大阪に本社を構え、全国に66店舗を展開するお好み焼きチェーンの『千房(ちぼう)』は、刑務所や少年院の出所者の雇用に熱心な会社としても知られている。(前編記事参照)
創業者でもある中井政嗣(まさつぐ)社長は力強くこう話した。
「人間には無限の可能性があります。失敗したとしても立ち直れる、私はそのお手伝いがしたいんです」
その信念の下、塀の中で面接をし、出所に合わせて衣服と住まいを与え、社長自ら身元引受人にもなって、これまで計30人の元受刑者を採用している。だが、会社として出所者雇用に取り組むことは想像以上に険しい道でもあった――。
数年前に採用した出所者の男性の場合、入社して3年後に店のNo.2である主任まで出世した。「出所者でも元非行少年でも実力さえあれば幹部社員に登用する」のが中井社長の考えだ。だがその後、裏切られる時が来る。
その主任には、本人曰く、かつて結婚していた時にもうけた子どもがいた。会いに行きたい、必要なものも買ってあげたい。この願いを応援しようと、中井社長は小出し小出しにお金を渡し、総額で300万円も貸していたが、その後、主任には新しい彼女ができた。
そのクレジットカードを利用して200万円の借金をしたことが発覚。中井社長はすぐに「まずは彼女に金を返せ」と、さらに200万円を貸した。ところがある日、主任は店からいなくなった。いなくなってからわかったのが、彼はギャンブル依存症で店のレジの売上げ金にも手を付けていたことだった…。
さすがに「心が折れた」と中井社長は振り返る。そして「責任を取る」との言葉通り、取られた売上金を自ら弁償した。
だが、それで出所者の採用をやめようとは考えなかった。というのは、面接からずっと密着取材していた報道番組が流れ、新聞各社でも報道されると、匿名の嫌がらせの1通のメールを除いては「よくやった」「応援します」といった励ましのメールやFAXが会社に殺到していたからだ。
そして、この主任が行方不明となった後、報道を見た日本財団から声がかかる――「出所者をもっと採用しませんか。助成金を出します」
日本財団は出所者を雇用した企業に向け、ひとりにつき1ヵ月8万円を最長6ヵ月間助成する、との構想を持っていた(この助成は後に法務省に引き継がれた)。
対象は初犯か犯罪傾向が軽い人で原則、殺人・薬物・性犯罪者らは除かれる。受刑中に面接し、出所後は企業が身元引受人となり、更生保護施設や会社が用意する寮から通勤し、最長半年間の就労体験を経て正社員としての定着を目指すというもの。
企業単独での出所者雇用にはコストがかかる。千房の場合、ほとんどの出所者が着の身着のままで出所するため、衣服や布団など身の回り品を揃えるだけでも数十万円は必要だったという。そこで、日本財団の話に中村社長はこう思った。
千房の取り組みに同調する企業も現れている。ならば、今後は企業がまとまって組織を作れば、多角的に出所者を採用できる。そのために助成金を活用しよう。
そんな中井社長の呼びかけに7社が応じた。そして13年2月、職を通じて出所者の親代わりになるための取り組み、「職親プロジェクト」が発足する。これは関西圏では大きく報道され、社会貢献を果たしたい企業の参入を促した。果たして、7社で始まった職親プロジェクトには18年6月時点で110社が参加、全国24の刑事施設で収容者向けに求人や面接を実施している。
せっかく職を得たのになぜ辞めていくのか…
この職親プロジェクトを通じて千房に入社した出所者のひとり、高宮洋一さん(仮名・30代)は3年ほど前、知人の金を盗み、山口県にある刑務所『美祢(みね)社会復帰促進センター』に収監された。
「馬鹿なことをした」と反省しつつ、「出所したら自分はどうなるんだろう」との不安を覚えていたある日、求人票が納められたファイルを開いてみた。様々な求人がある中で元々、飲食業や接客業に関心があったことから千房の求人に目が留まる。
「刑務官を通じて応募したら、すぐに人事部長が来訪してくれました。1時間ほど話し合い、それから数日後に内定を告げる手紙をいただきました。私も説明に安心感を覚えていたので、内定は嬉しかったです。決まってからも月に一度は手紙でやりとりして、随時、近況報告をさせていただきました」
出所日、身元引受人になってくれた中井社長と社長室で面会する。採用してくれたことへの礼を述べると同時に、将来は「店長になりたい」と話した。千房では新入社員が店の主任になるには3~4年、そこから店長になるには2年はかかる。中井社長は「応援するから」と言葉をかけた。
入社後に配属された店では自身の犯罪歴を全従業員が共有していたことに高宮さんは安心感を覚えたという。
「私に関するすべてをオープンにしてくれた上でスタッフの皆さんが温かく迎えてくれました。ここでならやれる。そう思いました」
そう話す声は明るい。店長にも話を聞いたが「彼なら大丈夫」と出所者への偏見が全くないのが印象的だった。…だが、実は高宮さんのように働き続ける出所者は少数だ。
日本財団の統計では13年2月以降に職親プロジェクトを通じて内定を得たのは18年5月時点で167人、就職したのは152人で、そのうち、働き続けている就業者は41人。つまり“4人に3人”は辞める。
これは出所者雇用に取り組む企業に共通した課題だ。以前、本連載に登場した北洋建設では過去45年間で500人以上を採用したが、その9割超が会社を去っている。千房も過去に採用した出所者30人中、今も働き続けているのは8人だけだ。
「その中には自分の道を見つけて転職した人間もいますが、裏切って辞めた者、夜逃げした者もいました。そのたびに心が折れそうになりますが、これは職親プロジェクトに参加する企業の共通した思いだと思います」(中井社長)
なぜ、せっかく得た職から出所者は離れていくのか。
出所者を雇用する『協力雇用主』を支援する組織にNPO法人「全国就労支援事業者機構」(以下、事業者機構)がある。全国の更生保護協会や保護司会などの有志団体が『罪を犯しても社会のなかでこそ立ち直る。民間の立場から出所者の雇用を支援しよう』との目的から09年に設立した組織で全都道府県に支部をもつ。
協力雇用主ではなくても、出所者の雇用を支援する800社弱の会員からの会費を財源に、たとえば出所したてでお金のない人にはスーツやネクタイ、当面の生活費などの支援をしたり、16年度は2077人の出所者の身元保証をしたりといった活動を展開している。
16年2月、事業者機構が過去に出所者を雇用した1千社に向けて実施したアンケート調査によると(回答企業646社)、『出所者の在籍日数』については「1年以内」が67.2%。大卒者の離職率が3年で3割程度だから、やはり出所者の離職率は極めて高い水準にある。
その理由について、同機構の西村穣(みのる)事務局長は「せっかく職を得た彼らがなぜ突然辞めるかはよく判りませんが、ひとつだけ言えるのは、職場で叱責(しっせき)されることや人間関係のやりとりに我慢強くない人が少なくないこと。それが強いストレスになり、無断退職や失踪に繋がっているかと思います」と分析している。
出所者の離職率を下げる画期的な取り組み
さらに、『事業者から見た問題点』に関するアンケート結果を見ると「無断欠勤などの勤務態度…53.5%」、「仕事への意欲が乏しい…41.5%」、「挨拶などの社会常識、ビジネスマナーの不足…33.7%」、「職場での円滑な人間関係を築けない…32.9%」、「遅刻など時間にルーズ…31%」、「同僚とのトラブル…23.6%」、「なかなか仕事を覚えられない…20.5%」とある。
確かに、これまでの取材でも出所者を採用してきた経営者たちはこれらの点を指摘していた。ここに出所者雇用の難しさがある。西村事務局長も「ただ雇って終わりではなく、その後の雇う側の対応が問われている」と強調した。
出所者を雇うだけでは“真の雇用”には結びつかない。必要なものは何か。中井社長は「いくつかあります」と、まずは刑事施設内での職業訓練の改革を挙げる。
「私たちは今、全国の刑事施設のうち、多摩少年院(東京・八王子市)、加古川刑務所(兵庫・加古川市)、佐賀少年刑務所(佐賀市)を職親のモデル刑務所にしようとの構想を持っています。具体的には、社会にマッチした職業訓練の実施です。今、刑務所内では木工や洗濯といった作業がありますが、そんなの覚えても今の社会では需要がありません。これからは介護職の資格取得や左官の養成など時代にマッチする職業訓練をすべきです」
実は、職親プロジェクトの参加企業(職親企業)の中には建設、農業、介護など各分野の有資格者や職人を持つ会社が多い。そうした企業と連携して職業訓練を施せば、即戦力にもなりうる技能を身につけたうえで出所、就職後の定着率アップにもつながるという話だ。
中井社長が構想する“時代にマッチした職業訓練”はすでに一部の刑務所で導入され、例えば加古川刑務所では1年後に出所予定の受刑者に16時間に及ぶ建設分野の技能訓練を、佐賀少年刑務所では職親企業の社員を講師に電気通信関連の職業訓練を施している。さらに特筆すべきはインターンシップだ。
今年3月、千房の八王子市内の店舗では多摩少年院に在院する少年を受け入れ、お好み焼きの仕込みからサラダの調理、野菜のカット、清掃業務までを1日体験、店長が付きっきりで指導したという。その結果、参加した少年は出院後に『千房で働き、店長になることが夢になった』と日本財団の公式サイトは伝えている。
これらの取り組みは今後も続く。だが、「職を与えることだけが受刑者の就労支援ではない」と中村社長は言う。
「出所者の真の更生に必要なものは『自己肯定』なんです」
中井社長は昨年、浪速少年院(大阪・茨木市)で60分間の講話を行なったのだが、最後の質疑応答である少年からこんな質問をされたという。「どうして私たちのような人間を採用するのでしょうか?」
自分たちを“否定”するかのようなこの質問に中井社長はあっさりと回答した。「何か問題ありますか?」
ハ?と、水を打たれたような少年たちに中井社長は説いた――「確かに罪は犯したが、もう二度としないと誓ってここを出るんでしょ。自信を持ってください」
こう語るのは、中卒の自分でも努力をし、周りの人たちから助けてもらいながら全国展開を実現してきた自負があるからだ。
「千房を全国展開している時に、私は母にさりげなく尋ねたことがあるんです。『おかあちゃん、オレがこんなになると考えられたか?』と。母はこう言ったんですね。『まさか、おまえがこうなるとは夢にも思わなかった』って。私を誰よりも知る親ですらわが子の成長を予想できない…つまり、『人間は無限の可能性を持っている』。だから、私は出所者には職を得ることに加え、『自分はやれる』との自己肯定感を持ってもらいたいんです」
獄中への手紙に“中井イズム”の神髄を見た
千房でも出所者の定着率は高くない。それでも採用し続けるのは少数であれ、まじめに働く出所者がいるからだ。「あの姿を見ていると、やはり前向きになります」
昨年、ある“事件”が起きた――。出所後に千房で働いていた3年目の社員Aさんに余罪が発覚したのだ。初犯は窃盗だったが、発覚した余罪はナイフを使っての強盗だった。DNA鑑定でAさんによる犯行と断定され、再逮捕されたのだという。
これに千房の社員たちが驚いたのは言うまでもないが、中井社長はすぐにAさんを休職扱いにした。つまり千房で再び受け入れると決めたのだ。さらに被害者には弁償をし、Aさんに弁護士をつけ、法廷では自ら証言台に立って「まじめに働いてきた。反省もしている。彼を助けてやってください」と訴えた。
社長が再び身元引受人になると明言したことも影響してか、逮捕した刑事からは「最低でも5年はかかりますよ」と予想されていた判決は「懲役2年半」と短いものになった。仮釈放がつけば、来年には出所するかもしれない。
ひとたび受け入れた人間を決して見捨てない。最近、中井社長は服役中のAさんにこんな手紙を書いている(概要)。
『9月の主任認定試験に挑戦するものと楽しみにしていたので残念です。でも、過去は変えられないが未来は変えられる。まだまだ取り戻せますので、今回こそしっかりと反省してリセットしましょう。心を磨いて復帰してください。それまでは休職扱いで対応しますのでご安心ください。何も心配はいりません。仕事で返してくれたらいいのです。待っています。両手を広げて待っています。全従業員が同じ思いです。復帰したら職親プロジェクトの成功事例として皆に話してあげてください。その日が楽しみです。待ってるぞ』
人を否定しない。むしろ肯定する。そうして人は更生する――ここに“中井イズム”の神髄を見たような気がする。
(取材・文/樫田秀樹)