動物たちは何をしゃべっているのか?動物たちは何をしゃべっているのか?

天敵によって警戒音を鳴き分けるサバンナモンキー、文法を操るシジュウカラ、歌うゴリラ......、最新サイエンスが明らかにした衝撃の知性‼ 動物たちは何をしゃべっているのか?

■動物が言葉を話す――?

今年8月、スウェーデンで開催された動物行動学会で、ある若い日本人研究者が「動物言語学」の創立を宣言して世界を驚かせた。その人こそ、東京大学先端科学技術研究センター准教授の鈴木俊貴(すずき・としたか)さんだ。1年の半分以上を軽井沢の森で過ごす鈴木さんは、身近な小鳥であるシジュウカラを研究し、彼らが鳴き声を組み合わせ、文法を持つ「言葉」を話していることを証明した。シジュウカラは鳴き声によって敵やエサのありか、とるべき行動などを伝え合っていたのだ。

その鈴木さんの研究に強い関心を持つのが、ゴリラなど霊長類研究の第一人者の山極壽一(やまぎわ・じゅいち)さん。一般人向けの文明論でも知られる山極さんは、なぜ、鳥の言語に注目するのか? 動物を知り尽くしたふたりによる対談から浮かび上がったのは、意外にもわれわれ人間たちの課題だった。

■鳥が発する複雑なメッセージ

山極 鈴木先生の研究を見て感心したのが、鳥の言葉の豊かさ。彼らは仲間に対して、とても複雑なメッセージを伝えているんですね。

鈴木 そうなんです。親鳥が子供たちに危険を知らせることがあるんですが、天敵がカラスかアオダイショウかで対処法が違いますよね。カラスが来たらじっとしていればいいけれど、アオダイショウが木を登ってきているのにじっとしていたら食べられてしまう。だから、親鳥は天敵の種類も子供に伝えるんです。しかも、それだけではなくて、いくつもの単語を組み合わせて、例えば「タカが来たぞ」とか、あるいは「危ないぞ、集まれ」などと会話をしていることがわかりました。

山極 なるほどね。僕が専門とする霊長類のサバンナモンキーも、同じような警戒の鳴き声を出します。彼らの天敵はヒョウとヘビとタカなんだけれど、やっぱり相手によって逃げるべき場所が違うから。

アフリカに生息するサバンナモンキーは、天敵によって警戒音を使い分けるアフリカに生息するサバンナモンキーは、天敵によって警戒音を使い分ける

鈴木 これは今、論文を書いているんですが、鳴き声を使って周囲の鳥をだますこともあるんです。僕が研究しているシジュウカラは「混群」といってほかの種類の鳥と群れをなすことがあるんですが、体の大きさはみんなそれぞれ違っていて。自分より体の大きな鳥と一緒に群れをつくると、エサをとられてしまいますよね。そんなとき、小さな鳥は「タカが来たぞ!」と鳴いたりする。するとほかの鳥がびっくりするので、そのスキにエサを手に入れる。要するに嘘をつくんですね。人間とは違う、彼らなりの思考と意図を強く感じる行動です。

山極 霊長類でも、やっぱり似た行動がありますね。サバンナヒヒは硬い地面の下にある若い根を食べるんだけど、子供のヒヒは土を掘れないから食べられない。ところが、子供のヒヒは土を掘って根を得る若いオスのそばに行って、悲鳴を上げたりします。すると子供に何かあったんじゃないかと母親がすっ飛んできてオスを追い払ってくれるから、子供もごはんにありつける。意図的なものかどうかはわかりませんけどね。

■すむ環境が言葉を生む

山極 もっと複雑な事例もあります。同じ霊長類でも、チンパンジーになると相手の思考を推測して先回りする「心の理論」が備わるからです。

有名な実験ですが、ひとつの檻(おり)に強いチンパンジーと弱いチンパンジーを入れるんですね。そして、実験者が弱いチンパンジーだけにエサのありかを教える。でも、弱い個体は、強いヤツが見ている前でエサを入手しても奪われてしまいますよね。だから、強い個体に見られているときは、あえてエサがない方向に向かっていくんです。そして強いほうが「なんだ、エサをとりにいくんじゃないのか」とそっぽを向いた瞬間に、さっとエサをとる。

鈴木 面白いですね。

山極 この実験には続きがあって、強い個体も心の理論を持っていますから、相手を油断させるためにあえて違う方向を見て、弱いほうがエサに手を伸ばした瞬間に振り向いたりする。相手が何を考えているかを想像できないと、こういう行動はできません。

でも、サルにはこういうことはできない。チンパンジー、ゴリラ、そしてヒトだけ。つまり、同じ霊長類でも、認知能力には違いがあるんですね。

鈴木 その違いは、どうして生まれたと思いますか?

山極 社会の複雑さの違いだと思うんです。チンパンジーと比べるとニホンザルやオナガザルの社会は割と単純で、重要なのは自分と相手でどっちが強いかだけ。チンパンジーのような複雑な社会で複雑なコミュニケーションをとるためには、相手が何を考えているかを推測する力が必要になり、心の理論が進化したんじゃないかな?

鈴木 確かに、すむ環境の影響は大きいですね。海岸などの開けた場所にすんでいる鳥は、求愛ダンスなど視覚を使ったコミュニケーションが多いんですが、僕が研究しているシジュウカラは鬱蒼(うっそう)とした、あまり見通しのよくない森にすんでいるんですね。だから、聴覚だけでも十分なコミュニケーションがとれるよう、複雑な鳴き声や文法が進化したんだと思っています。

山極 つまり、言葉や認知能力、コミュニケーションの力は、その生き物がすむ環境に適応した結果だということですよね。僕たち人間は、自分たちの言葉や認知能力が唯一絶対の正解だと思い込みがちだけど、そんなわけはなくて、環境に適応した結果なんだな。鈴木先生の話を聞いていると、それがよくわかりますね。

■ヒトの言語はどこから来たか?

鈴木 ですね。ただ、ヒトの言語と動物のコミュニケーションに大きな違いがあるのも事実だと思っていて、それは「目の前にない物事」についてどれだけ語れるかだと思うんです。目の前に敵がいて警戒音を出せる動物は多いですけど、相手が何を考えているかまで思いをはせられる動物はとても少ない。相手の考えは見えないからです。

山極 そこなんだ、一番重要なのは。おっしゃるように、コミュニケーションは、見えないものをイメージし始めたときから一気に複雑になるんですね。

その進化にも段階があります。類人猿だと、目に見えないものであっても、痕跡は理解できる場合が多いんですね。足跡やフンから、見えない天敵の存在をイメージしたり。足跡と天敵を結びつけているわけですね。

でも僕ら人間は、シンボルも使えます。「リンゴ」という文字と実際のリンゴとの間には本来はなんの関係もないのに、結びつけることができる。それは、「リンゴ」というシンボルが果物のリンゴを意味するというルールを、集団で共有しているからですよね。関係がないものを関係づけて、しかもそのルールを共有する。この力が、やがて言葉を生んだと思っています。

鈴木 具体的には、人間の言葉はどのように生まれたと思いますか?

山極 僕は、人間の言語は音声ではなく、ジェスチャーから始まったと思っています。音声を伴っていたかもしれないけれど、重要なのは身ぶりのほうだったんじゃないかな。

というのも、霊長類は手をよく使いますよね。食べ物も、犬や猫みたいに口でかぶりつくんじゃなくて、手でつかんで食べる。特に、サルや類人猿は移動するときに手を使うんですが、われわれの祖先は直立二足歩行を身につけたから、手がさらに自由になった。その手を使ってコミュニケーションをしようとしたんじゃないかと思います。

■言語が生まれたのはヒトが多産だったから?

鈴木 なるほど。では、声を使った言葉はいつ生まれたと思いますか?

山極 母親が赤ん坊にかける声から始まったかもしれません。人間の子育ての特徴は、集団で育てることですよね。ゴリラやチンパンジーは母が子につきっきりで、一対一で育てますが、人類はサバンナに出てから多産になりました。天敵が多いから、その分、子供をたくさん産むようになったわけです。

しかもヒトの子は成長スピードが遅いから、ひとりの母親に対して、ひとり立ちできない子供がいっぱいいる。すると、ゴリラみたいにいつもくっついているわけにはいきませんから、何か効率的なコミュニケーションの手段が必要になります。

鈴木 そうか! 音声なら身体接触と違って、同時に複数の相手に語りかけられますね。

山極 そうです。サルのコミュニケーション手段に毛づくろいがありますが、あれは一対一か、せいぜい数頭が連なるくらいが限界。でも、音声なら離れていても、相手が複数でもいい。

人間の子育ての特徴は、母親だけじゃなく周囲も参加することですから、母子間のコミュニケーションが徐々に周りに波及していって、音声による言葉になったんじゃないのかな。すると、母子間のような感情が集団内に生まれ、一体感や協力行動も進化していった......。

鈴木 あるかもしれませんね。イギリスの進化生物学者であるロビン・ダンバーは、200万年くらい前に、人類が暮らす集団のサイズが大きくなり始めるのと並行して脳も大きくなっていったと言っていますが、その頃にコミュニケーション手段も新しくなったのかもしれません。

■音楽の言葉、踊りの言葉

山極 ただし、そのタイミングで発達したコミュニケーション手段は、今の僕たちが使っているような音声言語だけではなかったとも思います。例えば踊り。直立できるようになると上半身が自由になり、われわれは踊る体を手に入れました。そして踊りは往々にして複数人で行なわれますが、これはほかの個体と同調し、共感するということです。

鈴木 確かに、ヒトも体を使ったコミュニケーションをしますよね。

山極 音楽も同じで、気持ちを伝える一種の言葉として進化したと思います。踊り同様、言葉以前のコミュニケーション手段です。

鈴木 ゴリラも歌うと、先生の本に書かれていましたね。

山極 そう、彼らは歌みたいなものでコミュニケーションをとるんです。例えば、研究者が「満足音」と呼ぶハミングがあります。「グムムン」という濁音に、「♪ンフフ」という高い音が混じるんですが、これはたっぷりあるエサを目の前にしたときに、集団が一斉に出す音。なんだか幸福そうな響きの歌です。

それから、チンパンジーも歌いますよ。急に大雨が降ってきたりしたときなんか、みんなで駆け回りながら「ウーホウーホ」とコーラスをします。だんだんエスカレートしていくのが特徴で、まるで人間のコーラスです。こうして興奮を共有するんですね。

鈴木 なるほど。

山極 本来、人間を含む生物のコミュニケーション手段は多様なんですよ。僕らは言語ばかりに頼ってしまうけれど、ほかにもやり方はたくさんある。つまり、われわれの言葉では表現できない物事も存在するんです。

僕が発見したゴリラの行動に「のぞき込み行動」というのがあります。僕が2mくらいまで近づくと、こちらをじっとのぞき込む。これも一種のコミュニケーションなんですが、その意味を言葉にするのは難しい。「こんにちは」だったり「元気?」だったり「遊ぼう」だったりするんでしょうけど、複雑です。

■言葉にできないコミュニケーション

鈴木 すごくわかります。コミュニケーションの手段って、言葉だけじゃないんですよね。

山極 ええ。でも実は、人間だって近い行動をとります。母親と子供や、恋人同士がじっと見つめ合うのは、言葉にできないものを伝え合っているわけですよね。それに人だって歌うし、踊る。人のコミュニケーション手段も、もともとは豊かだったんです。

鈴木 そうですよね。人間の言葉って、話し言葉でも書き言葉でも、現実の複雑さの一面だけを切り取ったものじゃないですか。言語学者は、人間だけが特別な能力を持っていると考えがちですけど、必ずしもそうじゃないと思う。鳥だけでも1万種近くいるのに、詳しく調べられた種はごくわずかなんですから、僕たち人間が想像もつかないコミュニケーション手段を持っている鳥や動物がいてもおかしくないはず。人間の言葉じゃないと表現できないものはあるかもしれませんが、逆に、僕らの言葉じゃ表現できないことだってあるんじゃないでしょうか。

山極 おっしゃるとおりで、何百万という生き物たちが、自分たちが生きる環境に応じてコミュニケーションの手段を進化させてきたわけです。シジュウカラは鳴き声で天敵の情報を共有し、ゴリラはじっと目を見つめて複雑なメッセージを伝え、ミツバチはダンスでエサの位置を共有する。人間の言葉は、無数にあるコミュニケーション手段のひとつにすぎないんです。

シジュウカラは近縁種のヤマガラなどとも言葉を理解し合うことができるシジュウカラは近縁種のヤマガラなどとも言葉を理解し合うことができる

鈴木 ただ、動物の研究者の側にも責任はあるかもしれませんね。動物の行動を探る研究はたくさんあっても、動物の認知能力はあまり研究されてこなかった。僕はその反省に立って、生き物の言語を探る「動物言語学」を提唱しています。動物たちのさまざまな言葉やそれを生み出す認知能力を研究することで、僕ら人間の言葉も動物の言葉のひとつである、と俯瞰的にとらえられる。これは言語の進化原理を探る上でも重要だと思います。

■言葉に置いていかれた僕らの心身

山極 それともうひとつ、現代人が依存している言葉によるコミュニケーションは、非常に歴史が浅いことに注意しないといけないと思っています。ここまで話したように、僕ら人間は100万年以上も、サバンナの小さな集団で歌ったり、踊ったり、見つめ合ったりしながらコミュニケーションをとってきた動物です。

しかし、僕らはあるときから言葉ばかりに頼るようになって、歌や踊りを忘れてしまったんです。言葉のおかげで集団の規模は一気に大きく複雑になって国家が生まれ、インターネットやSNSも作られた。しかし、進化的な時間軸で見ると、その変化は速すぎるんですね。一瞬です。だから、僕らの心身は対応できていない。

鈴木 動物の進化にはものすごい時間がかかりますから、文化の進化が速すぎて、心身が追いつかない可能性は十分ありますね。だからこそ、繰り返しになりますが、人間の言葉を絶対視せず、無数にある動物たちの言葉のひとつとしてフラットにとらえることで、むしろ今の僕らが置かれている環境を客観的に眺められる気がしています。

山極 僕らの心身は、言葉に置いていかれてしまっているんですよね。でも幸い、人間だってシジュウカラやゴリラのように、歌ったり踊ったりすることができる。言葉以外のコミュニケーションを見直せば、サバンナに置いてきてしまった僕らの心と体を見つけることができるかもしれないと思いますよ。

山極壽一(やまぎわ・じゅいち)
総合地球環境学研究所所長。京都大学元総長。日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学院理学研究科教授などを経て現職。『ゴリラからの警告』(毎日文庫)など著書多数
公式ホームページ

鈴木俊貴(すずき・としたか)
東京大学先端科学技術研究センター准教授。シジュウカラ科に属する鳥類の行動研究を専門とし、特に鳴き声の意味や文法構造の解明を目指している。鳥や虫、獣の言葉を解明する「動物言語学」の創設を提唱
公式Twitter【@toshitaka_szk】

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