなどで単ページずつスクロールして読む人たちのことを想定すると、見開きの使い方に悩んでしまいます。単ページで見開きシーンを読むと、片方ずつだけ見ることになって、どうしても間の抜けた感じになっちゃって。

落合 僕は紙に慣れすぎているせいか、漫画は常に2ページ(見開き)表示じゃないと落ち着かなくて読めないんですが、それはユーザー各々が決めることですからね。

小沢 はい。単ページで読む人に合わせて見開きという技法自体をやめるのはどうかと思うし、このへんは過渡期の悩みですね。

■「コンテンツ応用論2020」とは? 
本連載は2020年秋に開講された筑波大学の1・2年生向け超人気講義、「コンテンツ応用論」を再構成してお送りします(今年度はリモート開催)。落合陽一准教授がコンテンツ産業に携わる多様なクリエイターをゲストに招き、白熱トークを展開します

●落合陽一(おちあい・よういち) 
1987年生まれ。筑波大学准教授。筑波大学でメディア芸術を学び、東京大学大学院で学際情報学の博士号取得(同学府初の早期修了者)。人間とコンピュータが自然に共存する未来観を提示し、筑波大学内に「デジタルネイチャー推進戦略研究基盤」を設立。近著に、2016年の著作『これからの世界をつくる仲間たちへ』をアップデートした新書版『働き方5.0』(小学館新書)

●小沢高広(おざわ・たかひろ/うめ) 
夫婦漫画家ユニット「うめ」のシナリオ・演出担当。テレビドラマ化もされたゲーム業界譚『東京トイボックス』シリーズや、沖縄の離島を舞台に民俗学を絡めた『南国トムソーヤ』、アップルの創業ストーリーを独自の視点で漫画化した『STEVES』など多くの作品を世に送り出している。作品内容のみならずその発表方法も多彩かつ先進的で、業界のパイオニア的存在。日本漫画家協会常務理事も務めている