今回のM&Aにサイバーエージェント社内のプロレスファンも熱くなっているという。サイバーエージェント社長の藤田氏(左)とDDT社長の高木氏(右)

稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾を出演させ話題をさらったAbemaTV。

このインターネット放送局を運営するIT企業サイバーエージェントが、突然プロレス団体DDTをM&Aで傘下に収めた。

両者の意図は? ネットビジネスの未来は? 前編記事に続き、ふたりの社長がすべてを語り合った。

■「視聴習慣をつくる」とは?

―藤田社長は今後のDDTのリング上に権限は持つのですか。

藤田 えっ? 全然ないです(笑)。基本的にはわれわれは支援するスタンスなので。DDTがもっと注目されるような仕掛けをやり、それをそのままを皆さんに見せたい。

僕は昔から日本のヒップホップが大好きなので、ラップバトルの試合を見ていて、みんな一度見れば夢中になるはずだとずっと思っていて、それで地上波で『フリースタイルダンジョン』(※1)という番組を作ってもらいました。AbemaTVでも、そのまま見せてあげるのがすごく大事だと思うんです。今回の件でも、「血の騒ぐ娯楽」としてのDDTの世界をより広げていけたらと。(※1)ヒップホップファンの藤田氏、同番組の司会を務めているZeebra氏らが仕掛けた、ラップバトル番組。2015年9月よりテレビ朝日ほかで放映中。

高木 そこは僕らも期待しています。プロレスって実際に会場へ足を運ぶまでの壁がすごく高いんです。怖いんでしょ?血が流れるんでしょ?と。でも「絵力(えぢから)」に関してはすごく強いコンテンツだと自信がありますから。

―「絵力」とは?

高木 裸の男たちが戦っている絵。華麗な技という絵。ましてや僕らの路上プロレスの絵では、試合中にカメラの前を自転車が横切ったりします(笑)。格闘技やプロレスに興味のない人にも「なんだこれ?」とタップしてもらえる「瞬間の絵力」に関して、ウチは絶対に強いものを持っていると思うんです。

6月に無観客の東京ドームで行なわれた「路上プロレス」。

藤田 そこはすごく大事なところで、これまで基本的にネットって、能動的、主体的に目的を持って検索してクリックを繰り返して、コンテンツにたどり着く仕組みでした。だから世界が広がったようでいて、実はもともと関心のある世界の外には広がりにくい面があったんですね。今、iTunesが伸び悩んでいますが、それも、好きな音楽を好きなときに聴ける仕組みはとてもいいけど、もともと好きなもの以外と出会うのは難しいからだと思うんです。

先ほど高木氏は、藤田氏の「視聴習慣」という言葉にピンときたと語っていたが、藤田氏は以前より「家に帰ったときや空き時間にテレビのスイッチを入れるようにAbemaTVにアクセスする、新たな視聴習慣をつくりたい」と発言している。

藤田 AbemaTVを始めた理由も、気になるものを能動的に選んでいちいちゼロから再生するより、今たまたま流れているものを見始めて興味を持ったら最初から見てみる、そういう「受け身視聴」のほうがやっぱりラクで、強いんじゃないか。そういう仮説に基づいています。

力のあるメディアになることと、視聴習慣をつくることはイコールです。SNSの世界ではツイッターやフェイスブックがそうですが、そういうメディアになれれば、新しいものを知らせたり、はやらせたり、影響させたりすることができる。

力のあるメディアになることと、視聴習慣をつくることはイコール

現在、ネットサービスの世界では「レコメンド競争」が激化している。これまでは単に、ユーザーのアクセスログや購入履歴などと近いものを「こちらもいかがでしょう?」とオススメ(レコメンド)していたが、今後はビッグデータやAI(人工知能)も活用して、ユーザー自身もまだ気づいてはいないが、でも必ず新たに好きになれるようなものと出会える仕組みを生み出そうというのだ。その仕組みづくりに成功すれば、当然、広告ビジネスも一気に巨大化できる。

サイバーエージェントが、課金モデルでなく無料視聴のAbemaTVに、1年で200億円もの巨額の投資をしてきたこと。さらに今回DDTを傘下に収めたことも、そうした潮流の中で藤田社長が先手を打った、と言える(※2)。(※2)また、サイバーエージェントは今年10月に「AbemaTV Data Labs」を設立。今後、既存のテレビ局よりはるかに詳細な、視聴行動に関するデータを集積・分析することで、コンテンツ制作や広告配信などに活用するものと思われる。

藤田 なかなか世界が広がりづらかったネットも、SNSでいろんなことが目に飛び込んでくるようになりました。もちろんAbemaTVも「SNSでバズらせる」とか「インスタ映え」などは意識していますが、何よりAbemaTV自体が、あるアーティスト目当てで音楽フェスに行ったら、たまたま隣でやっていたアーティストに興味を持ち、そこから世界が広がる、そんな体験ができる場にしたい。「(関心が)横にどんどん広がっていく流れ」を生み出すための環境は整ったと考えています。

高木 先日の『72時間ホンネテレビ』(※3)では、DDTグループのガンバレ☆プロレスの大会に稲垣吾郎さん、草彅剛さん、香取慎吾さんが乱入しました。あの番組は総視聴数が7400万を超え、初めてDDTグループのプロレスを目にした方もたくさんいた。今のところこれが僕らにとって最大のシナジー効果ですが、今後も僕らは面白いコンテンツを作り続け、それをAbemaTVさんに広げていただければと。今からワクワクしています。(※3)稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾が出演し、11月2日から5日にかけて放送。藤田氏は、AbemaTVに共同出資するテレビ朝日にも極秘でプロジェクトを進行したと語る。

藤田 『72時間』以降、毎日のレギュラー番組の視聴ベースも上がっています。こういうことの繰り返しかなと。

―打ち上げ花火を上げつつレギュラーを伸ばしていくと。では『72時間』の舞台にもなった藤田社長の別荘で「別荘プロレス」なんていうのは?

高木 それ僕も考えました(笑)。

藤田 いや、それは…(笑)。

■「別荘プロレス」より先に「本社プロレス」が開催決定。12月21日(木)17:30~からサイバーエージェント本社内よりAbemaTVでナマ配信。藤田社長と高木社長に武藤敬司も出演!

(取材・文/佐口賢作&本誌編集部 撮影/本田雄士 試合写真提供/DDT)

藤田 晋(ふじた・すすむ)株式会社サイバーエージェント代表取締役社長。1973年生まれ、福井県出身。98年にサイバーエージェント設立、2000 年に当時史上最年少の26歳で東証マザーズ上場。07年から「アメーバ」をはじめとするメディア事業を統括。2016年にAbemaTVをスタート。M&Aを繰り返しグループを成長させる同世代の起業家と異なり、自社グループ内で次々と新会社を立ち上げ育てる経営スタイルをとり続け、実は今回のM&Aは同社の歴史の中でも異例。

高木三四郎(たかぎ・さんしろう)プロレスラー、株式会社DDTプロレスリング代表取締役社長。1970年生まれ、大阪府出身。97年、DDT旗揚げに参加。2008年、初の著書『俺たち文化系プロレスDDT』のプロモーションとして、書店内で「本屋プロレス」を行なう(対戦相手は飯伏幸太)。ほかにも路上、花やしきなどで斬新な大会を次々成功。一方で、09年には両国国技館を満員に。映像演出やネットを活用したPRをいち早く導入するなど、現代プロレス界最高の仕掛け人。