シーメンス・ガメサ・リニューアブル・エナジー社が開発した岩石を熱してエネルギーをためる蓄電施設「エレクトリック・サーマル・エナジー・ストレージ(ETES)」の外観。壁に描かれたマンモスの絵と「新しい石器時代へようこそ」の文字が目を引く(同社HPより)

菅首相がカーボンニュートラルを宣言し、2050年までに再生可能エネルギーの比率を、全体の5~6割にまで引き上げることを目指す日本。ただし太陽光や風力は、天候や季節に左右され、需要に合わせて発電量を調整することは難しい。

しかし今、そんな再エネ最大の弱点を吹き飛ばす、どこか"原始的"でユニークな蓄電システムが国内外で次々と生まれている!

■熱した岩石で蓄電する「新石器時代」が到来?

写真はドイツ・ハンブルク郊外にある大規模な施設で、巨大な箱形のコンクリートの建物にいくつもの配管がつながれていて、一見すると何かの工場のようだ。

だがよく見ると、壁には大きなマンモスのイラストと共に、英語で「新たな石器時代へようこそ」という文字が書かれている。

実はこれ、再生可能エネルギー関連企業のシーメンス・ガメサ・リニューアブル・エナジー社が建設した「エレクトリック・サーマル・エナジー・ストレージ(ETES)」と呼ばれる、熱エネルギーを貯蔵するための実証実験施設だ。

ETESのメカニズムを解説すると、分厚いコンクリート製の建物の中には1000tという大量の火山岩が詰まっており、そこに風力発電などによる電力で作った熱風を流し込み、岩石を600℃以上まで熱してエネルギーをためる。そして、その岩石の熱で水蒸気を発生させタービンを回し、発電することが可能だ。

風力発電などの電力で熱風を作り、建物に流し込んで岩石を熱する。電気を熱エネルギーに変換して岩石に貯蔵するのだ

わかりやすくたとえるなら、石焼き芋の石や、サウナで使われるサウナストーンを思い浮かべてほしい。要するに、岩石に熱を蓄えることでエネルギーを貯蔵し、その熱を再び電気に変えて利用することもできる、いわば「岩石蓄電」システムなのだ。

ちなみに、この実験施設の発電能力は公称出力が30MW(メガワット)としている。また1000tの岩石にためられるエネルギーの総量は最大130MWhで、同社は近い将来、これをGWh(ギガワット)規模に大型化して商業化を目指すという。

このシステムのもうひとつの特長は、ためたエネルギーを電気だけでなく、熱としても利用できる点だ。エネルギーの変換効率は、出力を電気としてのみ使う場合には45%程度とそれほど高くないが、熱や蒸気などの形でのエネルギー利用も組み合わせると、変換効率は90%を超えるという。

それに、リチウムイオン電池のように高価で希少な材料(レアメタルなど)は不要で、ほぼ既存の技術を組み合わせただけのシステムなので安全性、信頼性が高く、低コストなのも「岩石蓄電」の大きな魅力だ。そのため、日本でも昨年10月、環境省が「岩石発電」の検証事業に乗り出す方針を明らかにしている。

■再エネの弱点を補う大規模な蓄電技術

「蓄電デバイス」といえば、一般にはリチウムイオンや、将来の実用化が期待される全固体電池のような、最新の二次電池(繰り返し使える電池)を思い浮かべる人が多いかもしれない。

だが今、そうした蓄電池の技術ではなく、「岩石蓄電」のような「電池に依存しないユニークな蓄電技術」が注目を集めている。その理由は、地球温暖化対策で将来的な「脱炭素社会」の実現が求められるなか、太陽光や風力といった再生可能エネルギー(再エネ)の利用を拡大するためには、低コストで安全な蓄電技術の開発が欠かせないからだ。

昨年10月、菅首相は2050年までに日本の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル宣言」を打ち出したが、太陽光、風力といった再エネを利用する上で大きな課題となっているのが、日照時間や風速などの気象条件に大きく左右される「出力変化」の問題だ。

例えば太陽光なら夜間は発電できないし、日中も天候や季節によって発電効率は変化する。一方、風力には昼夜の区別はないが、出力は文字どおりの「風任せ」で、こちらも電力の需要に合わせて発電量を調節することは難しい。

こうした弱点を抱える再エネを今よりさらに拡大していくには、発電量の多いときに余った電気(余剰電力)を蓄えておき、それを電力が足りないときに利用することで、出力変化の波を埋めることが求められる(図表③)。そのカギとなるのが「大規模な蓄電デバイス」なのだ。

太陽光や風力などの再エネは日照や風速などの気象条件によって出力が大きく変動する。電力の安定供給には、余剰電力を貯蔵し、電力が足りないときにそれで補うことが必要。既存の電池や揚水発電とともに新たな蓄電システムの活用が期待されている(図は各種資料を基に編集部作成)
2019年度の電源構成では、再エネの比率が18%(水力含む)と、欧州各国に比べて大きく立ち遅れている日本だが、経済産業省は2050年までに再エネの比率を5割から6割に引き上げるという目標を掲げている。

全体の発電量に占める再エネの比率を見ると、日本はヨーロッパ主要国より低く、後れを取っている(出典/資源エネルギー庁『日本のエネルギー2020』)

「再エネの比率が高まれば、電力供給を安定させるためのエネルギー貯蔵に求められる規模も大きくなり、これを既存の揚水発電や蓄電池の技術だけで賄うのは困難です。そのため、大規模なエネルギー貯蔵が可能で、かつ低コストなシステムが必要になります」

そう語るのは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)スマートコミュニティ部の楠瀬暢彦(くすのせ・のぶひこ)統括研究員だ。

では今、「電池を使わないエネルギー貯蔵」には、いったいどんな方法があるのか? 冒頭の「岩石蓄電」のほかに、国内外のユニークな取り組みを見ていこう。

■巨大クレーンを使った位置エネルギー蓄電

2番目に登場するのは、エナジー・ボールト社がスイスで実証実験を行なっている「クレーン蓄電」だ。

こちらも再エネの余剰電力を使い、クレーンで重さ35tの巨大なブロックを積み上げておき、電気が必要なときには、ブロックが重力で下がる力を利用してクレーンについた発電機を回すという、原理としては極めてシンプルなアイデア。

エナジー・ボールト社が手がける巨大クレーンを使った蓄電システム。再エネで作った電気で3対のクレーンを操り、巨大なブロックを積み上げて位置エネルギーをためる。上の写真はブロックを積み上げる前の状態風力や太陽光の電力を使って大量のブロックをクレーンの周囲に積み上げる。このブロックを下ろす際にクレーンの発電機が回って電力を生む仕組みだ(同社イメージ映像より)

「以前から山間部などで使われる揚水発電と同じ、位置エネルギーによるエネルギー貯蔵ですが、クレーンなら平地でも建設できますし、エネルギーの変換効率も80%近くが期待できます。

また、ブロックは製造時や輸送時に二酸化炭素を発生するコンクリート製ではなく、現地の土を使って製造できるシステムも併せて開発しています」

とエナジー・ボールト社は説明する。

同社の制作したCGを見ると、巨大なクレーンの周りをぐるりと取り囲むように、ビッシリとバラストのブロックが積み上げられており、その姿はまるで旧約聖書に出てくる「バベルの塔」か、巨人が積み上げた「ジェンガ」のようだ。

ちなみにブロックの上げ下げはコンピューター制御で完全に自動化されており耐震性も同じ高さのビルと同じレベルの基準を満たしているということだが、地震大国の日本で導入するのはちょっと難しいのかも(汗)。

■基本原理はゴム風船? 圧縮空気の圧力で蓄電

最後に、日本の取り組みを見ていこう。2017年、NEDOのプロジェクトで早稲田大学やエネルギー総合工学研究所、神戸製鋼所と共に、静岡県河津町(かわづちょう)で実証実験を行なっていたのが「圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)システム」だ。

これは風力発電の電力を使ってコンプレッサーで空気を圧縮し、高圧の空気をタンクに貯蔵する仕組みで、電力が必要なときにはタンクから圧縮空気を放出し、一気に膨張する空気の力で発電機を回して発電することができる。

こちらも身近な例に置き換えるなら、ゴム風船に思いっきり息を吹き込んで膨らませ、風船が縮むときに噴き出す空気で風車を回すようなイメージだ。ここまで岩石、ブロック、空気ときて、いずれの蓄電デバイスも、どこか"原始的"なのが興味深い。

河津町での実証実験は風力発電と組み合わせた形で行ない、1000kWの最大出力を実現した。また空気を圧縮する際に発生する熱を回収し、発電時にはその熱を使って空気を温めることで、エネルギーの変換効率を高めているという。

ただし、今回の施設では風力発電の出力変動を緩和する機能検証が目的で、タンクの容量や使用できる圧力が限られており、実際に圧縮した空気で発電可能な時間は最長で30分程度ということなので、実用化のためにはさらに規模を大きくすることが必要になりそうだ。

2017年、静岡県で実証実験が行なわれていた圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)の施設。左のタンクに圧縮空気をためる。現在、施設は撤去されている(提供/神戸製鋼所)

前出のNEDO楠瀬氏が語る。

「CAESは高度な技術に基づいているので"原始力"とは呼んでほしくないのですが、この圧縮空気を使ったエネルギー貯蔵の大きなメリットは、低コストということです。

再エネの利用拡大のためのエネルギー貯蔵は、日本で古くから使われている揚水発電や各種の蓄電池以外にもいくつもの方法があります。例えば再エネの電気で水素を生成し、水素の形でエネルギーを貯蔵し、活用する技術も大きく期待されています。

ただ、ひと言で再エネの出力変化といっても、時間単位の変化から季節間の差までさまざまですから、蓄電デバイスにもそれらに適した多様な技術が求められます。 

私たちが2017年に実証実験を行なったCAESはそうした技術のひとつとして、大きな可能性があると考えています」

CAESの技術開発を担当した、神戸製鋼所の機械事業部門 開発センター開発企画室の猿田浩樹室長は、海外市場への技術輸出にも期待を寄せる。

「今回は地上の施設で、使用できるタンクの規模も限られていましたが、欧州や北米には岩塩ドームと呼ばれる岩塩の採掘によってできた巨大な地下空間が数多くあるため、そうした空間を圧縮空気の貯蔵タンク代わりに利用すれば、大規模なエネルギー貯蔵が可能になると考えています」

ちなみに岩塩ドームのない日本では、鉱山跡などの地下空間を補強して、圧縮空気の貯蔵に利用する方法も検討されているという。

岩石、クレーン、空気以外にも、コマのように回転する円盤にエネルギーをためて活用する「フライホイール蓄電」など、電池以外の技術によるシンプルでユニークな蓄電技術のアイデアや取り組みが、世界にはまだある。

もちろん、そのすべてが今すぐ実用化できるわけではないし、日本の再エネ利用拡大に直接役立つとは限らないが、既成概念にとらわれない自由で個性的な挑戦のなかから「脱炭素社会」への道を切り開くイノベーションが生まれるに違いない。

深刻な被害をもたらした3・11の原発事故から10年を経てもなお、日本で再エネへのシフトが進まないなか、政府からは「脱炭素社会の実現には原子力発電が欠かせない」といった声も聞こえてくる。

だが、環境に配慮した脱炭素社会は、できればユニークな"原始力"蓄電のフル活用で実現してはどうですか?