連載【迷車のツボ】第6回 スバルR1
世界で初めてのガソリン自動車が生まれてすでに140年以上。その長い自動車史のなかには、ほんの一瞬だけ輝いて、あっという間に消えていった悲運のクルマも数多く存在する。
自動車ジャーナリスト・佐野弘宗氏の連載「迷車のツボ」では、そんな一部のモノ好き(?)だけが知る愛すべき"迷車・珍車"たちを後世に語り継いでいきたい。
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■あえて軽自動車規格より小さいクルマに
というわけで、今回取り上げるのは、2004年12月に発売された軽自動車(以下、軽)のスバルR1だ。
軽は、ボディサイズや性能、機能を決められた規格枠内に制限される=ガマンさせられる見返りに、税金や道路料金などが安く優遇されるクルマである。もともとは第二次世界大戦の終戦間もない1949年に、どん底だった日本の経済成長を促す目的でつくられた。
そんな軽規格はこれまでに何度も改正されており、現在は全長3.40m、全幅1.48m、全高2.00m、排気量660cc、乗車定員4名という枠となっている。これらすべてを厳格に超えないクルマが、軽として認められる。
まあ、このうち2mという全高は全長や全幅に対してあまりにアンバランスなので、規格いっぱいのノッポ軽は市販例がないが、全高以外はすべて規格いっぱいとするのが軽のお約束でもある。「性能や実用性でライバルに少しでも負けたくない」となれば、各社例外なくレギュレーションぎりぎりを突くのは自然なことだろう。
ただ、軽だけでも70年以上を数える歴史上では、あえて枠をいっぱいに使わない軽もいくつか存在した。直近の例では2人乗り(軽規格の乗車定員は最大4名)のダイハツ・コペンやホンダS660があるが、これらは"スポーツカー"という大義名分的なツボがある(あった)がゆえの選択だろう。
これ以外で、記憶に新しい"レギュにギリギリでない軽"が、ほかでもないスバルR1である。R1最大の特徴は、全長が普通の軽より110mm短い3285mmとなっていたことだ。さらにホイールベースにいたっては、その前年に発売されていたR2より165mmも短縮されており、法的には一応4人乗りだったが、現実に大人4人座るのはほぼ無理。助手席スライドを融通すれば左側の後席で短距離なら我慢できるかな......というレベルだった。
■あのスバル360を意識したタマゴ型フォルム
こうして実用性をあえて犠牲にしてまでも、R1がもとめたツボは"カッコよさ"だった。
当時のスバル軽は定番の軽ハイトワゴンのプレオが1998年から販売されていたが、軽市場シェアでは、軽を自社生産しているブランドでは最下位が定位置。あのスバル360が現役だった1960年代にはスバルが軽トップだったことを考えると、隔世の感があった。
当時のスバル軽最大の問題は、単純な台数が少ないことより、ユーザーの平均年齢が年を追うごとに高齢化していたことだったという。そこで基本メカニズムはプレオのそれを使いつつ、背が低めで若々しいデザインをまとった5ドアハッチバックのR2を2003年に発売。その翌年、よりデザインに振り切ったR1を投入することにしたのだった。
R1のデザインのツボは、当時の公式資料によると、"タマゴを縦に切って伏せたようなワンモーションフォルムのボディ"や"軽ならではの省資源性をさらに際立たせる軽量化"、そして"均整の取れたフォルム"を、規格にとらわれずに追求したものだった。また、インテリアも一部に本革を使うなど、軽とは思えないクオリティだった。
そのタマゴ型スタイルがスバルの原点である360を意識していたのは一目瞭然だが、その全長と1510mmという全高の比率=縦横比は、スバル360のそれとほぼ一致していたというから面白い。開発陣によると、それはR1であらためて一番いいバランスを追求した偶然だったらしいが、それだけスバル360のデザインが傑作だったという証拠かもしれない。
■そしてついに「スバルの軽」が生産終了
R1のクルマとしての内容はプレオやR2の流れをくむものだったが、4気筒エンジンやスーパーチャージャー、四輪独立サスペンション、CVTなど、スバル軽は伝統的に贅沢で凝ったメカニズムが売りだった。そんなメカニズムをバランスの取れた小型軽量ボディに使ったR1は、静かで乗り心地がいいだけでなく、走りも軽快で安定していた。
しかし、そんなR1が発売された翌年の2005年10月に、スバルをつくる富士重工(当時)とトヨタが資本業務提携を締結。富士重工の経営状況を精査したトヨタは「軽から可及的速やかに手を引くべし」と結論づけた。
そうしたトヨタの意向を受けて、R1は2010年にプレオやR2ともども生産を終了してしまった。R1の約6年間というモデルライフでの総生産台数は約1万5000台。発売当初の販売計画が月間800台(年間9600台)だったことを考えると、単純計算では、計画の約1/4しか売れなかったことになる。
当時を知るトヨタ関係者によれば「スバルの軽事業は、台数が伸びないうえに、とにかくつくりが高コストすぎて完全な赤字体質だった」とのこと。スバル軽の売りである凝ったメカニズムは好事家には好評でも、商売としては足かせとなっていたわけだ。実際、軽の自社生産から撤退してからのスバルはすっかり黒字体質となり、何度も過去最高益を記録している。
とはいえ、これだけバランスの取れたデザインに各部が高品質に仕立てられたR1は、見方によっては"名車"と呼びたくなるほどのデキ。でも、これが結果としてスバルの自社軽の歴史が終わるきっかけとなったとすれば、やっぱり迷車とお呼びするしかない。迷車と名車は、ほんのちょっとツボがずれただけの紙一重だ。
【スペック】
スバルR1・R(2WD) 2004年
全長×全幅×全高:3285×1475×1510mm
ホイールベース:2195mm
車両重量:800kg
エンジン:水冷直列4気筒DOHC16バルブ・658cc
変速機:CVT
最高出力:54ps/6400rpm
最大トルク:63Nm/4400rpm
乗車定員:4名
車両本体価格(2004年12月発売時)126万円
●佐野弘宗(さの・ひろむね)
自動車ライター。自動車専門誌の編集者を務めた後、独立。国内外の自動車エンジニアや商品企画担当者、メーカー幹部へのインタビュー経験の豊富さには定評があり、クルマそのものだけでなく、それをつくる人間にも焦点を当てるのがモットー。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員