高度な文明を持ち、ホモ・サピエンスと交雑していたネアンデルタール人高度な文明を持ち、ホモ・サピエンスと交雑していたネアンデルタール人

「ネアンデルタール人」と聞いて何をイメージするだろうか? 「われわれの祖先?」、それとも「乱暴な原始人?」。しかし最近の研究では、高度な文明を持ち、ホモ・サピエンスと交雑していたことがわかったのだ。一時期、地球上で一緒に生きていた〝親類〟の最新情報をお届けする。

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■ネアンデルタール人と数万年間共存していた!

今年になってから〝ネアンデルタール人〟に関する記事が増えている。

その理由のひとつは、昨年のノーベル生理学・医学賞の受賞内容が「ネアンデルタール人の遺伝情報の解析と研究など」だったからだろう。

では、何が新しくわかったのか? 『古代ゲノムから見たサピエンス史』(吉川弘文館)などの著書がある東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻教授の太田博樹(おおた・ひろき)氏に聞いた。

――まず、ネアンデルタール人って、どんな人なんでしょうか?

太田 もし、現代の今、ネアンデルタール人がいて、スーツを着て街を歩いていても違和感はないでしょうね。

身長は平均すると現代人よりネアンデルタール人のほうが少し低く、体形はちょっとずんぐりむっくりしています。

違いといえば、眉のあたりの骨(眼窩上)がちょっと出ていて、彫りの深い顔立ちであること。また、鼻の鼻腔(びくう)が大きいので鼻が盛り上がって大きく感じられること。アゴが少しゴツイことなどです。現代人とネアンデルタール人の骨を比べると、違いはハッキリわかります。

脳の大きさは私たちとあまり変わらないというか、むしろネアンデルタール人のほうが少し大きいんです(ネアンデルタール人の脳は平均1400ミリリットルで、ホモ・サピエンスは平均1350ミリリットル)。

今から約80万年前、私たちホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通の祖先はアフリカに住んでいました。その後、約60万~50万年前に分かれて、ホモ・サピエンスはそのままアフリカに残り、ヨーロッパや西アジアへ進出したグループがネアンデルタール人です。

ホモ・サピエンスがアフリカを出てヨーロッパに広がるのは約7万~6万年前です。

ネアンデルタール人が絶滅するのは約3万年前なので、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、数万年間はヨーロッパで共存していました。

ですから、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは遠い親戚といえます。

ホモ・サピエンス(右)とネアンデルタール人(左)の骨格。パッと見は似ているが、胸や腰回りなどネアンデルタール人のほうがガッシリしているようだホモ・サピエンス(右)とネアンデルタール人(左)の骨格。パッと見は似ているが、胸や腰回りなどネアンデルタール人のほうがガッシリしているようだ

――では、ノーベル賞受賞者はそのネアンデルタール人の何を解き明かしたのですか?

太田 ノーベル生理学・医学賞を受賞したスバンテ・ペーボ博士は「ネアンデルタール人のゲノムを全部解読した」「デニソワ人という新しい人類がいたことを骨から発見した」「『古代ゲノム学』という新しい学問領域を作った」のです。それが評価されました。

私たちの細胞の中には、私たちがヒトであるための設計図となるDNAがありますが、死ぬと細胞の中にある酵素によってDNAは分解します。

また、バクテリアなどにも侵食されますし、雨や風にさらされるとDNAはズタズタになります。ですから、何万年も前のネアンデルタール人のDNAを解析するのは大変なことなんです。

しかし、ペーボ博士は次世代シーケンサーという技術を使って、ネアンデルタール人のゲノム(DNAのすべての情報)を2010年に完全解読しました。そして、私たち現生人類にネアンデルタール人のDNAが1~4%(平均1、2%)ほど残っていることを発見したんです。

これは、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスが交雑していたこと、セックスができて、子供が産め、さらに子孫ができたことを示しています。

また、アルタイ山脈(南シベリア、モンゴル、中国、カザフスタンにまたがる山脈)のデニソワ洞窟で見つかった骨のDNAから、ホモ・サピエンスでもネアンデルタール人でもない第三の人類、デニソワ人がいたことも発見しました。そして、このデニソワ人のDNAを私たち日本人を含む東アジア人も受け継いでいることがわかりました。

ホモ・サピエンスは、これまで絶滅した旧人たちと交雑を繰り返しながら生き延びてきたということを科学的に証明したわけです。これは人類の成り立ちを考える上でとても重要です。

――交雑していたということは、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスはコミュニケーションが取れて一緒に生活をしていたんですか?

太田 そこが、まだハッキリわからないんです。一緒に生活をしていた可能性はありますが、一方でレイプなどによる交雑という説もあります。

ただ、私は現生人類に平均2%のネアンデルタール人のDNAが受け継がれているということを考えると、ある程度の期間仲良く共存していて、かなりの頻度で交雑を繰り返していたのではないかと考えています。

■ネアンデルタール人はなぜ絶滅したのか?

――ネアンデルタール人のDNAは、僕らにどんな影響を与えているんですか?

太田 ネアンデルタール人のDNAの大半は、機能的に特に意味があるものではありませんが、中には意味のあるものもあります。その多くは免疫機能と関係があります。

ホモ・サピエンスがアフリカを出てユーラシア大陸に広がったとき、そこは未知の環境でした。そのときに一番怖いのはアフリカにはない病原体です。

しかし、ホモ・サピエンスよりも先にヨーロッパに進出していたネアンデルタール人(の祖先)は、そうした病原体に対する抵抗性を持っていた可能性が高い。すると交雑によって、その抵抗性を受け継いだホモ・サピエンスが生き残ったのかもしれません。

免疫機能と関係するゲノム領域にネアンデルタール人のDNAが多いのは、そういう理由ではないかといわれています。

ただ、ネアンデルタール人から受け継いだDNAが、すべて役に立つものかというとそうでもなくて、デメリットもあります。

ペーボ博士は、新型コロナウイルス感染症の重症化に関するゲノム領域がネアンデルタール人由来だという論文を発表しています。

ヨーロッパで新型コロナに感染して重症化した人と重症化しなかった人の違いを調べたら、その差はネアンデルタール人から受け継いだゲノム領域の有無だったということです。

論文には、このゲノム領域はインドやバングラデシュなど南アジアに住んでいる人に多いと書かれています。一方、日本人を含む東アジアでこのゲノム領域を持っている人はゼロでした。

ほかにも酸素が薄かったり、気圧が低かったりすると生存に不利になりますが、そうした高地に適応している人たちの遺伝子は、デニソワ人由来だということもわかっています。

――先に環境に適応していたネアンデルタール人が、絶滅した理由はなんですか?

太田 実は、それはまだわかっていないんです。ホモ・サピエンスには抵抗性があって、ネアンデルタール人には抵抗性がない感染症がはやったのかもしれません。

また、16年に発売されてベストセラーになった『サピエンス全史』(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)などでは、7万~6万年前にホモ・サピエンスがアフリカからヨーロッパに移動したときに認知能力に革命的な変化(認知革命)が起こり、ホモ・サピエンスが飛躍的に繁栄したからだという説が示されています。

例えば、その時代のホモ・サピエンスの遺跡からは、人形や首飾りなどが出土しています。また、狩猟などで使う石器にはとても細かい細工がしてあります。

これは、ホモ・サピエンスが芸術や宗教などの概念や抽象的なものを理解したり、新しいものを作り出すクリエーティブな能力があったからだと考えられています。

一方で、ネアンデルタール人の遺跡からは、細かい細工がしてある石器などはあまり出ていません。このクリエーティビティなどの差が生き残りの明暗を分けたのではないかと考える研究者もいるのです。

しかし、そうした認知能力の差が、本当に存在したのか。存在したとしたら、どのような脳神経系の進化によるのかについてはまだわかっていません。

つまりネアンデルタール人とホモ・サピエンスの脳の大きさはほぼ同じだけれども、脳の中身が違っていたかもしれないということで、ネアンデルタール人の脳を作る研究が進んでいます。

その方法は、iPS細胞を使ってオルガノイドと呼ばれる小型の脳を作るやり方です。そのときに、ある特定の遺伝子だけネアンデルタール人のタイプに換えます。すると、ホモ・サピエンスとは脳のシワが少し違っていたという研究結果があるんです。

ただ、脳のシワが違っていたら、どういう機能的な違いがあるのか(シワの違いに意味があるのか)ということは現時点ではわかっていません。

今後、ネアンデルタール人が絶滅した理由がわかれば、私たちホモ・サピエンスが絶滅しないために何が必要かがわかるかもしれません。

また、ネアンデルタール人だけでなく、ほかの古い人類や過去に生きていた人々のDNAを研究することで、いろいろな感染症にどう対抗していけばいいのかがわかってくるはずです。

ネアンデルタール人の遺伝情報の解析をきっかけに、古代ゲノム学の研究は急速に進んでいます。

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ネアンデルタール人を知ることは、われわれホモ・サピエンスの未来を知ることであるともいえるのだ。