初乗り運賃300円のエコタクシーが話題を集めている。
運営するのは東京・江東区に本社を置くエコシステム。同社の中村秀樹社長は千葉県内の市立小学校の教員だったが、“生徒全員の成績をオール5にする”など、本人としては「生徒の心を育てる」ポリシーを貫いた教育内容が市の教育委員会から問題視され、まさかの分限免職に…。
その後、「タクシーを通じてエコを地球に訴えていきたかった」との思いから、2004年に会社を立ち上げた経緯は前回記事「“国内最安”初乗り300円タクシーの誕生秘話『トヨタを口説けなければ生まれていなかった」で詳しく伝えている。
今年1月に他社が初乗り運賃を410円に引き下げたタイミングで、日本一安いとも言われる“300円タクシー”を誕生させた中村社長の真意はココにある。
「“タクシーを走らせてエコを宣伝する”というのがわが社の思い。日本一の安さは、この計画に協力していただくお客様への恩返しです。利益はお客様にどんどん還元していく」
ちなみにトヨタ社のプリウスを用いたエコタクシーの取り組みは当時、新聞やTVだけでなく、内閣広報誌『キャビネット』No.68(05年2月発行)にも“小泉規制緩和の成功例”として見開きページで大々的に取り上げらたが、ある段階から車両の変更を余儀なくされる。
「初代プリウスはタクシーのように走行距離が長くなる業務用としては向いていなかったんです。詳しくは言えませんが、電気系統に不具合が出るようになって…。その後、他のタクシーと同じLPG車に切り替えざるをえませんでした」
一方で、売上金の一部を熱帯雨林保護に役立てる寄付活動は継続している。今もエコタクシーの車体に『厚くしよう オゾン層』とのメッセージが記されているのはそのためだ。
しかし、タクシー業もボランティアではない。安い運賃と環境活動を両立しながら、いかにエコタクシーをビジネスとして成り立たせているのか?
まず、他社が横並びで運賃を合わせる中、それよりも100円以上安いエコタクシーの運賃が高い集客力を発揮する。例えば、こんな具合だ。
「赤坂にある某ホテル前は元々、個人タクシーのメッカでしたが、そこにエコタクシーを5台並べるようにしたところ、1週間後には1台もいなくなりました。個人タクシーの待機場所はそこから数百メートル離れた日枝神社付近に移動したのです」
エコタクシーの強みは料金の安さばかりではない。
「独自開発した配車システムが当社の核です。大手も同様のシステムを入れていますが、従来の電話配車が単にタブレット経由になっただけのもので、結局、オペレーターが自力で空車を探しています。これでは人件費が高くつく。当社のシステムでは、スマホの専用アプリからお客様が配車を依頼した時点で自動的にタクシーが乗車地に駆けつけます」
多額の借金を抱えている運転手は少なくないが…
というわけで、実際に試してみた。
場所は東京駅。スマホに落とした専用アプリの画面を開くと、現在地の地図が表示された。直後に近所を走っている空車のアイコンと『到着まで5分』の文字が画面上に示される。次に、画面下の『ここに呼ぶ』ボタンを押すと降車地や車種指定ができる注文詳細画面に切り替わり、指定の上で『注文』ボタンを押すと、5分後にエコタクシーがやってきた。
「お客様が注文ボタンを押した時点で、最寄りのタクシーに車載したタブレットに注文情報が自動送信され、受信したドライバーが画面上の『了解』ボタンを押すと、お客様の乗車位置までカーナビによる自動案内が始まる仕組みです。そのタクシーが接客中で『了解』ボタンが押されない場合は7秒後に2番目に近い空車に情報が転送されます」
群雄割拠のタクシー業界を生き抜いていくためには「優れた配車システムが欠かせない」。そう考えて、中村社長は会社設立時からタクシーのIT化にいち早く取り組んできた。
「自社でプログラマーやSEを雇い入れ、独自のシステム開発に取り掛かりました。これをブラッシュアップして行き着いたのが、現在の配車システムです。
もうひとつ言えば、当社では創業後の第一号の配車からお客様の注文情報を収集してきましたので、『何時にどこで乗車し、降車地までどういうルートを辿ったのか』という13年間以上のデータが蓄積されています。
このデータはもちろん、営業効率を高める強力な武器になる。例えば、お客様を降ろした後、帰路でお客様をお乗せできれば売上げは伸びますが、どのルートを辿ればその確率を高められるかが統計的にわかります」
この配車システムと統計データは、エコタクシーが「業界一のハイテクタクシー」(中村社長)と自負するところだ。
日本一の安さと業界一のハイテク情報が掛け合わさることで、エコタクシーの高い集客力は保たれ、1台当たりの売上げ額を伸ばしている。ゆえに、ドライバーの給与も高い。
「わが社は歩合制を採っていますが(売上げの最大67%)、260人ほど在籍しているドライバーの平均月収は約50万円。ただし、社内で定めている乗車時間や乗車距離の上限を越えれば給料に2%の歩合が余分に加算されません。稼ぎたいドライバーの気持ちはわかりますが、過重労働は事故のモトになりますからね。
タクシー運転手は前職でいろいろとあって破産状態になっていたり、多額の借金を抱えている人が少なくありません。この業界にはそんな彼らを“タコ部屋”同然の狭い寮に囲い込んで何年も安月給で働かせるケースもあります。
これだと借金はなかなか消えませんし、ドライバーはいつまで経っても幸せになれない。私は早く独り立ちしてほしいと思うから歩合率を高めに設定した給与制度を作りました。ドライバーの皆さん、“ルールを守って大いに稼いでください!”と」
飲食代は社長持ちで『社長に文句を言う会』
だが最近、毎晩のように胃薬を飲むほど悩んでいることがあるのだという。
「今、問題が取り沙汰されている運送業界と同じく、タクシー業界も深刻な人手不足の状態に陥っています。特に、五輪特需に沸く建設業界が高い賃金で“人狩り”を始めており、東京では求人を掛けても応募がない状況が続いています。そこで今、何が起きているかといえば、タクシー会社同士の奪い合いで、当社はそのターゲットにされてしまっています」
一体、どういうわけだろう。
「この業界には東旅協(社団法人・東京乗用旅客自動車協会)という業界団体があります。その加盟社同士でドライバーを奪い合うのは“ご法度”なので、非加盟社にその触手が伸びてくるのが必然のこと。当社は加盟してない…といいますか、加盟申請を出してはいるけど約13年間棚上げ状態のまま、未だ認められていませんので、社員に話を聞くと、ガソリンスタンドや待機所で他社の人間が声を掛けてくるそうです。そこで『支度金を出す』『ウチも稼げる』といった甘い言葉に誘惑され、会社を辞めていくドライバーが出てきています。
本当にウチより稼げるならいいですが、エコタクシーの売上げを支える運賃の安さと最先端の配車システムは他社にはありませんから、それは到底実現できないことでしょう。しかし、目の前に“ン十万円”の支度金を積まれたドライバーは冷静な判断ができなくなってしまいます」
そこでドライバーを会社に繋ぎ止めるために、最近、多い時には週1回ペースで食事会を開くようにしたという。もちろん、飲食代は社長持ちだ。
「毎回『新人と食事する会』『社長に文句を言う会』などとネーミングを変え、社員に参加したいと思わせる食事会を催すように心掛けています。その席でお酒を飲みながら話を聞くと、やはり『自分に配車指令が届いたお客様なのに、目の前で同僚に横取りされた』『計画通りにお客様をお乗せできない』といった不満がボロボロと出てきますが、それをひとつずつ解消してあげれば、他社に移籍する理由を減らすことができる。どこよりもドライバーを大切にするタクシー会社でありたいと思いますね」
では、エコタクシーの将来ビジョンとは?
「来年中のサービス開始を目標に今、“相乗りシステム”の構築を進めています。これは、例えば東京駅から三鷹市まで乗る人がいたら、新宿から三鷹方面へタクシーで帰ろうとしている人を見つけ出し、お互いの了承を得た上で相乗りをしてもらうという新しいサービスです。
課題はいかにお客様同士の相乗りをマッチングさせるかですが、当社の配車システムと過去の蓄積データを活用すれば形にできること。これを実現できれば、お客様の料金負担を大幅に軽くし、タクシーの走行距離を減らすことにもなるのでの排気ガスの削減と地球温暖化防止にも貢献できます。
当社の企業努力はすべてお客様への利益還元と地球環境の保全のためにある。その姿勢は今後も変えるつもりはありません」
最後に、中村社長が作詞したエコシステムの社歌を紹介しておこう。
~いつもさわやか 高い声 温かい気持ちでおもてなし 目指せ! 世界の交通王~
エコシステムは乗客とドライバーと地球環境に優しいタクシー会社であり続ける。
(取材・文/興山英雄)