F1の後半戦は第14戦のオランダGP(決勝8月27日)から始まるが、サポートレースとして開催されるFIA-F2選手権も同じ日にスタートする。
F1直下のF2では現在、ホンダとレッドブルの育成ドライバーである岩佐歩夢(いわさ・あゆむ)選手が参戦し、チャンピオン争いを演じている。
F1へのステップアップを目指す21歳は、勝負の後半戦にどんな気持ちで臨もうとしているのか。F2の夏休み期間中、日本に帰国中の岩佐選手に話を聞いた。
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■前半戦はもっといい成績で終えなければならなかった
――開幕前には「F1にステップアップするためにはチャンピオンが大前提」と話していました。これまでの前半戦で3勝、ランキング3位という結果はどのように自己評価していますか?
岩佐 正直言って、自分の求めていたところには届いていません。昨年の第9戦のフランス・ポールリカールでF2初優勝を達成した後、好調をキープし、最終戦のアブダビでもポール・トゥ・ウインを飾ることができました。そのままの流れで行けば、前半戦はもっといい成績で終えなければならなかったと思っています。
僕が所属するダムスのチームとマシンは、ポテンシャルとしてはいいものを持っています。それを生かして、コンスタントに結果を残すことができなかったことが、今、ランキング首位にいられないことの原因だと思います。
――開幕前には「チームメイトとクルマの情報を共有して、まずはチームとして強くなることが大事」と話していました。でも新たに加入したフェラーリのシャルル・ルクレールの弟、アーサーがあまりクルマの情報をオープンにしてくれないと話していましたね。
岩佐 そこは大きな問題だったんですが、バーレーンの開幕戦から第3戦のオーストラリアの間に改善することができました。僕のほうからチームに対して、ルクレールのアプローチの仕方や考え方はチームとして強くなる方向じゃないと伝えました。
その結果、メルボルンの前にチーム全体でミーティングをして、ドライバーはマシンの情報を全部シェアし、エンジニアに正確で多くの情報をフィードバックする。そしてエンジニアはドライバーの情報を基にいいクルマを作り、チームワークで戦っていかなければならない、という意志をチーム全体で共有できました。
すると競争力が一気に上がり、僕がメルボルンのレース2でポールポジションを取って優勝し、ルクレールが3位に入りました。あの瞬間、チームで一緒に同じ方向性で戦うことの重要性を僕個人もチームも痛感しました。ルクレールもそれを感じたと思いますので、そのあとは日常的にコミュニケーションを取って、一体感を持って戦うことができるようになりました。
■チャンピオンを取るためにルクレールの力がほしい
――では、現在はチャンピオン獲得にチームが一丸となって戦っているんですね。
岩佐 うーん......まだ完全ではありません。そこからしばらくはいい感じだったのですが、長いシーズンの中ではダムスのクルマが(サーキットに)合わないときが出てきます。それは1年を通してみれば当たり前のことだと思いますが、そういうときにルクレールのアプローチが問題になっていることもあります。
彼は「自分がこういうふうに感じているので、こういうクルマを作ってくれ」という態度で、エンジニアの考えを一切聞かず、自分の意見を突き通してしまう。しかも、彼はF3のときに所属していたチームではこうしていたから同じようにしてくれと言ったりします。そんなアプローチでは、ダムスのエンジニアはいい気持ちがしないですよね。
――いっそのことチームメイトを無視して戦ってしまえばいいのでは?
岩佐 僕としてはチャンピオンを取るためにルクレールの力がほしいんです。F2はあと3大会(6レース)ありますが、ダムスの2台がそろって予選や決勝で上位に入ることができれば、ドライバーズランキングで僕より上位につけるT・プルシエールとF・ベスティをしのぐことができます。ルクレールが上位に入ることで、結果的に僕をサポートすることにもなるんです。実際、前半戦ではそういうケースが何度かありました。
だから僕としては彼にも強くなってほしいんです。ルクレールが強くなることで僕だけでなく、チームのチャンピオンシップ獲得にもつながりますから。だからルクレールにも一緒に進んでいってほしいのですが、一筋縄ではいかないですね。
――今年のF2は残り3大会です。その結果によって岩佐選手のドライバーとしての将来が大きく左右されると思いますが、どういうレースをしたいですか?
岩佐 現在はトップと34点差なので、残りのレースでは毎回ポールポジションを取って、表彰台争いをしなければなりません。攻めなければタイトル獲得はないと思っています。まずはポールポジションですね。
ダムスのマシンは決勝でのタイヤのウォームアップにやや課題がありますが、決勝の強さには自信があります。ポールを取ることができれば、レースで苦戦することはほぼありません。チャンピオン獲得のためには、予選のパフォーマンスの改善がキーポイントになると思っています。
――岩佐選手はF2に参戦するのは今年で最後という覚悟なのですか?
岩佐 僕が決められることではありませんが、そういう気持ちでいます。もし僕がF1ドライバーを選ぶ立場だったらという視点で考えるのですが、やっぱり3年目でチャンピオンになったドライバーと、2年目でチャンピオン争いをしたドライバーでは、2年目でしっかりと戦える選手のほうが魅力的だと思います。
それに僕はF2デビューしてから経験を積みながら結果を残すことを目標に2年間戦ってきましたが、3年目も同じように充実した時間を過ごせるとは思えませんので、今年でF2を卒業するという意気込みで戦っています。
■岩佐選手の妹がレース戦略をアドバイス!?
――ところで今回、日本に帰ってきた目的は?
岩佐 トレーニングが目的です。夏休み期間はレッドブルやダムスのファクトリーも全部閉まっていますし、住居があるイギリスの地元のジムにも行けるのですが、やっぱり一般の方がいるので自分のやりたいメニューができません。だったら日本にはトレーナーさんがいるので、そこでしっかり追い込んだほうがいいと思って帰国しました。だから基本的にトレーニング以外のことはしないようにしています。
――実家に帰って、家族に会うことができましたか?
岩佐 家族としっかりと会えたのは1日だけでした。それ以外は大阪のジムでトレーニングに集中して取り組んでいます。帰国したら、すぐにオランダとイタリアでの2連戦があります。そこでチャンピオン争いの流れが決まると思いますので、今は家族とゆっくり過ごすよりもレースに集中したいんです。
――家族の皆さんはF1へのステップアップが近づいてきて、ソワソワしているんじゃないですか?
岩佐 そうかもしれませんが、両親はふたりともアマチュアレースに出場していたのでレースの難しさを知っていますから、僕には何も言ってきません。家族の中ではただ一人、大学生の妹だけは別です。クルマの運転をまったくしないのですが、すごくアグレッシブに言ってきます。
苦戦していた昨シーズンの前半には、レースが終わると妹から「終わってるな」とか「意味わかんない」などの辛辣なラインが届いていました。第9戦のフランスで初優勝したときには「やっと勝ったか」と(笑)。でも妹はキツいことを言う割には僕のレースをよく見ていますので、最近はレースの戦略までアドバイスしてくれます(笑)。
あと祖父はもともとレーシングショップをしていて、今でも愛知県でチューニングショップを経営しているのですが、この前、「僕がここまで来ると思っていた?」と聞いたら、「家族や昔からレースを応援してくれた人も、誰ひとり思ってなかったよ」と断言されました(笑)。家族はF1なんて夢のまた夢という考えで、僕だけが夢の可能性を信じているといった状況です。
――じゃあ。絶対にF2でタイトルを取って、「F1でチャンピオンになって、ずっとF1の世界に留まる」という岩佐選手の夢を実現して、家族みんなを驚かせないといけませんね。
岩佐 そうですね。そこはひとつの大きな目標です。とにかくF2の残り3戦は、ランキング上位のふたりしか見ていません。彼らを抜くことができれば、後ろからやられることはないと思っています。前だけを向いて、全レースで攻めて、ライバルを追い越す気持ちで戦いに臨みます!
●岩佐歩夢(いわさ・あゆむ)
2001年9月22日生まれ。4歳からカートに乗り始め、鈴鹿サーキットレーシングスクール フォーミュラにて、スカラシップを獲得。Hondaフォーミュラ・ドリーム・プロジェクト(HFDP)より2020年にフランスF4選手権に参戦し、チャンピオンを獲得。翌21年からはRed Bullの育成プログラム「レッドブルジュニアチーム」にも加入し、ヨーロッパで開催されるFIA-F3選手権に参戦。2022年はFIA-F2選手権に昇格し、フランスの名門ダムスに所属。デビューイヤーに2勝を挙げ、シーズンランキング5位。今シーズンはすでには3勝を挙げ、年間チャンピオンを目指す。