あの国民的バラエティ番組のスピリットを引き継ぎ“友達の輪”を!とスタートした『語っていいとも!』。
第42回のゲストでタレント・女優の坂下千里子さんからご紹介いただいたのは芸人の三瓶さん。
『もしもツアーズ』では坂下さんとも長年にわたって共演。プライベートでも交友が続き、自宅にゴハンを食べに行くほどだが、第一印象は最悪だったとか…。
大のサッカーファンとしても知られ、最近では日本代表・長友佑都選手と女優・平愛梨さんのキューピッド役として注目されたが、その意外な素顔とはーー。(聞き手/週プレNEWS編集長・貝山弘一)
―(この日、着ているTシャツについて)気分ですか、その日の? どれ着ていこうか、みたいな。
三瓶 あ、基本的に気に入ったのがあって、なんとなくその周期で。今はこれかなっていうのが、はい。なんとなくですけど。
―では、その日ごとじゃないんですね。
三瓶 じゃないですね。探すの面倒くさくなっちゃうんで。
―(笑)。なんとなくずっと気に入って着続けてると。ちょうど新緑のシーズンのイメージで。
三瓶 ははは(笑)。あんま考えてなかったですね。そうとっていただけるとありがたいというか…それにしていただいてよろしいですか?
―結構、テキトーな(苦笑)。まぁ、この連載もこんな感じでテーマもなく、毎回ざっくばらんなトークをさせていただいてるんですが。
三瓶 ざっくばらんで全然…構えなくていいんですもんね。
―その代わり、ライブ感覚でほぼそのまま掲載しちゃうので、ダメなことは言わないでください(笑)。
三瓶 わかりました。載っけちゃダメなこと、ないです。大丈夫です。
―ないんですね(笑)。で、坂下さんからの伝言ですが、「寂しくなったらいつでもうちにご飯食べにおいで」っていう。
三瓶 ははは(笑)。結構、何回かお邪魔して。(平)愛梨ちゃんと一緒に行ってたのも多かったんですけど。旦那さんがカメラマンさんで、番組もやっていただいてたんで、全然気遣うことないんで、はい。
―しかも、坂下さんとは同学年なんですよね。
三瓶 そう、同い年なんですよ。確か一番最初、僕がTV出た時、その同い年で一緒みたいなくくりで番組に出させてもらって。席が隣になって、僕はもうずっと、ちりちゃんはだいぶ『(王様の)ブランチ』出てる頃から観てたんで、知ってる人だったんですけど。自分はもう全然出たてだったんで、よくわかんないで。印象は最悪だったみたいです。
―彼女から見ての第一印象が?
三瓶 はい。ひと言も喋らないみたいな。話しかけてくれても、全然返さない…よくわかんなくてムスっとしてたんで。最悪だったみたいです。「暗っ!」みたいな感じで。本当に。
―「何、この人?」っていう。芸人なのに(笑)。でも『もしもツアーズ』繋がりなのかなと思ったら、その前があったんですね。
三瓶 はい。で、そっからそのレギュラーで一緒になって。後にも先にも、女のコに連絡先聞かれたのは、ちりちゃんが最初で最後です、たぶん。
―ほんとに?(笑) じゃあ、その頃には仲良くなって打ち解けて。
三瓶 なんとなく、はい。僕もだいぶ喋るようになってたんで。業界に慣れてきて。
「そういう下心は全くなかったです」
―(笑)。そんな人見知りな感じなのに芸人めざしたこと自体がそもそも…。
三瓶 そうなんです。だから、最初は人見知りとかもなくそうと思って、吉本の養成所入ったので。とりあえず、東京でやることなくなってきたなと思って、実家帰る前にって感じで。
僕個人としては、18で上京して、調理師専門学校行って。ある程度、調理関係の仕事もして一段落ついて、東京でしたいこともなくなってきたなと。まぁ、みんなガチでお笑いやってるんで、そういうこと言うと先輩に怒られるんですけど。
―したいことが料理じゃなかったんですか?
三瓶 いや、大学行きたくないから専門学校に行こうっていう、それも東京に出てくる口実なんですけど。
―それにしては、だいぶ本格的じゃないですか? 服部(栄養専門学校)だったんですよね…。
三瓶 はははは。田舎もんなんで、知ってるところが辻(調理師専門学校)とそこしかなかったんですよ。で、高校の時、仲良くしてた友達が服部に行くって言ったんで「あ、じゃあ、乗っかるわ」って。学費とかも一切知らずに、親不孝だったんですけど、親に相談して「大学行かなくていい? ここ行きたいから」って言って。
1年で終わるし、とりあえずなんか手に職つけるってだけなんで、そこまで気負っては全くなかったですし。それで、やることなくなって。
―東の服部、西の辻じゃないですか。すごい高い頂を目指して、ぐらいの感じかと。では、知らずにとんでもないとこに入ってしまった…みたいな?
三瓶 高3の卒業間際ぐらいにちょうど体調崩して入院して。で、1週間遅れて入学しちゃったんですよ。初めて転校生の気持ちみたいなのがわかって。みんな、ちょっとずつ喋り出して仲良くなってるんですけど、ひとりだけなんかなーって感じで。福島出身だったんで、ちょっとなまってるし。喋りたくないなというのもあって。
―いきなり登校拒否になりそうですよね。
三瓶 だから、ずっと危なくて、これやばいなと。「マジでとんでもないとこ来ちゃったな」と思って。喋れない間、ずっと東京の人のイントネーションを聞いてヒアリングして、徐々に話しかけられたら答えてた感じです。だいぶ出遅れましたけどね。とりあえずもう、ここは卒業してっていうだけにして。別に友達とかどうでもいいやと思って。
―そもそも、料理は好きだったんですか?
三瓶 そういうのも一切なくて。お母さんの手伝いぐらいな。でも、キャラ的にいいかもなっていう、ほんとに軽い気持ちで。大学は行きたくない、でもすぐには就職したくないとか。無職はやだっていうだけですね。
―特に「料理男子になったらモテるな」とかいうこともない時代でしたもんね。
三瓶 全然ないです。服部(幸應・ゆきお)先生が有名なぐらいで、そういう下心は全くなかったです。1年だけ行って、卒業すれば自動的に資格が取れるみたいな感じなので、頑張って。知識と技術だけはついたんですけど。
―でも、それが後々に番組とかで活きてくるっていうのは大きかったですね。
三瓶 そうですね。そん時はまさかこんなことになると思ってなかったんで。
「ずっとリハビリなんですけど…」
―でも、「料理人で生きていこう」とか「職に困らないし」ってのもなかった?
三瓶 なんか怖いじゃないですか? 和食の人とか洋食の人たちって…。
―えっ? それは達人みたいな人たちが?
三瓶 はい。よくTVでやるじゃないですか、弟子入りしてとか。絶対、自分なくなるじゃないですか。怖いですよね…また閉じこもっちゃうと思って。
―ははは。厳しく怒鳴られたり、毎日が緊張でね。
三瓶 朝から晩まで。で、ずっと包丁握らせてもらえないとか。これは危ないと思って。
周りはみんな頑張ってやってたんですよ、その就職みたいなの。それも僕、あんま興味なくて。中にはこういうモチベーションのやつもいるので、その連中で固まってましたね。…まぁ、やるならお菓子とかパンとかだと思ってたんです。平和じゃないですか。
―いやいや、ただのイメージじゃないですか(笑)? 絶対それも入ったら厳しいですよ。
三瓶 そうなんですよね、実際ね。ちょっとぽっちゃりした店長がいるぐらいのイメージがあったので、そっちに決めてたんですけど。
―甘くはねーぞ。スイーツじゃねーぞって(笑)。
三瓶 そういうのもなんとなくわかったんで。就職先も勧められたんですけどね、奇跡的に。「やっぱ僕、就職したくないです」って、行く前にドタキャンして。もう卒業してすぐパン屋ですね。まずアルバイトとして…そしたら全然いつでもやめれるし。
―そこで社会に出ることを逃避してたわけですね。
三瓶 そうそう。ガッツリはやだなと思って。そこだけになっちゃうんで、もうちょっと自由な人になりたいと思って。
―自由な人(笑)。すでに十分、自由な感じですけど。
三瓶 ははは(笑)。そうなんですけどね。で、「なんかやりたいことなかったかな」と思って、一番最初は渋谷にあった吉本の劇場のオーディションを受けに行ったんですよ。急になんか雑誌で「こんなんやってる」って見て、公園通り劇場っていうのが昔あったんですけど。
―ありましたねぇ。でもそこはいきなり大胆な行動に?
三瓶 僕もそこ大胆だなって今でも思ってるんですけど。別にネタもなんもないんですよ。そしたらみんな自己紹介してんのがNSCを卒業した生徒だったり、「すっげぇみんな頑張ってる」と思って。そういう中に僕みたいなナメたヤツがひとりで、なんか「ちゃんとやんなきゃダメだ」と思って。で、養成所の存在を知って、次の年の募集で行ったっていう感じで。
―一応、その時は「本気でこいつらやってんのに、自分はこんなままやったらあかん」みたいな。刺激を受けたんですね。
三瓶 そうかもしんないですね。確かにちょっとでも欲が出たのは、振り返ればそうですね。本格的にお笑いをやるってまでじゃないけど、とりあえず内向的な性格を直したいってのもあって。ちょっとリハビリじゃないですけど…。
―リハビリ長いですね(笑)。
三瓶 ははは(笑)。だから、ずっとリハビリなんですけど。
「バリカンにはこだわろうってことで」
―そういう学校に所属してると、モラトリアムみたいなのが続いて。社会に出るでもなく、自由さを感じてたんですかね。
三瓶 とりあえず、「何かやってる感」でしょうね、たぶん。でも、学校行ってる時が一番楽しかったです、ホントに。充実してたというか。バイトも限られた時間でしかやれないんですけど、その中で生活をやりくりするみたいな。全然、金にもなってないし、身にもなってなさそうなんですけど、なんか楽しかったんですね、その時が。
―なんか忙しくしてる自分というか。「俺、動いてやってるわ」みたいな。
三瓶 はい。「なんか追っかけてるわ」みたいな。
―ちなみにその頃からというか…僕が知らないだけでしょうけど、その髪型ってずーっと同じなんですか?
三瓶 えっと、中学の時、学校がもう坊主なんですね。で、高校はとりあえず、その反動でみんな伸ばしたがるんですけど、その3年間と専門学校の時だけ伸ばして。もうマッシュルームカットみたいな。今思えば、クソダサい髪型で。
―ははは(笑)。番組で昔の写真を見せたりは? それでウケたとか。
三瓶 どっかしらで出してると思うんですけど、その調理師学校時代の写真みたいなのは。別にウケるとかでもなくて、まぁ「変なヤツだな」と。普通じゃないとは思われてたでしょうね。
―では、それをまた丸刈りに戻して。今って、何分刈りですか?
三瓶 2、3ミリですかね。当時から節約兼ねて、自分でやってるんですけど。バリカン買って、気合い入れる時はみたいな感じで。今はちゃんとネットで専門的なの買ってますけども。バリカンにはこだわろうってことで、はい。
―それはすごい(笑)。だいぶバリカンのプロなんですね。
三瓶 ははは。プロっていうか、まあそうですね。でも誰でもできますよ、ホントに。持ち方変えれば、2回ですぐ慣れます。全然です。
―そこはこだわって、こまめにやってるんでしょうね。
三瓶 まぁ、そうですね。4日、5日おきぐらいで。でも髭剃りも大変じゃないですか。だから、そういう感覚で。そしたら別に全然苦じゃないですね。もう、その4年間以外ずっと坊主なんで。気分転換もあったと思うんですけど、なんとなく「あ、やっぱ坊主だなぁ」っていう。結局、いいかなぁみたいな感じです。
―やっぱり芸人になるんだったらキャラ作りも必要だから、とか?
三瓶 そんなことはあんま考えてなかった。TVに出る自分は全然想像してなかったんで。見た目とかも特に。
―失礼ですけど、基本的にほんと何も考えてないみたいですね(笑)。
三瓶 ははは(笑)。そうなんですよね。自分の人生辿(たど)った時に、ラクなほうラクなほう来ちゃってるだけなんですよ。大学もやだし、就職もやだし、面倒くさいのが本当イヤで、縛られたくないというか。基本的にはダメな人間だと思うんですけど、はい。
「おまえ、なんなんだ?」みたいに…
―それでなんとなくTVに出るようになって…って言ったら、それこそ失礼ですけど(笑)。
三瓶 はははは。なんとなーくですね。本当に。
―又吉(直樹)さんの『火花』の世界もですけど、さっき話したように若手芸人は必死で生存競争してるというか。吉本でも周りはみんな「俺が俺が」ってギラギラしてるはずですよね。
三瓶 だから養成所の時もですけど、「これ、できるやつ?」みたいに講師の人が言って、周りはめっちゃ手を挙げるんですね。それってすごく寒いというか。なんかガツガツしてんなぁ、すごいやだなぁと思ってて。「それで出て、笑いとれるの?」って。
―そんな第三者的な(笑)。
三瓶 客観的に見えちゃうんですよ、その状況が。でも、そこで手を挙げないやつってそんないないんですね。で、逆に目立つっていうか。「おまえ、なんなんだ?」みたいになって。
―「こいつ、なんかあんのかな?」と。逆に浮いてて気になるみたいな。
三瓶 で、なんとなく前に出て行くのが多くなって。TV出るようになったのも、本当に運だったんですけど…ラジオの番組にゲストで呼ばれたんです。「これからブレイクする若手3組」みたいなので行ったら、キャスティングミスだったんですね。吉本、よくあるんですけど(笑)。
「いや、呼んでないよ」みたいになって。でも、お台場まで行ったのはいいけど、夜中で電車ないし、帰れないんですよ。「じゃあ、見てく?」みたいな感じになって、ブースの外でずっと見てたら、ココリコさんだったんですけど、すごい優しくて。「ちょっと出てみる?」って、5分ぐらいちょっと喋らせてもらって。
―それきっかけで「なんか妙な、雰囲気違うやつがいるぞ」みたいに?
三瓶 はい。その時のココリコさんのマネージャーさんが見ててくれて、オーディションなんかに行かせてくれたりして。で、おすピー(おすぎとピーコ)さんの夜中の番組に呼ばれるようになって。それでハマるじゃないですけど、そっから『(笑って)いいとも!』にって感じでした。
●語っていいとも! 第42回ゲスト・三瓶「蛭子さん見てたら、確かに自分と似てるかな…別に毒とは思ってないんで」
●三瓶 1976年11月23日生まれ。福島県出身。NSC東京校5期生。服部栄養専門学校卒業後、アルバイトで生活をし、22歳の時にNSCに入学。その後、「三瓶です。」の自己紹介ギャグで大ブレイク。大のサッカーファンとしても知られており、代表チームやクラブチームなど様々なサッカーのユニフォームを着用するキャラも定着。「もしもツアーズ」のレギュラー出演など多方面で活躍し、今年は横澤夏子と共に「よしもと福島シュフラン」のサポーター芸人にも。
(撮影/塔下智士)