2017年に誕生から100周年を迎えた日本のアニメ――。日本が世界に誇る一大コンテンツのメモリアルイヤーに、週プレNEWSでは旬のアニメ業界人たちへのインタビューを通して、その未来を探るシリーズ『101年目への扉』をお届けしてきた。
第6回目は、アニメ監督の渡辺信一郎さん。『カウボーイビバップ』や『サムライチャンプルー』といった海外でも評価の高いアクション作品や、SFコメディの『スペース☆ダンディ』、クライム・サスペンスの『残響のテロル』といった幅広い作風で多くのアニメファンから支持される人物だ。
2017年秋には、映画『ブレードランナー 2049』のスピンオフアニメ『ブレードランナー ブラックアウト2022』をWeb無料配信で手がけたことも話題に。これは3月2日に発売される同作のblu-ray・DVDにも収録予定となっている。そんな、世界的に活躍する渡辺氏に自作へのこだわりについて話を聞いた。
■『ビバップ』の繰り返しはイヤだった
―『ブラックアウト2022』は、伝説的映画である『ブレードランナー』のスピンオフということもあり、多くのメディアにも取り上げられました。やはり反響は大きかったですか?
渡辺 そうですね。自分はSNSを見ないんだけど、人づてに聞くには「こういうアニメを観たかった」という声が多かったようで。
―それは『カウボーイビバップ』のようなSFアクション作品を久々に作ってくれた!という声でしょうか。
渡辺 まあ、そういう声がずっとあるのは知ってましたが(笑)。
―渡辺さんといえば、その『カウボーイ~』のようなスタイリッシュなアクション作品というイメージを強く持っている人は多いでしょうね。しかし最近のフィルモグラフィーを振り返ると、むしろそういう路線は意図的に避けてきたような印象を受けるのですが…。
渡辺 いや、別に避けてたとかいうわけじゃなくて。まぁこれはアニメに限らずだけど、ある路線で一度人気が出ると、それが映画監督であれミュージシャンであれ「またああいうのをやって」の壁にぶつかります。自分も『ビバップ』みたいのをまた作ってくれと何度も言われてきたし。でもそれをやっても、所詮「◯◯みたいな作品」は縮小再生産であって元の作品を超えることはない。
作り手が「前に作ったあれみたいな感じ」なんていう態度で、本当に面白い作品が生まれるわけはないんです。だから、それこそ自分が10代の頃に好きだったデヴィッド・ボウイとかYMOとかを見習って、常に変化し続けて、常に新しいものに挑戦すべきではないか、そう思ってるだけなんです。
そんな中、『ブレードランナー』のスピンオフをやってくれというオファーがあり、これはむしろ自分の原点みたいなものなんでどうしようかとも思ったけど、まあこんなオファーをいざ断ることができようかと(笑)。
―それだけ題材が魅力的だった?
渡辺 そう、『ブレードランナー』はリアルタイムで観て、決定的な影響を受けましたからね。自分だけじゃなくて、アニメ業界全体が影響を受けた。若い人にはピンとこないかもだけど、『ブレードランナー』以前と以後で価値観が変わってしまったという感じで。説明すると長くなるけど、すごく簡単に言うなら「映るもの全てがカッコよかった」。あの未来観も、ネオンサインも、ガジェットも、ブレイクの詩を暗唱しながら現れる悪役も、死生観を問うようなテーマも、ハードボイルドな描写方法も、その全てがね。
―なるほど。
渡辺 それだけ影響の大きかった作品なんで、『ブラックアウト2022』は『ビバップ』のような自分の初期作品に近いテイストになったのかもです。
予算が潤沢にあったわけじゃない
■予算が潤沢にあったわけじゃない
―どんな作品になったかは無料配信されていることもあり、読者それぞれに実際に観てもらえばわかると思いますが、さすがハリウッド資本の作品というほど高いクオリティに驚きました。
渡辺 いやいや、「ハリウッド資本で予算も超ビッグ」とか思われがちなんだけど、そんなことは全然なくてね(苦笑)。ごく普通の劇場アニメの15分間分の予算と同じぐらいですよ。あくまで無料で見れる映像だから、そんな法外な予算は出ないんで。しかしまあ、世界中のブレードランナーファンが見るだろうから、「予算なりのホドホドの作品でいいや」って訳にはいかないんで、自分を含め、多くのスタッフが予算もギャラも度外視して作ったという(笑)。そういう「ブレードランナー世代」の度を越した思い入れと頑張りのおかげでできたと思います(笑)。
―そうは言っても、キャラクターデザインを担当された村瀬修功さんやアニメーターの大平晋也さん、橋本普治さんなどスタッフもものすごく豪華ですよね。
渡辺 それは予算をどこに使うかという配分の問題で、「アニメーターに重点的に予算を使う」ってことを最初から決めてましたから。世界で勝負できる作品を作る上でどこで勝負するかと考えた時に、他国のアニメがどんどんピクサーみたいな3DCGになっていく中、実は手描きの優秀なアニメーターっていうのは世界的にも希少な存在になっていて。そういう昔ながらの2Dアニメを作るほうが逆に希少価値があるんで、そこで勝負したいと。
―あと渡辺さんといえば、音楽へのこだわりが強いことも知られています。『ブラックアウト2022』でも、世界的なミュージシャンのフライング・ロータスが手がけていました。『ブレードランナー』の音楽を手がけたヴァンゲリスを現代的にアップデートしたようなスコアはかなり印象的で唸(うな)らされました。
渡辺 ロータスは昔から好きで、オファーが来た時に即、彼が浮かびました。実はこれも予算が合わない感じだったんだけど、何しろ彼はアニメファンで、『ビバップ』も大好きということで(笑)、いろいろ度外視してやってくれました。
―『ブラックアウト2022』に限らず、そこまで音楽にこだわるのはなぜ?
渡辺 アニメってすべてが絵で描かれたものだから、それを本当に存在するように感じさせて、視聴者を乗せるには実写以上に音と音楽が重要なんです。でもアニメ業界には、絵にこだわる人は多いけど音にこだわる人が少なくて、それが以前から、自分が監督になるよりずっと前から不満で。
―当時のアニメ音楽のどういうところを変えたかった?
渡辺 決まりきったスタイルの音楽が、決まりきった使い方をされてる感じ。
―決まりきった使い方というと、悲しい場面に毎回同じ悲しい音楽を流すといったような。
渡辺 そうですね。あとは、音楽マニアとしての自分が聴きたいような曲が全然ないな~と。TVシリーズの各話演出をやってた頃は、自分の好きな洋画のサントラとか聞きながら「こんなレベルの音楽になるに違いない」と妄想しながら絵コンテ描くんだけど、いざ上がってきた曲は「だいぶ違うな~」みたいな(笑)。
音楽の使い方がうまいアニメとは?
■音楽の使い方がうまいアニメとは?
―初監督作(共同監督)は『マクロスプラス』ですよね。今ではアニメ音楽の第一人者といえる菅野よう子さんを初めて音楽担当に起用するなど、音楽面だけでもいきなり意欲的な挑戦をされています。
渡辺 ようやくここで妄想と現実の音楽が一致したという感じで(笑)。この時は共同監督で、自分と河森正治総監督と音響監督の3人で選曲という、どのシーンにどの曲をつけるかという作業をしたんです。すごく面白かったと同時に、3人いると意見が合わないというか、選曲って感覚的なものだから他人との共同作業は不可能だということも悟った。それで、次の『カウボーイビバップ』以降はすべてひとりで選曲することになりました。あと近年は音楽のエディットも自分でやっています。
―ミュージシャンを選ぶだけでなく、音源自体を組み立てることもある、と?
渡辺 そうですね。近年は他の監督の作品に「音楽プロデューサー」として関わることもあって、そういう時はアニメの内容には口出ししないで音楽面だけのプロデューサーとして参加します。
―もう、お仕事の範囲が「アニメ監督」の枠を超えていますね。
渡辺 音楽って本来もっと自由なもののはずなのに、いつの間にかいろんな型にはまっちゃってるものが多いんで、サントラとかやったことのないミュージシャンとか、日本人以外のミュージシャンをキャスティングしたり、意外な使い方を模索したりして、アニメ音楽の幅を広げることをやってるつもりです。
―そんな渡辺さんから見て、「音楽の使い方がうまいアニメ作品」とはどのようなものですか?
渡辺 うーん……さっき既成概念に囚(とら)われていないもの、と言いましたけど、ただ奇をてらっただけじゃいいものはできないんで、音楽の持っている持ち味、いい部分をちゃんと聞き取って、それを活かしているものですね。だから、音楽をちゃんと聞いて理解する耳が必要なんです。サウンドトラックって、ただ映像に合わせて貼ればいいってものじゃなくて、使い方次第なんです。
曲だけ聴いて「ん?」と思っても、映像と合わせてみたらいい場合もあるし、その逆で曲が良くても映像に合わないものもあるっていう、大変怖いもの。そこをうまくやるためには、曲のポテンシャルをいかに聴くか。それに尽きると思います。
―かつての菅野よう子さんのように、渡辺さんがフックアップすることでアニメファンからも人気になる音楽家はこれから出てくるんでしょうか?
渡辺 普通のミュージシャンで、実はアニメとか映画のサウンドトラックをやりたがってる人は結構多いですよ。ちなみに『スペース☆ダンディ』はそういう人に重点的にオファーした作品でした。
―「スペース☆ダンディバンド」として、岡村靖幸さんや、やくしまるえつこさん、向井秀徳さん、TOKYO No.1 SOUL SETの川辺ヒロシさんなど、アニメのイメージがなかった一流ミュージシャンの方々がたくさん参加されていました。
渡辺 そういう風に、両者を繋ぐ人がいればアニメの音楽の幅はもっと広がっていくんじゃないかな。
―その役割を渡辺さんが担っているわけですね。
渡辺 まあ結局、音楽プロデューサーやる時も監督の時と同様、決まりきったルーティン・ワークにならないように常に新しいやり方を模索しながらやってます。実はルーティンを作ったほうが効率的にはアップして、品質も安定していいことばかりのように見えるんですけどね。しかし機械と違って、同じことばかりを繰り返していくとダメになっていくのが人間というもので、そこのバランスをコントロールしていかないと。1回1回が発明のような感じで、毎回初めてアニメを作るような気持ちでやらないといけないんです。
●後編⇒アメリカで熱狂的支持! 『カウボーイビバップ』監督・渡辺信一郎の“究極の野望” 「いつか、YMOに音楽をお願いしたいと…」
(取材・文/小山田裕哉 撮影/神田豊秀)
■渡辺信一郎(わたなべ・しんいちろう) 1965年生まれ。アニメ監督、音楽プロデューサー。94年の『マクロスプラス』で監督デビュー(共同監督)。98年の『カウボーイビバップ』により国内外で高い評価を得る。監督作として他に『サムライチャンプルー』『坂道のアポロン』『スペース☆ダンディ』『残響のテロル』など。近年は音楽プロデューサーとしてアニメ音楽のプロデュースも手がける
■『ブレードランナー ブラックアウト2022』
https://youtu.be/MKFREpMeao0