「うちのネコ、気持ちよさそうに眠るなぁ......」もしかしたらそのネコは、楽しい夢を見てるのかも? 睡眠中の動物の脳波を測ってみると、驚きの事実が次々と判明! そこで専門家に話を聞きに行くと、ヒトの睡眠の起源にまで話が及んで......。
■寝ながら迷路を復習するマウス
近年、動物の睡眠研究が目覚ましい成果を上げている。
例えば、キンカチョウという小鳥の睡眠中の脳を調べると、日中にさえずるときと同じ活動パターンを示し、さらには鳴管の筋肉も動くことがわかったという。鳴く夢を見ている可能性があるということだ。
小鳥のシジュウカラの研究者で、『動物たちは何をしゃべっているのか?』(集英社、山極寿一氏との共著)が話題の鈴木俊貴先生の周囲にも、動物の夢の研究者は少なからずいるという。
「僕が専門とする鳥や霊長類はもちろん、クモなど意外な動物でも、夢を見ている可能性が指摘されています」
2022年には、休憩中のハエトリグモの幼体が、まるで睡眠中の人間のように、ぴくぴくと目や足を動かす様子が観察されて話題になった。
もっと驚きの事例もある。今年5月、アメリカのロックフェラー大学から、水槽で寝ているタコが突然体色を変え、墨を吐く様子が報告されたのだ。これはタコが敵に追われたときの行動だが、タコもヒトに似たパターンの睡眠をとることがわかっているため、もしかすると捕食者に襲われた悪夢を見たのかもしれない。
「ただし、僕ら人間と動物とでは、世界の見え方が違います。僕たちは視覚に依存しているから視覚的な夢を『見る』わけですけど、嗅覚を重視するイヌはにおいの夢を『嗅いでいる』かもしれないし、もし超音波で虫を探すコウモリが夢を見るなら、それは超音波の夢かもしれません。人間の夢のイメージを動物に押しつけるのは危険でしょう」
では、動物の夢の専門家の意見を聞いてみよう。マウスやトカゲを対象に睡眠の研究をしている北海道大学の乘本裕明(のりもと・ひろあき)先生によると、一部の動物が夢を見ている可能性は「とても高い」という。
「動物にインタビューはできませんから、彼らが夢を見ていると断言することはできません。しかし今は脳を観察する手法が進歩したため、睡眠中の動物の脳を観察すると、夢を見ているヒトの脳とよく似た状態であることがわかっています」
夢の研究者が注目している現象に「リプレイ」(記憶再生)というものがある。
「マウスを迷路に入れ、ゴールに向かわせながら、脳の『ニューロン(神経細胞)』を観察します。すると、迷路の特定の場所で特定のニューロンが活動するので、一連の行動での脳の活動パターンが記録できます。
その後、そのマウスが寝たときに脳を観察すると、迷路を歩くときと同じニューロンの活動パターンが見られることがあるんです。これがリプレイで、記憶の定着のため、過去の経験を追体験していると考えられています」
ヒトやマウスの睡眠には脳が活発に動くレム睡眠と、脳もぐっすり休むノンレム睡眠との2種類があるが、リプレイ現象はノンレム睡眠中に起こることが多い。
一方のレム睡眠は、ノンレム睡眠とは対照的な役割を果たしているという。
「脳に情報が定着するときには特定のニューロン同士が結びつくのですが、そればかりでは新しい情報を学習する効率が悪くなってしまう。そこでレム睡眠が、ノンレム睡眠で作られたニューロン同士のつながりをいわばシャッフルし、ほぐしているのではといわれています」
ニューロン同士をシャッフルさせる過程では情報もバラバラになってしまう。だから、レム睡眠中には脈絡がない夢を見るというわけだ。こちらは記憶に残りやすいので、われわれがイメージする夢はレム睡眠中のものが多い。
なお、乘本先生はドラゴンと呼ばれる大型のトカゲも研究対象にしている。なぜ原始的な脳の持ち主であるトカゲを研究しているのだろうか?
「実はそれは誤解なんです。爬虫(はちゅう)類の脳は、ヒトなどの脳で記憶や思考など高度な活動を支えている『大脳皮質』が小さいため原始的だと思われていましたが、ここ数年の研究でそうではないことがわかってきました。
彼らの脳は哺乳類の脳と似ており、僕たちの大脳皮質に相当する部分があることが判明したんです。だから、トカゲの脳も哺乳類並みに高次かもしれない。少なくとも、その基盤があることは確かです」
乘本先生によると、哺乳類や爬虫類に限らず、ほとんどの生物に睡眠、あるいはそれに近い状態が見られるという。
「僕が知る限り眠らない生物はいません。貝だって、覚醒と睡眠に近い状態を繰り返しているんです。中には菌でさえ眠るという研究者もいますね。大腸菌などには体内時計があり、活発になるときとじっとするときが交互に訪れるのですが、後者が睡眠にあたると考える研究者は多いです。
植物だって、活発に葉っぱを動かす時間帯とそうでない時間帯があります。脳波がとれない生物は活発さにリズムがあるかどうかを見るしかないのですが、ほとんどの生物にそれがある。つまり、睡眠に近い状態が見られるということです」
■夢は目覚めてから再構成される
睡眠時に体を動かす動物がいるだけでなく、一部の種は人間の睡眠時とよく似た脳活動のパターンを示す。ここまで立派な証拠がそろえば、「動物はヒトと同じように夢を見ている」と言い切ってもいい気がする。
ところが睡眠研究の第一人者で、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の副機構長を務める櫻井武先生によると、そうは言い難いという。
「われわれはレム睡眠でもノンレム睡眠でも夢を見ます。これらの睡眠は交互に繰り返されるのですが、レムからノンレムに移行する際に数秒覚醒することがあります。
そのとき、脳はあまり機能していないのでほぼ記憶に残らないのですが、おぼろげに覚えていることもあり、それを『夢を見た』と呼んでいるのです。ストーリーがある気もしますが、それは断片的な記憶をもとに、覚醒後に再構成しているに過ぎません。
また、皆さんも夢を見る夜と見ない夜を体験すると思いますが、実は客観的に脳の機能を見ると変わりはありません。こうした点から、脳活動がヒトと似ているというだけで夢を見ているとは言い切れないのです」
ところで、夢が記憶に残らないのはなぜなのか?
「夢の中の出来事は現実ではないから覚えておく意味はないですし、現実の記憶と混ざったら危険だからでしょう。われわれが覚えている夢は、いわば脳の管理ミスで記憶に残ったものなんです」
ただし、一部の芸術家や研究者の中には、夢を有効活用している人もいるんだとか。
「夢を見ている最中には、常識をつかさどっている前頭前皮質の働きが落ちますから、いわばリミッターが外れる状態になります。
ロシアの化学者・メンデレーエフは夢の中で元素の周期表を思いついたといいますし、ドイツの化学者・ケクレがベンゼン環の構造を思いついたり、アメリカの発明家・エリアス・ハウがミシンを発明したのも夢で出てきたイメージによるものだといわれています」
■なぜ動物は眠るのか?
夢を見ているかはともかく、多くの動物が眠っているのは事実だ。しかし、考えてみると不思議な話でもある。睡眠時は敵から逃れられないのに、なぜそんな危険な習性が動物に残っているのだろうか?
「難しい問いですが、研究者の中には、そもそも睡眠は危険ではなかったから進化した、という説を唱える人もいますね。爬虫類や両生類は動くものに反応する性質がありますから、じっとしている睡眠はむしろ安全だったのかもしれません」(乘本先生)
櫻井先生はさらに一歩進んで、大胆な仮説を唱えている。
「覚醒は意識を伴うものです。しかし、われわれも含め動物の行動の多くは意識がなくてもできる。とすると、より多くの状況に対応するため、進化的に後から覚醒という機能が実装されたと考えてもよいでしょう。
人間はつい、起きている状態が普通だと思ってしまいがちですが、実は私は、逆ではないかと考えています。生物の脳にとっては睡眠状態がデフォルトで、むしろ覚醒時のほうが例外なのでは、と」
乘本先生もこの仮説を支持している。その根拠は、脳だ。
「今は生物の脳を取り出して栄養液の中で生き永らえさせる技術があるのですが、そのように体と切り離された脳は、ずっと眠っているんです。それはつまり、脳にとって睡眠がデフォルトであることを意味しているのではないか。エネルギー消費も抑えられますし、安全かもしれないし......。
もちろん生物は栄養を取ったり異性と交配したりしなければいけないので、そのときには起きなければいけません。栄養液中の脳も似ていて、目などの感覚器とつなげると、そのときだけ起きるんですよ」
ということは、ひょっとすると夢の世界のほうが現実で、起きているわれわれの周囲の世界は、夢のようなものなのかもしれない。乘本先生の「夢」は、それを確かめることだ。
「生きていた生物から取り出した脳には過去の記憶が入っていますが、もし脳だけがゼロから生まれたら、その脳には意識はあるんだろうか? あるとしたら、どのような意識を感じているのか? それを知りたくて、研究を続けています」
生物にとってのこの世界は夢か現(うつつ)か。そんな壮大な問いに、動物の夢研究が答えを出す日が来るかもしれない。