スバルが1992年に発売した初代インプレッサのステーションワゴンモデルをベースに、今でいうSUV風の仕立てを施した派生商品「インプレッサスポーツワゴン グラベルEX」スバルが1992年に発売した初代インプレッサのステーションワゴンモデルをベースに、今でいうSUV風の仕立てを施した派生商品「インプレッサスポーツワゴン グラベルEX」

連載【迷車のツボ】第4回 スバル・インプレッサスポーツワゴン グラベルEX

世界で初めてのガソリン自動車が生まれてすでに140年以上。その長い自動車史のなかには、ほんの一瞬だけ現れては、短い間で消えていった悲運のクルマも多い。

自動車ジャーナリスト・佐野弘宗(さの・ひろむね)氏の連載「迷車のツボ」では、そんな一部のモノ好き(?)だけが知る、愛すべき"珍車・迷車"たちをご紹介したい。

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■成り立ちはクロスオーバーSUVそのもの

というわけで、今回取り上げるのは1995年10月に発売された「スバル・インプレッサスポーツワゴン」の「グラベルEX(エックス)」だ。

その車名や見た目から想像されるとおり、スバルが1992年に発売した初代インプレッサのステーションワゴンモデルをベースに、今でいうSUV風の仕立てを施した派生商品である。

グラベルEXは正直なところ、商業的に成功とはいえなかった。発売翌年の1996年秋に行なわれたインプレッサのマイナーチェンジを機に、1年ほどで生産終了。当時のインプレッサシリーズの国内販売が年間4万台以上あったなかで、グラベルEXの総販売台数はわずか1313台だったといわれる。

グラベルEXはベース車のインプレッサスポーツワゴンの車高を30mmほど引き上げて、当時の本格オフローダーのお約束でもあるフロントガードバーと背面スペアタイヤをトッピング。こうしてオフロードでアウトドアな雰囲気を醸し出したクルマだった。

......と、言葉で説明すると、その成り立ちは、今をときめくクロスオーバーSUVそのものだ。グラベルEXのようにステーションワゴンにSUV風味を振りかける手法は、ほぼ同時期に、同じスバルのレガシィツーリングワゴンにも取り入れられている。

あっという間に姿を消したグラベルEXとは違って、こっちはいまや「レガシィアウトバック」として押しも押されもせぬ定番商品にして、国内ではスバルのフラッグシップとして君臨している。

■ブームに乗れなかったスバルの苦肉の策?

それに、グラベルEXから約5年後の2010年には、あらためてインプレッサ(のハッチバック)をベースにSUVに仕立てた「XV」が登場。今度は大成功して、そこから数えて4代目となる新型では「クロストレック」と名を変えて、今ではスバル最大の稼ぎ頭だ。

こう考えると、グラベルEXは"早すぎた?"といえなくもないが、同時期に出たレガシィアウトバック(当時の日本名はレガシィグランドワゴン)は成功しているし......。

同時期に出た初代レガシィグランドワゴンは成功したが......同時期に出た初代レガシィグランドワゴンは成功したが......

グラベルEXが発売された1995年当時の時代背景を振り返ってみると、1980年代後半からの"クロカンブーム"の余韻がまだあった。クロカンとはクロスカントリービークルの略語で、今でいうSUV=スポーツユーティリティビークルのことだ。

ただ、当時のブームの中心だったクロカンは、三菱パジェロを筆頭に、トヨタのランドクルーザーにハイラックスサーフ、日産のサファリにテラノ、スズキのジムニーにエスクード、さらには(当時は乗用車もつくっていた)いすゞのビッグホーンにミュー/ウィザードなどなど、トラック的な独立フレームを持つ本格的なオフローダーだった。

なので、トラックといえば軽トラしか持っていなかったスバルやホンダにはクロカンと呼べるクルマはなく、ハッキリいって"蚊帳の外"だったのだ。

しかし、クロカンブームが一段落した1994年5月にトヨタの初代RAV4が、1995年10月にはホンダから待望の初代CR-Vが登場して、今に通じるコンパクトSUVが台頭する。ちなみに、そんな時代の動きはさすがのスバルも読んでいて、1997年2月には、ついに初のSUV専用設計の初代フォレスターを出す。

いずれにしても、クロカンブームの残り香がまだまだ色濃かった1995年当時のグラベルEXは、日本国内では"ブームに乗れなかったスバルの苦肉の策?"と見られてしまったのもしかたない。

■走りだけは激アツ

それに、ガードバーや背面スペアタイヤといったデザインセンスも、発売当時からすでに古臭かったのも否めない。先述のアウトバック/グランドワゴンが発売時期はほぼ同じだったのに、大径タイヤやそれを強調する別色ホイールアーチ......といった現代に通じるクロスオーバーSUVのツボをしっかり押さえていたのとは対照的だった。

そうした商品づくりのツボのわずかなズレが、グラベルEXとアウトバックの明暗をまっぷたつ(!)に分けたということか。

舗装路での走りはWRXとほとんど遜色なく、ダートや砂利道では、余裕ある車高のおかげでまさにラリーカーみたいに走った舗装路での走りはWRXとほとんど遜色なく、ダートや砂利道では、余裕ある車高のおかげでまさにラリーカーみたいに走った

ただ、グラベルEXは走りが鮮烈だった。ベースとなったのも220psのハイパワーターボエンジンを積む「WRX」だったし、車名のグラベルとは、当時のインプレッサが大活躍していたラリーで"非舗装路"を意味する専門用語である。

そんなグラベルEXは車高こそ少しだけ上がっていたが、逆にいうと、WRXとのメカ的な違いはそれだけ。タイヤもWRXと同じ高性能スポーツタイヤそのままで、舗装路での走りはWRXとほとんど遜色なく、ダートや砂利道では、余裕ある車高のおかげでまさにラリーカーみたいに走ったのだ!

ときに、デザインはちょっとズレちゃう(失礼!)ことがあっても、走りだけは激アツ......というところは、やっぱりスバルとしかいえなかった。

そんなインプレッサスポーツワゴン・グラベルEXは、結果的には迷車というほかないが、そこに込められたつくり手の情熱はとことん熱い。迷車と名車は、ほんのちょっとツボがずれただけの紙一重だ。

【スペック】 
スバル・インプレッサスポーツワゴン グラベルEX 1995年 
全長×全幅×全高:4595×1690×1470mm 
ホイールベース:2520mm 
車両重量:1310/1340kg 
エンジン:水冷水平対向4気筒DOHCターボ・1994cc 
変速機:5MT/4AT 
最高出力:220ps/6400rpm 
最大トルク:13.5kg-m/5200rpm 
乗車定員:5人 
車両本体価格(1995年発売時)234万9000円/247万2000円 

●佐野弘宗(さの・ひろむね) 
自動車ライター。自動車専門誌の編集者を務めた後、独立。国内外の自動車エンジニアや商品企画担当者、メーカー役員へのインタビュー経験の豊富さには定評があり、クルマそのものだけでなく、それをつくる人間にも焦点を当てるのがモットー。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員

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