復活を期して「記録が途絶えたからモチベーションが下がるとかは全くない」と意欲を語ってくれた! 復活を期して「記録が途絶えたからモチベーションが下がるとかは全くない」と意欲を語ってくれた!

あの国民的バラエティ番組のスピリットを引き継ぎ“友達の輪”を!とスタートした『語っていいとも!』

第31回のゲストで芸人の南海キャンディーズ・山崎静代さんからご紹介いただいたのは元WBA世界スーパーフェザー級チャンピオンの内山高志さん。

11回連続で王座を防衛、具志堅用高の13回という日本記録を塗り替えるのも目前と期待されたところで今年4月27日、パナマのコラレスにまさかの2RKO負け。

その衝撃から5ヵ月、復活を期す心境を五反田のジムで率直に明かしてもらったーー。(聞き手/週プレNEWS編集長・貝山弘一)

―実は、しずちゃんの前が演歌歌手の山川豊さんで、やはりボクシングをやられていて。ワタナベジム繋がりで続いてますが(笑)。しずちゃんが五輪目指して所属している頃は、普段からやり取りとかも?

内山 そうですね、ちょいちょい。僕の家が五反田のすぐ近くなんですけど、しずちゃんも結構近いんですよ。だから、あの頃はしょっちゅうランニング中に会いましたし。あとは、ここら辺で友達とメシ食ってる時にたまに出てきたりして一緒に。仲間って感じで(笑)。

―プライベートでも食事するほどだったんですね。彼女がボクシングにチャレンジしてる姿はどうでした?

内山 いや、すごい必死にやってましたよ。本当に頑張るなって思いました。練習量とかも他の人よりもすごい多かったですから。相当必死にやってるなって。

―思い込んだら真っ直ぐな感じですよね。

内山 僕らは長くやってるから、これは聞かないほうがいいっていう意見とかもわかるじゃないですか。彼女の場合はそんなの知らずに素人から始めて、人の言ってることを全部正しいと思って引き入れちゃうんで。そういうのもありながら、とにかく必死にがむしゃらにやってるなって。

―本当に真っ直ぐで不器用な印象もあるので、周りのほうが心配してしまうタイプかなと。

内山 そうですね。真面目だから、ボクシングやって中途半端に抜けられなくなってるのかなって部分がたまに見えたりして。今ここでやめたらみんなに悪いなとか考えてるんじゃないかって、僕はそんな風に感じてました。

―では、ご飯食べてる時でも、何気なくメンタル的な話を聞いてあげたりとか。

内山 ん~、でもそこまではしないですね。僕もあんまりプライベートではボクシングの話しないんで。

―正直、レベルが違うって言ったらあれですけど、深い部分の話をしても…とか?

内山 そんなことはないですよ!(笑) 基本的なことは、ある程度一緒ですから。ただ、自分はオンとオフが結構ハッキリしてるんで。練習とか試合とかボクシングに関しては、まぁ俺はこれだけやってるっていう自信がありますけど。オフはオフで気を抜くところは抜いてる感じですね。

「死んだわけじゃないし、たいしたことないな」

―そのご自分の話でいうと、4月の世界戦で王座防衛の連続記録が11回で途絶えて。当然、尋常ではなく悶々(もんもん)とされてたはずですが、2、3日でトレーニングを再開されたとか。

内山 そうですね。負けた時はもちろんショックで何も考えられなくて「明日からどうしよう」みたいな。でも、2日間ぐらい一歩も外出ないでいたら、ほんとやることなくて暇になっちゃって。普段、毎日汗かいてるのに動かないでずっと家に閉じこもってたから、体もむくんじゃうし、なんか気分悪いなって。2日だけ休んで、3日目からロードワークで走ってました(笑)。

―日常のルーティンに戻したほうが、余計なことも考えなくて済むとか?

内山 そこまで無理矢理は考えないですけど。それで3日目に走ったら「死んだわけじゃないし、たいしたことないな」って。あんま考えても別に何も変わんないからいいやって思って。結構すぐでしたよ。

―元々の自分の気質っていうか、さっぱりした気性なんですかね。

内山 元々そうですね、昔から割と。だから全然すぐでした。

―それから5ヵ月ぐらい経つわけですけど、自分の中では、もう先を見据えてるというか。前向きな気持ちで次に?

内山 まだ記者とか呼んで発表はしてないんで、おおっぴらには言えないですけど。気持ち的には全然そうですね。練習も毎日やってますし。

―前回の試合直後に周囲からもいろんな分析をされて。対戦相手や海外での興業も期待された中、紆余曲折あってモチベーションが下がっていたんじゃないかとか。時間をおいて、自分の中でも敗因を見つめ直したりは…。

内山 やっぱり敗因は、もちろん相手のほうが上回ってたっていうことです。僕は別にそれでモチベーション落ちてとか全然なかったですし。練習でスパーリングとかやっても「今回すごい動きがいいな」っていう状態だったんで。本当に自信があったし。

―調子もよく、それだけに負けることはないだろうという心の隙(すき)みたいな…。

内山 まぁ、そういったことはあったかもしれないですね。「これはいけるだろう」って感じしかなかったですから。そう言ったら慢心なのかもしれないですけど。

やっぱり防衛戦を重ねてきて、調子が悪い時はいっぱいあったわけですよ。怪我で練習が何週間もできなかったり、そういう中でも勝ってきたっていうのがあったんで。今回はどこも怪我することなく、万全の状態でしたから。

―実際、周りもそういう雰囲気でしたよね。だからポスターも具志堅(用高)さんの連続防衛記録13回を意識して「あと2戦でレジェンドだ!」みたいな煽(あお)りコピーで。まずは目の前の一歩のはずなのに、その先しか見据えてないような。

内山 周りも本当そうだったですよ。99%の人が絶対勝つっていう雰囲気だったんで。自然にこっちも「そうなのかな」って。スタッフとか含めて、やけにみんな余裕があるなっていうのはありました。

「勝った姿で、また強い内山高志を見てもらいたい」

―それこそ世界戦慣れでもあり、連続防衛の落とし穴でしょうか。

内山 ピリピリしてる感じっていうのは、最初の世界タイトルの時とかすごい感じたんですけど。やっぱ最近そういうのは薄れてきたなっていうのはありましたね。

―それが途切れた今、その目指す13回があったからこそ、という長い道のりでのモチベーションを考えると、失ってさらにまた大変じゃないかと。

内山 いや、でも全然ですよ。今はもう本当に、お客さんとかファンの方に負けた姿のまんまで終わっちゃってるんで。やっぱり勝った姿で、またその強い内山高志を見てもらいたいなって。そこだけですね。

だから別に記録が途絶えたからとか、それでモチベーションが下がるとかは全くないです。ただ、5年かけて、結構長かったんでね。「もったいねーな」とは言われましたし(笑)。まぁでもこれはもうしょうがないです。

―つい最近では、長谷川穂積選手と山中慎介選手のW世界戦を見せつけられて。年齢が近い穂積さんはカムバックしての3階級制覇、山中さんは連続記録を更新して自分と同じ11回となったわけで。だいぶまたムラムラと刺激を受けたのでは。

内山 それはありますね。ん~、まぁ単純に羨ましいなってだけですよね。なんか、やっぱり長谷川くんなんか見てても、しばらくチャンピオンじゃなかったじゃないですか。で、また返り咲いて輝いてるんで「世界チャンピオンっていいな」って、改めて思いました。

―誰しも言われる年齢のことやブランクであるとか、敗れた後の後遺症だったりトラウマも含めて引きずるものを無視できない中、奮(ふる)い立たされるものがあったかと。

内山 そうですね。そこは長谷川くんの復活とか見ても、ただ単にやっぱりすごいなっていうのがあるんで。まだまだいけるっていうのは思いますよね。

―長谷川さんの場合、ファイティングスタイルの変化や新たな戦術の工夫も言われましたが、次の復活を期して、何かそういうことで考えたりも?

内山 前回の感じていくと、やっぱり相手のほうがスピードがあって、そこは対応しきれてなかった部分があるので。今、まだ全然決まってないんですけど、もしまた対戦するとなったらっていうことを考えて練習はしてますね。それ対策というか。

あと、自分の悪かった部分もわかったんで。そういうことも頭に入れて。次の試合ではひょっとしたら見てる人にわかるような変わったスタイルになるかもしれないです。

―それは進化と言えるような…。

内山 進化になればいいんですけど。ただ、それも相手が決まれば、その相手対策的なものになってしまうんで。

「肉食です。肉だけだと太んないですから」

―なるほど。怪我の不安もなく、前回も調子自体は至極よかったということで。以前から仰ってる通り、体力の衰えを感じていないのは変わらず?

内山 実際、動く時の体力とか、逆にパワーは少し上がってる感じですけど。やっぱり年齢と共に疲労の抜け方は遅くなってますね。昔はもう本当に、疲れても1日寝たら次の日から元気になって練習できる状態でしたけど。

今は追い込みすぎると、もう次の日は朝に全然体動かないとか、疲労が溜まって腰にきそうだとか、やっぱ多くなってるんで。無理にがむしゃらに追い込むみたいな感じでやっちゃうとケガに繋がっちゃうし、そこはうまく疲労をとるように休みを多く入れて。

―以前のようにストイックすぎても、という感じですか。メンタル的な切り替えも含めてでしょうけど、宮古島や北海道に行かれたり、プロレスやサッカー観戦されたりもしてるようで。もっと人生を楽しみながらボクシングと向き合う気持ちにも…。

内山 そうですね。だから、ちょいちょい仲良いメンバーで旅行行ったり。そんな長くは行かなくて2、3泊ですけど、それはもう本当に大きくて。ゆっくり鋭気を養ってっていう風にうまくやってますね。休みの時はもったいないからやっぱどっか行くみたいな。

―それができるのも普段から体調管理もしっかりされてるからでしょうけどね。ちなみに結構、食事では肉も食べられるそうですが。

内山 ほとんど肉ばっかりですね。もちろん野菜も食べますけど、肉食です。脂身のとこはほとんど食べないんで、赤身食べたり。あと、夜は炭水化物を摂らずにとか、そういうことは結構考えてます。実際、肉だけだと太んないですから。

―それで減量のために苦労するとかいうのもないんですよね。ちなみにお酒は?

内山 たまに飲みますよ、友達と会ったりしたら。でも次の日に影響が出るような飲み方は…。まぁ同級生とか仲のいいアスリートとかワイワイ、みんな次の日休みって時に合わせて飲んだりするとやっぱり…(笑)。いつの間にか楽しすぎて時間が早いんですよね。

―ははは、そういう一面も伺うとホッとします(笑)。では割とお酒はいけるクチなんですね。

内山 たぶん、好きなほうだと思いますよ。だから引退したら、結構考えないで飲んじゃうでしょうね(笑)。

―(笑)でも、本来のストイックな部分では、野菜ソムリエの資格を取られたりもしてね。それもこだわりのひとつでしょうか。

内山 いや、それは別になんとなく…面白そうな資格だなって。何かしら役に立てばいいかなって。

―趣味的に興味持ったらハマるタイプとか? 別に引退後を考えて、とかでもなく(笑)。

内山 いや、そんなんじゃないんですけど。そこまでは思わないタイプです。ただもう、何か覚えるとすごい勉強したくなるんですよ。肉なんかでもいろんな肉の本買ったり。とにかくいろんな肉を見て回ったりとか、結構そういうのが好きなんです。

免許とか資格的なものは面倒くさいから取りにいかないんですけど、野菜ソムリエは授業が土日だったから出れるかなって。それで1ヵ月半ぐらい通いましたけど。

「弱った自分をさらけ出してカッコ悪いだろって」

―やっぱり凝り性ではあると。基本的に自分のことは自分でなんでもやっちゃうタイプ?

内山 割とそうですね。食べ物にしてもそうですし。なんでも一応、ちゃんと自分の中で決めてやってると思うんで。

―もちろん体質もあるでしょうが、減量で苦労しないというのも、そうやって自分を律して管理できてる部分が大きいのかと。常に3キロ増くらいに留めてるそうですもんね。

内山 そうですね。結局、後々きつくなるのがイヤなんで、そのことを思うと普段からある程度、上がらないようにしとけば楽ってだけなんですけどね。

―夏休みの宿題は最終日に溜め込まない子供でした?

内山 ははは、そこはまた別なんですよ。そこは溜めちゃうタイプですね(笑)。

―実は以前、具志堅(用高)さんにもゲストで語っていただいたんですが、結構、厳しいことも仰っていて。今の選手は前日計量になってから体が美しくないとか。

内山 あ~、なるほど。

―当日に7キロも8キロも増えていて、体のキレもスピードもなくなるし、絞れてないから美しくないっていう。その中で一番キープできているのは内山選手じゃないかと唯一、名前を挙げてました。

内山 本当ですか! ありがたいです(笑)。

でも美しくありたいというか…なんていうんですかね、僕は苦労してるのをカッコ悪いと思っちゃうんです。だから減量でキツそうな顔してるやつを見ると「ダッセーなそんなことで…」みたいな。日頃からもうちょっとやっとけば済むのにって思うんですよ。

自分でその階級って決めて体重落としてるのに、そんな顔したり、キツいとか言うなって。減量中は食べてないし、喉もカラカラだから、みんなイライラして短気になるじゃないですか。そういう雰囲気を醸(かも)し出してるやつもムカつくんですよ。それで“あんま話しかけないでくれオーラ”出してるのとか見ると「ムカつくなコイツ」って(笑)。

だから、ジムの中でも減量してるやつがストーブの前で最後はタオル巻いてやってるじゃないですか? そういうのもダメなんで、見ると「あれ、やめさせて」ってすぐ言っちゃうんです。

―プロとしてみっともない様を目の前で晒(さら)すなと。

内山 みんな見てる前で、そんな弱った自分をさらけ出してカッコ悪いだろっていうのがあるんで。キツいんだったら、みんなが見えないところで苦労すればいいんで、そこらへんは結構厳しいですね。

●続編⇒『語っていいとも! 第31回ゲスト・内山高志「ホモじゃねーのかって言われてますけど、全然ノーマルですよ(笑)」』

(撮影/塔下智士)

●内山高志 1979年11月10日生まれ、埼玉県出身。プロボクサー。ワタナベボクシングジム所属。高校からボクシングを始め、ボクシングの名門である柘植大学に進学。大学では補欠にも選ばれず、その悔しさをバネに努力を続け、見事全日本アマチュアボクシング選手権大会で優勝。卒業して就職後も、国体含めアマチュア4冠を達成。その後、05年7月にプロデビュー。10年には、WBA世界スーパーフェザー級王者に。日本では歴代2位となる11回連続防衛の記録を保持。