昨年8月に発売後、大きな反響を呼び、たちまち版を重ねた『動物たちは何をしゃべっているのか?』(集英社刊、鈴木俊貴、山極寿一著)。その刊行を記念して、昨年10月18日に本屋B&Bでイベントが行なわれた。
登壇者は著者にして、動物言語学者の鈴木俊貴東大准教授と、本書の担当編集にして、チャンネル登録者数23万人超のYouTubeチャンネル「ゆる言語学ラジオ」のスピーカーを務める水野太貴。平日にもかかわらず現地会場は満員御礼、オンライン視聴も100人を超えた大盛況のイベントのレポートを公開する!
■どうして誰も気づかない?
水野太貴(以下水野) 「小鳥のシジュウカラは意味を持つ『言葉』を話している」「シジュウカラの言葉には文法もある」といった研究で世界的にも注目されている鈴木俊貴先生ですが、そもそも小鳥の言葉に気付いたのはいつごろなんですか?
鈴木俊貴(以下鈴木) 大学の学部生のころには気付いていましたね。そのころからずっと森でシジュウカラと過ごしてきた僕にとっては、彼らが言葉を使って高度なコミュニケーションをとっているなんて当たり前のことだったんですよ。
例えば僕は2016年に「シジュウカラの鳴き声には文法がある」という論文を書いたんですが、それは海外でもとても注目されて、科学雑誌『Nature』でその週のベスト論文にも選んでもらえました。
水野 被引用数も凄まじいですよね。
鈴木 ありがとうございます。でも、実はシジュウカラが文法に沿って単語を組み合わせているなんて、僕はその論文を書くずっと前から知っていたんですよ。
水野 え、そうなんですか。いつから?
鈴木 大学の四年生で研究を始めてから一年後くらいだから、修士課程の一年生だったかな? 「あ、単語を組み合わせてるな」と気付いたんです。でも、修士課程だからまだ知識があまりなくて、それが凄いことだとは思わなかった。動物の鳴き声にも当然、文法くらいあるよなあという感じでした。
水野 (笑)。
鈴木 ところが、いざちゃんと先行研究を調べてみると、動物の鳴き声の文法に関する研究がとても少ない。ヒトに近いサルなら文法を持っているだろうと思って調べたんですけど、どうもサルは適当な鳴き方をしているらしいとわかっただけ(笑)。鳥の鳴き声にも文法があることは研究者にもまったく知られていなかったんです。
水野 「文法」をざっくりと定義すると、「単語を並べる際のルール」という感じになりますよね。言語学者の多くは文法は人間固有のものだと考えているんですが、鈴木先生はそれを覆す発見をしてしまった。世界中で騒がれるのも当然です。
鈴木 そうそう、水野さんがおっしゃる通りで、「人間だけが文法を使えるんだ」と言っている言語学者がとても多い。特に、ある語と別のある語を組み合わせてひとつのユニットにする「マージ(併合)」という能力は人間だけしか持っていないと皆が信じ込んでいることがわかったんです。
水野 一例を挙げると、「赤い」という語と「リンゴ」という二つの語を組み合わせて「赤いリンゴ」とするのがマージですね。アメリカの言語学者、ノーム・チョムスキーが唱えた主張で、たしかに人間固有の能力だと思われています。
鈴木 それを知ったとき、「なんてこった」と思いましたね。だって、その辺にたくさんいるシジュウカラが普通に鳴き声を組み合わせていたから(笑)。シジュウカラは東京にもたくさんいるので注意して聞いてほしいんですが、異なる鳴き声を組み合わせるなんて、彼らは日常的にやっています。
水野 びっくりですよね。
鈴木 ただ、いくら僕が「シジュウカラは文法を持っているんです!」と言っても科学の世界では通用しません。だから、工夫して実験をして、科学的な検証に耐えうる定量的なデータとして示さないといけない。僕の研究はそうやってスタートしました。
具体的な実験のやり方は、水野さんが編集してくれた、ゴリラ研究で知られる山極寿一先生との対談本『動物たちは何をしゃべっているのか?』(集英社)に書かれていますが、「シジュウカラは単語が意味する概念のイメージを持っている」「文法が存在する」といったことを実験によって証明できました。
■アリストテレスもダーウィンも見誤った
水野 それにしても、鈴木先生の研究がこんなに注目されているのはどうしてなんでしょう。
鈴木 そうですね、それについて話すには古代ギリシャのアリストテレスまで遡らないといけないんですけど、いいですか?
水野 どうぞ(笑)。
鈴木 アリストテレスは『政治学』という本の中で、「善悪を言葉で表現できるのは人間だけである。動物はプラスとマイナスの感情しか持ってない」という意味のことを言っているんです。つまり、言葉を操る能力は人間だけの特権で、動物は違うというんですね。その決めつけはずーっとヨーロッパに残って、今も動物の鳴き声は恐怖や怒りの感情が表れているだけだ、と思っている人が大勢います。動物には理性はなく、本能で動いているだけだろうという偏見とセットでね。
水野 なるほど。でも、近代生物学の父であるチャールズ・ダーウィン(1809~1882)はさすがにその間違いには気付いたんじゃないですか?
鈴木 ダーウィンは、「生物は共通の祖先を持ち、置かれた環境に『適応』して徐々に多様な種類に分岐して進化してきた」という進化論を唱えた人ですね。彼は僕ら人間とサルとの共通点にも気づいていて、同じ祖先から進化したと主張しました。
水野 当時はずいぶん叩かれたみたいですね。
鈴木 そう、「人間は神をかたどって作られた特別な存在である」というキリスト教的な考えを完全にひっくり返す主張ですからね。ところが、そのダーウィンでさえ、人間の言葉は特別なものだと思っていたんです。サルとかチンパンジーには言葉はなくて、人間だけが持っていると。
水野 じゃあ、もっと時代を下って、コンラート・ローレンツ(1903~1989)はどうですか? 鳥と一緒に暮らしながら彼らを研究して、ノーベル賞もとった動物行動学者です。
鈴木 僕も中学生のときに読んだローレンツの『ソロモンの指環―動物行動学入門』(ハヤカワ文庫)には動物たちへの強い共感が表れていて、それは素晴らしいんですが、彼でさえ鳥の鳴き声は言葉じゃなくて本能にすぎないんだ、と書いているんですよ。
水野 あらら、「動物の言葉」への抵抗感はそんなに強いんですか。なら、鈴木さんが提唱する「動物言語学」の衝撃は大きいでしょうね。
鈴木 そうそう。でも、言葉を使う能力は人間だけのものじゃないんです。例えば......。
■シジュウカラに"心霊写真"を見せる
鈴木 僕らは言葉を聞くと、それが意味する対象を頭の中でイメージしますよね。「リンゴ」と聞いたらあの赤くて丸い果物を、「ドラえもん」なら水色と白のロボットを。でも、動物の鳴き声は言葉じゃなくて単なる感情の表れだから、そういう脳内イメージはないと思われていた。
水野 捕食者への恐怖心から鳴くとか、ご馳走を見つけて喜びの声をあげるとか、その程度だと思われていたんですね。
鈴木 でも、そうじゃないんです。シジュウカラはヘビを見ると「ジャージャー」と鳴くんですが、それはちゃんと「ヘビ」を意味する言葉になっていて、彼らの頭の中にはヘビのイメージが浮かび上がっているんです。僕はそれを実験で示そうと試みました。
水野 シジュウカラをfMRI(磁気共鳴機能画像法。脳の機能活動がどの部位で起きたかを画像化できる)みたいな機械にかけながら「ジャージャー」を聞かせて脳内の視覚野の変化を観察するとか......。
鈴木 そういう手もあるかもしれないんですが、シジュウカラの脳は小さすぎて解像度が追いつかない。なによりも機械の中でじっとしていてくれないんですよ。だから僕は、本の中で紹介しましたけど、「見間違え」を利用した実験をしました。
水野 あれは見事でした。
鈴木 僕ら人間の言葉は視覚的なイメージを引き起こしますよね。だから例えば、「カオ」という音を聞きながら壁のシミを見ると、人の顔に見えてきたりする。それをシジュウカラに対してやってみたんです。
水野 はい。
鈴木 具体的には、ヘビを意味するシジュウカラ語「ジャージャー」をスピーカーから流しながら、紐をつけた木の枝をヘビっぽく動かします。シジュウカラは目がいいから、ただの枝をヘビと見間違えることはないんですが、「ジャージャー」を聞かせたときだけ確認しに近づいていくんです。
水野 つまり、「ジャージャー」という鳴き声がシジュウカラの頭の中にヘビのイメージを浮かび上がらせていたと。
鈴木 そうです。この実験、ひらめいたその日に森に行って試したんですけど、シジュウカラは思った通り反応してくれました。これは、動物の鳴き声が「意味」を、指し示す対象のイメージを引き起こしていることを示した世界最初の研究です。
■言語は環境への適応として生まれた
水野 なるほど。ただ、動物の鳴き声の研究というと、アフリカのベルベットモンキーが天敵の種類に応じて鳴き声を変えている、という報告がもっと前にあったような気がするんですが、あれは違うんですか?
鈴木 さすがですね。それは1960年代の研究なんですが、小型だから天敵が多いベルベットモンキーが、例えばヒョウに対しては「ゲホゲホ」と鳴き、ヘビに対しては「ギギッ」と鳴く、といった鳴きわけをすることが観察されたんです。でも、その後の研究でそういった鳴き声は捕食者を「意味」しているのではないことがわかってきました。
水野 というと?
鈴木 ヘビに対して発する「ギギッ」という鳴き声を、他のサルとケンカする時にも発している様子が観察されたりと、ベルベットモンキーの鳴き声は意味に一対一で対応しているのではなく、どちらかというとその時々の感情に対応していることがわかってきたんです。
水野 そうか、ベルベットモンキーはシジュウカラやヒトのような言葉を持っているわけではないんですね。
鈴木 そうなんです。ただ、だからといってベルベットモンキーがシジュウカラやヒトよりも「知能が劣る」動物だ、というわけじゃないんです。言語能力は、環境など与えられた条件への適応として進化しただけの話であって、ベルベットモンキーは彼らなりのやり方で高度なコミュニケーションをとっているんです。
水野 むむっ、ちょっと難しくなってきましたね。具体的には?
鈴木 まず念頭に置いておきたいことは、僕らヒトやシジュウカラみたいに多種多様な声を器用に出すのは、実はとても難しいということです。
一例を挙げると、聞いた音をコピーして発声できる生物は、ヒトとシジュウカラ以外だとオウム類やハチドリの仲間、イルカ、ハダカデバネズミなど10個の分類群くらいしか見つかっていません。まあ実際はもっといると思いますが、とにかく生物にとって「発声学習」というのはそれだけ珍しい能力だということです。
そしてベルベットモンキーや他のサルの仲間もヒトやシジュウカラみたいに新しい音声を学習できませんから、出せる音は限られてくる。
水野 なるほど、そもそも僕らのように器用な発声ができる生物が例外的であると。
■動物が人間の言葉を研究したら?
鈴木 そうですね。いや、もう少し正確に言うと、「器用な発声が必要な環境で進化してきた生物が例外的」ということになるかな? というのも、サルはヒトほど音声に頼らず、視覚や文脈も利用してコミュニケーションをとっているからです。
水野 どういうことでしょう。
鈴木 さっき、ベルベットモンキーが「ギギッ」という鳴き声をいろいろな文脈で使うと言いましたよね。でも僕らがそれを多義的に感じるのは音声だけを聞いているからです。
実際は鳴き声は視覚や文脈と一緒になって使われますから、例えばヘビが出そうな場所で相手の目を見ながら「ギギッ」と鳴いたら「ヘビだ」という意味になり、群れの中で「ギギッ」と鳴いたら「ケンカだ」という意味になる、という感じで複数の感覚を同時に使って意味を伝えているんですよ。大半の動物はそうやってコミュニケーションをとっているのであって、人間みたいに音声言語に強く依存している生物の方が例外です。
水野 なるほど! つまり頼りにしている感覚器官の違いが大きいんですね。ベルベットモンキーはヒトよりも視覚を重視しているから、鳴き声だけに頼らないと。
鈴木 そうです。僕らの言葉はそういう条件に適応して進化してきたというだけの話で、神様が与えてくれた特権ではないんです。
水野 じゃあ仮にベルベットモンキーに動物言語学者がいて、ヒトの表情を観察したら面白いですね。「不快なら顔をしかめる」みたいに僕らの表情はコミュニケーションの手段として使われますけど、ヒトは熱いお風呂に入っても顔をしかめるし、おいしいものをしみじみと味わっても顔をしかめるじゃないですか。つまり、ヒトがベルベットモンキーの鳴き声を観察したときと同じように、ベルベットモンキーから見たらヒトの表情は多義的だということになる。だから「ヒトはテキトーな言語を使う動物である」と結論付けられても不思議じゃない(笑)。
鈴木 そうそう、そうやって、動物の言語を観察することで逆に自分たち人間を客観視できるのも動物言語学の仕事だと思うんです。
水野 そうか、動物言語学は僕ら人間を知る手助けもしてくれるんですね。
鈴木 そうです。これまでの科学では、「人間にできて動物にできないこと」ばかり探してきましたけれど、それは安易な「人間スゴイ」観につながりがちでした。でも、さすがにそろそろ、アリストテレス以来の偏見から脱してもいいんじゃないか。ずっと森で暮らして、半分はシジュウカラになってきた気がする僕はそう思います。
鈴木俊貴(すずき・としたか)
東京大学先端科学技術研究センター准教授。シジュウカラ科に属する鳥類の行動研究を専門とし、特に鳴き声の意味や文法構造の解明を目指している。鳥や虫、獣の言葉を解明する「動物言語学」の創設を提唱
公式Twitter【@toshitaka_szk】
水野太貴(みずの・だいき)
集英社『週刊プレイボーイ』編集者。『動物たちは何をしゃべっているのか?』の編集を担当。YouTube、Podcast番組「ゆる言語学ラジオ」ではメインスピーカーを務める
書籍『動物たちは何をしゃべっているのか?』は好評発売中です!
動物たちの知性を示す驚きの最新知見を、森で暮らした動物研究者ふたりが縦横無尽に語り合う対談本。発売前に予約が殺到した話題作! 1870円(税込)