ChatGPTを運営するOpenAI社のサム・アルトマンCEOは5月16日、米連邦議会上院司法委員会の公聴会で政府によるAI技術の規制整備が必要だと発言した ChatGPTを運営するOpenAI社のサム・アルトマンCEOは5月16日、米連邦議会上院司法委員会の公聴会で政府によるAI技術の規制整備が必要だと発言した
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「AIの法規制」について。

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「マジむかつくわ」。はじめて書籍を出版したとき、アマゾンレビューに酷評が書き込まれるたび正気ではいられなかった。その後、テレビに出演するようになるとSNSで繰り広げられる誹謗(ひぼう)中傷に嫌気がさした。

削除申請は上手(うま)くいかない。知り合いの弁護士いわく、まずプラットフォーマーに情報開示を依頼し、次にプロバイダーから個人情報を聞き出し、やっと裁判がはじまる。費用と努力に見合わない。

また一人を炙(あぶ)り出しても、次々と書き込みは続く。ある人に相談すると、デマや殺害予告に悩まされるケースもあり、私はまだマシだと。プラットフォームは積極的に責任を取らないし、泣き寝入りするしかない。

ところでみなさんはレオナルド・ディカプリオ主演の映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)を見ただろうか。株式ブローカーが証券会社を設立し大金持ちに上り詰めるも、証券詐欺で逮捕されるストーリーで、実話を基にしている。レオ様が演じたのがジョーダン・ベルフォート、会社はストラットン・オークモント(以下、ス社)だ。

実は、同社はインターネットの世界に間接的に大影響を与えている。1995年、パソコン通信のフォーラムを提供していたプロディジーという会社をス社が名誉毀損(きそん)で訴えた。

「ス社が不正を働いている」という書き込みが掲載されたためだ。プロディジー社は敗訴し、プラットフォーマーとして責任を問われた。しかし、プラットフォーマーが萎縮してしまってはネットという新たな産業の成長が見込めない。

そこで97年に米国で成立したのが通信品位法230条だった。プラットフォーマー自体が意図的に有害コンテンツを流布した場合を除き、利用者が違法な書き込み等をしても免責されるという内容だ。また、ワイセツな画像等はプラットフォーマーが勝手に消してもいいという内容もあった。

その後、同条の見直し議論や運用変更はあったものの、この例外的な"救済"によってネット企業は成長し、栄華を築いた。レオ様......じゃないや、ス社が図らずもネットの無法地帯を生んだ側面がある。

先日、ChatGPTで有名なOpenAI社のサム・アルトマンCEOが、AIの法規制について米国上院司法委員会で発言した。日本の報道では同氏の「AIの規制機関を設立するべき」といったコメントが紹介されたが、私は公聴会の委員長が冒頭に「230条の過ちは繰り返したくない」「ビッグテックの規制を怠った」と述べた点が印象的だった。

AIが生成したものでも野放図ではいけない。開発ライセンスも必要だし、監視・安全基準も作られるべきだ。また著作物が侵害されるべきではない。倫理や道徳も守る必要がある。

AIへの規制の動きを「AIの自由な開発を禁じようとしている」と単純に考えていた人は、230条の成立からプラットフォーマーの急成長、そして暴走までの歴史を知るとだいぶ印象が変わるのではないか。

誰かの著作物がAIの学習に使われたら、報酬が払われる仕組みがあってしかるべきだと私は思う。ただ、そのルールが米国主導だったとして、従わない国が出てきたら? 中国あたりが規制を受けない生成系AIを開発し続け、それが世界を覆うことになったら、それは喜劇か悲劇か。

●坂口孝則(Takanori SAKAGUCHI) 
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。『営業と詐欺のあいだ』など著書多数。最新刊『調達・購買の教科書 第2版』(日刊工業新聞社)が発売中!

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