『恋と罰』の単行本化について想いを語る映画監督・松居大悟(左)と漫画家・オオイシヒロト(右)

話題作!? 問題作!? 三十路半ばの塾講師、ラーメン屋店員、アルバイトの高校生、主婦…片想いの連鎖が止まらない!

ドラマ『バイプレイヤーズ』、映画『アズミ・ハルコは行方不明』など立て続けにヒットを飛ばす映画監督・松居大悟(まつい・だいご)が原作を担当し、コアなファンを持つ『奴隷区』のオオイシヒロトとタッグを組んだ漫画『恋と罰』――。

WEB漫画として反響を呼んだ問題作が待望の単行本化! そこで前編「「すべての片想いをしたことある人に贈ります」」に続き、ふたりの異色クリエイターが作品に込めた想いに対談で迫る――。

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―「初タッグの時とは置かれた状況がかなり変化した」とのことでした。特に松居さんは、映画やドラマでも大活躍。ちょっと鼻が高くなってたりしませんでしたか(笑)?

オオイシ うーん、あんまり変わってなかったですね(笑)。

松居 正直、むしろ疑心暗鬼で。褒(ほ)められたり、「ぜひ仕事しましょう!」とか言われても本心なのか疑っちゃいますよね。

―では、あまり以前と変わっていない?

松居 逆に精神年齢は下がった気がします。ワガママになってきたというか。なんかこう、20代の時はどっかで(ここで頭を下げないと)とか(ここは折れないと仕事がなくなるんじゃ…)とか、仕事を成立させることに一生懸命になってたんですけど、最近はもう…作品を面白くする以外のことは意固地になってるというか、妥協とか我慢とドンドン離れていく。幼児化してるのは感じます。

オオイシ やっぱり仕事って、ワクワクできるかって大事ですもんね。根は子供のまんまでいいというか。僕も30代になって、いろんなことがわかってきて。大人にならなければいけない部分はもちろんあるけど、ここは子供のまんまでいいんだなって部分とか。

20代の頃って、まだ右を向けばいいのか、左を向けばいいのかもわからなくて。漫画でどう勝負していいかもわからずにもがいてましたね。だから、とにかく編集部に行って、編集さんと話をして、漫画以前にまずは自分のキャラを知ってもらおうと思ったり、印象に残るよう編集部で誰よりも大きな声で挨拶をしようって決めたりしてましたからね(笑)。

―30代になって、勝負の仕方が少しずつわかってくるものですか?

オオイシ そうですね。自分はオリジナル作品じゃなくて、原作ありきの作品で勝負しようって決めたんです。それは大きかったです。いただいた原作をどう演出して漫画にすれば面白いかってことに特化して勝負しようと思ったというか。

お金とか数字や理屈に比重がかかっている企画にはテンションが下がっちゃうんです

―漫画家として、オリジナルを諦めるのは絶望ではなかった?

オオイシ どうだろう。もちろん、全部ひとりでやって個性を発揮する漫画家もいる。それに憧れたりはしたんですけど、やっていくうちに、どうも自分はそっちじゃないような気がするなって気づいて。「じゃあ、自分の武器は?」って考えたというか。持っている武器がそもそも違うのに、同じように戦っていても、その人たちを超えるような戦はできないなって。じゃあ、原作ありきの、より演出にこだわった作り方をする作家を目指そうと舵(かじ)を切りましたね。

松居 原作がある作品に特化して撮るって、映像だと全然ありますけどね。

オオイシ どんな原作でも撮りますってスタンスの人もいますよね。僕はその漫画家版になりたいなと思ったんです。言い換えたら便利屋かもしれないですけど、突き詰めれば、それはプロだよなって。もちろん自分の個性だけで戦えるなら、それでよかったと思うし、そこで勝てないと感じたのは絶望って言ってもいいかもしれないですけど。

世の中には才能がある人がいっぱいいるんで。そこに固執しているとダメだ、勝てないなと。正解なんてやってみなくちゃわからないし、結局は自分ができることを一生懸命やるしかないわけで(笑)。

松居 僕も20代の最後くらいにやりたいこと、表現したいことにこだわって作品を作るべきか、それとも世の中に迎合って言ったらアレですけど、ヒット作というものを目指して作ったほうがいいのか、どっちに進んだらいいんだろうって悩んだことがありましたね。もしヒット作に携われれば、その後は自分がやりたいことをやりやすくもなるだろうし。

―どっちに舵を切ったんですか?

松居 切ったというより、切らざるをえなかったというか(笑)。今思えば悩む必要すらなかったんですよ。迎合しようと思ってもできないというか。変な話、「こんな作品撮りませんか?」って話をいただいた時に、何が一番ワクワクするかなって考えると、31歳にもなって、それってどうなのとも思うんですけど、“目の輝き”なんですよ。「この作品あなたとやりたいんです!」っていう時の目の輝きというか。

「この作品がコケたら、僕は死んじゃいます」って目で声をかけられたら、「よし、この人と作ろう!」ってなるんです。「ダメだったら俺も一緒に墓場に行くよ!」って。なんていうか、お金とか数字や理屈に比重がかかっている企画にはテンションが下がっちゃうんですよね。

オオイシ 映画って、かかるお金も関わる人の数も漫画の比じゃないですもんね。

松居 そうですね。よりギャンブルに近い部分がありますよね。「お客さんがこれくらい入りますよね」って計算の下、予算を確保したりしますから。しかも怖いのが、いつ企画が走り出してるかわかんないんです。

乏しい恋愛経験では書ける気がしない(笑)?

オオイシ 気づいたら走り出してて、どうするんですか?

松居 血まみれになってでも列車から飛び降りてます。「ダメだ! この列車には乗れない!」って。

オオイシ ハハハハハハ。

松居 だから疑心暗鬼にもなるんです(笑)。ただ、実際に物を作ってる時は健全だし、作っている人は信用できますよね。だから、今回の『恋と罰』はオオイシさんと一緒に作れて楽しかったです。

―気は早いですが、おふたりが再びタッグを組む日を期待してしまいます。

オオイシ 巡り合わせというか、何年後かはまたお互いの環境が変わって、考え方も変わっているでしょうから、改めて何か作品を作るのは面白いですね。また出会う日までに、お互いが得てきたものをそこで表現できたらいいですね。

松居 そうですね。次はどんなテーマがいいですかねえ?

オオイシ これまで失恋、片想いの話だったんで、次こそは恋が成就する話はどうですか? 純愛とか?

松居 うわ、それってどうだろう!? 乏しい恋愛経験では書ける気がしないんですが(笑)。

オオイシ ハハハハハハ。実は両想いなのに疑ったり、勘違いしたりする的な純愛モノはダメですか?

松居 なるほど! 「俺なんかを好きなはずない!」「ぜってー嘘だ!!」みたいな疑心暗鬼パターンですね。それならわかる! 予備校生とアイドルの恋とか! なんか、その設定なら今すぐにでも書けそうです(笑)。

(取材・文/水野光博 撮影/村上庄吾)

●松居大悟(まつい・だいご)1985年生まれ、映画監督、劇団ゴジゲン主宰。福岡県出身。監督作に『アフロ田中』『私たちのハァハァ』など。『アズミ・ハルコは行方不明』は第29回東京国際映画祭コンペティション部門出品。ドラマ『バイプレイヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~』ではメイン監督・脚本を担当

●オオイシヒロト1979年生まれ、漫画家。大阪府出身。代表作に『包帯クラブ』(原作:天童荒太)、『スナーク狩り』(原作:宮部みゆき)、『奴隷区 僕と23人の奴隷』(原作:岡田伸一)、『0恋~ゼロコイ/交わりたい僕等~』(原作:Q)、『ごくべん』、等多数。「コミックゼノン」2012年1月号にて短編『ゲームするしかない君へ』を原作・松居大悟との初タッグで発表

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