「頭もなけりゃ、目もなくて、ケツの穴もない。そんなものが私らと同じ動物として生きている。『なんなんだ、この生物は?』という疑問が根底にあります」と語る泉 貴人氏 「頭もなけりゃ、目もなくて、ケツの穴もない。そんなものが私らと同じ動物として生きている。『なんなんだ、この生物は?』という疑問が根底にあります」と語る泉 貴人氏

日本を代表するイソギンチャク研究者のひとりである泉貴人(いずみ・たかと)氏。彼の初めての著書は好奇心を刺激するエッセーであり、生物学を志す人への指南書でもある。東京大学落語研究会仕込みの語りで質問に答えてくれた。

* * *

――この本を書くことになったきっかけを教えてください。

 もうね、声がかかるのを待ってたんですよ。でも、出版社にツテがなかった。昨年10月に読売新聞に私の記事が出たら晶文社から依頼があったんです。この本の企画は自分のキャラクターを生かしたイソギンチャクのエッセーということで、とんとん拍子に話が進んで、半年後に出版となりました。

――本書の文体が落語調で、泉さんが話しているのを聞いているような感覚になります。

 思うがままに研究人生を生きてきた人間なんで、「思うがままに書いたほうがいいのかな」とやってみたら、この文体になりました。落語研究会で立川談志の落語を参考にしていたときのしゃべり方が文章にも染みついちゃってる感じです。

私の話し方は落語調のしゃべりに最適化されてしまっているので、学会発表もギャグを入れてやってます。大学院生の頃は指導教員のおっちゃんに苦々しい顔をされたけど、今では、真面目に話すと逆にみんなから「おまえ、どうしたんだ?」と言われるようになりました。大事なのは中身で、しゃべり方は人それぞれでいいんですね。

――そもそもですが、イソギンチャクのどこが好きですか?

 頭もなけりゃ、目もなくて、ケツの穴もない。傘みたいな形だったり、花みたいだったり。そんなものが私らと同じ動物として生きている。「なんなんだ、この生物は?」という疑問が根底にあります。ただ、分類学者の中には、私と違って自分がいちばん好きな生物を研究対象にしていない人がけっこういるんですよ。

――それはなぜですか?

 殺せないからです。私みたいに「イソギンチャクとクラゲが大好きなんです」って言いながら大好きなやつらを殺せるバケモンは別として、できない人もいるんですよ。分析するにも保管するにも標本は必要なので、殺さにゃならんのです。どうしても殺せない生物は研究対象にしないほうがいいですね。

――イソギンチャクには日本にしかいないものが何種類もいるそうですね。世界のイソギンチャク研究から見て、日本の研究はどのような位置づけですか?

 私のやっている分類学は西洋で始まった学問ですから、西欧列強とその植民地は生物の調査が進んでたんですけど、当時日本は鎖国していたので、全然調査されていなかったんです。なので、まだまだ新種、新属、新科が出てくるブルーオーシャンなんですよ。

それを私がやっていけば、世界の学者も日本のイソギンチャク研究をもっと認めてくれるんじゃないかな。後輩も出てきて、今、研究者は5人くらいになりました。

――研究にはいくつものプロセスがありますが、いちばん面白さを感じるのはどこですか?

 観察ですね。生き物ならいくらでも見てられます。「いろんな生物がいるな」っていうのが自分の原点なんで、その生物独特の形を見てるのがいちばん好きです。昔は形の違いだけで新種だと言えたんですけど、今はDNA分析もしないといけないんで、しょうがねえからそっちもやってるって感じですね。

――研究だけではなく、その成果を大学の広報に交渉して世の中に発表したり、YouTubeで発信したりしていますね。

 本の中では自分がいちばん優秀みたいに書いてますけど、私より優秀な学者は同世代にもいるんですよ。そういう連中に世間的なイメージで勝つには、バンバンに目立つしかない。研究を世間に広めるところまで含めれば自分がいちばんだって言えるくらいの活動をしようと心がけてるんです。

特に私のやっている分類学は新種が見つかればPRしやすい。それに直接的には人の役に立たない分野だから、いつ働き口がなくなってもおかしくないんで、知名度だけでも稼いでおけば多少は食いつなげるかなとも思ってます。

――日本で研究を続ける大変さも書かれていました。何を変える必要があるとお考えですか?

 今の日本のアカデミアは、研究者が「職も金も時間もない」っていう状態なので、全部変える必要があると思ってます。だいたい、すぐに役に立つ研究ばかり重視されるんですよね。

がんに効く薬を開発している研究者は重用されますけど、その成分が仮にイソギンチャクから取れるとしたら、生物を見分ける学者も重用しねえでどうすんだよって話なんですよ。

お上は基礎研究をやる気がないんじゃないですか? それに抗うために、私みたいな研究者がいることをアピールしてる面もあるんですが、お上まで届くかどうかわかんないですね。

――泉さんのように、「好きなことで生きていく」には、どんなことが必要ですか?

 好きなことで生きていくことを目指すと、結果的に好きなことを自転車操業のようにひたすらやらなきゃいけないときが来るんです。博士号を取ったり、研究の業績を出したりするときは、死に物狂いで好きなことをやらなきゃなりません。嫌いになったら終わり。

なので、非常に難しいけど、嫌いにならないようにモチベーションを保ち続けることが大切なんですよね。

――嫌いにならないためには、どうすればいいのでしょうか。

 私は研究の周囲に大量の趣味を付随させてるんですよ。息抜きができれば続くんじゃないかと思ってます。仕事で水族館に行くときも、鉄道で旅したり、うまいもん食ったりするし、YouTubeや講演会でしゃべることも趣味の領域です。

あと、好きなことで生きていくためには、正直、運は避けて通れないです。私はたまたま親が食えない研究分野に飛び込ませてくれた。それが許されない環境だったら無理だったかなと。

あと、周囲から「早く結婚しろ」と言われないのも幸いですね。趣味と研究に全部を注げています。運を逃さないようにしつつ、好きなことを好きなままやり続けることですかね。

――この本を機に、夏休みにイソギンチャクブームが起きるのでは?

 そうですね。それが水族館あたりに波及すれば、お世話になっている水族館業界へのひとつの恩返しになるかなと思います。

■泉 貴人(いずみ・たかと)
1991年生まれ、千葉県船橋市出身。福山大学生命工学部・海洋生物科学科講師、海洋系統分類学研究室主宰。東京大学理学部生物学科在学中に新種のテンプライソギンチャクを命名したことをきっかけに分類学の道へ。2020年、同大大学院理学系研究科博士課程修了。日本学術振興会・特別研究員(琉球大学)を経て2022年より現職。イソギンチャクの新種発見数は日本一。Dr.クラゲさんとしてもYouTube『水族館マスター・クラゲさんラボ』で発信中

■『なぜテンプライソギンチャクなのか?』
晶文社 1870円(税込)
エビのテンプラによく似たイソギンチャクが新種であることを特定し、「テンプライソギンチャク」と命名した著者が、こだわりの強かった子供時代から、イソギンチャクとクラゲを専門とする分類学者になるまでをつづったエッセー。知られざるイソギンチャクの魅惑的な世界、研究者の仕事と生態、生物学者を志す人への指南まで。カラー図版も充実。落語調の文体でギャグたっぷりのサービス精神あふれる一冊

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