14年ぶりの交代で経営トップに立ったのはクルマ好きの技術屋・佐藤恒治新社長! 世界最大の自動車メーカーはこれから脱炭素にどう立ち向かうのか? 14年ぶりの交代で経営トップに立ったのはクルマ好きの技術屋・佐藤恒治新社長! 世界最大の自動車メーカーはこれから脱炭素にどう立ち向かうのか?

4月1日付でトヨタ自動車の新社長に就いた佐藤恒治(こうじ)氏。自動車業界の巨人を率いる新社長はどんな人物か? そして、どんなかじ取りをする? 長年、佐藤氏を取材してきた自動車研究家の山本シンヤ氏が秘話を大放出! 直撃インタビューも行なった。

■53歳の新社長の知られざる"素顔"

4月1日、トヨタ自動車の社長が交代した。新社長は佐藤恒治氏。言うまでもなく、トヨタは世界最大の自動車メーカーだ。従業員数は37万人以上、自動車の販売台数は3年連続世界トップを誇る。ちなみに昨年のトヨタグループ全体での販売台数は1048万台だ。

佐藤氏に社長のバトンを渡したのは、そんなトヨタで14年間にわたり指揮を執った創業家出身の豊田章男氏(現トヨタ会長)。

社長の打診は昨年12月、タイのブリラムで開催された25時間耐久レースの現場だった。実は私はここで豊田氏にインタビューを行なっている(『週プレNEWS』にて2022年12月27日に配信)。まさかあの場で佐藤氏とそんなやりとりを交わしているとは夢にも思わなかった。ちなみに佐藤氏はそのときの様子をこう述懐する。

「レース中に呼ばれたので行くと、『ちょっとお願い聞いてくれない? 社長やってくれない?』と言われました。最初は冗談だと思ったので、どうリアクションしていいのかわかりませんでした」

そして今年1月26日、トヨタは社長交代を電撃発表する。徹底した情報管理もあり、トヨタの社員の多くが「寝耳に水」という状態であった。私はすぐさま佐藤氏に連絡を入れた。

「一番驚いたのは、たぶん私です(笑)。大役すぎてクラクラしています。豊田社長のマネはできませんが、自分らしくクルマに向き合いながら頑張りたい」

1月26日、この写真と共に社長交代を電撃発表。左から豊田章男会長、佐藤恒治社長、内山田竹志代表取締役兼エグゼクティブフェロー 1月26日、この写真と共に社長交代を電撃発表。左から豊田章男会長、佐藤恒治社長、内山田竹志代表取締役兼エグゼクティブフェロー

トヨタの新経営チーム。左から新郷和晃執行役員、宮崎洋一副社長、佐藤社長、中嶋裕樹副社長、サイモン・ハンフリーズ執行役員 トヨタの新経営チーム。左から新郷和晃執行役員、宮崎洋一副社長、佐藤社長、中嶋裕樹副社長、サイモン・ハンフリーズ執行役員

佐藤氏は現在53歳。くしくも豊田氏が社長に就任したときと同じ年齢だ。佐藤氏はご覧のようにスマートな見た目である。たぶんクールな印象を受けると思う。だが、彼を長く取材をしてきた人間からすると、その印象は異なる。

佐藤氏がトヨタに入社したのは1992年。シャシー設計を経て製品開発におけるコンセプトプランナーなどを担当し、2017年に登場したレクサスLCのチーフエンジニアとして辣腕(らつわん)を振るう。

だがこれは、「純粋なコンセプトカーの量産化」という途方もないプロジェクトだった。佐藤氏は頭を抱えた。当時のトヨタ/レクサスの技術とリソースではどう考えても市販化は無理だったからだ。当時の社長である豊田氏に言葉を飾らず、ありのままを伝えた。

「今できないのはわかっている。それをできるようにするためにはどうすればいいのか? (すべてを)変えるしかないでしょ」 

そう返され、佐藤氏はプラットフォームを含む主要構成部品を新規開発する。そして、見事市販化にこぎつけた。

佐藤社長が開発責任者を務めたレクサスLC。2017年にデビューしたレクサスのフラグシップ2ドアモデルだ 佐藤社長が開発責任者を務めたレクサスLC。2017年にデビューしたレクサスのフラグシップ2ドアモデルだ

そんな佐藤氏の人となりに触れたのは21年5月。富士スピードウェイ(静岡県小山町)で開催されたスーパー耐久24時間レースの現場だった。そもそもトヨタの水素エンジンは佐藤氏が豊田氏に提案したものである。その水素エンジンを搭載したカローラスポーツが24時間耐久レースに初参戦した。

24時間耐久レースというのは、真夜中になると取材陣はホテルに戻り休む。だが、夜になってもキーマンである佐藤氏はピットから動かない。取材陣は私を含むふたりだけ。

そんな真夜中に水素エンジンカローラにトラブルが発生した。このとき、ピットには張り詰めた空気が流れたものの、チーム総出での修復によりマシンは4時間後にコースへと復帰した。それを見届けた佐藤氏はわれわれに向き合い、凜(りん)とした声で言った。

「寝ずに取材を続けていたのですから、あなたたちには聞く権利がありますね」

自らが開発の指揮を執る水素エンジンのトラブル。しかも初陣である。正直、言葉を濁してもいい場面だが、彼は包み隠さず説明をした。見た目はクールだが、情があり、しっかり筋を通す男なのだ。

水素エンジンを搭載したカローラスポーツ。トヨタは苛酷なモータースポーツに参戦し、新技術の課題をあぶり出す 水素エンジンを搭載したカローラスポーツ。トヨタは苛酷なモータースポーツに参戦し、新技術の課題をあぶり出す

また、こんな出来事もあった。鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で行なわれたレースの取材後、近くのサービスエリアに立ち寄ると派手なレクサスLCが止まっていた。結論から言うと、このLCは佐藤氏の愛車なのだが、足回りが変更されていた。

自分が開発したクルマはノーマルで乗るのが一番。そう考えるのがエンジニアという人種なのだが、佐藤氏は笑顔でこんな言葉を口にした。

「いやぁ、ホイール替えたら足回りが軽くなりましたよ」

20年1月にレクサス、同年9月にGR(ガズーレーシングカンパニー)のプレジデントになった佐藤氏。「クルマ好き」を自任する彼だが、ラリー/レースのイベントなどでは決してハンドルを握らない。社長になった現在も、ひたすら地域とのコミュニケーションに奔走している。

「ラリーやレースは地域との共生です。そして、そこをつなげるのが僕の役目です」

物腰は柔らかい。だが、確固たる芯を持つ。そんな佐藤社長にトヨタの戦略を聞いた。

■開発中のOSアリーンとは?

――4月7日、佐藤恒治社長、中嶋裕樹副社長、宮崎洋一副社長の新経営陣による新体制方針説明会が開催され、26年までにEV(電気自動車)を新たに10モデル投入し、世界販売を150万台にすると発表しました。ただ、21年12月にトヨタは、30年までにEVを350万台に伸ばす計画をすでに公表しています。

佐藤 その中間点として、今回、26年に150万台という数字を示しました。

――あえてEVの中間発表を行なった背景には何が?

佐藤 世の中の動きが速く、われわれの見通しよりもEVに対する需要が上回っているのは確かです。しっかりキャッチアップし、より柔軟に迅速に対応しようという考えです。加えて、これまでEVに対する情報提供やコミュニケーションが浅かったのは改善すべき点なので、より具体的な発信をしたわけです。

――世間ではトヨタのEV戦略が関心事です。

佐藤 脱炭素社会の実現は、ワンソリューションで解決できる問題ではないと強く思っています。ですから、今回の発表で、「新社長がEVに急速なかじ切り!」というような報道が出ていましたが、そんなことは一切ありません。トヨタは公表した数字を目標にし、着実に実現していくだけです。

――今後もEV以外に、HEV(ハイブリッド)、PHEV(プラグインハイブリッド)、FCEV(水素燃料自動車)などを含めた、いわゆる「全方位」で脱炭素戦略を進める?

佐藤 トヨタは国や地域のニーズに応じた最適なパワートレインを提供する「マルチパスウェイ(複数の道筋)戦略」を採っています。何より一番大切なのは、「CO2を減らすこと」ですから。

――ちなみにトヨタは19年に00年比でCO2を30%減らしています。その要因はHEVのコストを下げ、普及させたのが大きい。今後もトヨタは収益性とCO2の低減を両立させる考えですか?

佐藤 国や地域の特徴、経済への影響、また使用環境などの現実を無視して脱炭素は進みません。それにトヨタはグローバル企業ですし、EVだけ造れば世界中がハッピーになるかといえばそうではない。

もちろん、米国や中国の市場も注視していきますが、全方位戦略を持って臨まないとグローバルカンパニーとしては生き残れません。

愛車はレクサスLC、A80スープラ、AE86レビン。学生時代はガソリンスタンドなどでバイトしながら、愛車をカスタマイズしていたという 愛車はレクサスLC、A80スープラ、AE86レビン。学生時代はガソリンスタンドなどでバイトしながら、愛車をカスタマイズしていたという

――トヨタは26年までにEVを新たに10モデル投入するということですが、付加価値をどう高めていきますか?

佐藤 今のEVは航続距離、加速性能、バッテリーのキャパシティで語られる部分が多いのも事実ですが、その先を見ていくとそれだけではダメです。何が必要かといえば、EVに適した構造にクルマを変える必要があるわけです。

――具体的に言うと?

佐藤 やらなきゃいけないのは、クルマに電流をどれだけ速く大量に入れ、どれだけ速く抜けるかという技術開発です。いわゆる電子プラットフォームがクルマの構造を変える。

それにより、詳細は控えますが、オープンプラットフォームにいろいろなものがつながるようになる。そこで重要な役目を果たすのが、現在開発中の次世代車載OS(基本ソフトウエア)の『アリーン』です。

――アリーンはパソコンやスマホのOSと同様、ハードの違いを問わずにソフト基盤を共有化するもの?

佐藤 ADAS(先進運転支援システム)、車両の走行系制御、マルチエンターテインメントの領域の3つのドメインが、アリーンにより相互連携しながら動いていく。

それがネット経由でソフトウエアを更新するOTA(オーバー・ジ・エア)でアップデートされます。外部のアプリが使えるようになり、サービスが成長すれば、サードパーティの価値を取り込める可能性もあります。

■次のフェーズに入ったレクサスとGR

――ところで、トヨタ自動車にはトヨタ、レクサス、GRという3つのブランドがあります。トヨタは言うまでもなく幅広い層に訴求するブランドですが、気になるのはレクサスやGRの今後です。

佐藤 私は社長就任前、レクサスとGRのプレジデントを兼務していました。このふたつのブランドはトヨタの中でも嗜好(しこう)性が強い。レクサスでは本物のクルマに触れる喜びを感じてほしい。

一方、GRはファン・トゥ・ドライブの領域をこよなく愛するお客さまにしっかり寄り添い、価値を提供する。みんなに愛されるというよりは、これから両ブランドはより嗜好性を強めていきます。

――もう少し言うと?

佐藤 シンヤさんには、これまで「GRに対してレクサスは改革が遅い!」「目的がハッキリしない!」と言われ続けましたが、私がレクサスのプレジデントを務めていたときに行なっていたのは、ブランドの体幹を鍛えるといいますか、基礎体力づくりでした。

とにかくいいクルマを造るための、当たり前を徹底的にやる。それをレクサスのメンバーに叩き込んだ。つまり、表舞台には出ず、私は裏庭でまきを割るようなことをずっと行なっていたわけです。

――なるほど。それは失礼いたしました(汗)。

佐藤 今のレクサスには基礎体力があります。これからはフレーバーを乗せる段階です。料理でいうならしっかりだしが取れた状態で、いよいよ調味料を入れ、味つけをしていく。ここから先は渡辺剛プレジデントが「レクサスらしさとは何か?」をもっともっと追求するでしょう。

――GRはどうです?

佐藤 モリゾウさん(豊田章男氏)が思いを表現しながら、キャンバスに楽しい絵を描き、ファンと一緒にクルマの持つ価値を盛り上げていきます。レクサスもGRも次のフェーズに入ったと思っていただいてけっこうです。

■経営チームが掲げる"継承と進化"

豊田氏は社長だった14年間でトヨタを大改革した。社長就任時、トヨタは責任を負うことを恐れ、誰も動かない企業に成り下がっていた。リスクを恐れ、硬直化していた社員に対し、豊田氏は自ら積極的に動く姿を見せ続けた。同時に、「できないからやる、それが挑戦」「失敗を恐れるな」と叱咤(しった)し行動を促した。

結果、トヨタは再生し、クルマ好きが触手を伸ばすクルマ屋になった。この新しいトヨタの土台を生かしながら、次のステップに導くのが佐藤新社長の役目だろう。技術畑出身の彼は、「これからのトヨタをクルマで示していきたい」と語る。非常に楽しみだ。

新しい経営チームの掲げるテーマは"継承と進化"。豊田会長が14年かけて浸透させたトヨタイズムを大切にする価値観がある今、新体制は実践のスピードをさらに上げるだろう。

大変革時代に挑むトヨタ。開発の最前線であるモータースポーツの現場には、豊田会長(左)、佐藤社長(右)が常にいる 大変革時代に挑むトヨタ。開発の最前線であるモータースポーツの現場には、豊田会長(左)、佐藤社長(右)が常にいる

最後にひとつ触れておきたいことがある。佐藤社長をサポートしながら、代表権を持つ豊田会長が"院政"を敷いているという臆測記事を目にする。

だが、トヨタの研究開発の最前線となっているモータースポーツの現場を取材し、おのおのの役割をつぶさに見ていると、豊田会長と佐藤社長の本当の関係性や、今のトヨタの体質がわかる。さらに言えば、世界トップの自動車メーカーの経営陣が開発の最前線で汗にまみれている。だからトヨタは強いのだ。

●トヨタ自動車・佐藤恒治社長
1969年10月生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。92年4月にトヨタ自動車入社。レクサスのチーフエンジニアなどを経て、2020年1月レクサスインターナショナルプレジデント。同年9月ガズーレーシングカンパニープレジデント。21年1月に執行役員。23年4月より現職

●山本シンヤ(やまもと・しんや)
自動車研究家。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。ワールド・カー・アワード選考委員。
YouTubeチャンネル『自動車研究家 山本シンヤの「現地現物」』を運営