「猫騙」のライブにて。「『アンスラックス』がネイティブ・アメリカンの格好してステージ立ってたのがカッコよかったからまねた」

90年代に彗星のごとく現れ、ミリオンヒットを連発しつつも、表舞台から突如姿を消した真相をセキララに語った元WANDS・上杉昇。

前編(「WANDSは“やらされてる感”がすごくありました」に続き、衝撃インタビューの後編!

■「カート・コバーンの死が背中を押した」

―つまり、逆に考えると、その幻のシングル候補曲が上杉さんの志向するロックな楽曲であれば、WANDSに居続けた可能性も?

上杉 ありましたね。自分がいた後期の方向性で続けさせてもらえていたら、脱退なんてせずWANDSで自分の音楽を表現していこうと考えたと思うので。ただ…WANDSを辞めた理由はいくつかあるんですけど、その大きなきっかけのひとつにカート・コバーンが自殺したこともあったんですよ。

カートには憧れていたし影響も強く受けていたので、1994年に彼が自ら命を絶った後から、カートのように自分の音楽で聴いてくれた人を感動させたいっていう思いが日に日に強くなっていて。そんな時期に、またポップなシングル候補を聴かされたので、もうWANDSにいるべきじゃないって強く思ったんですよね。

―こうして上杉さんは1997年に脱退。トップアーティストの地位を捨てることに迷いはなかった?

上杉 ないですね。若かったんで、自分の可能性は無限大って思ってましたから。周りからは散々「大手事務所を辞めて成功した人間はいない」って言われましたけど、自分だけは違うって常に思ってました。それに、たとえそれでダメになるならダメになってもいいやっていう腹のくくり方もしてたんで。

―WANDSは上杉さんというフロントマンを失いながらも、新たなボーカルを加入させて再始動。一方で上杉さんはバンド「al.ni.co」を1998年に結成し、2001年まで活動。al.ni.co解散後は、WANDS時代に比べメディア露出は激減したものの、反比例するかのように音楽性はさらに深化していったように思えます。また、上杉さんのルックス面にも大きな変化が起こり始めて…(笑)。

上杉 ソロ活動をスタートした2002年頃からスキンヘッドでしたね。昔からのファンの人はビックリしてたみたいですけど、自分ではそんなに驚かれるとは思ってなくて。反響の大きさに逆に僕がビックリしたぐらい(笑)。自分の中の“ロックであること”が何よりも大事だったんで、あの時のロックの形がスキンヘッドだっただけです。

―そして2007年に結成して現在も活動中のバンド「猫騙」のステージ衣装は、これまたWANDS当時しか知らないと度肝を抜かれるほどエキセントリックさが際立つ、ネイティブ・アメリカン風の衣装とメイク!

上杉 これもそこまで奇をてらったつもりはなかったんですけど(笑)。元々、僕自身が変身願望みたいのが強いタチなのは確かですけどね。

2002年頃、スキンヘッドにしていた理由は「ビリー・コーガンに憧れてたのと、頭にタトゥーを彫ったんで見せたかったから」

WANDSのイメージを徹底的にブッ壊したい

―いうなれば、WANDS時代の爽やかイケメン風の姿こそが、上杉さんの中では偽りだったのだろう。ぶっちゃけ、WANDSにいてよかったと思えることってあるんですか!?

上杉 それはありますよ。WANDSで僕を知ってくれた人が圧倒的に多いし、WANDSから入っていまだに僕の歌を聴きに来てくれる方々がいるというのは大きいですよ。あとは、警察に職質されても「WANDSやってました」って言うと、割とすぐに僕のことをわかって解放してくれることとか(笑)。

―そ、そんなことがあったんですか。でも、それだけ人気や知名度が高かったということですよね。

上杉 でも、マイナス面もすごく大きいかな。WANDSから抜けて、もう20年経ってるけど、それでも猫騙で全国ツアー回ってもいまだに“J-POPのWANDSの人”って見られ方をすることが多いし、対バンなんかしてもいまだに「中山美穂とコラボして売れたやつだろ」ってバカにされて笑われたりすることもあるから。al.ni.coでも猫騙でもソロでも、WANDS時代のイメージをブッ壊すつもりでやってきてるんですけど、今でもWANDSとして見られているのは結構ショックかな。

―それだけWANDS時代のインパクトが大きかったということですよね。

上杉 メディアの力の恐ろしさだね。WANDSにいたのなんて、ほんの4、5年だけ。でも、今、根気強く何年も何年も全国でライブするよりも、あの頃TVで歌った3分間のほうが影響力強いんですから。人間って最初に見たものを“本物”と思いがちなんですよ。だから、全然、僕の本質とは違う見られ方をしていたWANDS時代でも、世間の多くの人にとっては、いまだにそれが上杉昇の“本物”になっている。そのイメージを払拭(ふっしょく)するのは本当に難しいなって思います。

―では最後に、6月12日に控えたワンマンライブの意気込みをお聞かせください!(※この取材はライブ以前に収録)

上杉 上杉昇というボーカリストの“歌”そのものを、ただただ聴いてもらいたい。結局、僕にとってWANDSっていうのは“名声”でもあり、“レッテル”でもあり、なんですよ。そして、脱退してから約20年経っても、まだ壊れてないんです。だから“WANDSを壊すこと”、それが僕の人生のひとつの目標かもしれないですね。今からでも自分主導でメディアに出るタイミングがあれば、もう一度メジャーシーンに行って、今度こそWANDSのイメージを徹底的にブッ壊したいって思ってますからね。

「(WANDS時代と比べても)実力は衰えてねぇぞってとこを見せてやります」と、ワンマンライブへの意気込みを語る

上杉昇WESUGI SHOW1972年5月24日生まれ、44歳。神奈川県横須賀市出身。1991年、WANDSのボーカリストとしてデビュー。すべての楽曲の作詞を担当するなどフロントマンとして活躍するが、1997年に脱退。以後、バンド活動やソロ活動に邁進

(取材・文/昌谷大介(A4studio) 撮影/下城英悟)