「Origami」といえば英語でも通じるらしい(アクセントは「ガ」)。それほどまでに日本の折り紙は世界に誇るべき文化のひとつだが、最近は芸術面ではなく工学系の分野から注目が集まっているとのこと。折り紙と工学にどんな関係が? そう思って第一人者のもとを訪ねると......折り紙研究に日本の将来がかかってるんですって!(ガチ)
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■きっかけは第2次世界大戦
子供の頃に遊んだ折り紙。一枚の紙からツルや飛行機、カブトなどを作り上げた経験は誰でもあるはず。ただ、子供の遊びと侮るなかれ。なんと今、世界中から注目を集めているのだ!
といっても、その焦点は折り紙文化ではない。「折り紙工学」なる学術分野が生まれ、現在は宇宙開発や医学など最先端技術との融合が進んでいるのだという。
実は折り紙工学は身近な商品にも潜んでいる。例えばキリンの缶チューハイ「氷結」。缶の表面に施された「ダイヤカット」は折り紙工学から着想を得ている。
ダイヤカットの構造はNASA(米航空宇宙局)の超音速機の開発途中に発見され、この加工を施すことで強度が高められることがわかっている。しかし、その技術をなぜ缶チューハイに? キリンホールディングス広報担当はこう語る。
「氷結発売に向けてアルミ缶を開発するとき、缶を軽くするダイヤカットが応用できるのではないかと開発がスタートしました。
結論から言うと軽量化には難航してしまったのですが、缶デザインの美しさと、開缶時に形状が変化する独自性は魅力的だったため採用しました。お客さまからも『氷結といえばこのデザイン』と支持をいただいています」
なお、缶コーヒーの「FIRE」にもダイヤカットが採用されており、こちらはキリンと共同開発を行なった東洋製罐によると、従来のスチール缶と比べ強度が3倍になったという。これにより材料が従来比で30%削減できるようになった。
このように、折り紙工学の存在感は急速に高まっている。その実態を知るべく、折り紙工学分野を日本で立ち上げ、業界を牽引してきた研究者のひとりである明治大学の萩原一郎教授の研究室を訪ねた。
まず驚いたのは、その応用範囲の広さだ。研究室にはヘルメットにおむつ、ペットボトル、緩衝材など、これまでに萩原氏が手がけた製品がずらりと並んでいた。実際に折り紙ヘルメットを手に取ると、驚くほど軽く薄い。それでいて指で押しても形が変わらない、十分な強度を持っていた。
ちなみに萩原氏は大学教授になる前に日産自動車で勤務しており、現在でも世界のメーカーが利用している事故衝撃緩衝構造を開発した実績がある。しかしそれ以上の機能を持つ折り紙構造も後に発見し、特許を出願。自動車の衝撃緩衝構造に利用されることも目指しているそうだ。
まずは萩原氏に、折り紙工学の歴史について尋ねた。
「折り紙工学とは、折り紙で蓄積された知見や技術を産業に応用する学問です。折り紙技術が産業化されたきっかけのひとつは、第2次世界大戦中の英国での飛行機開発。
蜂の巣のように正六角形が連なったハニカム構造を素材に用いることで飛行機のパーツの軽量化が実現したのですが、これは七夕の網飾りにヒントを得たそうです。この技術は世界に広がり、現在では数兆円規模の産業となっています」
折り紙の技術自体は日本で発展していたものの、英国に先を越された事実に危機感を覚えた萩原氏は、ほかの研究者と共同で折り紙工学の研究会を立ち上げた。その活動のかいもあって、折り紙工学の重要性が国内でも徐々に浸透していったという。
■観光ガイドから人工衛星まで
折り紙工学のキモは、モノを折ったり曲げたりする「折り紙構造」を用いて機能を向上させることである。
「向上する機能は大きく分けてふたつ。ひとつは『軽さと強さの最大化』で、もうひとつは『展開収縮性』、つまり小さく折り畳み、大きく展開できる性質です」(萩原氏)
前者はダイヤカット缶やハニカム構造などに見られ、折り紙工学が発展する基盤になった。そして近年、最先端技術と組み合わせて注目を集めているのが展開収縮性だ。その応用場面は多岐にわたるので、順に紹介していこう。
いきなりスケールの大きい話だが、代表的な応用例は宇宙開発だ。宇宙へ探査機を送るには円柱形のロケットに載せる必要があり、軽さもコンパクトさも求められるからだ。
1970年に東京大学の三浦公亮氏によって考案された「ミウラ折り」は、世界的に有名な技術である。大きな紙であっても小さく折り畳め、対角を引くことで簡単に展開できる折り方で、これを人工衛星の太陽光パネルに応用するわけだ。
太陽光パネルは人工衛星の電力量を左右する〝心臓〟だから、極端に小さい設計にすることはできない。そのため太陽光パネルを小さく収め、安全に宇宙で展開させることができる技術は重宝された。ミウラ折りはその構造自体もシンプルなため、観光ガイドや電車の路線図といった身近な紙製品に利用されている。
このほか、観測精度の向上にも折り紙工学が役立っている。NASAは現在、太陽系以外で地球に似た惑星を探しているが、そこでネックなのが恒星(自ら輝く星)の光である。調べたい惑星を高い精度で観測しようと思うと、それより数億倍明るい近辺の恒星が邪魔になるからだ。
そこで役立つのがスターシェード、いわば巨大な日傘だ。恒星と宇宙望遠鏡の間で展開し、恒星からの光を遮断することで通常では見えない惑星の姿を浮き彫りにできる。
スターシェードは宇宙空間で直径34m程度に展開する。一方、これを搭載するロケットはそこまで大きくない。
例えばSpaceXのファルコン9ロケットの場合、搭載可能部分の直径は4.6m程度だから、単純計算でも8分の1程度まで小さくする必要がある。そこで折り紙構造を利用し、展開されるパネルをロケットに積載できるサイズに折り畳むのだ。
いつの日か、折り紙のおかげで地球に似た惑星が見つかる日が来るかも?
■折り紙が人命を救う
折り紙に命を救われる。これも冗談ではない。実際にバイオ医工学と折り紙工学の組み合わせに注目が集まっているからだ。
それが最も汎用的に利用されている例がステントグラフトである。血管を補強する円柱形の器具で、疾患により一部が収縮した血管を内側から広げることで、血管損傷などを防ぐ機能を持つ。
小さく折り畳んで血管内を移動させ、そして患部で血管に合わせて円柱状に展開させて血管を補強するのだが、そこに折り紙工学の知見が生きるのだ。
体内は物理的な制約が多いぶん応用の余地も大きく、ほかにも胃の中で自動展開し、患部に直接薬を運搬できる折り紙ロボットなど、折り紙工学の知見を生かしたさまざまな医療器具が開発されている。
「これには『自己折り』と呼ばれる技法が組み込まれています。外部から力をかけることで形状を変えられる構造なのですが、実用性が非常に高い。これが医療分野で活用されているのは注目すべきです」(萩原氏)
続いては、ロボット工学での応用事例を見てみよう。マサチューセッツ工科大学で開発された「マジック・ボール・ソフト・グリッパー」は、今後の常識を覆しうる性能を持つロボットアームだ。
気密性の高いゴム袋の中に折り畳み可能なシリコンゴムの骨組みが構築された釣り鐘状の構造の装置なのだが、イラストを見ていただいたほうが早いだろう。骨組みに施された折り紙構造と、袋内の空気量の調整によって、丸いものから四角いものまでどんな形にも対応できるようになった。
これまでのロボットアームは、つかむパワーを強くすると繊細な動きができず、逆に繊細さを優先すると重いものをつかめないというジレンマを抱えていた。しかし、この機構によってそれが解消された上、なんとアームの重量の120倍の重さまで保持することができるようになったのだ。
■折り紙技術でCO2削減
折り紙工学の守備範囲はまだある。建築に目を向けて、アラブ首長国連邦の首都・アブダビにある「アル・バハール・タワーズ」を見てみよう。
2012年に完成した高さ150mのツインタワーだが、その外装に折り紙式の日よけパネルが設置されている。1棟当たり実に1049枚のパネルが設置されており、これらが日射量などに応じて絶えず開閉する仕組みだ。
これは酷暑や砂を巻き込む強風などの砂漠気候から建物を守るために採用された。日差しが強いときには、パネルが展開することで日射量を50%以上削減できる。電気や空調の利用を抑えられ、CO2排出量をビル全体で40%カットできるという。折り紙技術は地球にも優しいのだ。
そして最後の事例は、再び宇宙へと戻る。舞台は世界中で開発競争が激化している月面だ。今後、月面基地の展開はほぼ確実視されているが、その建設方法に折り紙工学の応用が期待されているのだ。
デンマークのSAGAスペース・アーキテクツが開発する「ルナーク」はちょうちんを広げたような形状の、ユニークな居住スペースだ。
基地の容積は展開時に収縮時の7.5倍にもなり、ふたりで居住が可能。すでにグリーンランド近くの北極圏で実証実験に成功している。折り紙構造の平面部分に太陽光パネルも設置されており、エネルギーの生成も行なうことができるという。
同様の構想は日本国内でも提案されていることも考えると、折り紙工学は今後の宇宙開発を制するキーといってよい。
■次に応用される領域は海底!?
さて、ここまで見てきたように、折り紙の産業応用は海外の事例が多い。こうした現状について、萩原氏はこう言う。
「欧米諸国と日本の大きな違いは、こうした技術の応用が民間スタートだけなのか、軍事スタートかという点です。よく知られているように、宇宙開発は軍事分野と密接に関係しています。そして宇宙開発、ひいては軍事分野は民間企業と比べて予算が潤沢ですから、海外のほうがより産業応用の可能性を探れたのでしょうね」
軍事産業の弱い日本では予算のつき方が大きく違ったわけだ。とはいえ実例も増えてきたことで、日本でも民間発の産業応用が増加してきた。今がまさに日本の折り紙工学の転換期だと萩原氏は言う。
地上と宇宙での展開がよく見られる中で、萩原氏が熱視線を送るのはなんと海底だ。
「これまで見てきたように、折り紙工学のキモは小さく畳んで大きく展開できること。この特性が、今盛んになっている海底での資源開発に役立つのです。というのも、宇宙同様、海底に運搬できるものはサイズも限られますし、何より地上で組み立てたものでは水の抵抗が大きく非効率です。
素材を海底に運び、現地で組み立てるスタイルを採用するならば、折り紙工学との相性は抜群でしょう。開発拠点となる基地をスムーズに築いたり、物資運搬の効率をより向上させられるはずです。
今は各国が海底に気づいていませんが、遠くない将来、世界各国がこちらにも目を向け、宇宙のように開発が過熱するはず。
日本は世界で6番目の排他的経済水域の面積を持つ海洋国家ですから、チャンスは転がっています。折り紙工学の産業応用を進めることでこの分野で大きく成功し、世界をリードする可能性を信じたいですね」
手のひらに収まるちっぽけな折り紙から、宇宙や海底のフロンティアを探る技術が生まれた。そしてその折り紙技術が、日本の将来を救うカギとなるかもしれない。