上のケーブルがアップル製デバイス対応の「Lightning」、下が汎用性の高い「USB Type-C」 上のケーブルがアップル製デバイス対応の「Lightning」、下が汎用性の高い「USB Type-C」

欧州連合(EU)はスマホ、タブレット、デジタルカメラ、イヤホンなどの携帯端末の充電端子を「USB Type-C」に統一する法案を採択した。端子の種類がバラバラなことに煩わしさを感じる人は多いはず(特にiPhoneユーザー)。ぜひ日本でも採用すべきだ!と言いたいけど、実際はどうか? 専門家に伺ったところ......「充電の近未来」にまで話題が及びました!

■日本のiPhoneへの影響も大きい!

欧州連合(EU)の議会で、"充電端子統一法案"が採択された。その内容はスマートフォンやタブレット、デジタルカメラ、ノートパソコンなど14種の携帯機器に、「USB Type-C」(以下、Type-C)ポートを搭載するよう義務づけるもので、ユーザーの利便性の向上と、充電器の製造や廃棄に伴う環境負荷の低減を目的にしているという。

同法が施行されるまでには、まだいくつか手続きが必要だが、法律の制定はほぼ間違いない状況で、早ければ2024年に施行される予定だ。

充電端子がType-Cではない携帯端末といえば、独自規格「Lightning」(以下、ライトニング)を使用しているアップル社のiPhoneやiPadなどが思い浮かぶ。例えばスマホはiPhoneだけど、それ以外の携帯端末は端子がType-Cのもの、という人は欧州でも少なくないはず。

2種類のケーブルをいちいち使い分ける煩わしさから解放されるのだから、この法案はユーザーにとっては朗報のように思える。

そして、これは日本にも大いに関係がある。なぜならアップルの製品、特にiPhoneは、ほぼ世界共通の仕様で作られているから。そのため、もしアップルがiPhoneの"Type-C化"を受け入れれば、それはEUのみならず、世界的な流れになることが予想されるのだ。

では、Type-Cへの統一を専門家はどうみるのか。ITジャーナリストの西田宗千佳(むねちか)氏は語る。

「多くのiPhoneユーザーにとっては、歓迎できる制度ですよね。今まで持っていたiPhoneだけのためのケーブルが必要なくなるんですから。また、現状のライトニングのケーブルは、Type-Cのそれに比べて転送速度が遅いという問題も抱えています。

特にスマホやタブレットの端子は充電のみならずデータ転送の用途もあり、その性能は重要。その点で、4K動画を撮影するYouTuberなどの映像クリエイターもType-Cへの統一を喜ぶと思いますよ」

ちなみに、Type-Cの転送速度は、次世代転送規格(USB3.1)であれば最大10Gbpsなのに対して、ライトニングケーブルでは480Mbpsと、その差は約20倍。大容量データを頻繁に扱う人は限られてはいるが、両者には歴然とした性能差があるのは確かだ。

■Type-C統一の無視できない弊害

やはり、Type-Cへの統一は大正解!と思いきや「そうとも言い切れない面もあります」と西田氏は言う。

「法律の施行は、2年後の2024年。ノートパソコンに適用されるのは、早くて4年後に発売されるモデルからです。そのときまでに『Type-Cよりも優れた技術が実現する可能性』を無視することはできません。

しかし、Type-Cより優れたポートが開発されても、今後発売される新製品には、ほぼ搭載できない状況になるんです。電化製品は数年使うことが前提ですから」

例えば、もしアップルがライトニングの次世代ポートを開発したとしても、EU圏内でiPhoneを売るためには、搭載を諦めなければならない。これはアップルだけの問題ではなく、今後メーカーが開発したポートを、少なくともスマホには搭載しにくいということだ。

「そういう意味で、Type-Cへの統一を法律で決めてしまうのは、スジが良くない。良いものを作っても搭載が難しいのなら、そもそも開発しようというモチベーションも起きませんし、今後の企業間の開発競争を確実に阻害するでしょう」

Type-Cポートと新開発したポートのふたつを搭載する、という考えもあるが、スマホでは現実的ではないだろう。そんなお試しで載せられるスペースは、スマホには余っていない。

さらに西田氏はこう言う。

「Type-Cに統一すれば、1種類のケーブルで済むのか、というとそうではない。なぜなら、Type-Cは"自由度の高い"規格だからです」

どういうことか?

「Type-Cを充電用のポートとケーブルとしてだけ見ても、Type-Cという規格の中に『USB3.1』や『USB4』『USB PD』など多くの規格があり、さまざまな電流・電圧で電気を流しています。どれも端子の形状が同じだけに、混乱も起こりやすいんですね」

例えば、筆者が所有する「MacBook Air」と、Androidのスマホやウィンドウズのノートパソコンは同じType-Cケーブルで充電できるが、Type-C採用のボイスレコーダーは充電できない、ということが起きている。

結局、同じType-Cポートでも、共通のケーブルを使えない場合があるということ。そうした端末側のチグハグ感は、早く是正してほしいところだ。

■アップルにとっては"いいきっかけ"に!?

それでは、アップルはこのままiPhoneのポートをType-Cに変えるのだろうか? ケータイジャーナリストの石野純也氏に予測してもらった。

「いくつかの選択肢があります。EU圏内で販売するiPhoneだけをType-Cに変更するか、もしくは世界中で販売するiPhoneのすべてをType-Cに変更するか」

ただし、前述したとおり「EUでのみType-C化」は考えにくく、それは石野氏も同意するところだ。特定地域の仕様だけを変更するのは、コスト面で合理性に欠けるからだ。

ちなみに、アップル製品がソフトウエア以外で"地域限定仕様"を採用した前例は大きくふたつ。ひとつは、香港限定でSIMカードを2枚入れられる「デュアルスロット版」を販売したこと。もうひとつが、最新のiPhone 14で、アメリカ版のみSIMトレーを廃止したことだ。

だが、これらの仕様変更は、外観上の大きな設計変更が必要なかった。Type-Cを搭載する場合とは、状況が異なるのだ。これまでも意表を突くような新モデルを発表してきたアップルの次世代機種の予測は難しいが、こうして考えると今後は「世界中のiPhoneに、Type-Cポートが搭載される」というのが順当な予測のようだ。

ところが、前出の西田氏は「EUの新法施行後、iPhoneはライトニングもType-Cも搭載しないかもしれない」という大胆な見立てを披露する。もしこれが当たれば、端子類をいっさい省いた"ポートレスiPhone"の誕生である。

とはいえ現状のiPhoneでも、「Qi(チー)規格」をはじめとしたワイヤレス充電が可能だ。対応する充電器にiPhoneをポンと置けば充電できる。Android端末で採用されている規格と同種なので例外もあるが、iPhone対応の充電器ならAndroid端末も充電できる。

ポートレスiPhoneの可能性については、石野氏もこう話す。

「すでに私自身はライトニングケーブルで充電することがなくなり、自宅や職場ではワイヤレスでしか充電していません。慣れるとケーブル充電よりもラクで、『充電しなきゃ』といういやな感覚も薄れますよ。あと、データ転送については基本的にクラウドにアップしているので、端子がなくても困っていません。

端子を廃止したiPhoneはデザインもスッキリするし、防水性も高まるなどメリットが多いですよね」

だが、2年後から充電もデータ転送もワイヤレスになってしまっては、困るユーザーが多いのでは?

「もちろん、戸惑うユーザーも多いでしょうし、新たにワイヤレス充電器を購入する必要もあるかもしれません。ですが、これでアップルはEUの新法に適合しつつ『新しいiPhoneはすべてがワイヤレスです』という打ち出し方ができますよね」

アップル製品の魅力のひとつといえば、その先進性。「まだケーブルなんて使ってるの?」と言わんばかりの姿勢に惹(ひ)かれるiPhoneユーザーはけっこう多いはずだ。

アップルとしても、いつかはポートレスiPhoneを投入しようと考えているだろう。それならば、この機に進めようと考えるかもしれない。

「そうなれば、世界中のiPhoneユーザーがワイヤレス充電器を使うことになります。今よりもググッとワイヤレス充電器も安くなり、一気に普及していく......そんな展望も見えます」

■"無線充電"の夢

だが、ここでひとつケチをつけたい。ポートレスって本当にイケてるのかなあ......。

ワイヤレス充電っていうけど、スマホにケーブルをつなぐ必要はなくても、充電器にはつないで電力を蓄えておく必要がある。さらには充電器の上に置かなければならないのは、充電している間はスマホ操作の自由が利かないことを意味する。

従来の端末であれば長いケーブルを使って充電しつつ、ベッドで"寝ながらスマホ"もできるわけで、ポートレスはむしろ不便なのでは、という気すらしてくる。

そもそも、ケーブル規格の統一うんぬんなんて話はちょっとスケールが小さい。おそらく全ユーザーが願っていること、それは「バッテリー残量を心配しなくてもいい」社会の到来である。

そういう技術の進化は、今後期待できるのだろうか? 前述の西田氏は「充電の負担が軽減される、という話ではありませんが」と前置きしつつ、こんな事例を語る。

「スマホなどで最もバッテリーを食うのはディスプレーで、消費電力の約半分に当たります。そのため、ディスプレーの電力効率の向上は、そのままバッテリーの長持ちにつながる。『ジャパンディスプレイ』というメーカーは、消費電力を従来から4割減らすディスプレーの開発に取り組んでおり、今年3月に同社はその量産技術を確立したことを発表しました」

これが実現すれば充電頻度は減らせそうだけど......。

「いえ。バッテリーの持ちが良くなるのに合わせて、CPUなどの性能アップや多機能化が進み、増えた電力リソースはそちらに使われるでしょう。もしくはバッテリーを小型化して、本体重量を抑える可能性もあります」

う~ん、もう少し夢のある話ないですか?

「部屋や街中などの特定のエリア内にある端末を、遠距離無線で充電する技術には期待したいです。NTTドコモやKDDIが展示発表していたし、ベンチャーを含めて多くの企業が開発していますよ」

つまり、そこにスマホを持ち込むだけで充電される仕組みだ。この技術が一般化すれば、例えば電車に乗っていたり、喫茶店でコーヒー一杯を飲んでいたりしているうちに、勝手にスマホが満充電になっている、なんて生活が実現する?

「いやいや、この技術は実用化するまであと何年かかるのかは未知数です。遠距離無線技術となると新たな法整備も必要だし、健康面で心配する人も多く、実用化までのハードルは高いといえます」

充電の煩わしさから解放される日は、まだ遠そうだ。

ただ、西田氏は「今後のスマホの充電環境は大きく変わりそうです」と話す。

「アメリカのスターバックスへ行くと、テーブルにワイヤレス充電器が埋め込まれているんですよね。コーヒーを飲んだり、友人と話したりしつつ、テーブルにスマホを置いておけば、そのまま充電されていきます。そんなふうに、みんなが使えるワイヤレス充電器が、あちこちに設置されるかもしれません」

少しずつだけど、世界の充電環境は便利になってきている。問題もあるけどEUのType-C統一もその流れのなかのひとつだとみることができる。さらに良くなっていくことを気長に待ちたい。