広島市に本社を置く株式会社21が全国に100店以上展開しているメガネチェーンの『メガネ21』。
同社の特徴のひとつは商品の安さにある。創業者のひとりである平本清相談役がこう話す。
「当社の商品の仕入れ原価は75%、粗利益は25%です。利益を極力減らし、すべてのメーカーのブランドを3~5割引で販売しています。
私たちはこの会社を“好きなメガネの仕事を続けたい”一心で設立し、創業以来、社長の年収に上限(1千万円)を設けるなど、徹底した合理化と“丸見え経営”で日本一の安さに挑戦し、お客様と従業員に利益を還元し続けてきました」
顧客と従業員を大切にする経営方針のもと、メガネ21ではパートと社員の“同一労働・同一賃金”を原則にしている。社員には毎月の給与や年4回の賞与に加え、金利15%という社内預金制度で利益を還元。販売ノルマもなく、いきいきと働ける環境も相まって、社員の離職率は1%台をキープしている(前編記事参照)。
では、“丸見え経営”とは何か?
平本相談役に尋ねると、「例えば、コレ…」と手持ちのタブレットを差し出してきた。画面を見ると、そこには広島市内のある店舗の責任者(30代)の給与明細書が表示されていた。『基本給22万円、残業手当5万5千円、総支給額27万5千円』。社員の給与明細を公開して大丈夫なのだろうか…?
「当社の大原則は、すべての情報をオープンにすること。これに尽きます。人事、経理に関する話も全部オープン。店の売上げから個々の社員の給与額、賞与額に至るまで、個人情報保護などの問題に抵触しない限り、あらゆる内容を社内ウェブで公開し、会社に関わる人間なら誰でも見られる状態にしています」
―会社の全情報を公開する目的は?
「経費の節減がひとつ。給与明細書を発行している会社は多いと思いますが、個人に渡す明細を発行して、印刷し、各店舗に郵送すれば。それだけお金がかかる。まして、個人情報として隠さなければならない部分を隠そうとすれば特殊な紙や封筒が必要となり、それにまた余計な費用がかかります。だから、21ではこうした費用をカットし、すべてウェブに公開することにしました」
―社内限定とはいえ、自分の給与額がウェブで公開されているというのはいい気がしない。中には「隠してほしい」という社員もいるのでは?
「そこは考え方次第でしょう。その“隠すための費用”を使うことで自分の給料が少なくなったり、デフレの波に対応できなかったり、ライバルとの価格競争に敗れ、会社が倒産してしまっていいのでしょうか? 『それでもいいから情報を隠してほしい』と社員みんなが言うなら、私はすぐにでもそうします。しかし、実際にはそんなことを言う人はウチにはいません。情報をオープンにすることで経費が削減され、会社の経営が安定し、自分の給料が増えるなら、誰だってそのほうがいいのです」
そのため、今や他社を知らない新入社員の中には「給与は社内で公開するのが世の中の常識」とすら思っている人も少ないという。
社内稟議も会議も無駄なコスト
同社の“丸見え経営”は徹底していた。平本相談役がこう続ける。
「例えば、新しい店を出すために土地を借りるとするでしょう。何千万円、何億円というお金が動く大きな事業ですよ。ここで、普通の会社なら部長、役員、社長と話をして社内稟議を通さなければなりません。そのために会議を繰り返す会社も多いでしょう。で、稟議が通った際にはややこしい経理手続きを経て、お金を用意しなければならない。
社内稟議も会議もコストと時間のムダでしょう。当社では、社内ウェブに『この土地を、いくらで買いたい』という旨の情報を店舗責任者ら現場の人間がアップして、ウェブ上の書き込みで誰も反対者がいなければ、それで稟議は通ったことになるという仕組みを導入しています。ウェブ上での決定を受けて、経理担当の社員がお金を振り込む。ただ、それだけ。だからウチでは会議というものがほとんどありません」
過去にはこんなこともあったという。
広島市内の近所に出店していた2店舗のうち、自社競合で客を食い合っていた影響でA店が不採算店に…。そこで、2店を統合する案が持ち上がり、ちょうどそのタイミングで両店の商圏エリアでガソリンスタンドが撤退、「好立地にいい出店エリアがある」との情報がA店の責任者から社内ウェブにアップされた。
数日経っても反対する書き込みがなかったため、平本相談役はその土地を購入することを決断。土地の入札額は1億円超に上ったが、落札後、両店はこの土地で統合してリニューアルオープンされ、社内で1、2を争う繁盛店に育ったそうだ。
「当社に店舗開発部隊はいません。出店エリアはその商圏の客層を一番把握している現場の社員の判断に任せるほうが間違いはないでしょう」
同じようにパソコンを買う、チラシを作る、店舗の改修工事をする…などもすべて現場から社内ウェブに提案が挙がり、判断が下されていくという。
「オープンでシンプルな構造があれば、部長、役員などの管理職はほぼ不要になりますし、管理部門と呼ばれる人事、経理、総務などの担当者も必要最小限で済みます。
通常、部長や役員など管理職と呼ばれる人たちの多くは『管理するのが仕事』という旗印の下、部下から上がってくる資料を『ああでもない、こうでもない』とごちゃごちゃやるものですが、これってムダでしょう。この人たちの人件費は相当なものですよ。その役職と手続きの一切をカットし、すべてを社内ウェブに集約させ、『みんなの目でチェックする』という仕組みにすれば、大幅な経費削減につながります」
そのため、21の本社の管理部門には女性社員3名しかいない。社長も通常は店舗にいて、他の社員と同じように毎日、接客をしているのだという。
相性の悪い上司や職場にはギブアップOK?
さらに、同社には『ギブアップ宣言』という一風変わった制度もあった。
「これは、所属する各店舗で『あの人とはやっていけない』『この店舗では働きたくない』というギブアップを車内ウェブで宣言すれば、その本人か問題になっている社員のどちらかを異動させるという仕組みです。
Aさんが『Bさんとは一緒に働けない』というなら、AさんかBさんが違う店舗に行けばいい。ただ、それだけの話です。その状況で『仕事なんだからうまくやってよ』と説得したところでうまくいくはずがありません。そんなことをいちいち調整したり説得するのも時間のムダでしょう。それならさっさと異動してもらえばいいのです」
中には、このギブアップ宣言制度を使って、3回、4回と店を異動した社員もいたというが…。
「何回も異動が続けば、さすがにその本人だって『本当に問題があるのは誰なのか?』に気づきます。私たちがわざわざ説得しなくても状況が本人に教えてくれますし、まして、すべてのやりとりが社内ウェブでオープンになっていますから、本人だってそうそう好き勝手なことばかり言っているわけにはいかなくなるのです」
“丸見え経営”を貫く同社の社是は、『21は社員の幸福を大切にします。社員は皆様の信頼を大切にします』だ。最後に、メガネ21本店で働く社員がこんな話をしてくれた。
「前にいた店ではノルマに振り回され、お客様に商品を無理やり売らなければならないこともあって、正直、精神的に辛かったです。でも、今はお客様目線に立った販売に最善を尽くせますし、この会社に来て仕事が楽しくなりました。
ただ、給料を社内で公開されるなどの経営手法には賛否あるでしょう。自分を大きく見せたがるタイプの人には、この会社は向かないかもしれませんね(苦笑)」
(取材・文/興山英雄)