軽量で、曲げることも可能なフィルム状のペロブスカイト太陽電池を手に持つ宮坂氏軽量で、曲げることも可能なフィルム状のペロブスカイト太陽電池を手に持つ宮坂氏

発電効率が高く、軽量でかつ曲げることができ、大量生産が可能になればコストも安くなり、原材料は輸入に頼る必要がない。

そんな"イイことずくめ"の次世代太陽電池が今、大きな注目を集めている。日本発のイノベーション、ペロブスカイト太陽電池の生みの親、桐蔭横浜大学の宮坂 力(みやさか・つとむ)特任教授にお話しを伺った!

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■従来の太陽電池に匹敵する発電効率

脱炭素社会の実現に向けて、重要性を増す再生可能エネルギーの活用。今、その主役のひとつである太陽光発電の可能性を大きく飛躍させる日本発の画期的な技術が注目されている。その名も「ペロブスカイト太陽電池」。

現在、太陽光発電の主流となっているシリコン系太陽電池とほぼ同等の発電効率を実現しながら、安価で軽く、薄いフィルム状にすることもできるため曲面にも使用できるのが大きな特徴だ。

2009年に桐蔭横浜大学の宮坂 力教授の研究グループが、ペロブスカイト太陽電池に関する最初の論文を発表。

当初はあまり注目されなかったが、現在では次世代太陽電池の本命として世界各国が研究開発にしのぎを削るまでになり、すでに一部の国では実用化もスタートしているという。

今後、本格的な実用化が進み、世界で広く普及するようになれば、太陽光発電の活用の幅が大きく広がると期待されている「日本発のイノベーション」なのだ。

この技術の生みの親で、ノーベル化学賞の有力候補にも名前が挙がる先述の宮坂特任教授が語る。

「ペロブスカイト太陽電池は化学の技術を応用して生まれた次世代の太陽電池です。ペロブスカイトというのは物質の名前ではなく『ペロブスカイト型』という結晶の形の名前です。

写真のペロブスカイト結晶を有機溶剤に溶かしてインクのように均一に塗れば太陽電池ができる写真のペロブスカイト結晶を有機溶剤に溶かしてインクのように均一に塗れば太陽電池ができる

特定の組成を持つペロブスカイト結晶を半導体材料に使うと、光のエネルギーを電気エネルギーに変換する高い機能を持ちます。主な材料はヨウ素と鉛の化合物です。

今から15年ほど前、ペロブスカイト結晶に電圧をかけるとLEDのように発光する性質がわかっていて、これを調べていた大学院生が、『逆に光を結晶に当てれば電気が生み出せるのでは?』と、試したのが発見のきっかけでした」

当初はシリコン系太陽電池の5分の1程度の発電効率だったのが、今ではシリコン系とほぼ同等の発電効率を実現できているという。

「この技術の最大の特徴はペロブスカイト結晶が『有機溶剤に溶ける』という点で、溶剤に溶かした液体をインクのように塗って乾かすだけで太陽電池ができる。

そのため、例えば薄いプラスチックのフィルムにインクジェットプリンターで印刷すれば、しなやかに曲がる軽量な太陽電池を作ることができます。

こうした『軽くてペラペラの柔らかい太陽電池』の開発の試みはほかにもありましたが、いずれも発電効率が低く、あまり普及しませんでした。

その点、ペロブスカイト太陽電池は現在、主流となっている高効率のシリコン系太陽電池に匹敵する20%以上のエネルギー変換効率を達成しています。

現在、主流となっている高効率のシリコン系太陽電池に匹敵するエネルギー変換効率を達成している現在、主流となっている高効率のシリコン系太陽電池に匹敵するエネルギー変換効率を達成している

また近い将来、大量生産が可能になれば、シリコン系太陽電池の半値以下という安価な太陽電池が実現できるため、本格的な商業化に向けた開発競争が激化しているのです」(宮坂氏)

■《ココがスゴイ①》薄くて軽いから曲面にも使える!

ペロブスカイト太陽電池の何がスゴイのか? もう少し具体的に見ていくことにしよう。まずは最大の特徴である「軽さ」と「しなやかさ」だ。

現在、メガソーラーや、住宅の屋根に設置する家庭用太陽光発電で使われているシリコン系太陽電池は、約140℃という高温溶融法で作ったシリコン結晶の硬いウエハーを重たいガラス基板に保持して使うため「軽くて柔らかな太陽電池」を作ることは不可能だった。

だが、すでに述べたようにペロブスカイト太陽電池は材料を液状にしてフィルムなどの柔らかい素材に印刷することで、「薄くて、軽くて、フレキシブル」な太陽電池ができるため、太陽光発電の活用範囲が大きく広がるのだ。

「フィルム状にしたペロブスカイト太陽電池は軽量で柔らかく曲面にも使えるので、これまで太陽電池の設置が難しかった建物の壁面や窓などでも発電が可能になり、近い将来『建物全体が発電する』といったことも可能になると思います。

これまでは太陽電池の設置が難しかったビルの壁面や窓、看板などにペロブスカイト太陽電池を張りつけて発電する社会が来るかもしれないこれまでは太陽電池の設置が難しかったビルの壁面や窓、看板などにペロブスカイト太陽電池を張りつけて発電する社会が来るかもしれない

また今後、クルマの電動化が進む中で、ペロブスカイト太陽電池を自動車の車体や窓などに張りつければ『発電するクルマ』になる。

フィルム状の太陽電池なら、古くなったクルマのバッテリーを交換するのと同じように、耐用年数を超えたら張り替えるだけで済むという点も魅力です。

フィルム状のペロブスカイト太陽電池は曲面にも張りつけることができるのが大きな特徴だ。クルマの車体、信号機のカバー、電柱などでの活用も可能だフィルム状のペロブスカイト太陽電池は曲面にも張りつけることができるのが大きな特徴だ。クルマの車体、信号機のカバー、電柱などでの活用も可能だ

より小規模な活用方法としてはキャンプなどのアウトドア用品や、日中、野外で作業する人のファン付きの服を、服に縫いつけた太陽電池を使って動かすといった使い方も考えられると思います」(宮坂氏)

スマホやタブレットはもちろん、メガネ、腕時計、ファン付きウエアなど、身につけるものでも発電が可能に!?スマホやタブレットはもちろん、メガネ、腕時計、ファン付きウエアなど、身につけるものでも発電が可能に!?

こうした「軽くて、しなやか」というペロブスカイト太陽電池の特徴を生かせば、「街中のあらゆるものが発電する」という時代がやって来るかもしれない。

■《ココがスゴイ②》弱い光でも発電!室内でも利用できる

続いては、一般的なシリコン系太陽電池に比べて「弱い光でも発電できる」という点だ。用途によっては、室内や電灯などの光でも利用できるという。

「屋外に比べて、屋内の光の強さは500分の1ぐらいといわれています。

しかも、シリコン系太陽電池の場合、どんなにシリコンの純度を高めても、光が弱くなると急激に発電効率が落ちるという弱点があり、明るさが晴れた日の10分の1程度になるだけで電圧が大きく下がりますから、屋内での活用は不可能でした。

その点、ペロブスカイト太陽電池は光が弱くなっても、シリコン系に比べて、電圧の落ち込み方が緩やかだという特徴があります。

ですから、日陰や角度的に太陽光を効率よく受けられない建物の壁面や窓でも、安定した発電能力が期待できますし、大きな電力を必要としない用途なら、室内の弱い光でも活用が可能です。室内照明のもとでは発電効率は34%まで高まるのです」(宮坂氏)

屋内のLED照明は可視光しか出さないため、これを効率的に集光できるペロブスカイト太陽電池は屋内の環境で効率が大きく上がるのだ。

この特徴を生かせば、屋内で使用する電子系のデバイスや、IoT(モノのインターネット)の広がりで、家電など暮らしの中にあるさまざまな機器に取りつけられたセンサーや通信機能を、コンセントの電力や電池を使わずに利用できるようになる。

また、ペロブスカイト太陽電池は薄い半透明のフィルム状にもできるので、メガネのレンズなどに張りつければ「発電するサングラス」になり、ウエアラブル端末などの電源供給にも役立ちそうだ。

また、従来のシリコン系太陽電池と弱い光にも強いペロブスカイト太陽電池を組み合わせて、発電効率を30%前後まで大幅に高めた「タンデム型」の電池開発も進められているという。

■《ココがスゴイ③》「完全国産化」も実現可能!

もうひとつ、ペロブスカイト太陽電池には日本にとって、大きな利点がある。それは、主な材料となるヨウ素と鉛をすべて「国産」で賄え、レアメタルなどの希少で高価な材料を必要としないということだ。

実は日本のヨウ素の産出量は南米のチリに次いで世界第2位で、世界シェアの約3割を占めるヨウ素大国! その大部分が千葉県の天然ガス鉱床から産出されていて、なんと埋蔵量は世界の3分の2(!)ともいわれている。

「もうひとつの主な材料である鉛も国内で賄えるので、主な材料を輸入に頼らず、すべて国内で調達できるというのもペロブスカイト太陽電池の強みだと思います。

ちなみに、鉛に関しては毒性があるため、環境への汚染につながらないようにする必要があり、これは製造工程の管理や古くなった太陽電池の廃棄の仕組みをきちんと整えることで十分に対応できると考えています」(宮坂氏)

それと同時に、より環境への負荷が少ない「鉛フリー」のペロブスカイト太陽電池の実現に向けた研究も進められており、17年には理化学研究所がスーパーコンピュータ「京」を使って、鉛より毒性の低い51種類の代替材料の候補を発見している。

また、こうした材料面だけでなく、日本には高品質なペロブスカイト太陽電池の製造に欠かせない「薄膜」を作るための基礎技術があり、そのふたつを組み合わせれば、国際的な開発競争の中で、日本にとっては大きなアドバンテージとなりそうだ。

■失敗を繰り返さずに、日本が世界をリードするには?

既存のシリコン系太陽電池に匹敵する発電効率を実現し、しかも室内などの弱い光でも発電可能で、軽くて薄くて、曲面にも使用できて、その上価格も安い......と、

ここまでの話を聞けば"いいことずくめ"のペロブスカイト太陽電池だが、本格的な実用化に向けてはいくつかの課題も残されているという。

フィルム状の小さいペロブスカイト太陽電池を手に持つ宮坂氏。日本が国際競争から後れを取らないためにも企業は今こそアクセルを思い切り踏むことが重要と語るフィルム状の小さいペロブスカイト太陽電池を手に持つ宮坂氏。日本が国際競争から後れを取らないためにも企業は今こそアクセルを思い切り踏むことが重要と語る

ひとつは耐久性の問題で、現時点ではまだ20年以上といわれるシリコン系太陽電池と同等の耐久性が実現できていないこと。

もうひとつは大量生産の過程で製品の品質を安定して高いレベルで実現し、「歩留まり率」を高める生産技術の確立だというが、すでにポーランドやイギリス、中国などの企業はペロブスカイト太陽電池の商用化に踏み切っているという。

そうした中、日本でも経済産業省やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)や産総研(産業技術総合研究所)などの支援も受けながら、東芝、積水化学工業、アイシン、カネカ、パナソニックHDなどの企業が商用化に向けた開発を加速させており、積水化学はJR西日本が25年に全面開業を予定する大阪の「うめきた(大阪)地下駅」の広場部分に、同社のペロブスカイト太陽電池を設置すると発表した。

もともと、日本発のイノベーションなだけに、なんとしても世界をリードしてほしいものだが、世界的な開発競争は激化しており、中でも中国企業はこの分野に巨額の投資を行なっている。

ちなみに、日本には半導体や蓄電池、そしてシリコン系太陽電池などの分野でも、当初は技術的に大きなアドバンテージを持ちながら、巨額の投資を躊躇したり、戦略を誤ったりした結果、中国や韓国、台湾などとの競争に敗れて、国際的な競争力を失ってきた苦い経験がある。

ペロブスカイト太陽電池を巡る国際的な開発競争で、日本がまた、これまでと同じような失敗を繰り返さずに、この技術で世界をリードすることはできるのか?

「ペロブスカイト太陽電池の実用化、商用化に向けた最大の課題は大量生産に向けた製造技術の確立で、日本の企業は高品質なペロブスカイト太陽電池の製造に必要な薄膜を作る技術に関しては、世界トップレベルの技術やノウハウを持っています。

その技術的な優位を生かすためにも、今、このタイミングで思い切りアクセルを踏むことが重要で、企業がそこに向けて思い切った投資をすれば、日本にはまだ世界をリードできるチャンスが十分に残されていると思います。

もうひとつ大事なのは、ペロブスカイト太陽電池を私たちの生活に活用するためのこれまでにない斬新なアイデアを考えることです。そうして積極的にニーズを生み出していくことが、技術開発や投資を加速することにつながります」(宮坂氏)

軽くしなやかな太陽電池と、柔軟なアイデアの組み合わせの向こうに見える街全体が発電する未来の社会。日本発のイノベーションの今後に注目したい!

●宮坂 力(みやさか・つとむ) 
桐蔭横浜大学 医用工学部臨床工学科 特任教授。東京大学大学院工学系研究科修了。富士写真フイルムの主任研究員を経て、2001年より桐蔭横浜大学大学院工学研究科教授に就任、17年より現職。20年より早稲田大学先進理工学研究科の客員教授も務める。新刊の自伝『大発見の舞台裏で! ペロブスカイト太陽電池誕生秘話』では、ペロブスカイト太陽電池で日本が勝つための戦略を主張している。