最新作『騙し絵の牙』の作家・塩田氏 最新作『騙し絵の牙』の作家・塩田氏

『罪の声』で2017年本屋大賞第3位を獲得した塩田武士の最新作『騙し絵の牙』は、企画、ストーリーの両方で「メディアミックス」を意識した、従来の出版業界の枠組みを飛び出すような野心作。最初から映像化を見据え、プロット創作の段階から作家と出版社だけでなく芸能事務所や俳優・大泉洋が参加し、さらにはストーリー内でも主人公は出版業界を揺るがす新たな枠組みを生み出していく。

物語の主人公、大手出版社に勤めるカルチャー誌『トリニティー』編集長の速水は、ユーモアでウィット溢(あふ)れる語り口が魅力の“どんな人をも虜(とりこ)にする”不思議な男――。それもそのはず、速水というキャラクターは俳優・大泉洋を完全に“あてがき”しているのだ。お茶の間に愛される独特の口調からマニアックなモノマネまで盛り込み、読めば自然と大泉洋が動き出すイメージが浮かぶはず。

「雑誌の廃刊」「ネットへの移行」など出版業界の低迷をリアルに捉えたこの作品、これは他人事ではない!?と、作者の塩田武士さんに直接お話を伺うことに!

主人公の速水同様、新聞記者から作家に転身し、綿密な取材で「社会派」作家として活躍する塩田さんに今回挑んだ新たなプロジェクトについてお聞きしたところ、本が売れないと言われる時代に生きる作家としての覚悟が明らかに――。

* * *

―今作『騙し絵の牙』は前作『罪の声』と打って変わってエンタメ感が前面に出ています。

塩田 そうですね。もちろん取材は綿密に行なってリアリティは担保していますが、僕は従来、エンタメをずっとやってきたので、今回は幅を見せていこうと。自分では『罪の声』からが第2ステージと位置づけているんですけど、その中で『騙し絵の牙』とは両輪で、ひとつは硬派なもの、もうひとつは社会派のエンタメで双璧をなす作品です。また今回は誰もやったことがないことをするのも、ひとつやりたかったことですね。

―その誰もやったことがないというのが、プロットの時点からの「大泉洋の完全あてがき」ですね。あてがきはこれまではされたことはないのですか?

塩田 ないですね。大泉さんだからできたというのは間違いないですね。

―その大泉さんは、細部まで要望を出されたとか。

塩田 細部というより、プロットの段階ですね。まず「なんで出版業界なんですか?」という基本的なところや、出版業界にいなければわかりにくいところを聞かれたりして、説明する中で輪郭がはっきりしてきた部分もあって。一方で、僕の新聞記者時代のことをすごく面白がられて「それ使えないの?」と速水の設定を元新聞記者にすることになり、よりリアリティが出たなと。そこは本当に大泉さんのアドバイスのおかげでできた部分ですね。

―大きなテーマ的な部分で、自分が気づかなかったことを投げかけてくれたと。それで自分自身も視野が広がって?

塩田 そうですね。原点に立ち返れたという意味では、逆により自由をもらえたという、意外な結果ですよね。

作家を信用したほうが悪いですね(笑)

―「雑誌の廃刊」「ネットへの移行」など出版業界の厳しい現実も捉えていますが、出版元から「そんなものは書かないで」と反対されたりは?

塩田 いえ、全然ありませんでしたし、むしろ全部書かなければと思ってましたから(笑)。この本を書くにあたって、一番やってはいけないことは腰が引けて中途半端になってしまうことなので。出版業界は20年前から市場規模が1兆円減って斜陽の一途を辿(たど)っている。その中で雑誌は“レガシー(遺物)メディア”と呼ばれ、新しいメディアがどんどん出てきている。でも中には不確かなもの、正体がまだわからないものもたくさんある。

そこで大泉さんという人物で何が成り立つかを考えた時に、業界の新と旧の端境期に救世主がぽっと出てくるイメージが浮かんだんです。だから今の出版業界はもちろん描きつつ、今後の「メディアの再編成」も視野に入れている。つまり雑誌の現場の細かいやり取りの「お仕事小説」ではなく、一歩引いて、より大きなスケール感の中で書くという。また、やるからにはきっちり耳の痛いことをどんどん突きつけていこうと。

―確かに、業界的にも耳が痛い部分もあり、それが目論見でしょうけれど(笑)。

塩田 ひとつひとつがズキッとくるものにしようというか。大体、今、出版人が会って話すと愚痴ばっかりなんですよね(笑)。あれもこれもうまくいかん、上はムチャを言うけど昔と違って1兆円減ってるんやと(笑)。そういう愚痴を並べていくと、自ずと取材したい質問表が出来上がりましたね。

―綿密な取材を行なうことで知られていますが、今回はどのような?

塩田 言えるところですと、エージェント業とパチンコ業界、もちろん出版社では編集はいくつかの役職と営業、デジタル、宣伝とかですね。あとは出版業界の人間との雑談の中での本音。取材とは明かさず、ある意味、だまし討ちで30人ぐらいは聞いていて。読んでもらったら「これ僕が言ったことだ!」ってことはあると思います。まぁ、それは作家を信用したほうが悪いですね(笑)。

―(笑)取材じゃなくても普段のやり取りで、文芸や雑誌の編集者が一緒になったら、そういう話は出てくるでしょうね。

塩田 そうなんですよ。それも会社が違えば悩みが違うし、立場によっても違うので、ありがたいことにどんどんネタが掘れるという。

―では登場人物の営業・小山内が、その台頭についてぼやいたりする場面はリアルな声だったりするのですか?

塩田 はい、ほとんどがリアルなものです。取材した要素を分解して地の文と会話文に刷り込ませながら、リアリティをユーモアに変えたり展開の面白さに変えたりして、笑いをクッションにしました。その笑いの部分も大泉さんをあてがきするポイントで、映像はもちろんたくさん観ましたね。大変だったのが、バラエティのストックが異常にあることで(笑)。例えば、本編に出てくるモノマネは大泉さんのレパートリーなんです。

大泉さんはホントに華があって…

―田中真紀子のモノマネなどは完全に画が浮かびます(笑)。

塩田 その後の鈴木宗男みたいな一連とか、あとは「~でしょ?」という語尾もね(笑)。大泉さんはホントに華があって、自然と人が寄ってくるというか、笑いが起こっているところには大泉さんが絶対にいる(笑)。ものすごく気遣いの細やかな人でもあり、僕も見学に行くと話しかけてくださるし、シリアスに写真撮影をする中でも時々は変な顔をして笑わせたりするんですよね。その「華」で大泉さんという存在をまず捉えていて。

あと、イジることとイジられることが両方巧くて、鮮やかにスイッチが変わっていく。ストーリー上でも主人公・速水は現実に“イジられる”、翻弄されるわけで、そして仕掛ける強さもある。それを掴んでおいたので書きやすかった。大泉さんの行動がパッと浮かんで、それでラストに全部ひっくり返ると思った瞬間に面白くなるぞと。やっぱり小説を書いていて、そういう瞬間があるとホントにやめられないですね。

―題材の可能性が広がる瞬間が、小説を書く醍醐味(だいごみ)?

塩田 そうですね。頭に浮かんでいるものを具現化する作業なんですけど、いい作品って、自分の未知なるものが出てくるというか、プロットを遥かに越えていくんですよ。頭の中でバーっと広がっていくんで、最終的にはプロットなんか見てないですからね。フワッと羽が生えるような気がするんですよ。プロットの壁を突き破ったら青空がわーっと広がっていたみたいな。

そういう現象は間違いなくあるんですよ。完璧に計算できる人もいるだろうし、そういう人にはない感覚かもしれないけど、僕はどんなに準備しても計算できないんです。小説って広くて深いから。そこが面白いところで、それが訪れた瞬間、プロット通りの順番にならなくても、もどかしさでも面倒くささでもなく、喜びでいっぱいになります。

―元々、会話を大切にされていますし、大泉洋さんと相性のいい作風では?とも感じました。

塩田 そうですね。大泉さんのキャラに自分の取材を組み合わせると、すごくリアルな会話文がブワーッと浮かんで進んでいくんです。そうやって主人公が魅力的になればなるほど、脇役も巻き込まれてレベルが上がっていく。僕の小説の調子の善し悪しのバロメーターって会話文で、だからそれが降りてこない日はもう諦めて、資料を読むんです。会話文も説得力が出るように取材で土台を固めて、プロットを何回もやり直して。

書く時はすごく神経質なので、何から何まで環境を整えるんです。それこそ机の上の配線を極力減らすところまで(笑)。テープ起こしも完全にカテゴライズして「何章の何節でこれを使う」と並べたものを横に置いて。そうやって執筆する際のストレスを最大限に減らすんですね。

◆後編⇒主人公は大泉洋で“あてがき”した作家・塩田武士の野心作『騙し絵の牙』「大泉さんも『これカッコイイね』って…」

(取材・文/明知真理子 撮影/利根川幸秀)

塩田武士(しおた・たけし) 1979年、兵庫県尼崎市生まれ。関西学院大学社会学部卒。新聞社在職中の2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。2016年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞、「週刊文春」ミステリーベスト10で国内部門第1位、2017年本屋大賞では3位に。他の著作に『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』『氷の仮面』『拳に聞け!』など。