月着陸船「RESILIENCE」とispace代表取締役CEO&Founderの袴田武史氏 月着陸船「RESILIENCE」とispace代表取締役CEO&Founderの袴田武史氏
今年9月12日、筑波宇宙センターの無塵室で、日本の宇宙ベンチャー・ispace(アイスペース)が、打ち上げに向けて佳境を迎えている月着陸船「RESILIENCE(レジリエンス)」を公開! 

■「最速で今年12月の打ち上げを目指す!」

日本の宇宙ベンチャー企業・ispaceが民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」ミッション2の打ち上げ予定時期や着陸予定地を発表。すでに最終チェックの段階に入っている月着陸船(ランダー)と、同社の欧州法人が開発した小型の月面探査車(ローバー)をJAXA(宇宙航空研究開発機構)の筑波宇宙センターで公開した。

ランダーのサイズは着陸脚を伸ばした状態で高さ約2.3m、幅が約2.6m。左の着陸脚は折りたたまれた状態で、実際には打ち上げロケットの上段から切り離された段階で右のように展開する仕組み。打ち上げ時の重量は約1tだが、その約7割を燃料が占める ランダーのサイズは着陸脚を伸ばした状態で高さ約2.3m、幅が約2.6m。左の着陸脚は折りたたまれた状態で、実際には打ち上げロケットの上段から切り離された段階で右のように展開する仕組み。打ち上げ時の重量は約1tだが、その約7割を燃料が占める
民間企業として世界初の月面着陸を目指した2年前のミッション1では、月面への着陸直前まで順調に進みながら、最終段階で高度の誤認識で惜しくも失敗。

その悔しさを胸に「RESILIENCE」(「再起」「復活」の意)と名づけられた今回の月着陸船は、最速で今年12月に打ち上げ後、4~5ヵ月をかけて再び月面への着陸を目指す。

TENACIOUS(「粘り強さ」の意)と名づけられた小型のローバーはルクセンブルクにあるispaceの欧州法人で開発・組み立てが行なわれ、ランダー上部に搭載。着陸後はアームが45度の角度で展開後に伸展し、ローバーを月面へと着地させる TENACIOUS(「粘り強さ」の意)と名づけられた小型のローバーはルクセンブルクにあるispaceの欧州法人で開発・組み立てが行なわれ、ランダー上部に搭載。着陸後はアームが45度の角度で展開後に伸展し、ローバーを月面へと着地させる ランダーの上部に設置された通信アンテナは、月面に降ろされたローバー(月面探査車)とランダーを無線通信で結ぶ ランダーの上部に設置された通信アンテナは、月面に降ろされたローバー(月面探査車)とランダーを無線通信で結ぶ ランダー側面にある白いパーツは通信用の予備アンテナ。上部のアンテナでの通信が何かの要因でうまくいかない場合に使用する ランダー側面にある白いパーツは通信用の予備アンテナ。上部のアンテナでの通信が何かの要因でうまくいかない場合に使用する
「前回のミッション1ではランダーの組み立てと試験をドイツにある施設で行ないましたが、今回のミッション2ではJAXA筑波宇宙センター内の施設をご提供いただき、国内で最終組み立てを行なうことができました。

今年5月からはJAXAの環境試験施設で宇宙の過酷な環境を想定した熱真空試験や振動試験を実施し、最終段階チェックも順調に進んでいます」と、ispaceの袴田武史CEOは語った。

RESILIENCEの上部には、同社の欧州法人が独自に開発した小型月面探査車、「TENACIOUS(テネシアス)」が搭載されており、装着されたスコップでレゴリス(月面の砂)を採取する。

ランダーの上面には中央部の4Kカラーカメラやセンサー類など月面着陸後のミッションで使用される科学観測機器などを配置。今回のミッション2では月面で酸素と水素を生成する水電解装置や将来の食用を目指した藻類の培養などの実験ユニットが搭載されている ランダーの上面には中央部の4Kカラーカメラやセンサー類など月面着陸後のミッションで使用される科学観測機器などを配置。今回のミッション2では月面で酸素と水素を生成する水電解装置や将来の食用を目指した藻類の培養などの実験ユニットが搭載されている
採取したレゴリスの所有権はNASAに譲渡する契約で、将来的な月資源の採掘に向けた一歩となることが期待されるほか、月面で酸素と水素を作り出す高砂熱学の「月面用水電解装置」や、ユーグレナの「自己完結モジュール(藻類栽培装置)」など、ispaceの"顧客"の貨物が搭載され、約2週間に及ぶ月面ミッションを通じて得られた実験データなどを地球に送信することになっているという。

ispaceの技術部門を統括する氏家亮CTOに具体的な航行について聞いた。

「ミッション2の着陸地点は『氷の海』と呼ばれる、クレーターのような起伏の激しい地形がない、平坦(へいたん)な場所を慎重に選びました。

前回、着陸の最終段階で月面のクレーターの縁を通過した際、システムが高度を誤認識した失敗を教訓に、各パラメータの変更と飛行経路の詳細なシミュレーションを重ね成功を目指します」

月という「重力のある天体」では着陸時の衝撃をいかに吸収するかが重要なポイント。4本の着陸脚には、ダンパー状に見える3軸の衝撃吸収機構が設けられ、内部のハニカムコア(蜂の巣型構造)が潰れて変形することで、着陸時のエネルギーを吸収する仕組みだ 月という「重力のある天体」では着陸時の衝撃をいかに吸収するかが重要なポイント。4本の着陸脚には、ダンパー状に見える3軸の衝撃吸収機構が設けられ、内部のハニカムコア(蜂の巣型構造)が潰れて変形することで、着陸時のエネルギーを吸収する仕組みだ
今後、すべてが順調に進めば、打ち上げの1~1ヵ月半前には米フロリダ州ケープカナベラルの宇宙センターに輸送され、米スペースXの大型ロケット「ファルコン9」で打ち上げられる予定だ。

燃料を節約する「低エネルギー遷移軌道」を利用するため、月に到達するのは打ち上げから4~5ヵ月後の来年春頃になりそうだという。

そんな、もうすぐ月面に行く予定のRESILIENCEがその名のとおり、見事リベンジを果たし、日本の民間宇宙ビジネスに歴史的な一歩を刻むことを期待したい!

●袴田武史 Takeshi HAKAMADA  
ispace代表取締役CEO&Founder。1979年生まれ、東京都出身。名古屋大学工学部を卒業後、米ジョージア工科大学で修士号(航空宇宙工学)を取得。外資系経営コンサルティングファーム勤務を経て、2010年に民間月面探査レースに参加した際に日本チーム「HAKUTO」を率いる。民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を主導しながら、月面輸送を主とした民間宇宙ビジネスを推進中

ランダー側面に貼りつけられた太陽電池パネル。月面にどのような向きで着陸しても、予定されたミッションに必要な電力が確保できる設計だという。左写真のパネルが多いのは、月までの航行時にこの面を太陽に向けて電力を確保するため。ちなみにRESILIENCEランダーの主構造にはCFRPと呼ばれるカーボンファイバー複合素材のモノコック構造を採用することで大幅な軽量化を実現した ランダー側面に貼りつけられた太陽電池パネル。月面にどのような向きで着陸しても、予定されたミッションに必要な電力が確保できる設計だという。左写真のパネルが多いのは、月までの航行時にこの面を太陽に向けて電力を確保するため。ちなみにRESILIENCEランダーの主構造にはCFRPと呼ばれるカーボンファイバー複合素材のモノコック構造を採用することで大幅な軽量化を実現した 繊細な扱いが欠かせないランダーを輸送する際は太陽電池パネルにカバーが設けられる(ハンドルがついている部分)。ミッション2ではJAXA筑波宇宙センターのクリーンルーム内で組み立てと環境試験が行なわれ、ここで高気密コンテナに収められた後、打ち上げを行なう米フロリダへと輸送される予定 繊細な扱いが欠かせないランダーを輸送する際は太陽電池パネルにカバーが設けられる(ハンドルがついている部分)。ミッション2ではJAXA筑波宇宙センターのクリーンルーム内で組み立てと環境試験が行なわれ、ここで高気密コンテナに収められた後、打ち上げを行なう米フロリダへと輸送される予定 ランダー底部にあるロケットエンジンのスラスター(推進機)。中央に出力400ニュートンのメインスラスターが1基(赤いカバーがついている部分)、周囲に出力200ニュートンのスラスターが6基あり、月への航行や姿勢制御、そして燃料の約半分を消費する着陸に使われる ランダー底部にあるロケットエンジンのスラスター(推進機)。中央に出力400ニュートンのメインスラスターが1基(赤いカバーがついている部分)、周囲に出力200ニュートンのスラスターが6基あり、月への航行や姿勢制御、そして燃料の約半分を消費する着陸に使われる

川喜田 研

川喜田 研かわきた・けん

ジャーナリスト/ライター。1965年生まれ、神奈川県横浜市出身。自動車レース専門誌の編集者を経て、モータースポーツ・ジャーナリストとして活動の後、2012年からフリーの雑誌記者に転身。雑誌『週刊プレイボーイ』などを中心に国際政治、社会、経済、サイエンスから医療まで、幅広いテーマで取材・執筆活動を続け、新書の企画・構成なども手掛ける。著書に『さらば、ホンダF1 最強軍団はなぜ自壊したのか?』(2009年、集英社)がある。

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