つい最近まで、動物は複雑な思考ができないと考えられ、研究もほとんどされてこなかった。ところが近年、動物の認知やコミュニケーションに関する研究が進むと、驚くべきことが分かってきた。
動物たちは何を考え、どんなおしゃべりをしているのか? ゴリラになりたくて群れの中で過ごした霊長類学者にして京大前総長の山極壽一と、シジュウカラの言葉を解明した気鋭の研究者・鈴木俊貴が、最新の知見を語り合う。
※書籍『動物たちは何をしゃべっているのか?』からの抜粋の中編です。前編はこちら!
人間が手に入れたもの、失ったもの
山極 動物も、人間の言葉のようなアウトプットの手法がないだけで、仲間との会話や思考はあるのかもしれない。動物の心や思考は豊かなんです。
ところが、それはあまり知られてこなかった。理由の一つは、人間こそが動物の頂点であり、他の動物たちはもっと下等な存在であるというヨーロッパ的な思い込みがあったから。
鈴木 本当にそうですよね。今までも動物の言葉や心理についての研究はありましたけれど、どれも「動物はどれだけ人間に近づけているか」、つまり僕ら人間を基準として、それよりも劣る動物たちの能力はどの程度かを調べるものばかりだったと思うんです。いわば、人間との差分を測るスタイルです。
山極 なるほど、たしかに。
鈴木 でも、その逆だってありえると思うんです。動物にできてヒトにできないことも山ほどあるわけですから。
チーターがヒトより速く走れるとか、犬の鼻はヒトより利くとか、動物のほうが肉体的に優れている場合があることに関してはよく知られていますよね。
でも、認知能力も同じなんです。コウモリは超音波で空間の様子を把握できる(*)し、チンパンジーがヒトより優れた短期記憶能力を持っていることは有名ですよね。
(*【コウモリは超音波で空間の様子を把握できる】この行動はエコーロケーション(反響定位)と呼ばれ、反響音を聞き取って物の位置を把握する。暗闇でも行動できるのはこのため)
山極 そう、それこそが重要なんだ。人間はやっぱりスゴイね、と喜んでいる時代はもう終わりで、逆に動物の側に立つと、人間にはできていないことがたくさんある。
鈴木 そうなんですよ。
ノスリというタカはエサであるネズミのオシッコが「見える」し、鳥も地磁気を感じ取ることで、自分の位置をGPSみたいに特定できることがわかっています。どちらも、ヒトには認識できませんよね。
そういう認知力の違いは行動にも表れます。たとえば、鳥にはエサを貯蔵する「貯食」が広く見られます。ホシガラスやコガラだと、地面が雪で覆われてしまう冬に備えて木の股などにエサの種子を隠しておくんですが、隠す場所が数千カ所もあるんですね。
メモもマップアプリもなしにどうやってそんな多くの場所を覚えておくのかというと、どうも視覚的に記憶しているらしいんです。木の形や、木肌の微妙な違いを覚えられるんですね。
コガラたちがエサの場所を細かく覚えられるのは、僕たち人間が、大まかな作りは一緒である人間の顔を見分けられるのに似ているかもしれません。どちらも進化の過程で、覚えたり見分けたりする必要があるから進化した能力なんですね。
山極 なるほど。ちなみに、シジュウカラも貯食はするのですか?
鈴木 シジュウカラはしません。ではどうやって冬を過ごしているのかというと、コガラが蓄えたエサを取っちゃうんです。貯食はできなくても、エサの場所は覚えられるんですね。
山極 そうなんですね。いずれにしても、ヒトにはない認知能力です。
鈴木 だから僕は、一度、人間と動物という二項対立から離れて、もっと俯瞰的な視野から言葉や人間の能力とは何なのかを理解する必要があると思うんです。そこでやっと、人類が進化の過程で言葉を手に入れた意味は何なのかがわかってくる。
山極 そう。それと、言葉によって可能になったものごとは膨大にあるけれど、その代償として失ったものも大きいと思うんです。この本では、そこにも光を当てたいと考えています。
動物の言葉の研究は難しい
鈴木 動物の言葉の研究があまり進んでこなかった理由はいくつかありますが、野生環境と飼育下では振る舞いが変わることが大きいかなと思うんです。
僕は許可をとってシジュウカラを飼ったことがあるんですが、森の中だとあれほどおしゃべりなシジュウカラも、鳥かごの中だと全然鳴かなくなるんですよ。たまに外でさえずる別のシジュウカラの声に「自分の縄張りはここだぞ」と鳴き返すくらいで。
山極 なぜだと思いますか?
鈴木 安全でエサにも困らない飼育環境下だと、鳴く必要性が薄れるからだと思います。ここまで紹介したように、シジュウカラの言葉の多くは天敵やエサに関するものですから。動物の言葉の力を調べるには、やはり野外に行く必要があると思いますね。
山極 おっしゃる通りで、霊長類も同じなんですよ。動物園に入れると、鳴き声が必要なシチュエーションの多様性が失われるから、全然鳴かなくなってしまう。
たとえばゴリラには少なくとも20数種類の鳴き声があるんですが、動物園で聞けるのは5種類くらいだけ。動物の言葉を研究するには、野生で調べないとだめなんです。
鈴木 やっぱり! 鳥と同じなんですね。
今まで鳴き声の研究の対象になってきた鳥は、ブンチョウとかジュウシマツとか、飼いやすい鳥が多かったんです。ですが、鳥かごの中は環境が単純すぎるから、鳥たちが本来のパフォーマンスを発揮できない。
山極 そうなんですよ。霊長類にも同じことが言えて、動物園に入れると安心しきっちゃう。
外敵もいないし。同種の仲間も、異種の仲間もいないわけです。だから、声に対する反応は相当、鈍るよね。
鈴木 だけど、野外での振る舞いを見ていると、びっくりするような知性がある。野生環境下での鳴き声の研究がもっと増えると、動物の言語が予想以上に発達していることがわかるかもしれません。
山極さんも、野生のゴリラとずっと一緒に過ごされてきましたよね。そういう環境で観察していると、まだ論文にしていないような発見も山ほどあるんじゃないですか?
山極 もちろんです。たくさんある。
鈴木 彼らの言葉や思考は、一般に思われているよりもずっと豊かなんですよね。それは、ずっと一緒にいて観察している僕らでなければ、なかなか気付けない世界なのかもしれない。それをこの本の中で伝えられたらいいなと思っています。
★霊長類学者と小鳥博士の史上初対談【後編】はこちらをどうぞ
山極壽一(やまぎわ・じゅいち)
総合地球環境学研究所所長。京都大学元総長。日本モンキーセンター・リサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、同大学院理学研究科教授などを経て現職。『ゴリラからの警告』(毎日文庫)など著書多数
公式ホームページ
鈴木俊貴(すずき・としたか)
東京大学先端科学技術研究センター准教授。シジュウカラ科に属する鳥類の行動研究を専門とし、特に鳴き声の意味や文法構造の解明を目指している。鳥や虫、獣の言葉を解明する「動物言語学」の創設を提唱
公式Twitter【@toshitaka_szk】
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