ホンダのパワーユニット(PU)を搭載するレッドブルのマックス・フェルスタッペンが7月末に開催されたF1第13戦ベルギーGPを制し、ついに開幕から12連勝を達成(第6戦エミリアロマーニャGPは豪雨災害のため中止された)。1988年にアイルトン・セナとアラン・プロストを擁するマクラーレン・ホンダが樹立した、開幕からの連勝記録を塗り替えた。
35年振りの新記録更新を、現場で戦うホンダのスタッフはどのように感じているのか。「モータースポーツ最高峰の世界で日本人が活躍するシーンに出会えることが、F1に通い続ける僕の大きなモチベーションになっています」と語るF1フォトグラファーの熱田護(あつた・まもる)氏が、F1の新たな歴史を作ったホンダの主要スタッフ3人に話を聞いた。
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■間近で感じたフェルスタッペンの凄さ
「12連勝の記録更新は非常に感慨深いです。88年のときはまだ4歳でしたから、当然、第2期活動(1983年から92年まで)でのマクラーレン・ホンダが活躍した頃のF1は見ていません。
でもF1を好きになって、後にマクラーレン・ホンダの伝説的な強さを知って、ホンダに憧れの気持ちを持ち、F1をやりたくて入社しました。そして今、偉大な歴史に並び、追い抜けたというのは、ホンダの開発部隊として大きな誇りを感じる1日でした」
そうベルギーGPの後に喜びを語っていたのは、レッドブルでHRC(ホンダ・レーシング)のチーフエンジニアとして働く湊谷圭祐(みなとや・けいすけ)さんだ。今年のレッドブルの躍進を支えるのは、3連覇を目指すマックス・フェルスタッペン。
今季12勝のうち10勝を挙げ、チャンピオン争いを独走するフェルスタッペンの凄さについて、間近で働く湊谷さんはこんなふうに語っている。
「もちろんドライビングのスキルはずば抜けていますけど、とにかく頭がいいと思います。走っているときにピックアップする情報の正確さと量も多く、さらにエンジニアに説明するのが上手い。
エンジニアからすると、いい情報をもらえると、セットアップを進めるのが容易になり、結果的にクルマが速くなります。でもドライバーの中には運転のスキルは一流であっても、人に説明する能力が下手という人もいます。フェルスタッペン選手は両方を兼ね備えています。
さらにいえば、フェルスタッペン選手は人を動かすことも上手です。頭がよくコメントが的確なので、いいクルマを作れると話しましたが、そのクルマでしっかりと結果を出すので、みんな彼のために動いていくんです。
その結果、チームも強くなっていきます。彼はドライバーというポジションですが、チームを動かす存在でもあるんです。だから今シーズン、圧倒的な力を発揮しているのだと思います」
今季、負けなしのレッドブルだが、ホンダのF1活動第4期のスタートからプロジェクトに関わっている湊谷さんは、F1の競争の激しさを身をもって体験している。だからこそ、新記録を達成しても油断している様子は一切ない。
「第4期は2015年からスタートしましたが、復帰直後はPUのパワーがない上に、トラブルも頻発し、まともに走れないという時期がありました。そうした辛い経験を経て、徐々に成長して現在があります。苦しいときも応援してくれるファンの方々がいてくれたのが励みになって、ここまで来ることができたと思っています。
今、強いからといって、シーズンの後半、そして来年も強いとはいえません。気を抜けば、あっという間に追い抜かれてしまうのがF1の世界です。精一杯頑張りますので、これからも応援をお願いします」
■アルファタウリの後半戦にも期待
今シーズンの開幕から現場の責任者であるHRCトラックサイドゼネラルマネージャーを務める折原伸太郎(おりはら・しんたろう)さんは、第2期のマクラーレン・ホンダの戦いを見て、「F1エンジンを作りたい」という夢を持ちホンダに入社した。
開幕12連勝、昨シーズンを含めると13連勝という史上初の記録をベルギーGPで達成し、「優勝できてホッとしたというのが率直な気持ちです」と語る。
「ベルギーGPの決勝レースは、スタートからドキドキしていましたが、しばらくしてレッドブルのワンツー体制となり、ようやく大丈夫かなと思いました。アルファタウリの角田裕毅(つのだ・ゆうき)選手がいいレースをしてポイントを取れそうだったので、後半はレッドブルの方をあまり見ることができずに、アルファタウリに目が行っていました(笑)。
ホンダPUは今シーズンまだ負けていませんが、やはり日本GP(決勝9月24日)がありますから、それまでは連勝を続けて、母国のファンの皆さんの目の前でも連勝記録を伸ばせたら最高ですね」
折原さんはレッドブルだけでなく、角田選手の所属するアルファタウリにも大きな期待を寄せている。アルファタウリには第12戦のハンガリーGPから、新人のニック・デ・フリースに代わり、F1通算8勝を誇るベテランのダニエル・リカルド選手が加入しているが、彼の存在がチームにとって大きな力になると話していた。
「リカルド選手の走りを最初に見たときは、PUの使い方がメルセデスを搭載するチーム(マクラーレン)から来たドライバーだなという印象でした。詳しくは言えませんが、ホンダとメルセデスはエンジンのパワーバンド(最も効率よく力を発揮できる回転域)が異なるので、ドライバーが使う回転数が違うんです。
それでもリカルド選手はベルギーGP期間中にはアジャストして、角田選手に近い感じの使い方になってきましたね。リカルド選手はやっぱり若いデ・フリース選手と比べると、落ち着いています。
例えばエンジニアとの会話で、走っている最中にも次のセットアップの提案をしてきますからね。そういうところは流石だなと思います。チームに合流してまだ2戦ですが、リカルド選手と角田選手のパフォーマンスは拮抗しています。ふたりが切磋琢磨することで、チームにもいい影響をもたらしてくれるのではないかと期待しています」
■「22勝しなければならないと思っています」
レッドブルでチーフメカニックを務める吉野誠(よしの・まこと)さんは「ホンダの偉大な先輩方が築き上げてきたひとつの記録をクリアできたのはすごくうれしいですが、僕たちのチャレンジはまだまだ続きます!」と力強く語る。
「第2期の先輩方は16戦中15勝という、勝率で見ると途方もない記録を打ち立てていますので、それを考えると、われわれが越えたなどとは1ミリも思っていません。本当の意味で記録を更新するなら、今シーズンは23戦ですから、22勝しなければならないと思っています。それを目指して頑張っていくつもりですので、これからも一切気を抜けません」
シーズン後半戦は、8月27日の第14戦オランダGPからスタートし、9月下旬には鈴鹿サーキットで日本GPが開催される。ホンダのPUを搭載するレッドブルの連勝記録は鈴鹿まで続いていくのか。さらなる高みを目指していくホンダにはこれからも目が離せない!
●熱田護(あつた・まもる)
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。取材500戦を超える日本を代表するF1カメラマンのひとり。