2017年に誕生から100周年を迎えた日本のアニメ――。日本が世界に誇る一大コンテンツのメモリアルイヤーを記念して、週プレNEWSでは旬のアニメ業界人たちへのインタビューを通して、その未来を探るシリーズ『101年目への扉』をお届けしてきた。

第10回に登場するのは、声優の福山潤さん。『巌窟王』『コードギアス 反逆のルルーシュ』『暗殺教室』『おそ松さん』など、数々のヒット作に出演してきた人気声優だ。

連続インタビュー第1回第2回の最後となる今回は、代表作である『コードギアス』のルルーシュ役にまつわる意外なエピソードから、将来演じてみたいキャラクターや企画について、お話をうかがった。

■首の筋肉が切れる収録

――前回は『コードギアス』との出会いまでうかがいました。今やルルーシュというキャラクターは福山さんのキャリアを語るうえで欠かせない存在ですが、テレビ放映当時のインタビューを読むと、「福山さんにしては低い声」と言われることが多く、意外なキャスティングと評されていたんですね。

福山 そうでしたね。『コードギアス』のオーディションは最初、ルルーシュとスザクしかやっていなかったんですよ。だから、声優はみんなヨーイドンで同じ役を受けたんです。僕も両方を受けました。おそらく、(後にスザク役に抜擢される)櫻井孝宏さんもそうだったと思います。

僕が演じてみたかったのはルルーシュでしたが、周囲はみんな櫻井さんがルルーシュで、僕がスザクになるだろうと思っていましたね。実際、正式に決まってからも、「福山くんと櫻井くんのキャスティング、本当は逆だよね」と言われました。

――なぜ、周りから「スザクのほうがイメージに合っている」と言われたにもかかわらず、ルルーシュを演じてみたいと思ったんですか?

福山 ピカレスクな主人公という概要に惹かれました。もともと悪役をやってみたいと思っていたし、監督の谷口(悟朗)さんの作品にもぜひ出てみたいと思っていたので、せっかく挑戦するならルルーシュ一択という気持ちだったんです。

――しかし、実際に収録が始まるとカラダにものすごい負担を感じたとか。

福山 肉体的には地獄でしたね。谷口さんとは今では自由に言い合う仲だから言いますけど、本当にむちゃくちゃだったんですよ。普通はオーディションで受かるのって、声質も含めて、「この人でいこう」ってことじゃないですか。でも、『コードギアス』の収録では1話目から、「まず、声をマックスまで低くしろ」って言われて。

――じゃあ、オーディションのときは今のルルーシュの声ではなかった?

福山 あんなに低い声は出していない(笑)。やっぱり無理した声で演じて、自分の表現の幅に制約をかけるのはナンセンスだと思っていたので、地声でやったんです。だから、実際の収録では僕の地声をベースにキャラクターを広げていくんだろうなって思ったんですよ。でも監督に言われたのは、根本的に声を低くしろと。そして、櫻井さんにはマックスまで高くしろ。

その理由がすごくて。「2人の声を聞いてみたら、若干、声の質が近かったんだよね」って言うんです。もうね、「オーディションは何だったんだ!」ってなりましたよ(苦笑)。そうなってくると用意してきたものは意味がないから、その場で作るしかない。でも、マックスまで声を低くしてやり続けると、喉よりも先に筋肉が持たなくなるんです。

――筋肉が持たなくなる?

福山 無理に低い声で喋り続けるなんて、普段の生活ではないじゃないですか。しかも、ルルーシュは声を張り上げる演説も多いんですが、ブレスが取れるような間尺じゃないんですよ。それを必死で支えようとすると、首の筋肉が何本か切れたりするんです。ブチブチって音がして、「痛てー」ってなって。だから、『コードギアス』が始まる前後で、第1ボタンを留めても首周りに余裕のあったシャツが着られなくなりましたから。今は大分細くなりましたけど、当時は首がめちゃくちゃ太くなったんです。

当時は低い声を出すための体の使い方も未熟でした。無理矢理下に横隔膜を引っ張って、気道を開いて声帯も開いてってやりますから、段々と全身が痛くなってきて。首も腰も腹筋も喉も痛いって状態で毎週やるから、収録中はずーっとヘロヘロでした。

■まさかの「声が低すぎる」というダメ出し

――まさに全身から絞り出すことであの声を演じていたんですね。

福山 とにかく余裕がなかった。ただ、実際の上がりに対する僕の周囲の感想を聞いたときに、「声を無理やり低くしているのは不快だけど、ストーリー展開の中で、ルルーシュが必死にあらがっている感覚はものすごく出ているよね」って言われて。「本来は戦う力がない少年なのに、何とか無理して頑張っている過程が声から伝わってくる」という評価をもらうようになったんです。

やっていることは半ばやけくそではありましたが、終わってみると、これは谷口さんの演出方法だったのかもしれないと思いましたね。

――演技に対する余裕のなさが、キャラクター本人の環境と合致していたわけですね。そんなルルーシュを福山さんが無理せずに演じられるようになったのは、いつ頃でした?

福山 テレビシリーズが終わってからですね。

――それは第1期だけでなく、第2期の『R2』も終わってから?

福山 『R2』も含めてです。でも、やっぱり自分のカラダが変わった感覚があったのは、『R2』に入ってからでした。まだツラかったんですけど、明らかに最初の頃と比べて声がワントーンどころではなく低く出せるようになって。前は低い声のまま笑うことができなかったんですよ。ルルーシュがゼロになってからスザクを初めて助けたとき、高笑いをしてくれって言われたんですね。でも、無理にやろうとするとトーンが上がってしまい、それを抑え込むと笑い声にならなかった。

それで何テイクも居残りでやったんですが、結局はカットされて。オンエアを見て、「やりやがったな!」って声が出ましたから(笑)。できなきゃカットされるんです。

――壮絶な現場ですね......。

福山 そういうできなかったことが1年後にはできるようなってテレビシリーズを終えたんですが、しばらく経ってから久しぶりにルルーシュの声を出してみると、ダメ出しが変わったんです。「低すぎる」って言われるようになったんです。

――それはOVAの『亡国のアキト』のときですか?

福山 いや、その前ですね。パチンコやゲームになるときに、あらためて本編のカットをいくつか録り直したんですけど、「声が低すぎる」って指摘されて。

――鍛えられたことで自分が思うよりも低い声が出るようになったとか?

福山 というよりも、『コードギアス』はルルーシュというキャラクターの成長と並行して段々と声が低くなっていくのが基準なんです。だから、シリーズの最初のほうを演じているのに、いきなりクライマックスのような声が出るのはおかしい。劇場用3部作のために録り直したときも、初っ端から全力でいったら、「お前は何個組織を潰してきたんだ?」と言われて(笑)。

――最初は普通の高校生から始まるのに、貫禄がありすぎると。

福山 でも、そのくらい僕にとってのルルーシュは、自分の限界までやらないと成立しないキャラクターだったんです。

■「ギアス以後」にできた2つのライン

――それだけ苦労された『コードギアス』以降は、演じるキャラクターの幅がさらに広がった印象があります。ご自身でも「ギアス以前/以後」みたいなことは感じていますか?

福山 めちゃくちゃ感じますね。出演者同士でも「ギアス以前/以後」はよく言っています。本来ならルルーシュは僕に来るはずがないキャラクターだったんですよ。だから、僕は『コードギアス』は特別なケースで、これが終われば前のようなオファーに戻るだろうと思っていました。でも実際は、ルルーシュのようなキャラクターをお願いされることが増えていったんです。

実は僕にとってルルーシュのやり方は禁じ手だったんですよ。しかし、できないことでもやるしかないからやった。そうしたら、従来やってきたラインと、ルルーシュのようなやり方のラインの2つのオファーが並行して来るようになりました。それは未だに続いています。

――その「ギアス以後」の2つのラインの中で、対極的だった役柄は?

福山 僕がずっとやってきたことの流れにあるのは、『青の祓魔師』の奥村雪男ですね。他にも普段は冷静だけど戦闘ではガラッと印象が変わる等の二面性のあるキャラクター。

これは僕が「ギアス以前」から多かったタイプの役です。反対に意外だった役は、『暗殺教室』の殺せんせーです。あれを演じるとき、僕は地声を一切使ってないですから。ルルーシュと同じで、現場で作った声ですね。

――『おそ松さん』の一松も、ひとつの作品の中でいろんな声を使い分けていたのが印象的でした。

福山 一松を演じる際に僕の中で決めていたのは、腹から声を出さないということだけでした。キャスティングの段階ではみんながどういうバランスで六つ子を演じるのかわかってなかったですから、テストをやりながら探っていったという感じなんです。

――櫻井さんが演じた長男のおそ松が基準になり、そこからキャラクターに応じてバランスを変えていったとか。

福山 それもありますし、みんなが好き勝手にやった結果、櫻井さんがバランスを取らないといけなくなったこともあると思います(笑)。

――まさに長男の役割をまっとうしてますね(笑)

福山 最初の収録では一松は皮肉屋で猫が好きで、カラ松が嫌いってくらいの情報しか与えられてなかったんですよ。だから、あまりキャラクターを濃くしすぎず、お話の転がり方に応じて印象づけていこうってことは考えていました。

――一松にスポットライトが当たった回でいうと、5話の「エスパーニャンコ」ですか。

福山 そうです。だから、この回の前後では演じ方が全然違います。キャラクターをわかってもらったうえでないと、できないことをやり始めたんですね。それまでは普通の声で皮肉っぽく、ボソボソ喋るって感じだったんですけど、「エスパーニャンコ」は実はしっかり声を出しています。

それからは周りのキャラクターも濃くなっていったので、一松はあえてキャラクターの印象を散らして、目立たせていきました。

――殺せんせーも一松もそうですが、作品の中でいろんな声を出す役柄が多いですよね。

福山 かなり多いですね。だから、いつかは声を変えないで人間の成長を演じきるような役をやってみたいんです。

――大河ドラマのような?

福山 ええ。一人の人間が生まれて、成長していく過程を声質を変えることなく演じていくような作品は、いつかやってみたいと思っています。

■役柄を背負わない仕事もやってみたい

――これだけ演じてきた役柄のバリエーションが多いと、「これが福山さんの声だ」という決定的なキャラクターを演じてみたいと思うことはありますか?

福山 現時点でいえば、作品ごとに僕のイメージはバラバラでいいと思っています。仮にデビューしたばかりの頃に『コードギアス』をやっていたら、おそらく僕は『コードギアス』の人になっていたでしょう。しかし、ほかにも何本か主演をやらせてもらったうえでの『コードギアス』でしたから、ルルーシュのようなキャラクターだけにイメージを縛られることがありませんでした。

基本的に何でもできる人って印象を持ってくれたほうが、僕自身はいろんな役を演じられて楽しいんです。時々、「どうして俺のところに来たのかな?」って役もありますが(笑)、そういう冒険の積み重ねで今の自分があるわけで、これからも挑戦していきたいと思っています。

――では、今年4月に新事務所の「BLACK SHIP」を立ち上げたばかりですが、役柄以外の部分で挑戦してみたいことは?

福山 リーディングライブを継続的にやっていきたいですね。それもこじんまりとした規模でやりたい。そういう点でも自分の事務所なら、機動力を活かせるかなと思っていて。

以前から40歳を過ぎたらリーディングライブを自分で主催したいとは思っていたんですよ。いつになるかわからないですけど、オリジナルの本でやってみたいと思っています。

それから僕がやりたいと思いつつも実現できてないことでいうと、何も用意しない純粋なトークライブもやってみたいです。何かの役を演じるわけじゃなく、素の福山潤としてお客さんの前に立って、自由に喋るというイベントをやってみたい。

僕は30歳になるまで、自分のパーソナルな部分を出すことは声優の仕事の妨げになるんじゃないかと思っていました。しかし、今ではキャラクターを演じているときの僕だけじゃなく、僕自身を応援してくださる方が曲がりなりにもいます。そういう方々に感謝の意味を込めて、"福山潤"が楽しませるようなコンテンツも少しずつやっていきたいと思っています。

■福山 潤(ふくやま・じゅん)
大阪府出身。1997年、『月刊ASUKA』のラジオCMナレーションでデビュー。アニメ『無敵王トライゼノン』で初主演を務める。2018年4月には声優の立花慎之介と新事務所「BLACK SHIP」を設立し、代表取締役CEO兼所属タレントに。代表作に『コードギアス 反逆のルルーシュ』のルルーシュ役、『暗殺教室』の殺せんせー役など