ライト・ライズの寺本幸司社長 ライト・ライズの寺本幸司社長
ニッポンには人を大切にする"ホワイト企業"がまだまだ残っている...。連載『こんな会社で働きたい!』第26回は、千葉県内に店舗を構える居酒屋チェーン、有限会社ライト・ライズ(千葉・印西市)だ。

***

千葉県下で『とりのごん助』や『ひょっこりごん助』など居酒屋6店舗を運営する有限会社ライト・ライズでは、毎週月曜の午前11時から2時間、全社員が出席する社員ミーティングを実施している。

社長の訓示に眠さを耐えるミーティングではない。2時間、社員全員がひたすら自分の頭で考え、自分の意見を遠慮なく表明し、どんな意見であっても誰も「否定」しない。

筆者が取材に訪れた7月9日の社員ミーティングでは、寺本幸司社長が議題の一つとしてある提案をした。

「これから客単価を3000円まで上げたいと思っています。抵抗ある人はいる?」

出席していた社員は誰も手を上げない。遠慮してではない。どの社員も確信をもって手を上げない。寺本社長は続けた。

「え、いない? じゃ、なぜ単価を上げなければならないのか。何のため、誰のために単価を上げるのか。これを各チームで2分で話し合ってください」

言い終わった瞬間から、3つのチームでは各社員がノートや付箋紙やタブレットに自分の意見を書きこんでいく。書き終えたころに、各チームのリーダーが社員に意見を求めた。もう紙に書き込んだことだから各自が正直に伝え合い、いろいろな意見が出る。

2分経つと、寺本社長が立ち上がった。「はい、各チームごとに発表して」

それぞれのチームが「付加価値をつけた料理を出せることで、客の満足度を上げることができる」、「他店との差別化ができるので、結果として売上げ増になる」「他店と比べても、『この値段でいいの?』と思ってもらえるから、攻めの営業ができる」等と発表すると、寺本社長は続けた。

「じゃあ、差別化することのメリットは? どうすれば、お客様はワンランク上の店とウチとを比較できますか? はい、1分で」

社員は自分の考えをまたも文字にして、1分後にそれぞれが意見を出す。

「まずおいしいこと。ウナギ専門店と比べても、同じクオリティなのに安い」「お客様と仲良くなれること。そのためには、入店時のホールでもこだわりの説明をする」「何が一押しかをきちんと伝える。料理をお出しした時に、丁寧な一言を添える」「身だしなみをきれいにすることです」

これをウンウンと聞いていた寺本社長が「そうだね。今、Tシャツがシワだらけの人、反省してください!」と、その当人に向かって言うと爆笑が起こった。

ライト・ライズの社員ミーティングの様子 ライト・ライズの社員ミーティングの様子

よく聞いて、と寺本社長は再び立ち上がり、接客力の向上を訴えた。

「たとえば、『ああ、料理、そこ置いといて』といったお客様がいる。でもこういうときにもきちんと接客することを考えようよ。何もできないと思ったら、そこで終わる。何か方法はないかと考えきって、やりきってほしい。考え続ければそれが売り上げ増につながる。あとお帰りの時にもきちんと接客しよう。それが次の来店につながるから」

すると、ここで一人の店員が手を挙げた。

「あ、それ僕やってます。お客のレシートを褒めるんです」
「ええ?」
「会計でのレシートを見て、『うわあ、ウチの定番、メチャ注文してくれたんですね!』、『これ頼んでくれたんですね。ありがとうございます!』って。そうすると、笑顔で『今度、友だち連れてくるよ』って言ってくれるお客様もいるんです」

とたんに、全員から「よ!」と褒めの反応が返ってくる。

この他にも「この1週間で得た成果」「この1週間での反省点」など次々と議題が出され、あっという間に2時間が過ぎた。どの社員もミーティングに参加させられている感はまったくない。誰もが楽しそうだ。「これが当たり前」という企業文化になっているのだ。

ミーティングのあと、寺本社長はこう説明した。

「極めて当たり前のことを僕は質問し続けています。僕が確認したいのは『そもそも』です。『そもそも』何のためにこの仕事を、この業務をしているのかという根本的なことを企業文化として個人個人のなかに取り込んでほしいんです」

ライト・ライズは印西市を中心に6店舗の焼鳥居酒屋を経営するが、乗降客数1万人以下の駅前という立地条件ながら、全社の営業利益率は18%と、飲食業界のなかでは群を抜いて高い。離職者もここ5年以上ゼロという、やはり飲食業ではありえない数字を記録している。

そのヒントはどうやら社員一人一人のモチベーションが高いことがあげられそうだが、ここまで来るには長い時間がかかったという。

寺本社長が飲食業に関心をもったのは高校生のときだった。調理のアルバイトをしていたファミリーレストランで、客に喜んでもらうことに喜びを見出したのだ。高卒後は新人の板前として外食業界に飛び込んだ。いくつもの企業を転々として、2005年、27歳のときにライト・ライズの1号店を立ち上げた。

このころ、寺本社長の基本方針は「売上と店舗数が全て」。果たして、2号店、3号店、4号店と立て続けに出店した。もっとも、同時に「多くの人材に活躍してほしい」との思いもあった。ところが壁にぶつかる。

まず、営業利益がほとんど出なかった。それ以上に頭を悩ませたのは、社員が疲弊しきっていたことだ。矢継ぎ早な出店が重なったことで、全員長時間労働で、休みも取れない。社員も辞めれば、アルバイトも数カ月で辞めるの繰り返し。寺本社長は、社員やアルバイトがいつ辞めるのかビクビクしながら毎日を過ごしていた。

現在、ライト・ライズは6店舗を有しているが、これを統括するのは3人のチームリーダー。その一人、吉田そう樹さん(29歳)はそのころのことを覚えている。

2007年冬、高校3年生だった吉田さんは、1号店の隣の学習塾でアルバイトをしていたが、生徒の学力アップという成果を出しながらも、ワケあってやめざるをえなくなった。ちょうどその日、1号店の前を歩いたら、そこでアルバイトしていた小・中学校時代の先輩に出会ったことでそのまま1号店でアルバイトに入ることになる。

その後、ライト・ライズでは、4店舗まで営業拡大するのだが、「まず、それぞれの店の営業方針は店長次第なので、4店舗同士の社員の行き来がなく、異動もなく、互いの顔も知りませんでした。加えて、僕は大学に行ってもバイトを続けたけど、大学の授業が終わってから、17時から翌朝5時まで働いたんです。長時間労働に加え、閉店後にみんながダラダラしていて、今日できることでも翌日に回すのは当たり前でした」

2010年、大学1年生でアルバイトに入った薮内伸治さん(26歳)も「入りたての頃は大変でした。当時は、アルバイトが入っては辞め入っては辞めの繰り返しで、僕はたった2、3カ月で上から2番目になっていたくらいです。皆の仲? 悪かったです(笑)」と振り返る。

現在はチームリーダーを務めている薮内さん 現在はチームリーダーを務めている薮内さん

設立当初から一緒に働いてきた経営幹部も「こんな状態では誰も幸せになれない」と一喝。

寺本社長の頭をよぎったのは「倒産」の文字だった。そんな時、上場企業のある社員と飲む機会があったという。寺本さんは素直に悩みを打ち明けると、その社員はこう言った。

「やっぱり、仕事を続けるには、仕事の楽しさじゃないんですかね」

楽しさ。寺本さんは「その努力はできるかな」と感じたという。でも、どうすれば、社員が、やりがいや誇りを持てるようになるのか?

当時、社員には職人肌の人が多く、ややもすれば「俺に任せろ」といった雰囲気に寺本さんは口を出さないでいた。また、店が違うと社員同士は3カ月も会わないのが当たり前。社長も社員の前には姿を現さない。前出の薮内さんもバイトを始めた当時、時々店に現れる寺本社長を「誰?」と思っていたという。

つまり、コミュニケーションが希薄な会社だったのだ。寺本社長自身も、社員から仕事への期待や不安、悩みなどを聞いたこともなかった。

「そこで、思いついたのは、全社員との個人面談でした。もちろん、簡単ではありませんでした。派閥もありましたしね。でも、半年かけてじっくりと『こういう会社にしたい』と話し続けたんです。同時に、今の社員ミーティングの原型ともなる勉強会も始めることにしました」

こう書いてしまうと、問題の多い会社だったかのような印象を与えてしまうが、「学ばせてもらったことは沢山ある」と前出の吉田さんは語る。

吉田さんは、ここでアルバイトを始めてから、初めて夢を語れる大人=寺本社長を見たという。それまでは「人生、学歴でしょ」と考え、人生に特に目指す目標もなく、漠然と将来は公務員かなと思っていた。

寺本社長は勉強会と同時に各店のアルバイトリーダーを自宅に集めて、自ら食事をふるまいながら夜通し語り合う「アルバイトミーティング」も始めたのだが、そこで耳にした「飲食業界の底上げをしたい」「いかにやりたい仕事をやりきるのか」といった社長の熱弁は心にしみた。

「いやあ、社長がめちゃくちゃ魅力的でした。社長は僕にも『お前はオレにできないこと、たくさんできるね!』と期待をかけてくれた。年上の人が『自分にはできない』と素直に言ってくれたのは驚きました」

橋本祐太さん(24歳)も、7年前に高校生の頃にアルバイトで入った。確かに従業員の出入りが多い職場ではあったが、客への気遣いや言葉の伝え方を先輩から教えられたという。このとき、2カ月だけコンビニでバイトを掛け持ちしていた時期があったが、橋本さんの勤務時間帯だけ売り上げが伸びた。それは、客の顔を覚えたことで積極的に挨拶を交わし、客が何かを買う前に「こちらですね」と接客できたことで固定客がついたからだ。

「僕は、その接客をライト・ライズで学んだから当たり前と思っていたけど、世間一般ではすごいことだったんですね」

梅田真吾さん(28歳)も08年、大学1年のときにキッチンでアルバイトに入った。ここで学んだのは、「会社と人は共に育つ」という概念だった。
 
ここで登場した4人の社員はその後大学に進学し、卒業後の進路としてライト・ライズを選ぶ。だが、発展途上のライト・ライズでは壁にぶつかり苦しむ人もいた。寺本社長が始めた勉強会も、スタート当初は、まだ社長の"独演"に近く、今のスタイルに落ち着くにはもう少しの時間を要した。

★後編⇒バイトの3割が社員に、大企業を辞め出戻り入社する人も......居酒屋チェーン・ライトライズが従業員から愛され続けるワケ

バイトの3割が社員に、大企業を辞め出戻り入社する人も......居酒屋チェーン・ライトライズが従業員から愛され続けるワケ