セントラルドグマは分子生物学の根本原理。しかし、イカがその土台を揺るがしているというじゃなイカセントラルドグマは分子生物学の根本原理。しかし、イカがその土台を揺るがしているというじゃなイカ

新型コロナのワクチンに利用されたことで注目されるRNA(リボ核酸)。そのRNAに関して、先月ネット上でごく一部の界隈(かいわい)を騒然とさせたニュースがあった。それが、アメリカのウッズホール海洋生物学研究所が昨年発表したイカの研究だ。

進化ゲノム生物学を専門とし、イカやタコなどの頭足(とうそく)類を研究する島根大学の吉田真明(よしだ・まさあき)准教授に話を聞いた。

「これにより、イカにはRNAを編集する能力があることがわかりました。これは生命の根幹にある『セントラルドグマ』の常識をひっくり返すほどの大発見なんですよ!」

セントラルドグマ......?

「説明しますね。生物の体は、DNAという大きな設計図に従ってさまざまなタンパク質から作られています。しかし、DNAから直接タンパク質が作られるわけではないんですね。DNAには不要な情報もいっぱいありますから。必要な情報だけがRNAに書き写され、そのRNAに基づいてタンパク質が作られるんです。だからRNAは、いわば体のパーツの具体的な仕様書。このDNA→RNA→タンパク質という流れをセントラルドグマと呼んでいます」

なるほどー。ということは、話は少しそれるけど、m(メッセンジャー)RNAワクチンは「ウイルスの仕様書」の一部を注射して免疫を作るってことですか?

「そうです。mRNAワクチンの利点は、DNAに影響を及ぼさず安全なところ。セントラルドグマの流れを思い出してください。生命の情報はDNA→RNA→タンパク質と流れて基本的に逆流しませんし、仕様書にすぎないRNAはすぐに捨てられます。ですから、設計図であるDNAには影響しません。

ところが今回、イカは注射もせずに自らのRNAを書き換えていることがわかったんです」

それってどれくらいスゴいんですか?

「イカの話をする前に、実はヒトなどの生き物も、DNAの情報をRNAに書き写す段階でそのうち1%が編集され、書き換えられていることが判明しています。工事現場で仕様をちょっと変える感じですね。ちなみに、ここでミスがあると、例えば筋肉が衰えるALSなどの難病になってしまうことも。

ところがイカは、なんとRNA情報の80%を書き換えていることがわかったのです。これは生物の常識から外れた話。仕様書をどんどん書き換えてしまうわけですから。こうしたイカの特殊能力を解明できれば、難病治療などRNA編集医療に飛躍的な進歩をもたらす可能性があります」

イカがスゴいのはそれだけではない。吉田先生によると、実は"身近なエイリアン"と言ってもいいほど未知の存在なのだという。

「われわれとイカの祖先が枝分かれしたのはまだ恐竜もいない6億年前のことで、それ以降彼らはずっと海の中で暮らし、高度な進化をしてきました。そして最近、イカには知性があることがわかってきています。彼らは仲間同士でコミュニケーションをし、自分の体を鏡でチェックしたという研究報告もあるくらい。人間とはまったく別の環境で、独自に知性を育んできた謎だらけの生き物なんですよ」

彼らはイカなる生物なのか? その謎は今もなお世界中の研究者を惹(ひ)きつけている。