AIレーザーを搭載したロボット掃除機やペット型ロボットが誕生すれば、部屋で害虫を見かけることもなくなるかもAIレーザーを搭載したロボット掃除機やペット型ロボットが誕生すれば、部屋で害虫を見かけることもなくなるかも
この時期、暑さとともに出現するコバエやゴキブリ。見つけるだけでうんざりだが、逃げ回るヤツらにストレスは急上昇。しかし、そんなムカつくヤツらがレーザー光によって、いつの間にか駆除されている未来が来るかもしれない。いったいどんな技術なのか。開発者たちに聞いた。

■日常にあふれている素晴らしきレーザー

レーザー光といわれてまず思い浮かぶのは、SF映画やロボットアニメで登場するレーザー兵器だろうか。しかし、大阪大学の藤寛特任教授、山本和久教授らの研究グループが、レーザー光を用いて害虫を撃ち落とす技術を開発した。これは農業における害虫被害を解決するためのものだが、そもそもレーザー光とは何か?

「光は大別して目に見える可視光線、紫外線、そして赤外線などがあります。それらも波長によって種類が分かれるのですが、その中の1種類の光を増幅して放射したものをレーザー光と呼びます。レーザー光は特定の物質に電気や光などのエネルギーを与えて発生させる、人工的なものです」(山本教授)

レーザーは上記の3つの特徴を持った人工の光レーザーは上記の3つの特徴を持った人工の光
自然界では波長の異なるさまざまな種類の光があちこちに飛んでいるが、レーザー光は同じ波長(単色性)で、波長の山と谷がそろうため遠くまで届き(可干渉性)、直線的に進む(指向性)のが特徴(前ページの通常光とレーザー光の違いを参照)。レーザーポインターやライブ演出で飛び交う光がまさにそれだ。

「波長は短いほど高エネルギーという特徴があり、今回の実験で使った青色半導体レーザーは赤色よりエネルギーが高く、効率的に発射できます」(山本教授)

そのレーザー光が害虫駆除とどうつながるのか。

「光というのはエネルギー。物質に吸収されることで熱エネルギーに変換されます。太陽光をレンズで一点に集めると発熱したり、紙なら燃えますよね。レーザーはそれを瞬間的に行なっていると考えればわかりやすい。昆虫も燃えるほど高温にはなりませんが、タンパク質が変形する60℃以上まで発熱することで、撃ち落とせるのです」(藤教授)

害虫のレーザー撃墜に使用する実験装置。半導体に電流を流して生み出されたレーザー光が、ガルバノミラーの反射を経て、対象を撃墜する。レーザー光1発はLED蛍光灯を点灯するより消費電力が小さい。ちなみにこの実験装置は一式1000万円以上するそう害虫のレーザー撃墜に使用する実験装置。半導体に電流を流して生み出されたレーザー光が、ガルバノミラーの反射を経て、対象を撃墜する。レーザー光1発はLED蛍光灯を点灯するより消費電力が小さい。ちなみにこの実験装置は一式1000万円以上するそう正面から見たガルバノミラー。レーザー光は、2枚のガルバノミラーの角度を素早く動かして反射させることで、標的に照準を合わせて発射する正面から見たガルバノミラー。レーザー光は、2枚のガルバノミラーの角度を素早く動かして反射させることで、標的に照準を合わせて発射する
レーザーポインターを目に当ててはいけないのは、このためだ。低出力だが網膜損傷の可能性がある。そう聞くと安全性が不安だが......。

「アメリカでは『素晴らしい技術』として評価されているんですが、レーザー=危険というイメージが日本人には根強いんです。ですが、レーザーはさまざまな分野で使用されています。金属加工はもちろん、ブルーレイディスクはレーザー光の照射と反射によって情報を記録しています。また医療では歯周病の治療やレーシック手術にも使われたりしています。脱毛もレーザーで毛根の細胞を熱で破損させているんです」(山本教授)

普段、実感していないだけで、レーザー光を活用したものや技術はすでに日常生活にあふれているのだ。

「レーザーは出力を上げれば金属を焼き切るほどの威力になります。ですが、この青色半導体レーザーは、害虫を殺すほどの威力にしていません。動けない程度のダメージを与え、繁殖能力を低下させるのが目的ですから。なので脱毛の機械に比べてもずっと低出力。もちろん当てない対策は必須ですが、人体への安全性も高いです」(山本教授)

■急所にピンポイント! 一撃で害虫を無力化

このレーザー光での害虫駆除の仕組みはこうだ。まずカメラが虫を画像処理ソフトで発見して、追跡する。そしてその虫の"急所"に向けてレーザー光を発射して撃墜するという流れだ。1秒間に100発連射して害虫駆除することも可能で、体感だが8割ほどの成功率を収めている。

飛行している害虫の動きを追尾し、レーザーを照射。1秒で100匹程度の害虫なら狙撃が可能。AIの性能が上がるほど、撃ち落とせる害虫の数は増えるそう飛行している害虫の動きを追尾し、レーザーを照射。1秒で100匹程度の害虫なら狙撃が可能。AIの性能が上がるほど、撃ち落とせる害虫の数は増えるそう
これだけでも画期的なのだが、さらに近々、搭載予定のAIを組み合わせれば、人間の生活に必要な益虫と害虫も識別できる上に、飛翔(ひしょう)予測によって100%の成功率に近づく。

「農業・食品産業技術総合研究機構が2年前に害虫の飛行パターンをモデル化し、位置を予測する技術を開発しました。その時点ではシミュレーション段階でしたが、それを実現させた形で、飛翔大型害虫の検知、追尾、ショットの連続動作による撃墜は世界初になります」(山本教授)

海外ではすでにレーザーで畑の雑草を駆除する機械が使用されているが、雑草は動かない。動く害虫に当てるには高度なシステムが必要だ。

「とはいえ、自動車の自動運転システムなどは互いに動いているもの同士を予測していますから、そのほうがよっぽど複雑。害虫駆除レーザーなら害虫は動くけど、こちらの位置は固定された状態ですから。それだけコンピューター性能に依存しなくて済むわけです」(藤教授)

レーザー光の直径は小さいため、多くの害虫にダメージを与えられない。ガのサイズの害虫の場合、羽に当たっても厚みがあるため、多少欠損するだけで撃ち落とすまでには至らないレーザー光の直径は小さいため、多くの害虫にダメージを与えられない。ガのサイズの害虫の場合、羽に当たっても厚みがあるため、多少欠損するだけで撃ち落とすまでには至らない
実は海外では蚊の駆除にレーザーが使われている事例もある。だが今回の実験でエポックメーキングなのは害虫の"急所"を突いたこと。この急所の発見も世界初の偉業だ。

「レーザー光の直径は約6㎜で、蚊の体長は5㎜程度なので、当たれば体全体を包み込むサイズ。撃ち落とすのは簡単なんです。一方、害虫とされるガなどは2㎝以上と巨大で、やみくもに当てても効果的なダメージにならない。だからといって、レーザーの出力を上げたり乱射するのは非効率だし、危険。

そこでどこが急所なのか探しました。画像処理ソフトでその急所に照準を合わせることで、低出力のまま1発で撃墜できるようにしたのです」(藤教授)

レーザー光を急所に受けた害虫は、撃たれた場所から一瞬、わずかに煙を出して、落ちていくレーザー光を急所に受けた害虫は、撃たれた場所から一瞬、わずかに煙を出して、落ちていく
あくまで安全性やコストパフォーマンスを最大限にすることで、実用化を目指しているのだ。

「本来、われわれが研究しているレーザーと農業は遠い分野。しかし、食料危機が叫ばれる中で、害虫や害獣による被害によって全世界で15%、26兆円分もの農作物が失われています。加えて、薬剤抵抗を持つ害虫も増えており、農薬も効きづらくなってきているというのが現状。一方、レーザーであれば、薬を使わず農作物や農地を守ることができます。

今、レーザー業界では、高出力レーザーによって、重水素に核融合反応を起こしてエネルギーを生み出す『レーザー核融合』が研究されています。それでエネルギー問題が解決しても、農業が現在のままでは食料危機という苦境が待っている。特に日本は食料自給率も低い。それを解決するためにレーザーが農業発展に寄与できればと思います」

そう話す藤教授はもともと植物工場の研究などに携わっていたからこそ、レーザーの農業活用に結びついたのだ。

「近年、各地で問題になっている鳥獣被害にも応用できるのではないかと考えています。その際に、この『急所を狙う』というのは大事になってくるはず。農地に侵入してきたカラスや鹿などに対して、生殖能力をなくすことで害獣の数も減り、被害も収まるのではないかと」(藤教授)

■農業も漁業も救う? さらに家庭への普及も

この技術は農業以外の分野にも活用できるのでは?

「水産養殖ではレーザーで養殖魚のサイズを測ったり、ノルウェーの企業ではサーモンの寄生虫駆除にレーザーを活用しています。今回の技術を使うとしたら、出荷サイズの魚の急所にレーザーを打って、浮かばせれば、捕獲の手間を省けます。また、クラゲの大量発生も各地で問題になっていますが、その駆除も可能。レーザーによっては水中でも照射できますから」(藤教授)

2020年、アフリカを襲ったサバクトビバッタの大量発生。20ヵ国以上が被害に。1平方メートルの群れには約4000万匹のバッタがおり、1日で約3万5000人分の農作物を食い荒らす。このバッタにもレーザー照射は有効2020年、アフリカを襲ったサバクトビバッタの大量発生。20ヵ国以上が被害に。1平方メートルの群れには約4000万匹のバッタがおり、1日で約3万5000人分の農作物を食い荒らす。このバッタにもレーザー照射は有効
ちなみに害虫駆除で使用する青色レーザーは降雨時でも使用可能。豪雨などの極限状態でないかぎり成功率は変わらないそうだが、山本教授は「そもそも雨が降っていたら虫は出てこない」と笑う。

「よくある要望としてはスズメバチの駆除ですね。家庭用は需要次第でしょうね。ロボット掃除機やペット型ロボットと合体させて、部屋に入ってきた虫を感知したら撃つとか。ロボット掃除機と一体化すれば、死骸の回収もできますし。

レーザー発生装置の小型化が必須ですが、技術的には可能になってくると思います。ブルーレイレコーダーも開発品は何千万円もした。それが今や5万円以下で市販されているんですから、需要が高ければ市販化もありえるでしょう。

セオドア・メイマン博士が初めてレーザーを発振させたのが1960年とつい最近。レーザー研究が進めば、さまざまな革新が起きるかもしれません」(山本教授)

20世紀最大の発明といわれるレーザー光。今後の研究が楽しみだ。