クルマ選びの宿命に革命を起こせないか......。それが着せ替えグルマ誕生につながった クルマ選びの宿命に革命を起こせないか......。それが着せ替えグルマ誕生につながった

新連載【迷車のツボ】第2回 日産エクサ

世界で初めてのガソリン自動車が生まれてすでに140年以上。その長い自動車史のなかには、ほんの一瞬だけ現れては、瞬く間に消えていった悲運のクルマも多い。

自動車ジャーナリスト・佐野弘宗(さの・ひろむね)氏の新連載「迷車のツボ」では、そんな一部のモノ好き(?)だけが知る、愛すべき"珍車・迷車"たちをご紹介したい。

* * *

■着せ替えができるクルマ

今回取り上げるのは「日産エクサ」だ。エクサという名前が日産で初めて使われたのは、1982年に発売された2代目パルサーの2ドアクーペ版(パルサーエクサ)だった。

今回のエクサはその後継機種で、パルサーが1986年にフルモデルチェンジしたときに、エクサはパルサーから独立した車種となった。

ただ、メカニズム的にはパルサーの2ドア版であることに変わりはなく、実際、このクルマ最大の市場である北米では先代同様に「パルサーNX」と呼ばれた。 このクルマ最大の市場である北米では先代同様に「パルサーNX」と呼ばれた このクルマ最大の市場である北米では先代同様に「パルサーNX」と呼ばれた

この2代目エクサ/パルサーNX最大の特徴は、なんと"着せ替え"ができることだった。

写真からもわかるように、クルマ本体は屋根の部分がパネル脱着式の"Tバールーフ"になっているほか、ボディ後半の上面もガラスごと取り外せる構造になっていた。 クルマ本体は屋根の部分がパネル脱着式の クルマ本体は屋根の部分がパネル脱着式の

ボディ後半パネルには、比較的オーソドックスな"クーペ"スタイルのほか、後ろをスパッと切り落とした箱のような"キャノピー"も用意。キャノピーにすると、トランクが大幅に拡大されたステーションワゴン的な姿に変身したのだった。

■クルマ選びの宿命に革命を

クルマ選びに悩むのは、クルマに乗る目的はそのときどきで変わるのに、基本的に1台ですべてをこなさなければならないからだ。ガレージに何台もならべられる身分なら苦労はないが、私を含む一般庶民はそうじゃない。

ひとりで走るなら2ドアのスポーツカーが最高の気分だが、家族や仲間が同乗する必要があれば、最低でも4ドアじゃないと許してもらえない(?)だろう。小さな子供がいれば、やはりスライドドアのミニバンが最強。

荷物がかさばるレジャーに使うには荷室の大きいステーションワゴンが便利だし、そのときにちょっとした雪道や不整路面に出くわす可能性があるなら、車高の高いSUVが安心だ。

そんな風にあらゆる用途を1台で満たそうとすると、最近ハヤリのクロスオーバーSUVに行き着く(?)。ただ、そういう最大公約数的なクルマはひとつひとつを突き詰めると"どの機能も中途半端"になりかねない......という悩みはクルマの本質であり、今にはじまったことではない。

そんなクルマ選びの宿命に革命を起こせないか......と、当時の日産エンジニアが考えた結果が、この着せ替え可能なエクサだったようだ。実際のエクサは脱着式ルーフとボディ後半の着せ替えパネルを組み合わることで、都合5種類のボディ形態に変身することができた。 ボディ後半をキャノピーにした ボディ後半をキャノピーにした

●後半をクーペスタイルとした普通の"2ドアクーペ" 
●そしてそこからルーフパネルを外した"タルガトップクーペ" 
●後半をキャノピーにした"ステーションワゴン" 
●そこからルーフを外した"タルガトップワゴン" 
●そしてルーフも後半パネルもすべて取り去った解放感バツグンの"フルオープン" 
といった具合である。

■クルマ選びの革命は、あえなく弾圧!

ただ、日本で販売されるエクサには、このクルマの根幹を揺るがす大問題が発生した。エクサ最大にしてほぼ唯一(?)の売りである着せ替えが、当時の国内法規で認められなかったのだ。というわけで日本では「メーカーがあらかじめ着せ替えたバリエーションを注文する」という販売形態をとらざるをえなかった。

回りくどい表現をしてしまったが、つまりはクーペかキャノピーのどちらか選んで購入するしかなくなった。ということは、セダンやクーペ、ワゴンなど複数のバリエーションを用意する普通のクルマと実質的にはまったく同じになってしまった。

エンジンは1.6L 直列4気筒 DOHC 16バルブ。着せ替え可能なボディが注目されがちだが、走りを評価する声も多い エンジンは1.6L 直列4気筒 DOHC 16バルブ。着せ替え可能なボディが注目されがちだが、走りを評価する声も多い

このクルマの現役当時は高校生~大学生だった私が街中で見かけた実感としては、より無難なスタイリングといえるクーペのほうが人気だったように記憶している。

というか、エクサはそもそも日産の手ごろ価格のクルマとしては見かける頻度は明らかに低かった=人気がなかった。

そりゃあ、着せ替えという最大最強の必殺技を封じられた日本のエクサは"飛べない鳥"のようなもの(笑)。着せ替えできないなら、そのデザインもチグハグというほかなかった。
着せ替えという最大最強の必殺技を封じられた日本のエクサ 着せ替えという最大最強の必殺技を封じられた日本のエクサ

もっとも、コンセプトどおりの着せ替えグルマとして売り出したアメリカでも、このクルマはヒット作とはいえなかった。

しょせん2ドアのままでは着せ替えても大きな変身ができなかったし、ボディ後半がまるごとガバッと開く構造では、荷室の使い勝手も良好とはいえなかった。

というわけで、1990年にベース車両のパルサーのフルモデルチェンジとともに、この着せ替えコンセプトは完全消滅。その次のモデルは普通の2ドアクーペ(NXクーペ)に回帰してしまった......。

そんな日産エクサは、結果的には珍車・迷車というほかないが、そこに込められたつくり手の情熱はとことん熱い。迷車と名車は、ほんのちょっとツボがずれただけの紙一重なものなのだ。

【日産エクサ スペック】 
日産エクサLAバージョン・キャノピータイプB 
全長×全幅×全高:4230×1680×1295mm 
ホイールベース:2430mm 
車両重量:1070~1100kg 
エンジン:水冷直列4気筒DOHC・1598cc 
最高出力:120ps/6400rpm 
最大トルク:14.0kg-m/5200rpm 
変速機:5MT/4AT 
乗車定員:5人 
車両本体価格(1986年当時)192万9000円 

●佐野弘宗(さの・ひろむね) 
自動車ライター。自動車専門誌の編集者を務めた後、独立。国内外の自動車エンジニアや商品企画担当者、メーカー役員へのインタビュー経験の豊富さには定評があり、クルマそのものだけでなく、それをつくる人間にも焦点を当てるのがモットー。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

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