『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、世界の成長市場として注目される「エドテック」について語る。
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少し前にも書きましたが、数学を学び直すためにオンライン学習にハマり、いろいろなコンテンツを利用しています。最近は米LA在住と思われるアジア系男性のYouTubeチャンネル『blackpenredpen』が気に入っています。
彼が話すのはシンガポールなまりの英語で、非常に早口なのですが、ちょうど僕が望んでいるレベルの数学の知識をわかりやすく、しかも楽しさを前面に出して解説してくれるので、重宝しています。
コロナ禍の影響もあって、オンライン学習・教育をはじめとした「エドテック(EdTech=Education+Technology)」は世界的な成長市場として注目され、巨大IT企業も積極的に投資しています。
驚くことに、一部には多くの人が問題を解くプロセスを解析してビッグデータ化し、個々人の学習状況に合わせて最適なソリューションを提案するサービスも存在します(例えば、ある問題の特定部分でつまずいたときに送るべき助言をAIが判断するなど)。
いずれは学校や予備校、学習塾のような「1対n」の教師よりも個々人に最適化された、無駄のない"理想の先生"がアバターで作れてしまうということにもなります。
これは裏を返せば、多くの子供たちがIT産業にメタ情報を抜き取られるということですが、それを怖いと感じる人もいれば、劇的な学習能力向上が望めるなら構わないという人もいるでしょう。
子供に最高の教育機会を与えたいという"親の欲望"を刺激すれば、惜しみなく大金を払う人が世界中に山ほどいるからこそ、IT産業は教育分野をドル箱とみなしているのです。多くの地下資源に埋蔵量の限界が見えつつあるなか、無限の可能性をもつ人の「脳」は地球に残された最後の資源という見方もできるかもしれません。
そんななか、中国政府がオンライン教育関連の規制に乗り出したことが報じられました。アリババやテンセントなど中国最大手のIT企業も投資し、1000億ドル(約11兆円)規模に拡大していた成長市場が、習近平(しゅう・きんぺい)政権から突然ブレーキをかけられた形です。
表向きは「小中学生の学校外での負担軽減を図るため」としていますが、本当の狙いがそれだけではないことは明白。政治は独裁、経済は資本主義といういびつな体制下で、富裕層だけが利用できる質の高い民間教育コンテンツを野放しにすれば、経済格差がますます拡大して人民の不満を抑えきれなくなるという理由もあるでしょう。
また今回の規制では、中国国外にいる外国人教師の雇用禁止、海外企業からの投資禁止、外国教材に対する厳しい審査なども打ち出しており、学習を通じて西側の価値観が浸透することを恐れる中国共産党のパラノイアが見え隠れします。今後は6歳以下の子供に対するオンライン授業や、自宅学習そのものが制限される可能性もあるといわれています。
一方、日本では中国のように民間市場に政府が強制介入してくることはありません。けれども、こと教育分野となると、とりわけ「例外」が煙たがられる傾向にある。
イノベーションとは例外から生まれるものだと考えれば、その体質そのものが、イノベーションを阻害しているといわざるをえません。この世界的な成長分野に挑まない手はない、と個人的には思うのですが。
●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(関テレ)、『所さん!大変ですよ』(NHK総合)ほかメディア出演多数。NHK大河ドラマ『青天を衝け』にマシュー・ペリー役で出演し大きな話題に!