坂口孝則Takanori SAKAGUCHI
調達・購買コンサルタント。電機メーカー、自動車メーカー勤務を経て、製造業を中心としたコンサルティングを行なう。あらゆる分野で顕在化する「買い負け」という新たな経済問題を現場目線で描いた最新刊『買い負ける日本』(幻冬舎新書)が発売中!
あらゆるメディアから日々、洪水のように流れてくる経済関連ニュース。その背景にはどんな狙い、どんな事情があるのか? 『週刊プレイボーイ』で連載中の「経済ニュースのバックヤード」では、調達・購買コンサルタントの坂口孝則氏が解説。得意のデータ収集・分析をもとに経済の今を解き明かす。今回は「フェイク動画」について。
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2018年のロシア大統領選挙に立候補を試み、反プーチンを掲げて闘ったアレクセイ・ナワリヌイが、北極圏の刑務所内で死亡した。ロシア政府は自然死と発表したが、2020年にも毒殺を試みていたのは有名だ。
ドキュメンタリー映画『ナワリヌイ』(2022年)では、氏がドイツに渡った後、実行犯を探す姿が描かれる。ロシアの高官と偽って電話をかけ、なぜ失敗したかを聞き出すのに成功するのだ(!)。全世界に晒(さら)される実行犯のマヌケっぷり。笑える! その後、ナワリヌイが危険を顧みずロシアに帰国して投獄され、死に至った事実を踏まえると笑うのは不謹慎なのだが。
話を変えるようだが、OpenAIが衝撃的なサービスを発表した。プロンプト(指示文)を入力すれば最長1分の動画を生成できる「Sora」だ。
まだ一般公開はされていないが、検索すれば同社が公開した生成動画を確認できる。スタイリッシュな女性が東京のネオン街を歩く、その動画の素晴らしさは驚愕(きょうがく)するほどだ。猥雑(わいざつ)な新宿あたりの夜の通り。看板の日本語がデタラメなのはご愛嬌(あいきょう)だが、女性の肌はシミやシワも目立ち、いっそうリアル感を増している。
しかも、Soraの凄(すご)さはプロンプトで動画の一部を修正できることや、作成できる動画内容の幅広さだけではない。動画の長さを拡張したり、シーンとシーンをうまくつなげたりすることもできる。たとえばドローンが飛ぶ動画と、蝶が翔ぶ動画を組み合わせ、ドローンを蝶に変形させることもできる。また、動画のサイズも可変的だという。
ただ、公開に向けて法的に問題がないよう検討していると同社は発表しているが、ここまで凄いと悪用への懸念は当然だろう。Sora以外のサービスも登場するはずだし、フェイク、ポルノ、残虐系などが大量発生するかもしれない。
同時に、クリエイティブの強力なツールになるだろう。近い将来、プロンプトで映画を作成できるかもしれない。小学生とプロがショート動画で同じ土俵で戦うことになるだろう。ゲーム制作、企業のPR、プレゼンテーションにも破壊的な影響があるはずだ。また、個人的には企業用eラーニングのコンテンツ制作で使ってみたい。コスト激減だろう。
しかし、これらの点は他者も語っているので、違う観点から論じたい。
藤子・F・不二雄さんの傑作SF短編漫画に『コラージュ・カメラ』がある。新聞社デスクの主人公は政治家の汚職事件「ブラッキード事件」を取材し、関係者の証言も集めていた。しかし密会の現場等、証拠となる決定的な写真は撮影できていない。そこで偶然売り込みを受けた未来のカメラを使って、証言を基に本物そっくりの現場写真を作る。政治家も偽物であると否定できず、主人公は失脚させることに成功する......。
つまり、完全に事実無根のフェイクなら本人も否定できる。しかし事実を基にした再現動画が生成されたらどうか。冒頭で触れた『ナワリヌイ』には実行犯の顔写真が登場するが、その顔写真を使って、あたかも犯行現場を隠し撮りしたかのようなアングルで、ナワリヌイに毒を盛っている動画が生成された場合、そもそも実行犯自身すらそれがフェイクだと気づくかどうか。フェイクには偽物というだけでなく、「模造品」の意味もあるのだから。
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