札幌市で建設途中だった高層ビルで、鉄骨のズレや床が薄いといった施工不良が見つかり、すでに15階まで組み上がっていた鉄骨を解体して、一から建設をやり直すという前代未聞の事態となった。施工主の大成建設の担当者は、精度不良に気づいていたものの、梁の水平度合いの計測値を改ざんするなどして問題を隠蔽していた。
一方、「マンションでも施工不良は頻発している」と話すのは住宅ジャーナリストの榊淳司氏だ。しかも「その多くは隠蔽され、住民も泣き寝入りせざるを得ない」という。一体何が起きているのだろうか......。
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全国でどれだけの施工不良が発生しており、そしてその何割が闇に埋もれているか、と言ったことについての確かなデータはない。実際のところ、売主側がごまかしながら逃げ切った事例は山のようにあるのではないか。
むしろ、責任を認めて補修工事を行ったケースは「氷山の一角」だろう。そう考えると、タワマンに限らず新築マンションにおける施工不良の割合はかなり高いように思える。
典型的な「逃げ切り例」をひとつ紹介してみよう。
2008年のリーマンショックの少し後に新築販売されていたあるマンションが、東日本大震災に見舞われた。築1年にも関わらず、共用部分に相当の損傷を負ったのだ。管理組合は当然のごとく売主に対して無償での修復工事を求めた。そして売主である野村不動産や三菱地所レジデンスは、施工したゼネコン建設会社に補修工事の見積もりを依頼した。
その後、この建設会社は管理組合に対して1億数千万円の見積もりを提出し、「これはすべて地震による損傷で、施工不良ではないので無償修復はできない」と伝えたそうだ。しかし、周囲にはここよりも築年が古いマンションがあったものの、これほどの損傷が出たところは他になかったのだ。
管理組合は理不尽とも思える建設会社側の言い分を受け入れ、1住戸につき数十万円の一時金を徴収し、建設会社に補修工事を依頼したそうだ。管理組合が折れた理由は簡単だ。仮に施工不良が認められれば、マンションの資産価値が数十万円どころでなく下落してしまうからだ。
その数年後、東京に少し強めの台風がやって来た。その折、このマンションの2階部分に張られていたタイル数百枚が剥落して地上に落下。怪我人が出なかったのは幸運だった。ちなみに2015年に発覚した、建物を支える杭が支持基盤に達していないことで建物が傾き、売主である財閥系デベロッパーによる建て直しに至った横浜市にある700戸規模のマンションを施工したのも、この建設会社だった。
これはすべての物件に言えることだが、マンションの区分所有者たちは、売主や管理会社からささやかれる「事が大きくなるとこのマンションの資産価値が下がりますよ」という殺し文句にはとことん弱い。それで泣き寝入りになっているケースがどれほどあるのか、ちょっと想像できないくらいだ。
それでも、時に施工不良が表に出てしまうことがある。
例えば2021年4月に週刊誌『FRIDAY』で報じられた、住友不動産が売主で西松建設が施工主となった「シティタワー恵比寿」の問題だ。施工不良の詳細についてはここでは省略するが、その後、管理組合からの改善要求を受け、売主の住友不動産は
・界壁のボードならびに二重床・二重天井を撤去の上、再施工
・給湯器の給湯・給水管の主管径を16Φ(直径16mm)から20Φ(直径20mm)に変更
を柱とする補修方針を打ち出した。しかしこれはかなり大掛かりな工事となった。
「界壁」というのは、我々が通常「戸境壁」と呼んでいるものであり、住戸と住戸との間に嵌め込まれている。板状型のマンションの場合、戸境壁の多くは鉄筋コンクリートで形成される躯体構造の一部である。
しかしタワマンの場合は建物全体の荷重を軽減するため、「乾式構造」の壁が用いられる。分かりやすく言えば、石膏ボードを厚くしたような構造である。中には遮音材や断熱材も入っている。乾式の戸境壁は、当然ながら鉄筋コンクリートの壁に比べると遮音性に劣る。
工場で製造されたものを建築現場に運び込み、職人が嵌め込む工法で施工される。少なくとも天井と床との間には接合部が生じる。鉄筋コンクリートの場合は、コンクリートが連続しているので接合する必要はない。その接合部の施工精度が悪ければ、当然マニュアル通りの遮音性能は得られない。物件にもよるが、タワマンでは「隣の人がくしゃみをしてもそれと分かる」状態だったりするのだ。
このマンションでは、住人から「上下左右から音が聞こえてくる」という苦情も噴出していたという。戸境壁の材質や施工精度に加えて「二重床・二重天井」にも多くの問題があったのだろう。
そのほか、二重床の支持脚の変更や床大理石の全面張替え、界壁の補修など多岐にわたる改善工事も行われ、機械式駐車場の再塗装や、エレベータの内側やシャフト側への断熱材や吹付や充てんなども必要となった。
住友不動産側が出した施工不良に関しての報告書には「施工不備・図面との差異」という文言も入っている。そこからも、このタワマンの施工不良は相当なひどさであることを推測できる。
そして、これらをすべて良好な状態へと改善するためには、内装はほぼ全面やり直し。鉄筋コンクリートの躯体とALCパネルの外壁、キッチンやバスルームなどの水回り設備は残しての全面改装が必要と考えていいだろう。ちなみに施工主の西松建設は、この施工不良をめぐり、瑕疵の補修費用の発生によって90億円を特別損失として計上している。
この一件は、あまりにも大きな瑕疵であったこともあって表に出たわけだが、施工不良がここまで生々しく報道されることは少ない。同時期にやはり住友不動産が売主で、西松建設が施工したタワマンで施工不良の疑いが浮上したが、そこでは内々に処理されているようだ。前述の通り、区分所有者にとっては、その方が資産価値への影響を軽微に抑えられるからだ。
「資産価値への影響が出ないように......」。購入者(区分所有者)たちを黙らせることができるこのフレーズの存在が、売主や施工主にとってのモラルハザードを起こし、施工不良を生み出してしまう元凶のひとつになっているともいえる。
●榊淳司
住宅ジャーナリスト。1962年京都府生まれ。同志社大学法学部および慶應義塾大学文学部卒業。バブル期以降、マンションの広告制作や販売戦略立案などに20年以上従事したのち、業界の裏側を伝える立場に転身。購入者側の視点に立ちながら日々取材を重ねている。『マンションは日本人を幸せにするか』(集英社新書)など著書多数