「お店の営業を通じて生産者の方々に恩返しがしたい」。ご当地酒場を展開するファンファンクションの森みずほさん(統括店長)の思いは熱い

外食企業の株式会社ファンファンクションの合掌智宏(がっしょう・ともひろ)社長(40歳)は2005年に同社を創業してから一貫して「社員が愛せる会社」づくりを進めてきた(前編記事参照)。

同社の特色は、各地の自治体から公認を得るアンテナショップ型の“ご当地酒場”を展開している点だ。地方の町の名前を店名に冠した『北海道八雲町(やくもちょう)』『北海道厚岸町(あっけしちょう)』『佐賀県三瀬村(みつせむら)』など23店舗を営業している。

社員の待遇もそれなりで、「『月の安定した給料を社員みんなに支払いたい』というのが会社の姿勢だから、外食業界の中でも比較的、基本給の部分はしっかりしていると思います」。

そう話すのは『八雲町』や『福井県美浜町』など4店舗の統括店長・森みずほさん。09年に入社する前まで他の外食店に10年ほど勤務していた森さんは、「この会社がいいなと思うのは、“休みなさい”の文化があること」だと言う。

「ご当地酒場は珍しい業態ですが、やっていることは飲食店。泥臭くて、労働時間も長く、忙しい日には体にも堪(こた)えます。でも、休憩や休日は管理職の人がきちんと取らせるように従業員に働きかけ、それができなければオペレーション改善までやって体を休める時間を作ります」

例えば、森さんが受け持つ『美浜町』店では14時に昼の営業が終わり、17時からが夜の営業だが、その間、「店員が2時間半の休憩を取れるようにシフトを組む」といい、休日は週2日ある。ちなみに、全店員が店のテーブルを囲んで賄(まかな)いを採るのが休憩時の決まり。そうすると「意思疎通が取りやすくなって店の質が上がる」のだという。

加えて、中途入社した社員を驚かせるのが、1店舗あたりの社員数だ。外食業界では店に常駐する社員は店長ひとり、残りはバイト、下手すると外国人スタッフばかりで、深夜は店長の“ワンオペ”という会社もあるが、同社では各店舗のスタッフのうち、半数以上が社員。営業中の人員も多く、週末の多忙な日にはホールとキッチンで計12名、そのうち、8人が社員といった体制でシフトを組むこともある。

「アルバイト中心だったり、スタッフが少なかったりすると、どうしてもお客様の満足度を維持できなくなり、お店の売上げは落ちていきます。逆にスタッフを多く割けば、ひとテーブルにかけられる時間が増えるので、不満足が生まれにくい状態になります」

同社の接客は『お待たせしましたー、○○でーす』じゃない。福井県美浜町で前日か前々日に獲れたばかりの鮮魚や、北海道八雲町の農家が手塩にかけて育てたジャガイモが毎日、店に直送されてくる。これを『じゃがバタです、どうぞ』と客に出すだけでは“生産者に申し訳ない”――バイトも社員も関係なく、全店員がそうした思いを持っている。

とりわけ、森さんが接客でこだわるのは「食材ごとのストーリー」なのだという。例えば?と聞くと、待ってました!とばかりに表情を緩ませ、こう喋り始めた。

「生産者の思いも一緒にお客様に届ける」

日本橋にある『福井県美浜町』の店内。営業開始前で店員は仕込みを進めていた。産地から届く鮮魚もキッチン奥でさばく

「『八雲町』の店で扱うジャガイモは、町役場の方からご紹介いただいた農家の方から仕入れています。そこは、元々はフラワーアレンジメントをやっている奥様と、牛を飼っている旦那様が趣味で始めた畑。農家というより、ジャガイモを育ててくれているおじいちゃんとおばあちゃんです。

梶田さんという方で、毎年、収穫すると近所の人たちに『食べなさーい』と段ボールで配るのが習慣だったそうですが、今では八雲町業態の3店舗に向けて、相応のジャガイモを量産していただけるようになりました。

八雲町では、噴火湾の周りに活火山が点在し、土壌が灰質なんです。梶田さんの畑もそうですが、灰質の土壌はジャガイモ作りにとても適していて、私自身、『ジャガイモなんて違いは大きさだけでしょ?』と思っていたクチなんですが、実際に食べてみると甘みやしっとり感や風味の濃さが“ぜんっぜん違う!”ってビックリしました。それからは他のお店のジャガイモは正直、“おいしくないな”と感じるようになって…。

梶田さんのところにはジャガイモ専用の貯蔵庫がないものだから、私たちのために事務所の一室を空けてくれて、そこで寒くならないように、風邪をひかないようにと自宅のありったけの布団を掛けてジャガイモを大切に保管してくださっているんです。

お店にジャガイモを送ってくださると、『もしもし、みずほちゃん、明日になると芽が出ちゃうから、早くお客さんに食べさせてあげて』って店に電話してくることも多々(苦笑)。お客様にはそんな生産者の思いも一緒にお届けしなきゃという気持ちにさせられます」

2016年に北海道を直撃した“ブーメラン台風”では、カルビーや湖池屋がポテトチップの休売に追い込まれるほど道内のジャガイモ産地は大打撃を受けた。だが、幸いにも梶田さんの畑の被害は軽微だったと知り、店員全員が心の底から安どしたという。

自治体公認店だから、町役場からの電話もよく鳴る。12月上旬には福井県美浜町役場の職員から『○月○日までに寒ブリの入荷の準備をお願いします!』との連絡が入ったそうだ。その数日後、同町と地元漁協は町内で水揚げされた重さ8kg以上の寒ブリを『若狭美浜寒ぶり・ひるが響(ひびき)』と名付け、ブランド化することを記者発表した。

それに先駆け、「『ひるが響は東京の美浜町の店でも食べられます』と告知するから入荷の体制を整えてほしい」というのが役場の要望だったというわけ。かくして日本橋にある『美浜町』店では“美浜寒ぶり”がメニューに加わることになるのだが…、

「ブリといえば、どうしても『氷見の寒ブリ』となっちゃう。でも、ぶっちゃけると漁場は氷見産も美浜産も一緒。しかも、氷見より南側にある美浜のほうがより長く泳ぎ、エサをたくさん食べたブリがやってくるので、実は『美浜寒ブリのほうが美味しい!』って言う方もいるんです。でも、名前負けしちゃうんですけどね」

そう言われれば客は注文しないわけにいかなくなる…。各産地から旬の食材と現地でしか知りえないナマの情報が頻繁に店に届く。その親密な関係性は、例えばファンファンクションが年1回、行なっている産地研修によっても構築されている。

「町の看板を背負う以上、産地のことを深く知ることが何より重要と考えていますので、アルバイトも含めて現地へ毎年、研修旅行に行っているんです」(合掌社長)

八雲町のホタテ漁師・水口さんの思い

研修中の町のガイドは主に役場の職員。用意してもらったバスで港や畑を巡り、漁船に乗ったり農業体験を積んだりして、生産者のこだわりや苦労を身を持って知る。すると「研修から帰ってきた翌日から店員の目の色が変わる」のだと森さんは言う。

「人から借りた言葉やマニュアルじゃなくて、自分が驚いたり感動したりしたモノがスッと落ちてくるので、躍動感あふれる話ができるようになります。食材を説明する際には『生産者の方』から『おじいちゃん、おばあちゃん』という呼称に変わり、心底、『いい町なんです』『いい食材なんです』と話せるようにもなって。研修に行くと、みんなその町のことが好きになるから、接客に愛情がこもるようになるのだと感じます」

さらに、合掌社長がこう話す。

「お店で働く人にとっては、給与も待遇も大切だけど、そこに自分が働くことで何かに貢献できているという面でのモチベーションが加われば、それは幸せな働き方になるはず。

実際、ご当地酒場をやってよかったと思うのは、もちろん集客ができて繁盛したこともあるんですが、それによって生産者や町の方々にものすごく喜んでいただけたこと。役場の町長や職員の方、農家や漁師の皆さんから直接、感謝の言葉をいただけることが、この会社で働く大きなモチベーションになっています」

では、生産者の人たちはこの会社のことをどう思っているのだろう? 北海道八雲町のホタテ漁師、水口忠行さん(61歳)はこう話す。

「合掌さんとの付き合いは10年ほどになるけど、最初にこの町にやって来た彼は、私たちに『八雲の食材に惚(ほ)れた』と言った。最初は半信半疑だったけど、向こうから研修でこっちに来てくれたり、一緒に酒を飲んだり。

こっちからも店に何度も足を運んだりする関係が続く中で、合掌さんも従業員の方も本当に八雲のことを好きになってくれてんだってことがよくわかった。だったらこっちも惚れないと。だから合掌さんの会社とは“相思相愛”、お店を活気づけられればと愛情をこめてホタテを育てています」

八雲町は全国有数のホタテ産地で、噴火湾で獲れるホタテは味が濃厚なことでも知られる。ただ、道外に流通する際には『北海道産』『函館産』とひとくくりにされてしまうことに生産者たちはもどかしさを感じていたという。この状況を変えようと、地元の漁師や漁協は道内外のスーパーやデパートで販促活動に取り組んできた。

「でも、お客さんの反応はさっぱり…。パンフレットと一緒にホタテを売るんだけど、『ほんとに美味しいの?』と言われたり、無言で商品を受け取って終わり。漁協としても30年以上にわたって販促をやってきたけど、パッとする効果は得られなかったんです」

ご当地酒場は生産者の意識も変える

だからこそ合掌社長の話にも最初は「半信半疑だった」のだが、数年前に同社に請われ、日本橋の『八雲町』店で生産者自らホタテを振る舞う『ふるまいホタテ』というイベントに参加した際、客の予想以上の反応に驚いたという。

「生きたままのホタテを見せてあげると、『わ、すごいっ!』って喜んでいただけた。で、そのまま貝の上でホタテをさばき、貝柱を渡すと醤油をつけて食べようとしたので『そうじゃない』と、軽く塩を振りかけて食べさせてあげたら『うまい!』というのと『甘い!』というのと、ふたつの言葉が出てきた。『こんなに美味しいホタテを食べたのは生まれて初めて』と言われた時は、もう涙が出そうなくらいに嬉しかったね」

これ以降、『ふるまいホタテ』のイベントは店主導というより「来月、東京に行く用事があるからついでに振る舞わせてくれ」と、漁師主導で開催されることが多くなった。来店客の中には八雲のファンになる人も多く、漁協を通じて個人で八雲産ホタテを購入するリピーターも増えているのだという。

「店を介して八雲をPRする効果は大きいです。漁師も漁協の職員も八雲のホタテに自信が持てるようになり、以前は消極的だった販促活動も活気づいてきた。『俺たちも一生懸命稼いで良いものを作ろう』という姿勢が生産者の間で浸透してきているのを感じます。おかげで他の飲食店からも『八雲の食材を使いたい』という話をいただけるようになりました」(水口さん)

水口さんは「合掌さんのところは、彼も森さんも他の従業員の方も自分たちと同じ土俵に立ってくれて、『一緒にやろう』という意気込みを伝えてくれる。それが相思相愛の関係を作る一番の要因じゃないか」とも教えてくれた。

最後に、合掌社長がこう話す。

「自分たちが商売をし、お客様に喜んでいただくことで、さらに世間が良くなればいいなと思っています。『世間』とは我々にとっては町であり、生産者であり、食材です。ただ、地域貢献に寄りすぎると、社員が幸せにならない。しっかりとした利益を得て、商売を成功させ、社員の生活を守ることが経営者の務め。そこにプラスして、取引きのある産地の活性化や、生産者に恩返しするという思いを忘れてはいけないと思っています」

今では「わが町の食材もぜひ」と、全国の自治体からオファーの連絡が舞い込んでいるという同社のアンテナショップ居酒屋。合掌社長と生産者との“二人三脚”の歩みは、今後ますます加速していきそうだ。

(取材・文/週プレNews編集部)

ファンファンクションの合掌智宏社長(40歳)